190話:既視感の相手
地面を抉るイブの足で吹っ飛ぶ少年とリリスの邪視を持った女。
今のイブの体からすれば細く繊細そうな足だが、周囲の木々と比べても太く、宝石のような硬質さは相応の耐久力も持つ。
イブの重みで足先は地面に埋まっており、横一線しただけで土は掘り返され深い堀ができた。
同時にゲロにも土が覆いかぶさって異臭の被害がなくなる。
「イブ、よくやった」
素直に褒めるとまた上から雄叫びのような声が降ってくるが、何言ってるかわからないな。
反対に向こうはこちらが何をしているかつぶさにわかってるようだ。
というかこの距離が合って俺を見てゲロ吐いたのわかったのか?
「けどまたアイテム壊してますよ」
何故か不服そうにティダが指摘する。
見れば確かにユディトの剣は曲がり、リリスの邪視は壊れていた。
どちらもゲームアイテムだけあって、装飾が派手だったり繊細すぎる造りをしている。
車にはねられるような衝撃に耐えられるはずもなかった。
「大した性能の物ではない。ユディトの剣の規定数ダメージなど回復が使えれば意味はなく、リリスの邪視は状態異常の耐性を高くすることで対応できる」
正直ユディトの剣なんて中級くらいになれば無用の長物。
こういうのは弱者が強者に一撃入れるためにある物で、強者の側であるNPCには不要だ。
また性能からしてリリスの邪視辺りは魔女の所にあるかもしれないが、特に必要でもない。
大地神の大陸は騙しが基本のゲームステージ。
動きを止めるなり遅延させるような状態異常など、アイテムに頼らなくてもエネミーたちは標準装備なのだ。
そもそもゲームでは身に着けられる装備品には数に限りがあった。
リリスの邪視を持つのは後衛職が多かったイメージだ。
なんだかんだ直接殴ることのできる力がある女性NPCの中に、必要としているものがいるとも思えない。
「わー、一撃でやりやがった。ここまで本性だと差が出るのか。俺は変化といても大して変わらないのにな」
杖術で殴ったアルブムルナがちょっと不服そうに言う。
本来の姿は腕力自慢のムーントード。
その中でも魔法に秀でる代わりに物理ステータスの低いアルブムルナからすれば、姿を変えただけで能力値が全て上昇するイブの姿は羨ましいのだろう。
イブの姿ならアルブムルナに魔法では後れを取り、物理ではティダに後れを取る。
ところがこのイブリーン・ティ・シィツーならどちらも段違いになるのだ。
エリアボスのNPCたちでも苦戦するかもしれない。
ただ一つ勘違いがある。
「まだどちらも生きているぞ。私が止めたから殺しはしなかったのだろう」
声が聞こえたのか、転がってた少年は腕を立てて起き上がろうとしている。
だが内臓でもやったのか、荒い息を吐く口からはボタボタと血が溢れ続けており、イブにぶつかっただろう片腕は明らかに歪んでいる。
それでも身を起こそうとする姿は、懸命という言葉がよく似合う。
「…………もう! もう無理です!」
泣いて土下座してた一人が、少年に向けてそう言った。
聞こえていないのか、少年はなおも起き上がろうと残った腕に力を籠める。
「あなたの魔法も効かない! 秘伝のアイテムも効かない! 逃げることさえ敵わない!」
顔中から液体を溢れさせながら、喉が裂けんばかりに人間が叫ぶ。
なのに顔はこわばっていっそ笑ってるような表情になっていた。
血塗れの少年に、泣きわめく奴。
どちらも正気とは思えない目をしてるが。
なんだ、この状況?
俺が内心ドン引きしていると近くから声が上がった。
「気づくの遅。大神を前に何言ってるの」
「だいたい自分たちがまず小なりとは言え神に手を出しておいてな」
ティダとアルブムルナが遅すぎる泣き言に冷えた目を向ける。
その間に少年はまた何か悪あがきをするようだ。
突如、少年を中心に光が輝く。
まるで後光のようなエフェクトが発生した。
「体力全回復か。なるほど、起きようとしていたのは、体の下になった薬を取るためだったのか」
回復薬を使った時、レア度が高い物を使うと光るエフェクトが出る。
共和国の王子なんかはそれで七色に光ってたから、それに比べればしょぼい光り方だ。
とは言え全回なので低レアではない。
レベル高いダンジョン近くの店で売ってるレベルだから、レベルマプレイヤーなら上限いっぱい持ってるだろう。
レア度によって持てる上限は少なく設定されていたが、あれは五十くらいは持てた気がする。
「ふぅふぅ、うっぷ…………!」
少年は回復したはずなのに苦しそうにえづく。
なんでだよ。
俺の顔そんなに駄目か?
宇宙嫌い?
星空に吐くほどのトラウマでも持ってんのか?
なんだか俺が地味に傷つく。
「…………怖気を催す異形を神とは狂ってる」
少年は体調が悪いのにまだやる気のようだ。
このしつこさなんか思い出すな。
なんだったかは思い出せないんだけど。
「ここで斃れるわけにはいかないんだ。人々のため、世界のため、神の信徒として僕はやらなきゃいけないんだ」
言い聞かせるように少年がいうと、周囲の部下らしい者たちは顔を上げる。
この周りの感じも何か以前似たような状況があった気がするんだが。
「無駄ってわからない? イブもどうしてこんな馬鹿に捕まるんだか」
「お前らがすべきは平身低頭許しを請うことだろ、ったく」
すでにコテンパンにやられたティダとアルブムルナの睨みに、少年は気圧されて顔色が悪くなる。
それでも俺を睨んでくるのも既視感があった。
息を大きく吸った少年は、鼓舞するように宣言する。
「認めない! これが、こんな者が神だなんて! 認めない!」
「…………あぁ、『血塗れ団』か」
「何…………?」
俺は既視感の理由を思い出した。
すると少年は力が抜けるように聞き返す。
『血塗れ団』も同じようなことを言っていたのだ。
あちらはイブに攻撃を当てられる者が一人もいなかったが、いや、こちらもこの少年一人しかいないなら大差ないか。
「あれらも同じようなことを言っていた。イブが言うように神などいくらでもいるだろう。スネークマンがいるのだから祖神の話くらい知らないのか。あぁ、いや。そういえばこの王国では珍しいのだったか」
「それでも確か巨人を神と呼んでたとか言ってませんでした?」
「救世教が唯一神しか認めないってことの表れだろ。偶像崇拝だよ」
ティダにアルブムルナが肩を竦めてみせる。
なるほど偶像、アイドルか。
それなら解釈違い起こして怒るのも想像できるな。
正統性は全く感じないが。
「…………救恤、ブラッドリィは…………?」
少年が力なく呟くようにわかり切ったことを聞くので、俺たちは揃って目を向けるだけ。
視線を受けて悟ったように顔を覆う。
一瞬見えた目に光はなく、絶望と言っていいほどの暗さがあった。
確か俺に攻撃して迎撃で死んでたが、あれの知り合いか。
教会勢力のくせに邪教徒と知り合いってどうなんだ?
少年の思わぬ不道徳に俺は呆れて横を向く。
「…………自害せよ」
「うん?」
少年の低い声に改めて目を向けると、いつの間にか顔を覆っていた手をどけていた。
血の気の失せた顔だが暗い情念が目に滾っている。
「ネクロマンサーがいる! 魂までも穢され弄ばれる前に自害せよ!」
少年の命令にそれまで泣いていた四人が動いた。
他二人の内しゃっくりしてた奴はいつの間にか泡を吹いて倒れ、もう一人はイブに牽かれて動かない。
その泡吹いてる奴らに一人ずつ取りつくように覆いかぶさると、懐から素焼きの小瓶を引っ張り出した。
口に流し込んで、自分の懐からも同じものを出すと急ぐ様子で呷る。
「ぐ!?」
声を漏らすほど大きく体を硬直させて倒れ、俺のマップ化から反応が消えた。
死んだのだ。
「何してるかわからないけど、止めたほうがよさそうだね」
「ネクロマンサーいるのわかってて自害とか対策あるんだろうな」
ティダとアルブムルナに言われて、俺もその可能性に気づく。
対処のため動く前に魔法が飛んで来た。
「私がそんなもので傷つかないと知っているだろう?」
俺は目の前に立ちはだかって魔法を迎撃したアルブムルナと、俺を守るためにハンマーを構えるティダに声をかける。
そうしている間に動けない二人を殺して残る四人は毒を飲んでしまった。
生きてるのは少年だけだ。
たぶん二人は俺が攻撃されると無視できないとわかっていてやったんだろう。
けれど本人が自害する時間はもう稼げない。
「この場で大人しく話すならネクロマンサーを呼ぶ必要もないんだが」
「汚らわしい邪神に災いあれ」
少年はいっそ笑ってそう罵って来た。
途端にティダとアルブムルナの得物が唸る。
ティダのハンマーが胴を粉砕し、アルブムルナの杖が顔面を圧砕した。
その衝撃で割れる素焼きの小瓶から毒が飛び散る。
体に付着すると、かろうじて息をしていた少年の体が数秒後に跳ね上がった。
「ぐぅ、ぎ、あがぁ!?」
獣のような声を絞り出し、毒のかかった部分に爪を立ててのたうち回る。
飲むよりも毒の効きは遅い上に苦痛も酷いようだが、少年はほどなく動かなくなった。
「飲まなくても良かったようだな」
マップ化の反応が消え、少年も死亡したことがわかる。
最後は上手く誘導されたようになってしまった。
「…………やっちゃったー!」
ティダがハンマー落として頭を抱える。
「まぁた情報取らずに殺して…………」
アルブムルナが責めるように言えば、ティダは涙の浮かんだ目で睨んだ。
「他人ごと!? アルブムルナだって!」
「俺は考えてから動いたし。それに神だってわかってたから止めなかったし」
え、俺?
二人早すぎて何もできなかったし声をかける暇もなかったんだが…………。
あ、毒状態を魔法で解除すれば良かったのか。
アルブムルナの言葉に、ティダは不安の目を俺に向ける。
ここは…………知らないとは、言えないな。
「うむ」
「えー! どうしてですか?」
「それは…………アルブムルナ」
「はいはい」
あ、アルブムルナが応じてくれた。
良かった。
俺はちょっとドキドキしながらアルブムルナの行動を見守ることになった。
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