189話:害虫駆除
ティダとアルブムルナが先に木から降りると、その気配で人間たち振り返った。
泣いてた者たちは身を固め、こちらを見てぶるぶる震え始める。
その姿には既視感があった。
(あ、湖上の城でのベステアか。あれはなんであんなに震えていたんだったかな?)
豪華な城に緊張してたんだったか?
うん、わからなくもない。
賠償なんてできないって不安とか、場違いすぎて挙動不審になるとか庶民あるあるだな。
俺がそんなことを考えている内に、トライホーンをもう持たない少年はイブの足と距離を取った。
俺たち、イブの足、部下を背にした少年とで三角を作るような距離感になる。
俺が落下する中、ティダとアルブムルナは降りるのを待つように地面に膝を突いた。
「な…………ん…………だ…………?」
距離を取ったことでゆっくり落下する俺を視界に収めると、少年は苦しそうに呟く。
いや、実際苦痛を感じているのかもしれない。
血走った目も異様なら、顔色は悪いのに滾るような感情の乗る表情が不気味だ。
何より追い詰められた獣のような引き攣った顔全体の力みようが正気を疑う。
その異常な様子が耐え難い痛みゆえならまだ理解はできる。
それほど、フォーラゾンビと戦っていた時と形相が違いすぎて別人のようだ。
今のさっきの間に十は年を取ってしまったようなやつれ具合だった。
「ひ、ひゃ…………は…………!」
泣いていた者の中からはしゃっくりのような音を立てて息を詰める者が出た。
喉を押さえ、いや、掻きむしってのたうち始める。
ただそれを止める者はいない。
元から膝をついて泣いていた者は地面にめり込まんばかりに倒れ込み、新手の出現に腰を浮かした者は不明瞭な声で何ごとかを早口に呟き続ける。
その誰も枯れないのかと呆れるほど涙をとめどなく流していた。
「…………あぁぁああああぁぁあああ!?」
突然叫んで逃げ出す者がいたかと思ったら、急に静かになる。
見ればアルブムルナが風の刃で過たず喉を掻き切っていたようだ。
走り出した勢いのまま倒れ、自分の流す血の海に沈む。
その音は誰にも聞こえているはずが、正気を失ったような人間たちは誰も顧みることはない。
「神を前にいつまで立ってるのさ」
言って、ティダはハンマーから衝撃波の刃を飛ばすアーツを放った。
向かった先はトライホーンの少年だ。
少年は慌てて上に飛ぶ。
だが避けた瞬間さらに上に跳んでいたティダに平手で殴られ地面に激突した。
「ぶぐ…………!?」
叩きつけられて少年は鼻血を飛び散らせる。
反射的に顔を上げたが、何が起きたかわからない様子だ。
顔面に負った衝撃で目の焦点も合っていない。
そして一仕事終えたティダはすぐさま俺の近くに戻る。
「お騒がせしました」
「本当どうしてこう人間は礼儀知らずなんでしょうね」
かしこまるアルブムルナが言うと、ティダは唇を尖らせつつ、また地面に膝を突く。
そんなばたばたの中に俺はようやく無音で降りる。
一分も経っていないはずだがまともに顔を上げている者がいない。
レイスだから足ないし浮いてるし、なんかもう少し締まる登場の仕方したっかったな。
ついでに言うとそのまま出て来たからそう言えば派手な仮面つけたままだ。
そして恰好はグランドレイスのオーロラや雷といった自然物を装飾の主体にした外見という。
他から見たら妙な塩梅になっていることだろう。
「なんだ、この強大な存在感…………? それなのにレイスなんかと同じ寒気? いや、それ以上の、まるで冬の雪原のような? 神官の感覚でもこれほどの者など報告は聞いたことがない。それともこれは神官特有の屍霊感知とは違う?」
ぶつぶつ言う少年は、鼻血も出てれば口も切れて血が流れているのに気にする様子はない。
無表情に喋りまくるのも怖いが、回復はしたものの一度こびりついた血は体中に染みているのでちょっとしたホラー映画のような出で立ちだ。
血みどろさ加減はまだフォーラゾンビのほうがましなくらいだった。
(待てよ。屍霊感知? もしかしてゲームにあったジョブスキルか?)
狩人のジョブになっていると、画面に臭いの情報が出ることがある。
それと同じで神官のジョブだと近くにいる霊系や悪魔系の情報が出るのだ。
(なるほど。ずいぶん対策してると思ったら神官系がいたからか)
海上砦に最初から霊と悪魔がいるとわかっていて対策してきたのだ。
だからレベル差も特攻でなんとか補った。
そこはゲームでも可能な範囲なので驚くほどではない。
そしてゲームどおりイブの所まではついたが、イブは神なので霊も悪魔も効かずにほとんどが殺された。
そこまではゲームの狙いどおりなのでいい。
だが、やはりレベル差はイブの敗北という事実を疑問視させる。
「イブに何をしたかは後で聞こう」
俺の一言でティダとアルブムルナが立つ。
「へし潰しますか?」
「焼き払いますか?」
なんだその二択…………?
「…………イブが世話になったのだ、私がやろうと思うのだが」
「えぇ? この程度の相手に神が出るなんて。それならイブにやらせたほうがいいですよ」
「たぶんイブが血を降らせただけで死ぬんですし、もったいないくらいじゃないですか?」
何故かティダとアルブムルナから苦情が来る。
目の焦点が合った少年が膝を立てて聞き返して来た。
「神…………? 神だと?」
他は変わらず泣いたままだが、こっちを見ようとはしない。
残ってるのは八人か。
泣いてる七人に比べて少年は元気だな。
これが若さ…………なんてことはないだろう。
そしてその血走ってなお足りないほどの激情を感じる目にも既視感がある。
さて、何処だったかな?
「ふざけるな!」
叩きつける怒声によって勢いをつけたのか、少年は怒鳴ってすぐ俺に魔法を放ってきた。
太陽光とは違う赤い光が膨れ、炎の魔法であることはわかる。
レベルが六十台なら俺の迎撃でどうとでもなるだろう。
そう思ったんだが俺の前にアルブムルナが飛び出した。
「第七魔法焦焼炎塊」
槍のような杖を振って、同じ魔法を後から放つ。
ごく単純に火力勝負をする時に使う魔法で、対象の手前に炎の塊が生じる。
ゲームではすぐさま対象を中心に球体状に燃え上がるが、間に割り込んだアルブムルナの炎が、俺を包むはずだった炎の前進を止めた。
どころか見てわかるアルブムルナの炎の大きさが熟練度の違いを表し、少年が出した炎は飲み込まれて相殺される。
さらには威力の高いアルブムルナの炎の余波で、熱波を食らった少年はまた地面を転がることになった。
「熱!? ぐぅ、そんな…………!?」
転がり体勢を立て直そうとしつつ地面から驚愕の声を上げる。
焦りの浮かぶ少年など見ず、アルブムルナは杖で肩を叩いて考え込んだ。
「やっぱり熟練度低いな。これでどうしてイブがこんな所まで連れてこられたんだ?」
「くそ!」
アルブムルナの態度に馬鹿にされたとでも思ったか、自制心が飛んだように少年は破れかぶれで魔法を放ってくる。
ただどれもアルブムルナに対応され、後出しで全く同じ魔法を返された。
魔法職として作られたNPCのアルブムルナの熟練度は八から十だ。
レベル差もあって後出しでも押し勝てるというとんでもない状況になっているらしい。
「ちょっとはこっち回してもいいのに」
「そんなヘマするかよ」
手持ち無沙汰にハンマーを振るティダにアルブムルナは笑った。
そう言えばティダの持つハンマーは魔法反射の特性があったな。
魔法剣にもあるけどハンマーで言えばレア特性で、ボスとしてティダが落とすアイテムでもある。
「目を使え!」
いつの間にか少年が攻撃から防御へ移行していた。
いや、アルブムルナが魔法を連射しつつギリギリ避けられるようわざと外してるらしい。
敵を中心にした範囲攻撃を持ってるのに使わないのは、少年を甚振るつもりか試しているのか。
そう思っていたら何やら土下座してた者たちに動きがあった。
女が頭に巻いていた布を取り、額につけていたアイテムを露わにする。
「リリスの邪視か」
額につける目を象った額冠の形をしたアイテムだ。
男性相手に一定時間動きを止められる女性限定装備。
対処は横に回ったり背後からの急襲で速攻すること。
プレイヤー同士でも争う設定があったゲームのため、メジャーな行動遅延アイテムだった。
「知っていたか! けどこれでもう動けない!」
少年は攻撃に転じようと剣を抜く。
それも知ったアイテムでユディトの剣という。
男性相手に一定ダメージを与え、どんなバフでもデバフでもレベル差でも関係なく一定数値のダメージを負わせられる。
けれどアルブムルナは少年の目の前に移動していた。
そして剣には慣れてないらしい少年の動きを掻い潜り、杖術で横面に一撃を入れる。
「げぶ!?」
少年の口から血塗れの歯らしきものが飛び出すが、これは相手が悪かったのでご愁傷さまというやつだな。
アルブムルナは戸惑う少年をせせら笑う。
「ざぁんねん。俺には目視を条件にしたアイテムは一切通用しないんだよ。何せ」
言って長い前髪を捲り上げる。
「目がないからなぁ」
少年は目のへこみすらないアルブムルナの顔に驚愕し、俺を見た。
「確かに私も目はないな」
仮面で顔があるように見えてるだけで、そのせいで目があると思われたらしい。
あ、そうか。
ここが仮面の取り時だよな、恥ずかしいし取ろう。
「これ、このように」
「かひゅ…………」
仮面を取って見せると少年は鋭くかすれる呼吸音を漏らし、そしてぶるぶると震え出す。
脂汗が流れ落ちて瞬く間に汗だくになったかと思えば、大きく頬を膨らませた。
「うぷ…………おげぇぇぇえええ!」
顔見てゲロ吐かれた…………。
「何故…………」
「おぉぉおおぉぉおおぉぉ!」
俺の悲壮な呟きは、突然の大声にかき消される。
上から降るのはイブの声だろう。
そして動きを止めていた緑柱石の足が動き、一直線に地面を削って横移動する。
その線上にいた少年とリリスの邪視を持つ女は、まるで車にでもはねられたかのように吹っ飛ばされたのだった。
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