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188話:イブの神性

 イブリーン・ティ・シィツー。

 大地神の分身である女神として作ったNPCの名だ。


 手足のないマネキンのような胴体と顔が白く無機質に輝く。

 足は緑柱石に似て硬質で長いものが八本あり、高さは優に百メートルを超え山にも並ぶ巨体をしている。

 身を覆うマントか衣服に見えるものは巨大な緑の羽。

 ゲームではこの巨大化から、さらに二段階の変形を行う。


(第一弾が羽を広げて全体像を見せる上に、羽から魔法を雨と降らせるんだよ。で、戦闘は特殊な足場を作って上下に移動できる仕様だったから、上下左右何処でも動いて逃げ回るんだよなぁ)


 俺は本性になったイブを見上げて感慨に浸る。


 正直封を解いてほしいと言われた時には焦った。

 いや、その前から返事が遅くて焦ってはいたんだが。

 いつ助けようか、もう突入したほうがいいんじゃないか、イブに挽回のチャンスをやるって結局どうすればいいんだとか。


 封を解くっていうのが、本性のこの姿にしてほしいっていうのはわかったけど、それは本来大地神の大陸でのみ出て来るボスキャラだ。


 どうすればいいかわからずともかく了承した。

 コンソールを見直してもそんなコマンドはなかったけど、名前を入れたらそれだけでプログラムが走ったのは幸運だ。

 ただ安堵したのもつかの間、イブが連れ込まれた小屋が内部から爆発したのは予想外だったけど。

 光の卵が現われるという知らない演出まで起きた時には、バグったんじゃないかとはらはらしたし。


「変身前に攻撃する無粋の上に無駄なことを」


 イブが本性に戻る前に攻撃する奴がいて、思わずそう声をかけるくらいには焦っていたんだ。

 まぁ、ばれそうになって転移で逃げたけど。


「しかしでかいな」


 イブリーン・ティ・シィツーとなったイブは、大地神に並ぶ強敵の設定だ。

 つまりレイドボスであり、プレイヤーも数で挑まなければ勝てないし、数だけ揃えてもとんでもない体力値で簡単には削らせない仕様がある。


 俺は転移してイブの顔近くに飛んだ。

 マネキンのような白い顔は、少女姿のイブを大人にしたような面影がある。

 そして無機物的で動かないように思えたが、滑らかな動作で顔近くに浮かんだ俺に気づいた。


「父たる神よ」


 イブの声だが、大きく反響してぼわぼわする。

 そして俺の足元に魔法陣が現われ踏むと光が弾けた。


 これ、イブリーン・ティ・シィツー戦の特殊な足場だな。

 エフェクトもそのままだけど、今、イブが出した?

 つまりボスとしてのイブのスキルなのか、これ?


「今、虫を、排除、します」


 イブ自身も聞き取りづらいことを理解してるのか、短く間を置いて喋る。


 イブの足が一本動き、振り下ろされて地震が起きたように木々が揺れ、山林が騒がしくなった。

 というかもうほぼ地震だ。

 折れる木もあれば地滑りを起こして崩れる斜面もある。


 この高さからだと西の山脈がまだ近いことも見えた。

 山脈沿いに北上すれば帝国であり、王国との国境は戦地になっている分ここからでも平地になっているのがわかる。


「しくじり、ました」

「虫か? 気にするな」


 景色を見ている内にイブが自己申告してきた。

 揺れも関係ない俺は特殊な足場を操作し、改めてイブの全容を見る。


(うーん、画面越しに顔近くで攻撃してる時には思わなかったけど、ちょっと引きで見るとタカアシガニのまんまだな)


 イブの本性のイメージとして伝えたことが思いの外そのまま採用されてる事実に改めて感慨深くなる。

 ただ知らなければ宝石でできた塔の上に女性がいるような?

 巨大なマントのように広げた緑色の被膜の羽のほうが目立つような?


 あれ?

 いつの間に第二段階になってるんだ?

 しくじったとかで虫を駆除し損ねたのがそんなに気になったか?


「イブ、まずは無事で何よりだ。変調があるならすぐに言うように」

「ありがたき、お言葉」


 片言っぽいせいかなんか大人しいけど、大丈夫か?

 無理してないか?


 あれ、そう言えば虫ってなんだ?


 俺はイブが動かした足のほうを見るが、地面はほとんど見えない。

 何せ森の中だ。

 ただ俺にはマップ化の能力が…………さすがに距離がありすぎて範囲外だった。


「うん? 何か光があるな」


 光が弾けるのは、純粋に光のこともあれば炎も見える。

 木々を下から吹き上げる風、折り取る水や岩塊もあるようだ。


 どうやらイブの足元で魔法を使う者がいるらしいが、もしかしてあのトライホーンか?


 プレイヤーが数を盾に襲うボスを相手に一人が削り切れるわけもないんだが。


「本当に無駄なことが好きだな」


 俺は足元の光から飛び降りる。


「父たる神よ」

「少し行ってくる。本性となって回復したとはいえこれ以上イブを消耗させるのも忍びない」

「そのような」


 よくある変身系の敵のセオリーで、本性に変身したら体力も魔力も全回復で状態異常もなかったことになる。


 だから大丈夫なはずだが大人しいのが心配になるんだよな。


「私を踏まないでくれ」

「は、はい」


 冗談を言うとイブが声を跳ね上げる。

 響きが違って普段と違和感があったが、今のは普段のイブらしかった。


 自由落下だと遅すぎるし距離もあるので、俺は風の魔法で速度を上げる。


(お、マップ化の範囲に入ったな。アルブムルナとティダも来たのか)


 マップ化に反応があり、最初に見つけた時に後で始末しようとつけておいたマーカーが反応した。

 やっぱりトライホーンの少年だ。


「あ、こっちでーす。イブ元気でした?」

「イブ本当に誘拐されてたんですか?」

「そのようだ」


 ティダが木の上で手を振ると、近い枝にはアルブムルナもいて問いかけて来た。


 そして二人揃って信じられない様子で下を見る。

 そこにはイブの足相手に魔法を放つトライホーンの少年が一人で動き回っていた。


「これも効かない、これも効かない…………。何か、何か…………!」


 一人奮闘している、いや、転がってた人間たちで生きてるのは泣きながらトライホーンの少年の背中を見てるな。


「どうなっている?」

「あたしたちが来た時にはこうして喧嘩売ってました。イブが一回踏み潰し損ねて腕千切ったんですけど、全回復の薬持ってたらしくてあのとおり」


 ティダが指すトライホーンの少年は、服が右側だけ盛大に破れている。

 どうやらイブの足で上から下までズバッとやられたらしい。


「イブ急に止まったんですが、どうしたんですか? あと、あいつが持ってた杖、イブが踏み潰したんですけど」


 アルブムルナがさらにその後の様子を教える。

 言われて見れば、血だまりの中に折れたトライホーンが転がっていいた。


「イブは私が止めた。トライホーンは全て私の領域内で手に入る素材で作ることが可能だ。気にするな」


 まぁ、作っても普通に俺のインベントリに入ってる杖を使ったほうが強いからわざわざ作る必要性ないけどな。


 二人は転移でここに来たそうで、部下は半数が周辺を囲んでるそうだ。

 残る半数は他に敵がいないか探索中。

 そしてオークプリンセスの情報にあったトライホーンの少年がいたので、二人は姿をさらして様子を見たが、イブがさっさと致命傷を与えたんだとか。

 ただ右腕を潰されて止めを刺されそうになったところを回復して、応戦しているという。


 周囲の人間たちを正気に戻して、生きてる者たちが持っていたアイテムなどを消費の上でイブの足を攻撃し続けているのが現状だ。


「ティダが言ったとおり人間が蟻に噛まれるようなものですけどね」

「なるほど違いない」


 アルブムルナに同意すると、ティダが足を揺らして唇を尖らせた。


「だからこそイブをどうやってここまで連れて来たんでしょ?」

「トライホーンは女性特攻で、イブが大半の体力を削られたのは確かだ」

「けど見るからにレベル足りてませんよ」


 ティダが言うほど、足元の人間たちは弱いようだ。


 俺はソロでイブを倒して大地神の大陸へ入った。

 それはレベルマの上、神性対策もしていたからだ。

 トライホーンも推奨武器ではあるけれど、それはレベルマやスキルマ、アーツマをした上での推奨だった。


「強さはよくわからないな。弱いとしか、わからない」


 レベルが数値で見えれば楽なのにな。

 なんて思ってぼやいたら、アルブムルナが応じた。


「神の高みからじゃ弱者の別なんてないでしょうね。たぶんレベルで言うと六十台でしょう。魔法はレベル七まで使ってましたけど魔力効率悪すぎて一発放ったら続かないみたいです。あと、熟練度は五あればいいほうじゃないですか? 闇魔法に至ってはレベル三しか使ってないんで苦手かも」


 魔法職からはそう言う見地があるのか。

 …………俺も魔法職なんだけどな。


「神よ! 僕に力を! この邪悪を打ち倒す、力を!」


 なんかトライホーンの少年が熱く叫んで魔法を放つ。

 どうやらレベル七の火の魔法のようだ。

 けれど硬質なイブの足には焦げ跡一つつかない。


 攻撃は通ってるが、目に見える損傷になるほどの威力がないんだろう。


「神よ! 我らをお救いください!」

「神よ! 我らを見捨てたのですか!?」


 なんかトライホーンの少年に感化されたみたいで他の人間たちも叫ぶ。

 ずっと泣いてるしなんなんだ?


 というか、ゲームだったら表示されるダメージの数値、五百も行かないんじゃないか?

 それで百万以上の体力持つイブリーン・ティ・シィツー倒すのは無理がある。


「つき合う必要もないな。イブに事情も聞かなければいけない。さっさと害虫は駆除しよう」

「神を呼びつける不埒者の始末なら俺がしますよ」


 笑顔で言うアルブムルナだが、別にあの神よって俺のことじゃないだろう。


「ま、こいつらから情報取るのも殺してネクロマンサー使ったほうが早いですよね」


 ティダはやる気になったようで、俺が地面に降りると木の上から飛び降りてついてくる。

 遅れてアルブムルナも飛び降りて来た。


 俺がゆっくり落下する間に、二人は危なげなく着地する。

 とても軽やかな着地だったが、その音で人間たちはこちらを振り返ったのだった。


隔日更新

次回:害虫駆除

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