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187話:七徳の節制

他視点

 遅かった。

 僕の目の前で起こったのに対処が間に合わなかった。


 乙女の骸布を濡らす血が乾き始め、イブが活動を再開しそうな予兆はあった。

 僕たちを無視するかのような言動をおかしいと思ったのに、焦って状況把握を怠ったんだ。

 気づいた時には何者かと交信し、止めようとしたけれど結界の類らしい光の膜がイブを守ってしまった。


 退避を命じたのは勘なんて言う不確かなものだ。

 けど勘は外れず、光の膜はとんでもない強度でもって周囲を破壊した。

 逃げ遅れた者を潰してなお広がり、今もまだ光の膜は広がり続けている。


「小屋が崩れる! 崩落に巻き込まれる前に逃げろ!」


 僕は言いながら外へ飛び出し地面を転がった。


 ここは表面上、岩壁を背にした狩り小屋。

 けれど実は小屋の奥に洞窟があり、逃げないようそこにイブを持ち込んでいた。


 小屋の内部と同じ風を装った内装だったけれど、壁の向こうは三方が岩場。

 岩と光に膜に挟まれ逃げ場を失くした部下は押しつぶされて死んだのを肩越しに見た。

 そして脱出した先の小屋も光の膜に内側から破砕され、洞窟さえもひび割れ崩れ始める。


「いったい何が!? いや、それより馬は…………!?」


 僕は地面から転がり起きて一番の懸念を確かめた。

 周囲は明るく光の膜が霧と暗雲の下を昼のように照らす。

 そして遠ざかる馬も見えた。


 どうやら二十一士の二人は崩壊前に脱出できたようだ。

 けれどそちらへレイスが引きつけられるように動くのが見える。


「く!? 届くか?」


 光魔法を放ってレイスを狙う。

 単発の魔法の上、遠くて半分も落とせなかった。


 そして一番の問題は光の膜がなおも広がること。

 僕は二十一士に神の加護を願って眼前の敵に向き直る。

 周囲は曇天も霧も関係なく輝いて見通しはよくなっていた。

 反対に光の膜の内部はもはや白く光りすぎて見通せない。


「イブに何が起きている? この状態に心当たりのある者は!?」


 聞いても混乱するばかりで、部下たちも怪我を負いながら声の届いた者はわからないと身振りで示す。


 僕はトライホーンを握り締め、呼吸を整えた。

 冷静に状況を判断しなければ、世界を、人々を守るなんて大きな存在意義を全うすることはできない。


「イブは誰かと交信していた。そしてそれを神と呼んだ。竜人多頭国にいるという聖蛇に類似した上位存在の可能性がいるかもしれない、あとは…………」


 状況把握をしようとしたところ、早口な声が漏れる。

 今は気にしていられないけど、もし師匠がいたら迂闊すぎるときつい稽古をつけられていたところだろう。


 いや、今はそんなことを考える必要はない。

 集中だ、集中。


「他にイブが言っていたのは、本来の力? この光の膜がそうなのか?」


 結界を張れるジョブがあり、それを英雄は盾役と呼んでいた。


「結界は神官系ジョブでも張れる。つまりあそこはやはり聖堂。そして宗教施設? イブは神をまつる司祭的な役割だった?」


 英雄に教えを乞うたことがある。

 師匠が強者を見ておけと強く勧めるため、当時は気が進まないながら頭を下げた。


 フォーラさんも経験で知っていたことで、ダンジョンとそこにいる敵にはコンセプトがあると英雄は語った。

 それで傾向や敵の弱点が見えると。


 そう言う世界だったそうだ。

 異界は、人間がエネミーと呼ばれる者から神までを倒して強くなるための場所だったと。

 そんなふざけた世界あるわけがない、老人のたわごとだと思った。

 けれど今はそのたわごとのような可能性に縋るしかない。


「倒せる、やり方はある、盾役は盾を引きはがす条件を持ってる。光属性が効かなかったのは神官系ジョブだから? だったら剣を使うのは、騎士ジョブもあり得る?」


 神官と騎士のジョブを併せ持つのは聖騎士。

 あまり記憶に残ってないからたぶん魔法職ではなかったはず。


 今となっては自分が使える手段にばかり注目して、魔法職以外に目を向けなかったことが悔やまれた。


 ただ覚えている中で、スキルで張れる結界には解除条件があるはずだ。

 一定の攻撃や周囲にいる者の撃破、特定の属性を当てることで解除される。

 僕は以前聞いた条件を思い出しながらやってみた。


「周囲のレイスは違う。属性も違う。攻撃によるダメージは…………変化なし」


 トライホーンで攻撃し続けるけど、手応えもないまま魔力は尽きる。


「ぐぅ…………! 誰か、魔力の回復薬を…………」

「し、しかし節制。今日何本目か。腹が下ります」

「そんなこと言っていられないだろう!」


 薬は飲み過ぎると腹が下るか吐き戻すことになる。

 体調不良なんて敵を前に失態は犯せないけれど、そんなこと言っていられない緊急時だ。


「僕がここで足止めをしないと」

「変身前に攻撃するなど、無粋の上に無駄なことを」

「誰だ!?」


 何者かの声が聞こえ、僕は今飲んだ回復薬の瓶を投げつける。

 けれど木立に消えるだけで誰の姿もない。


 そしてよく見れば周囲からレイスが消えている。

 気づけば光の膜の膨張も止まっていた。

 冷静になろうとしていて、結界を破る方法に意識が向き状況把握がおろそかにしてしまっていたのだ。


 自分の未熟さが呪わしい。


「なんだ、この形は? まるで…………卵?」


 光の膜は横倒しにした鶏の卵のような形で膨張を止めていた。

 異様な静けさに全員が耳を澄ますように光の卵に注目する。


 まるで周囲が鎮まるのを待っていたかのように、突然卵にひびが走った。

 音はない。

 ただ街中にある四階建ての集合住宅ほども大きな光の卵が確かに割れている。


 光る表面に比べて中は暗く何も見えない。

 一瞬からではないかという希望が頭をもたげたけれど、内から卵を割って出てくるものがあった。


「…………なんだ、あれは?」


 それは巨大な木のようであった。

 それでいて関節があり、卵から出される八つの物体が地面を踏みしめ、ようやく足だと理解するけれど、その材質は鉱石のようでもある。


 卵はひび割れていた意味もない様子で、足が触れると光る砂になって消えていった。

 そして内側から特別大きなものが身を起こすと、卵だった光は周囲に渦を巻いて舞い散り幻想的な光を広げる。


 さらに巨体が動くことで空気が引っ張られ霧が晴れる。

 上を見れば雲をも突く巨体のために暗雲が割れていた。


「あ…………あぁ…………あぁ!?」


 誰かの口から溜め息とも悲鳴ともつかない声が漏れる。

 僕が自分の声だと気づいたのは、無意識に苦しい喉を触ってからだった。


 息が浅くなり早くなる。

 鼓動がガンガン叩くように激しくなって眩暈がするのに瞬き一つできない。


「あり、えないだろう…………」


 絞り出した声がざらついて耳障りだ。


 立ちあがったそれを既存の生物に例えるなら蜘蛛だろう。

 八つの長い足、丸みを帯びた体。

 けれど山に比肩するその大きさはなんだ?

 心胆寒からしめる存在感と、自分自身を苦しめるほどに心が乱れて存在を容認できない。


「ありえないありえないありえないありえないありえない!」


 心も思考も理性さえもかき乱し、叩き折り、引き潰されるような不快感が去来する。


 見ていてはいけない。

 その存在を受け入れてはいけない。

 そんな思いが鐘を打ち鳴らすように頭を回る。


 気持ち悪い、寒い、震える、目が離せない。


「ひぅ…………!」


 妙な音と共に倒れる人影が視界の端に映った。

 それでようやく目が逸らせ、そして辺りで部下たちが倒れていることに気づく。


 ある者は頭を抱えて、ある者は目を見開いたまま失神たように、ある者は祈るように身を縮めていた。


 なんとか小屋から逃げ出した者の中で、立っていられたのは僕だけだった。


「あ! イブが本性に戻ってる。なんだ、あたしらくる必要なかったじゃん」

「おぉ、圧巻。やっぱり神ってすごいな。これ、俺の船団揃えても辛そう」


 正気さえ保てない静かで異様な空気を打ち破る気楽な声が響く。

 僕は脂汗を体中に感じながら、新たな脅威を予期して振り返った。


 木立から現れるのは黒と白の子供でどちらも見ない恰好をしている。

 ただその身を飾る装飾品は凝っていて、決して周辺に暮らす者ではないことを物語っていた。

 そして黒い肌の少女は僕より幼く、白い髪の少年は僕より幾分年上のようだ。


 そんな子供がここにいること自体が不自然だ。

 だが僕はまとまらない思考の中で、耳に残った言葉を繰り返す。


「…………神?」


 僕は耳を疑って聞き返した。


「お、喋る余裕のある奴いるのか」

「って言っても魔法使いみたいだね、残念」


 白い少年は槍を、少女は巨大なハンマーを携えている。


「あんなのが神である訳!」

「お?」

「うわぁ」


 白い少年が上を見て、黒い少女は気楽に声を漏らす。


 けれど二人揃って僕から距離を取るように動き、その体捌きは素早く無駄がない。

 明らかに強者だ。


 そう思った時には、僕の右腕と右足の半分は削り取られていた。


「あ…………あぎゃぁぁあああ!?」


 痛みと熱と衝撃と、耳が通じなくなったような異常な片側の無音。


 衝撃によって倒れたことで、僕のすぐ隣に振り下ろされた長い足に気づいた。


「イブ! 狙いが雑すぎ!」

「いや、今のは俺たち巻き込まないようにじゃないか?」

「この距離で見える? 蟻識別するようなものじゃない?」

「そこは監視の神として見分けるだろ。それが大神に与えられた役目なんだし」


 白と黒は気軽に話し続け、僕のことは眼中外だ。

 そして話の内容からイブの仲間であることはわかった。


 足が持ちあがり上を見ると、いつの間にか丸いと思っていた胴体に白い泥を固めたような人形に似た女性型が現われている。

 そこから異形の八つの足が生え、丸かったのは緑色の大きな羽が全体を覆っていたからだ。

 天を覆うほどの羽を広げた今、足を一つ上げ、僕に向かって今度こそ確実に振り下ろしていた。


隔日更新

次回:イブの神性

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れさまです。仮にも神なだけあり圧倒的存在感。 霧などでどうなってるかは分かりませんが 山のような大きさなら、本性が顕現したのを観測された可能性も? 現地側への波及も大きく物語も加速…
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