185話:七徳の節制
他視点
ダンジョン調査は死ぬものが出ることも珍しくはない。
調査を任された『酒の洪水』のフォーラさんもその点は覚悟の上でいたのは側で見ていてわかった。
それでもきちんと生き残れる可能性は用意しておいて着実に進む手際は、一人だけで金級探索者を続ける実力を感じさせたものだ。
そのフォーラさんの死は、予定外でもあり、予定内でもあった。
敵が強すぎたことが予定外。
けれどその強すぎる敵を対処するためにフォーラさんに死んでもらうのは予定内。
予定外もあったため、死体は処理する余裕がなかったから置いて来た。
けれどまさかフォーラさんがゾンビとなって追ってくるなんて思いもしない。
「それに、どうしてこんなに、強い!?」
「節制! これは何かおかしい!」
「ただの怨みつらみではないようです!」
上に下にフェイントをかけながら、攻撃自体は常人を越えた腕力任せ。
杖術を使いトライホーンで受けながらも、想定外の連続に僕は怯む。
二十一士も異常を察して焦燥を浮かべた。
フォーラさんが起き上がったのは僕への怨みかと思ったけれど、言われてみればこの強さはおかしい。
確かにアンデッド化した人間は生前より凶暴で遠慮も容赦もないため強くなる。
けれど基準になるのはやはり生前の強さであり、神聖連邦の決定で王国には強者はいないようにしてあった。
残った金級探索者も単純な強さではない癖の強い者ばかりなのだ。
貴族混じりの『水魚』は安定していても冒険をしない堅実で突出することのない集まりだ。
一人きりで他を切り捨てる『酒の洪水』は依頼成功率こそ突出して高いものの、犠牲を出すことが多く強さというより容赦のなさゆえの実績だった。
そしてあと一組は、暗殺者集団『闇の彷徨』と思しき双子二組。
強さはあるが、犯罪組織の構成員であるなら王国外に出すほうが問題のある者たちだ。
「やはり何者かがあのダンジョンにいたのか? ボスはイブじゃなかった?」
正直、あれ以上がいるとは思いたくない。
いるとすればこうしてフォーラさんを嗾けられる能力の持ち主だろうけれど、ネクロマンサーが操るにしても強すぎる。
根本的に僕が本気出せば倒せる程度だった生前のフォーラさんとは強さが違う。
このまま魔力と体力を節約していては粘られこちらも痛手を追うくらいに、強さの底が上がっていた。
それでも確実にやれる期は満ちる。
僕だけを狙うからこそ、二十一士二人を眼中外に置いているのが間違いだ。
その二人が足を狙って構えても、ゾンビの回復力で避けない。
だからこそ一瞬動きが止められる。
「そこだ!」
僕はトライホーンで一定範囲を浄化する光属性の魔法を放った。
レベル七のこの魔法は消費する魔力が多く、範囲攻撃で強力だが連発はできない。
ゾンビの割に動きも素早いため、効果範囲から逃れられない隙を作る必要があった。
浄化の光に抗うフォーラさんは、予想に反して腱の切られた足で僕に近づこうと一歩前に出る。
けれど至近距離でアンデッドに良く効く魔法を浴びているのだ。
伸ばされる手はもはや力弱く縋るようにも見えた。
けれど僕は七徳として、世界平和のためにも魔法の威力は弱めない。
「魔物に落ちたなら消えてください」
罪を犯さない内にと願いを込めて、僕は黒く染まった目を見つめて告げた。
けれどフォーラさんだった者は、一声吠え飛び出す。
手を地面に突くとそのまま口を開いて僕にかみつきにかかった。
「ぐ!?」
魔法を放っていたので防御が間に合わず、特に低く這う形だったからこそ避けにくさもあった。
僕は足を手ひどく噛まれて皮膚が音を立てて食いちぎられる。
痛みを感じつつも、トライホーンの一角のほうでフォーラさんだったものの頭を突きさした。
黒く変質した目と視線が合う。
覗き込めば落ちそうな底知れない穴のような暗い瞳だ。
「節制!」
二十一士に呼ばれて気づいた時には、すでにゾンビは崩れて消えていた。
「すぐに回復を」
「いや、魔力が惜しい。止血して先を急ごう。乙女の骸布の乾き具合も心配だ」
僕は先に進ませた部下を追うことを優先して二十一士を止めた。
足を止血して進むと、思ったよりレイスが多い。
ゾンビと戦う間に適宜浄化していたけれど、討ち漏らしが多すぎたようだ。
知った顔のゾンビに心乱され、気を割きすぎていたせいだろう。
「先頭は何処だ?」
レイスから部下たちを助けつつ、僕は聞く。
なかなか追いつけないせいか、進むごとに嫌な予感がした。
いや、レイスに感じる冷えた危機感が増すような気配だ。
不安が募る中前へ前へと仲間を増やしながら進む。
だいぶ隠れ処に近づいていると思った時、木立の向こうに人影が見えた。
足りない三人はともに無事。
ただ一人が血塗れの布を抱えて全員が息をひそめるような緊張感を纏っていた。
「どうした? 何故止まっている」
「節制!」
安堵した様子で僕に答える。
「実は動いたんです。このまま運び入れていいものかと」
「何? もう効果が切れているの?」
触るとまだしっとりと濡れている。
そして布の向こうから身じろぎが感じられた。
「確かに動いているな」
僕の言葉で二十一士が武器を構える。
「何か言っているようなのですがよく聞こえず」
だから立ち止まって耳を澄ませていたということらしい。
「動いたのならなおのこと、今は先を急ぐべきだ。封じる際に布を開く。それで聞こえることもあるだろう。まずは不測の事態が起きた時に対処できるよう準備を整える」
僕の指示で体勢を整えて、隠れ処に向かった。
その間にあれだけしつこかったレイスも追跡を鈍らせる。
ゾンビを倒したからだろうか?
僕たちはレイスに痛手を負いながらも脱落者なく隠れ処に辿り着くことができた。
隠れ処には人がいるはずで、馬も用意してある。
なのにひっそりとしておりまるで無人かと錯覚させられた。
「…………山」
「川」
外から合言葉を呼びかければ、返答と共に内側から扉が開く。
待機していた部下たちも安堵の顔で僕たちを出迎えた。
けれどすぐさま険しい表情を浮かべて報告に移る。
「馬は十一頭。封縛のアイテムは六種がございます」
「すぐにアイテムの準備をしてくれ」
「はい。馬は鞍を乗せ、アイテムもいつでも使えるようにしてあります。まずは休まれてはどうでしょう?」
「すでに追っ手はかけられている。猶予がない」
レイスが来て、戦いを察知したようにゾンビが現われた。
もうイブ以外に操る者がいると見るべきであり、確実にこちらを補足していると考えるべきだ。
「オークプリンセスではない。いったい何者だろう?」
「使役するならばネクロマンサーでは?」
考えを呟く僕に二十一士が疑問を告げる。
「以前、ネクロマンサーも魔法系のジョブであるから調べたことがあるけど、あまり詳しく記録が残っていないんだ」
何せ過去の英雄の誰もネクロマンサーではなかった。
多岐にわたるジョブを習得した英雄が何人も現れている。
けれどネクロマンサーは死にジョブと言われ耐久も効率も攻撃力さえ微妙として習得する者がほぼいない状態だったという。
「そうなのですか? ですが、魔物でネクロマンサーは驚異的な力を発揮することもあります」
二十一士の言うとおりだ。
英雄たちがジョブとして身につけるには物足りない性能。
けれど異界の悪魔たちがネクロマンサーとなれば話は別だった。
エネミーと呼ばれる人外の者たちは、ネクロマンサーとして死者を操りゾンビやレイス、ゴーレムを湧かせて襲いかかってくる。
「そうなると何故すぐには出て来なかったかだよ」
オークプリンセスは何処へ行き、何に助けを求めたのか?
「それは、今一度あのダンジョンを調べ直す以外に答えはないかと」
「それもそうだね。うん、今は目の前のことに集中しよう」
二十一士の言葉に僕も切り替えて応じた。
そして封縛のできるアイテムが用意された部屋に通され、イブは部屋にあったテーブルに乗せる。
「追加攻撃があるものの、血を啜り体力を奪う呪いの茨。一定時間眠りを強いる竪琴。斬りつけた者の生命を吸い、持ち主に与える魔剣。つけている間は素早さや攻撃力は下がるものの、防御力は上がる足枷。腕力は増強するも思考能力を大きく低下させる金冠。魅了し攻撃的意思を削ぐ眼鏡。一定時間拘束できるが運ぶには大きい、大蛤」
力を封じるため用意した六種のアイテムは、どれもメリットとデメリットがある。
乙女の骸布が機能してる今なら、イブを強化してしまう要素は無視できた。
けれど移動途中で拘束が解けてしまえば、こちらも痛手になるだろう。
「また、近隣から集められる能力低下の魔法が使える者と、結界を施せる者を用意させていただいております」
それらは別室で待機させており、こちらの事情は漏らさないよう注意を払っているという。
なので何も知らせないままイブにデバフをかけさせ、結界を張れるジョブの者は同行させる。
他にも注意事項があり、竪琴は複数回使用可能だがいつ弦が切れて使用不可能になるかわからない。
大蛤は一度で使い切りの上、対象が巨大な蛤の中に閉じ込められるので、もちろん馬に乗せられない大きさであり運搬に支障が出るということだった。
「竪琴はここを出る前に一度使う。大蛤は竪琴の弦が切れてからだ。足枷は足のほうを捲ってつけよう。金冠は額として、茨は何処か指定は?」
装備する場所の指定はないということなので首に着けることにした。
「魔剣は胸に刺しておこう。僕は魔法使いだし剣は使いにくい。けれど刺すだけでも効果は発揮するだろう」
手順を決め、イブが暴れ出した場合に備えて僕は乙女の骸布に手をかける。
「まず顔を捲る。目を合わせるな。行くぞ」
声を合図に高まる緊張の中、僕は血塗れた布を捲った。
「う、うぅ、うぅぅ…………」
身じろぎ、布の中でくぐもった声を漏らし何か言っている。
そう思っていたイブは、言葉にならない声を漏らしながら泣いていたのだった。
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