183話:ヴァン・クール
他視点
朝、ふと手が空いて天を仰ぐ。
戦場が遠い。
俺は思わずため息を漏らした。
「ヴァンさん、さすがに夜の深酒が応えますか?」
茶化すアーノルドは、俺の意気が低い理由を察してあえて言っているのだろう。
今は早朝。
出立のために準備中だが、向かう先は北ではない。
中央のお歴々はどうやら、北の戦場に戻して俺に兵を持たせるのがよほど怖いらしい。
味方にならないのならば無力でいろとはあまりにも身勝手なやり方だった。
帝国からの侵攻という脅威があるというのに、俺を浪費するつもりのようだ。
「調査なんてさっと終わらせて鼻を明かしてやればいいんですよ」
「金級探索者がやられたダンジョンだ。気を抜くな」
俺を留めておく理由として、貴族どもはダンジョン探索を命じて来た。
軍属である俺たちのやるべきことではないが、理由付けに金級探索者『水魚』が倒れたダンジョン深部に送り込めるほどの強者が他にいないと言われている。
『水魚』の評判は俺の耳に入っている。
若者が多いが、実力も質も安定した探索者たちだったはずだ。
その壊滅は王都でも騒ぎとなり、貴族出身者が多かったことも自らの優位を誇る貴族たちを動揺させた。
何よりノーライフファクトリーでとれる魔石は魔法を使った技術を支える要。
俺たちのダンジョン調査が陛下にも認可された以上は命令も同じため、断るという選択肢はなかった。
「それで言えば俺たちじゃなく他の金級に頼めってもんでしょうけどね」
いつの間にか俺がアーノルドの愚痴につき合う形になっている。
「三組いた金級の一組が壊滅したんだ。国が動くことに不思議はない。それに残る金級二組のどちらも、すでに別の依頼を受注している。他の金級を他国から呼ぶには時間がかかる。俺たちは事前調査をする理由はまっとうなものだ」
これはルージス殿下の発案らしい。
第一王子として存在感を出したいために推し進めたように思われる。
今までは泰然と構えていたのに、突然弟であるアジュール殿下に対抗するように派手に発言をし始めた。
何か俺たちが知りえない動きがあったのだろうか。
「実はこれ、小耳に挟んだんですが…………『水魚』が失敗して半減することになったノーライフファクトリー地下、あそこに行ったのは王家の側の働きかけがあったからだそうです」
「確かなのか?」
「そこは噂なんで、なんとも。ただ命じられたのがダンジョン調査ってのが裏感じませんか?」
「探索者たちが金級でも殺されたっていうんで、尻込みしたまま放っても置けないから、まず国が動いて見せるんだろう」
アーノルドに答えつつ、俺はルージス殿下から調査とは別に『水魚』の遺品回収を命じられていることを思う。
人道的にも言い訳の立つ人気取りの行動だ。
そこに俺を縛る理由付けとしてちょうど良いと他の貴族も賛同して現状がある。
「…………まるで焦っているようだ」
「あ、そう言えば。あちらが忙しくなったら途端に派手にしていたほうが大人しくなりましたね」
アーノルドは的確に俺の言葉の意味を捉えて主語をぼかした。
忙しく動き出したのはルージス殿下であり、大人しくなったのはアジュール殿下だ。
そして俺が言った、焦っているのはルージス殿下のほうだった。
「何があったんでしょうね」
アーノルドは興味があるわけじゃない。
ただ戦場での勘が、何かよろしくない流れになっていることを感じ取っているんだろう。
俺もそう感じてる。
だからこそこうして諾々と命じられたまま出発していいのかと考えてしまう。
「戻れないどころかここを離れられない。だったら少しでも備えられる言い訳があるほうがましだ。そう思って、釣られた気もしないではないんだがな」
現状軍属だが、俺に指揮できる兵はおらず軍権もない。
得るには戦場に戻ることが一番でも、それを権力闘争が許さない。
第一王子派も第三王子派も、味方にならないなら敵にならないようにしようと馬鹿なところで足並みをそろえているのだ。
とは言えこちらも少ないつてでなんとか北に戻れるよう動いた。
そうしたら次はダンジョン調査の話が舞い込んだ。
もちろん調査においては十分な物資と兵数が用意された上でのこと。
これは無手でいた俺の側からしても渡りに船と思うべきなのだろうか。
「俺に政治や駆け引きの才能はないな」
「そうしたらヴァンさんは天から二も三も貰うことになりますからちょうどいいですって」
「それはどういう慰めだ?」
俺とアーノルドが益のない話を続ける間にも、周囲は準備の最終点検にはいる。
「物資、馬、食糧…………現地とのつなぎは向こうで…………よし、整ったか」
「もう出発か、見送りには間に合ったかな?」
声をかけられ見ると、取り巻き連れた王子がわざわざやって来ていた。
「これはルージス殿下」
現われたのは、先ほどまで噂にしていた第一王子。
俺は周囲に片手を上げて待機させると、ルージス殿下は当たり前の顔でやってくる。
「早朝にどのような御用向きでしょうか」
「そう警戒するな。と言っても無理からぬことだろうが」
いつもならもっと勿体ぶる。
それが次期国王としての威厳でもあるんだが、今日はすぐに本題に入る姿勢を見せる。
やはり焦りがあり、そして疲れが見えた。
「隔意がないことを伝えておこうと思ってな。『水魚』がノーライフファクトリーに行く理由を作ったのは私とアジュール、そしてオルヴィアだった」
「…………地下の調査を?」
「いや、あれは本当に偶然だ。『水魚』が自ら見つけた道であり、私たちは魔石を求めた」
オルヴィア王女と『水魚』の今は亡きリーダー、イスキスの会話からの縁だという。
問題は大きな魔石と色付きの魔石を求めたこと。
探索者でない俺でも、なかなか出ないと聞く珍品だ。
「深追いした可能性は拭えない」
ルージス殿下は『水魚』の壊滅に対して責任があることを俺に伝えていた。
「生き残った『水魚』曰く、地下に降りる階段から見える範囲での戦闘だったらしい。調査と言っても戦えとは言わない。だが、できれば遺品の一つでも持ち帰ってくれ」
イスキスを始め貴族から死者が出ており、その関係者たちに背かれては問題なのだろう。
だから遺品の一つでも与えて遺族感情を逸らしたい。
そう勘ぐることはできる。
「それはアジュール殿下とオルヴィア姫の意向も含まれているのでしょうか?」
「オルヴィアは新たな犠牲が生まれるほうを嫌がる。だがアジュールはどうだろうな」
含みに俺は腹の底で警戒を強めた。
するとルージス殿下は声を低めて続ける。
「あれは今、『酒の洪水』を使って新たに見つけたらしいダンジョンの調査をしている」
奥歯を噛んで声を耐えると、俺が騒がなかったことにルージス殿下は小さく頷く。
「本当に新ダンジョンだった場合、ノーライフファクトリーからはさらに探索者が遠のく。これが、遺品を回収する最後のチャンスかもしれない」
「ノーライフファクトリーを閉鎖のままにすると?」
「閉鎖は地下だ。そこがなければとふたをして、また探索者を入れられれば領主は安泰。国としても供給が滞るほうが問題だ。頷かないわけにはいかない」
俺は頷きつつ窺い、言葉が嘘ではないことを確かめる。
ただ真実だけでもないことを承知の上で。
単純に考えてアジュール殿下への不信感と悪感情を与えたいのだろう。
戦うならばそうした欺瞞工作もありだ。
調査もやらないよりやるほうがいい。
死んだ『水魚』にも家族がいるのだから遺品回収に否やはない。
「この調査が終われば私はお役御免でしょうか?」
暗に北に戻りたい旨を伝えるが、ルージス殿下はこちらの表情を見る。
「場所は西の山脈から続く森だ」
なんの場所か一瞬わからなかったが、すぐに新ダンジョンだと知れた。
「まさか、巨人の動きに関わりが?」
「さてな。アジュールが情報を封鎖していてわからない。だがあそこでことが起きたならその可能性もあるか。なんにしてもノーライフファクトリーから戻った時には『酒の洪水』も戻っているだろう。そうなると西で未確認の魔物と戦闘した貴殿の情報とすり合わせが必要になる」
つまりまだ北には戻さないということだ。
俺の不満顔を見てルージス殿下は苦笑した。
「力を評してのことだ。それに現地で人間に会ったと聞いた。場合によってはその者を捜すことも必要になる」
「ダイチどの、ですか」
冷静で慈悲深く、豪胆でもあり強者でもある。
あの御仁が捜して見つかるような方とも思えないが。
「それと」
ルージス殿下は離れるそぶりを見せつつ告げる。
「北では今、我が国よりも熾烈な争いが起きているという。あちらに次の戦いの準備をする余力が残るかどうかわからんぞ」
「甘く見てはなりません。今までの滅んだ国がそうして帝国の内情を眺めて消えました。ましてや最も恐ろしいのは統制なき暴力です」
「専門家に言うことではなかったな。忘れてくれ」
ルージス殿下はそういって去ると、離れていたアーノルドが俺の側に戻る。
「なんだったんです?」
「点数稼ぎと対抗馬への悪評の流布と言ったところか」
「無駄なことを。ヴァンさんは加担しないっていうのに」
「まぁ、こざかしいことをされるとそれだけ見方は辛くなるな」
とは言え、俺はどうする立場でもない。
気になるのは北にはやはりそうそう戻れないこと、そして西。
「ダイチどのはどうしておられるだろうか」
「巨人出たとは聞きませんし、今までのように隠棲しているのでは?」
知られることのなかった人物だ。
確かに隠者なのだろう。
そしてアーノルドが言うとおり、あの方が世に出られるなら、相当の変事があった時だろうと思えた。
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