180話:外れる前科
俺の眼下にある砦がスクリーム率いるレイスに陥落させられた。
「ふむ、前科があるからと思ったが当てが外れたな」
俺は上空からゆっくり落下しつつ呟く。
ファナ相手に婦女暴行をした兵士が所属していた砦だから、美少女を誘拐する可能性もあると思ったが違ったようだ。
落下の最中、一番高いところで狼煙を上げていた兵士と目が合う。
と言っても俺に顔はないが、感覚的にそんな感じだった。
「ひぃぎぃ…………!?」
大汗をかいて狼煙を上げていた兵士は喉を絞るような声を漏らす。
どうやらスクリームの石化の叫びに抵抗して動ける者がいたようだ。
ただ目が合っただけで俺から遠ざかろうと必死に後ろへ下がる。
逃げるザリガニのような動きに驚いていると、止める間もなく擁壁を越えてそのまま落ちて行った。
うん、止める必要もないからいいか。
「問題はここにイブがいないことだな」
マップ化をしても反応なし。
襲われてもイブを捕らえたような強者が出て来る気配もない。
俺はスクリームに押し入られて今なお叫びと抵抗する音が聞こえる砦を転移で後にした。
「さて、ティダはどうだ」
転移した先はさっきまでいた砦よりも南にある王国の砦。
ティダには手勢のダークドワーフを連れて襲うように指示を出してある。
人間の移動にはどうしても物資が必要になるのだ。
海上砦から徒歩で移動できる補給地点になりそうな所を優先的に狙った。
それがファナがいた砦、南の砦、北の村の三カ所。
「おーい、イブー。いたら出て来なよー」
ティダが口の側に手を当てて声を上げる。
南の砦は霧にまかれて薄暗く、ダークドワーフたちは光る眼で着々と包囲を築いていた。
その音のなさは忍者のようだ。
そして黒い肌と小柄さから何処か地獄の餓鬼を思わせる怖さがある。
イブのいる夜の海上砦の聖堂を抜けて、至るダークドワーフの地下帝国。
ゲームで実現していたなら、冥界に封印されていたという演出は成功していたことだろうと改めて思う。
「いないかな? ま、突けばわかるよね」
気軽に言ったティダは、肩に担いでいたウォーハンマーを両手で握った。
立ってるのは南の砦の正面。
鎧戸と閂で完全に封鎖されており、内部では着々と弓兵が弓矢の用意をしている。
砦から少し目をやれば、逃げる人間がマップ化に反映された。
どうやら武装してない一般人のようだ。
将軍であるティダにとって非武装な弱者は無視らしい。
イブの反応もないので俺としてもどうでもいい。
「ノックしたら行こうか。せーの!」
分厚い守りがされた正面の門の前で、ティダは腰を落として上半身を捻った。
砦内部の混乱は、小柄な少女が自身より大きな槌を振りかぶる姿の異様さから。
指揮官とわからずも、危機感を覚えた者が砦の上部から矢で狙おうとしていた。
まだ弓兵は並び切っておらず砦側の指揮官からも指示はなし。
狙いを定めたが射るべきかどうかという逡巡で動かない。
そうして迷っている間にティダはウォーハンマーを振り抜いた。
「おっじゃまっしまーす!」
元気な掛け声でウォーハンマーを叩きつけると、鎧戸が大きくたわむ。
門としての形は残すけれど、ティダの攻撃に蝶番が原形をとどめることは無理だった。
砦の門は壁から離れて内側へと土煙を巻き起こして倒れる。
その上にティダはウォーハンマーを抱えたまま跳び乗った。
「よぉし、やっちゃおう」
「…………ばけもの」
明るいティダの笑顔を前に、兵士の一人が呟く。
敵を前に呟く間抜けさを目にして、ティダはちょっと意気を削がれたようだ。
「外れかな? イブ相手にやったっていうならそれなりだと思ったけど。やっぱり海上砦も抜けない程度の弱い奴しかいないのかなぁ。それはつまんないなぁ」
ぼやく間にティダの後ろにいたダークドワーフたちは、その身軽さを生かして弓兵がいる砦の高い哨戒路へ殺到する。
守りの陣形を敷こうとする相手に、ティダはもはや落胆を隠さない顔だ。
「えー? 攻めて来てよ。こうして入り込まれたらもう守るなんて無理ってわかるでしょ? なんでこんな外れ引いちゃうかな? 村よりましな相手がいると思ったのに」
もはや興味を失くしたティダは入り口を壊したのと同じ大技で陣形のため固まった兵を一塊にして打ち潰した。
エリアボスとしてのティダの特徴は、一定時間やダメージで溜まるチャージ攻撃のチャージ時間が短いこと。
真っ暗な中襲ってくる以外は魔法も使わない、味方にバフをかける程度で大したスキルもない序盤のボス。
(けどチャージ攻撃は全て範囲攻撃の上、大技連発して物理で押してくるからレベルマプレイヤーでも物理防御弱かったり気を抜くとごりっとやられるんだよな)
ティダの一振りで、一塊の人間たちが肉塊に変わる。
以前の『血塗れ団』は斬り飛ばされていたが、あれよりも攻撃的なモーションなので、結果は骨まで砕けて人の造形がわからなくなるレベルだ。
「ここにもいないか」
俺はマップ化も使ってイブがいないことを確認すると、今度はアルブムルナの下へ転移する。
最後に見た南の砦は、ダークドワーフに内も外も蹂躙され逃げ惑う様子だった。
「さて、アルブムルナは…………すでに村を押さえた後か」
上空から俯瞰すると同時にマップ化で位置確認を行う。
村の入り口と裏口っぽい場所をムーントード三体ずつで押さえ、羊獣人は二人一組が五つで村周辺を周回していた。
そして村の入り口近い広場に村人たちはムーントードに囲まれて座り込んでいる。
「アルブムルナはムーントードの姿になってるのか」
アルブムルナの本性は他のムーントードと変わらない。
ただ持ってるのは変わらず槍に似た杖だ。
一定ダメージで本性を表すアルブムルナを、襲い来るムーントードの中から見つけ出して倒す必要がある。
ゲームとしてのエリアボスでは弱いほうだが、常にムーントードの中に紛れて狙いにくいというボスだ。
倒せば海賊の宝として実入りのいいドロップもあるが、海賊船内部のギミックを解除して探すという戦闘以外の手間が用意されていたはずだ。
「角でできた杖を持った探索者風の少年と、ローブ二人、場合によってはドレスを着た水色の髪をした少女だ」
「知りません! お疑いなら村の全てをお捜しください!」
声の限りに訴えるのは、若い頃なら腕も立っただろうという体格の男。
すでに皺が目立つ顔なので村長的な者なのだろう。
背後で庇うように村人たちが座り込み、子供は親類らしい女性に抱えられて泣くばかり。
男が少ないのはすでにこと切れて周辺に倒れているからだ。
手に斧や鍬を持っているので抵抗して返り討ちにあったのだろう。
「そう警戒するな。襲われたから自衛をしただけだ。素直に答えてくれればこれ以上悪いことにはならない。それで、通りがかったのを見た奴もいないか?」
アルブムルナはムーントードの大きな口に笑みを浮かべて諭すように探る。
村長は村人たちを振り返って確かめるが誰も首を横に振るばかりだ。
「我々は畑仕事のため日が昇る前に起きだします。その後は今まで畑仕事をしておりました。余所者がいたなら見ているはずです」
なるほど、日が昇ってアルブムルナたちに襲われるまで活動をしていたのか。
周囲を霧で覆う前の段階なのだから、畑に囲まれたこの村では見逃しようもないだろう。
「そうか知らないか。それはしょうがない。神のご要望に応えられない役立たずはもういらないな」
アルブムルナは杖を掲げた。
「何を!? 約束がちが…………!」
「違わないさ。最初から皆殺しは決まってたんだ。拷問して今以上に辛い死を与えられない分、悪くはなかっただろ?」
アルブムルナは上から石を叩きつける魔法を発動すると、続いて地面から突起を打ち出す魔法も併用。
それでその場の村人全員が確実に死ぬという二段構え。
的の小さな子供も漏れなく動かなくなる。
「よし、略奪するに値するもんもないだろうし家屋は一つずつ壊すぞ。這い出してきた奴がいたら捕まえて尋問。手足の一つや二つは千切っていい」
ムーントードたちは残忍な笑い声を上げて沸き立つ。
羊獣人たちも蹂躙された村人たちを横目に、自分たちが犠牲にされなかったことに安堵して笑っていた。
「ここも違うか。となると、もっと遠くに行ってしまっている?」
見つからないよう一番近い補給拠点になり得る場所を避けた可能性もある。
「神よ、ご報告を、おぉ!?」
スライムハウンドが現われるが、俺は空中にいた。
場所を俺の側とでも指定していたのか、飛行能力などないスライムハウンドが慌てる。
俺は咄嗟に宇宙柄の手でスライムハウンドの腹を抱えて支えた。
「はわ、こここれは、ご無礼を!」
「構わん。報告をせよ。何かわかったか?」
「は、はい。残されていたキャンプ地の荷物を調べた結果、我々よりも先に中身をあさられていたことが判明。これは逃げた者たちの仕業にしては乱れがなく、敵の数は三人以上である可能性がございます」
どうやら見つかりやすい補給地点は避けたが正解か。
ダンジョンに入る者と外で待つ者に別れ、外の者は周到に荷物をえり分けて逃亡を助けているんだろう。
「そうなると補給は考えず、もっと遠くへ逃げているか」
「はい、離れることに集中するならば、今捜索している範囲の倍は考えられます」
「ち、では次の目標は教会施設。周辺の教会施設を攻撃目標とせよ。レイスもさらに増やす」
すでに血の跡は追えず、出遅れたことが悔やまれる。
イブが外に連れ出されているなど考えず、海上砦をうろついたのが無駄だった。
同時に誘拐が正しかったと思いたい。
そうして連れ戻せる可能性を俺は願っていた。
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