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179話:守備兵ケイン

他視点

「ケイン、お疲れ。交代だ」

「あぁ、おはよう。今日もいい朝だな」


 王国で最も西にある砦で俺は兵士仲間に挨拶を返す。


 夜勤明けで朝日が昇ってから交代。

 俺は寝る前に清々しい朝の空気と景色を目にできる夜勤が嫌いではない。


「また霧眺めてたのかよ。いい加減見飽きるだろ。いきなりうわぁっと広がった時には驚いたもんだが、俺は三日で飽きたぞ」

「霧だけじゃない。山脈の雄大さとそこを照らす朝焼けの清廉さがいいんだ」


 俺の拘りに最近仲間になった兵士が肩を竦める。


 俺がいたのはもっと南の砦だった。

 ここよりも共和国からの難民がうるさい地域で、数も多く行き場がない者もざら。

 だから砦周辺に難民がごろ寝してて、肩がぶつかった何かがなくなったと喧嘩や諍いが絶えない所だ。


「こっちは誰もいなくて綺麗じゃないか」


 あのわずらわしさがないことに気持ちが安らぐ。

 何より風景が全然違うし、この霧の幻想的な広がりは本当に非現実的なできごとによって起こったらしいというのも俺の興味をひきつけてやまなかった。


 昔話にある巨人が身じろいだ。

 そのせいで山脈奥にいた魔物が現われ、流れが変わって霧が発生し、山裾から森へと流れ込んでいるそうだ。


「誰もいないって、南の砦も難民落ち着いたってお前たち補充されたんだろ?」


 隣と言っても実際行ってみなければ砦の状況なんてそれぞれだ。

 俺が南のほうで煩わされている間、この砦では事件が起きた。

 未確認の魔物が現われ、運悪く外に見回りに行ってた四人が死んだらしい。


 元からそう人数を割いてない場所だから、比較的落ち着いたところから補充という話になったのだ。

 俺としては運が良かった。


「それが、共和国の元王都でまた騒ぎがあったらしくて。中央寄りの奴が逃げて来て聞き取りやら裏取りやら忙しくてさ」

「そうなのか?」

「補充人員確保したあとだったから俺らはそのまま来たけどな。今頃向こうじゃ、共和国のお偉いさんだと自称する奴の扱いで頭痛めてるだろうな」


 そんな仲間を思いつつ、俺は優雅に朝を楽しめてる。


 ここは未確認の強力な魔物が霧から出てこないかを見張ることが主な任務になったらしい。

 だから見回りも短時間でいいし、巨人を刺激しないことが第一。

 つまり、仕事らしい仕事をせずにいられるんだ。


「自称って…………共和国になった時に偉い奴なんてだいたい殺された後なんだろ? いや、国捨てて逃げたんだったか?」

「俺も喚いてるの聞いただけだから詳しくは知らないって。なんか前の王家の生き残りが逃げたらしくてな、それで責任とらされて殺された奴の周辺が逃げてるらしい?」

「そんなの生きてたのか。全員処刑されたと思ってたぜ」


 俺も南の砦に配属されて初めて共和国の人間を見たくらいに、詳しくは知らない。

 生まれは王国東の田舎町で、共和国だ小王国だと騒がしかったのだけは耳にしていた。

 王子さまがやって来て親が志願しろと言うし、四男であぶれて他に身を立てる職もない町だから兵になっただけ。


 それで行ってみたら東から離れた南に配属され、言葉もわからない共和国の奴らの相手で疲れるばかりだった。


「こっちは共和国の奴らがいきなり喧嘩し出さない分、安全でいいよな」

「まぁ、巨人が出るかって緊張もあったんだが。こう何もないとな」


 巨人は姿を現さず、他に変化もなく、魔物も英雄が追い払ってからは出てきてないという。

 なんだか中央のほうも忙しいそうで、こっちにわざわざ人員入れて調べることもする気はないらしい。

 実際平和で、奥から出て来た珍しい魔物にやられた奴は運がなかったんだろう。


 欲を言えば俺も英雄を間近に見たかったなんて思いながら欠伸を噛む。


「寝ろねろ」

「あぁ、そうす…………なんだ?」

「どうした?」

「今霧の中に何か光った」

「まさか」


 俺は見えた辺りを指し、二人並んで霧深い森に異変を探す。


 その変化はとても静かだった。

 だが見間違いというには異常な事態が間違いなく進行している。

 霧の中に揺れる光が瞬きの間に増えていた。


「…………おい、おいおいおい! なんだこの数!?」

「光はたぶん一対? ほぼ横一列ってなんの魔物だ?」

「知らない! あんなの見たことない!」


 俺より長くいる奴が恐慌状態に陥るのは、それほど見たことのない光景だからか。

 確かに霧の中を光る眼が迫っている様子など恐ろしく嫌な予感しかしない。


「と、ともかく報せを!」


 この時はまだ、森に棲む魔物の群れだと思っていた。

 けれど人が集まって近づく姿を捉えた者から予想外の声があがる。


「レイス? この数が? いやそれより、なんで朝に!」


 音もなく、風に乗って死臭までしてきそうな数が霧の中を移動してきていた。

 何より生者を襲う敵の存在に肝が冷える。


 ただ今はそんなことに気を取られてる場合じゃない。


「狼煙を上げろ! 救援だ! レイスの群れで救援を求めろ!」


 兵長が指示を出す間も、人間が走るくらいの速度でぐんぐん近づいている。


 引き連れるような霧と共に、山脈のほうから暗雲が垂れ込め森は夜のように暗い。

 明らかな異常事態に、綺麗だと思っていた風景が薄気味の悪い物に変わってしまった。


「逃げ、にげたらどうだ? ここであの数は無理だし、レイスは生者に引き寄せられる」

「そんなの他に被害増やすだけだろ! けど、ここでレイスどうにかできる人も」


 一体や二体なら相手にできる兵士たちも震えている。

 レイスは死体から出る魔物で、剣や槍が効かないし朝に出てる意味が分からない。


 魔法なら撃退もできるけれど、ここにはそんな技能職配置されていない。


「俺たちにできることは籠って去るのを待つしか…………」

「そこ! すぐに狼煙を上げる者たちにつけ!」


 兵長から命令が飛び、ひとまとめに俺も狼煙上げの警護に回された。

 あまりのことに全員が蒼白になる。


 狼煙は外で上げるものだ。

 つまりレイスを避けることができない場所に立たなければならない。


「た、高いところならレイスも階段使わないって聞いたぞ」

「お、俺、十字架、椅子の足でも、十字架作って」


 効くかどうかわからないけれど何もしないわけにはいかない。

 俺も夜番のために持っていた槍に解体された椅子の木材を括りつけて十字架と呼ばれる聖印の形にした。


 俺たちが一番高い塔の上で狼煙用の火を上げた頃、レイスを隠す霧が砦を覆った。

 レイスはまるで最初から狙っていたように砦を包囲する。

 その数、百ほど。

 人間ならこんな数で石造りの砦が落とされるわけがない。

 けれど相手は魔物で、人間の常識なんて通じない相手だ。


「ま、魔法撃ってきたぞ!?」


 火の魔法を木製の扉に叩きつけるなんて、魔物として破格の知能だ。

 ところがさらに二重に並んだレイスは、砦の内部にまで魔法を放ってきた。


 斜め上を狙って飛距離と狙いを高めるやり方で、一番高い塔にも掠るほど。

 俺たちの眼下で砦内部は悲鳴と怒号が溢れた。


「何があった!? なんだこの魔法は!?」

「レイスです! レイスが! ともかく消火を!」


 俺たちは見ているしかなく、狼煙は上げているが近隣からの応答には時間がかかる。


 その間に燃えた砦の出入り口からレイスが侵入した。

 消火に当たっていた兵たちが剣を振るが意味はない。


 レイスに触れられて凍えたようになる者、魔法を近距離で放たれ悲鳴を上げる者。


「ドコダ? 何処だ? どこだ? ドコダ!?」


 幾重にも重なったようなざらついた声は不快で、俺は思わず耳を覆う。

 内部ばかりで森のほうを見ず、新手に気づくの遅れた。

 レイスとは違う白い炎のような魔物は叫び苦しむような顔を浮かべて砦の壁を悠々と超える。


「こいつ! スクリームだ! レイスの上位! ネクロマンサーに使役された霊だ!」


 砦の何処かで、新手の正体を知っていたらしい者が警戒を呼びかけた。

 それに応じるようにスクリームという霊が耐えられないような叫びを放つ。

 体全体を揺らすような音の爆弾を、俺は目を瞑って耐えた。


 そして目を開けると、誰も動かない。


「え? どうした、どうしたんだ?」


 すぐ側の兵が耳を塞ごうとした体勢のまま固まっている。

 触っても筋肉が硬直して石のようだ。


 屋内では動く物音と状況に混乱する声。

 けれど屋外で動くのは俺だけだった。

 他は皆固まっている。

 中には恐怖を満面に浮かべた者もおり、まるでスクリームという魔物のようだ。


「ひ、ひぃ…………」


 俺は兵の本分も忘れて槍を投げ出すと擁壁にしゃがみ込んで隠れる。

 下では虐殺が始まっていた。

 動けない者たちにレイスが魔法を放ち消し炭に変えていく。


「ドコダ? カエセ、カエセ!」


 スクリームはそのまま屋内に入り叫び、何かを捜す。


 震えるしかない俺の耳に木が弾ける音が届いた。

 振り返れば狼煙のために焚いた火が火花を散らしている。

 煙を区切ったり溜めたりして、狼煙の合図として意味を持たせるための板が焚火に落ちていた。


「う、うわ! あ、あぁ、誰か…………お、俺しか、俺しかいないのか?」


 思わず火から板を救い出して聞いても周りは物言わぬ彫像のように立っているだけ。

 霧に覆われ火の勢いも弱まっている。

 放っておけば狼煙は上がらない。


「なんで、なんでこんな…………」


 恐怖で涙が出る。

 俺は指の感覚がないほど冷えていた。


 下にもはや逃げ場はない。


「あ、あぁ、火が、火がぁ…………」


 周囲を覆う霧で今も辺りは湿を帯び、震えるほどの寒さを感じさせる。

 そのせいで狼煙のための火が目に見えて小さくなり始めた。


「駄目だ、だめだ、だめだ。これは、消したら、誰も、誰か…………」


 俺は脇に用意された薪を入れつつ、弱る火を必死に維持する。

 そうして霧に紛れながらも上へと昇る煙を見上げて祈るように呟いた。


「…………誰か、助けて」


 縋るように狼煙のため板を持ち直す以外に、俺は助かる方法を見いだせなかった。


隔日更新

次回:外れる前科

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