178話:大捜索
転移した海上砦に異変なし。
俺はダンジョンのエリア外へ出て、霧に満ちた周囲を見回した。
「神よ、報告は受けております。ただいま血の跡を追跡中ですが、人間どもが野営をしていた形跡を発見。そちらも敵の正体を確かめるべく調べを行っております。そしてこれを森の中で発見いたしました」
スライムハウンドが現われて鼻先を向ける。
よく見るとその鼻の先に細い水色が見えた。
「これは、イブの髪か。つまり森にイブは出ていると。アンの予想が当たっていたか」
俺は髪を握り込んで苛立ちを抑えるが、オーロラが周囲に波打つように広がる。
山脈から広がる木立は静かで、いつもこんなものだが実は潜む者がいたのだ。
そして俺の作品を掠め盗って行った。
「お前たちはお前たちで調べを続けろ。私は数を力とする」
そう言った時、イテルが転移でやって来た。
片手には箒、反対の腕の周辺には俺がやった精霊が浮かんでいる。
こっちの言葉ではアーティファクトと呼ばれるゲームのマスコット型の装備アイテムだ。
丸いフォルムの精霊は猫型。
自動迎撃で近ければ尻尾で打ち、遠ければ引っ掻きモーションで斬撃を飛ばす。
他は任意の魔法の属性の威力を五パーセントアップだったか?
性能としてはパッとしない。
ただひたすら見た目と動作が可愛いという理由で女性魔法職に人気だったアイテムだ。
「エリアボス方は配下の手配をしており遅れてまいります。神よ、何を?」
「少々準備を行う。捜すならば面だ」
俺はグランドレイスのスキルを発動した。
すると足元に仰々しい魔法陣が展開していく。
「天網恢恢」
元の世界では天網恢恢疎にして漏らさずという一文で、意味は神はどんな悪事も見逃さないというもの。
これは俺に帰依している者を捉えるスキル。
大地神の大陸で試したところエネミー含めた上に死体も含むことを知った。
たぶんゾンビやレイスの発生源だからで、死霊系エネミーはもれなく俺の配下になる。
ゲーム的に言えば、これでネクロマンサーなどは無力化されるだろう。
ただこれにイブは映らない。
設定上庇護対象としたチェルヴァたち小神は映るが、俺に帰依してない独立した神であるイブは対象外らしい。
(もしかしてネフが言ってたのはこういう括りがイブだけ違うとわかってたからか)
スキル感覚としてはマップ化に光の柱のようなマーキングが現われる。
さらにエネミーの種類などが羅列されるバーが意識の中で見えるようだ。
「怨敵狂化、レイス」
次は味方の一時的にレベルを引き上げる効果スキルを発動する。
天網恢恢で捕捉したエネミーの中でレイスを指定し、俺に近いところから順次強化されていく。
レイスを選んだのは地形に左右されないこと、トライホーンの影響を受ける設定がないことからだ。
物理が効かないレイスだからこそ、相手は必ず魔法で反撃して所在をばらすと睨んだ。
(ダンジョン内部は別扱いか。そしてやはり少し強めても日中では自然に消えるくらいに弱い。ならば)
俺は次に魔法で風を操り上空にある雲を集める。
同時に周囲にある霧を思い切り引き寄せて森の上にかぶせた。
それだけでも陽光が弱まり、辺りは夕方よりも暗くなる。
すると森の中で不幸な死を迎えた者たちの死体が反応を見せた。
まだゾンビ化もレイス化もしてないようだが命令待ちのようだ。
「ふむ、そう言えば言葉だけでも応じたな。…………レイスとなり駆けろ。我が分身たる神性イブを見つけるのだ。イブをさらい辱めた者どもには相応しい罰を」
それらしく命じると、死体表記だったところが一斉にレイスに置き換わる。
「別にゾンビでもよかったが、まぁ、捜索に役立つならいい」
呟いたら突然背後に音がした。
振り返ると一体のゾンビが土煙を上げて蹲っている。
そして海上砦の上から追いかけるようにグレーターデーモンが姿を現した。
「申し訳ございません、神よ! 動けるようになっても何もしなかったのですが、突然駆け出し!」
顔を上げたそれはフォーラのゾンビだった。
黒い目から流れる血涙は変わらず、顔色は見るからに灰色でゲームのゾンビに近い。
足元はまるで赤いブーツでも履いたようなのは、生前の火傷が変異したのか。
だがはだしだし、どうやら上から着地したがすぐには立てない負傷をしたようだ。
ゾンビでも骨折を免れないものの、フォーラの赤い足は巻き戻るように真っ直ぐに治る。
ゾンビはグールより物理に弱いし魔法にも弱いエネミーだ。
ただし回復スキルを持つという特性がある。
「それにしては、ふむ。怨敵狂化の影響下に入ったためか」
つまりダンジョンを出たことで俺のスキルで一時的にレベルが引き上がってる。
六十以下だったのが今なら六十くらいなってるか?
「神よ、あれは神の支配下に入るべくはせ参じたのでは? あのやる気はまさに信仰に目覚めた敬虔な信徒そのもの」
イテルが血涙を流し続け、叫び続けてるフォーラゾンビを過大評価する。
しかもなんかゾンビの割に猛々しい。
それがやる気なのか?
「まぁ、使えるならいいが。そうだな、これもあちらと違った作用があるかもしれない。生き残った者を追え。イブは傷つけるな。だが他は見つけたならば好きにしろ」
フォーラゾンビは一度口を閉じ、次の瞬間、地面に両手をつけて走り出した。
早いがもはや人間の動きではない。
俺は野生に帰ったようなフォーラゾンビを見送って、ついでにレイスの召喚も試す。
「あれを監視し、イブを見つけ次第確保せよ。霊王之呼集」
特に数や強さに制限は設けずにいると、白い光と靄が俺の足元から噴き出した。
光は目となり、靄はレイスとなる。
その数。
「…………八百?」
周辺で捕捉したレイスは百に満たなかった。
それで少ないとは思ったんだがこの数はなんだ?
いや、問題ないな。これでイブが見つかるなら少ないよりもいいだろう。
俺は次々に生まれるレイスに手を振る。
「さすがについて行くには多すぎる。八体が続け。残りはスライムハウンドが示す血の跡から二メートルの間隔を開けて横に並べるだけ並び対象を見落とすことなく捜すように。私の雲と霧の外には出るな。消耗するだけ無駄だ」
「おぉ、なんと神々しい」
レイスが俺に従って動き出すと、イテルは両手を胸の前に組んで目を輝かせた。
「イテル、箒でいつでも離脱できるようにしておけ」
魔女のスキルには逃亡用のものがあり、それが箒に乗るという形で行われる。
これは戦線からの退避用で、距離は短いが大抵のスキルや魔法の射程圏外へと逃れられた。
そこにようやく待っていたティダとアルブムルナが配下を連れて現われる。
「うわ、すごい。え、これってあたしたち連れてくる人数少なすぎた?」
「なんて神秘的で厳かな集団だ。統率ってのはこういうことか」
アルブムルナが何やら感心してるが相手はレイスの群れだぞ?
「数は気にするな。二人には相手が現われそうな所へ直行してもらう」
「イブは攫われて三時間くらいですし、人間の足でも森は抜けてる可能性ありますね」
「そうなると行く先によっては捜索範囲が広がるばかりだし移動手段あったらさらに遠くに行ってるかもしれないね」
俺にアルブムルナは頷き、ティダは目つきを鋭くして森を睨む。
あと一番は近場に解剖とかできる場所を確保してるともうイブの身がやばい。
「森の中はレイスとスライムハウンドに任せる。我々は近くの人間の住処だ。行くぞ」
俺が歩き出すと、足元から湧く光と白い靄も一緒に動き、まだ現れる途中のレイスたちも一緒に移動した。
ティダとアルブムルナは俺に向けて敬礼し、配下と共に指定した地点へ向けて移動のため離れていく。
俺が森に入ると一気に見通しは悪くなり、しかも次々にレイス生まれて広がると同時に新たな靄をまき散らしていた。
(まぁ、マップ化があれば俺自身の視界の悪さはいい。捜索範囲を広がるならそれだけの数がいるんだ)
呼んだレイスがその後どうなるかなど気にしない。
今はイブを奪われたことが心配だし腹立たしいし、何よりさっさと取り返したいのだ。
バグがエリアボスをダンジョンに戻すことで解消するならいい。
袋叩きで怪我もしているだろうから即時回復可能なようにインベントリから宝珠を取り出す。
色の移り変わる回復アイテム最高峰のニヒルモリスだ。
一度殺しきってリポップは最後の手段だな。
「腹立たしい、あぁ、腹立たしいな」
手を打って動いていてもこの苛立ちだけが収まらない。
かつての屈辱を思い出して苛立ちが二乗分になっているせいかもしれない。
どうすれば解消するだろうか。
この気持ちを抱えたままというのは苦しい。
解消していいという縛りのなさが余計に苛立ちを増幅させている気もする。
自分の内側に目を向けていると、周囲に雷雲が広がっていた。
上を見ればオーロラも天へと昇っている。
「あぁ、まるで太陽を犯すような不敵にして絶対者の存在感。大地神であらせられても元は天の神。大神に成せぬことなどないのですね」
箒で後方上空を飛ぶイテルが何やら溜め息を吐いている。
見上げた木々の間に暗雲が広がり、さらに森が浸るほどの霧に沈んでいる。
朝日が昇ってまだ早いというのに森の中は夜のように暗かった。
木々の間を、音もなくレイスたちが目を光らせて先を行くと、いつの間にか周囲の空気は冷え風の音が響き渡るように鳴っている。
「ふむ、反応があったか。あぁ、これはあの砦か。あり得るか? いや、ファナの話では守りに専念というかたちで魔物が出ても外に出たがらないはず。一応調べさせるか」
かつてのファナの職場にレイスが近づいていくのを俺はマップ化で見守る。
どうやら外を巡回していた者と遭遇戦になったようで、結果はレイスの圧勝。
念のため砦の内部を調べさせることにして、その周辺の百体ほどに命令変更を伝えた。
兵の安否などどうでもいいし、ましてやもう砦にばれないよう動く気もない。
「…………こちらの世界のほうがいいな」
やれる、やってしまえることに開放感を覚える。
今はともかくイブを取り戻すことでこの屈辱を晴らしたかった。
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