177話:ボス誘拐
イブ誘拐説に対する結論、なしじゃない。
「可能か不可能かで言えば可能でしょう。無力化できるなら否定できません」
「世で美醜は大問題ですもの。大神の作られた造形に心奪われたならばありえましょう」
「うーん、戦利品ってこと? なしじゃないとは思うけどありなの?」
「珍品でもあるだろうしな。そこら辺の価値わからないから人間呼んだし」
「神の生け捕りですか。かつては小神もその美しさから人間に求められたとか」
ネフが言うのはチェルヴァやその配下につけた設定だ。
大地神の大陸にいる小神と呼ばれる者たちは、その美しさから人間に追われ隠れ住むようになった上に人間嫌いが多いと。
ごく稀に気まぐれで子をなし、種族として増えたのがエルフである。
そういう設定がネフがエリアボスをする高原を探索すると手に入った。
高原の先の宝石城を攻略するための情報に付随させたフレーバー設定だ。
「珍品、つまりイブは人間たちにとってレアなのか」
そしてエリアボス皆、イブが誘拐された可能性なんて予想外だったようだ。
そこはゲームにそんな仕様がなかったせいもあるだろう。
ただアンの思いつきを肯定はしても否定はできない。
それくらいありえそうな状況ということだ。
(確かに生存の可能性があり、そして姿がない。倒されたら消えるっていう設定に目を当てすぎたな)
本来起動中にいなくならないボスをダンジョンの外へ連れ出したとなれば、バグが起きるのも納得だ。
半端に体力残してあるのも誘拐してるからなのか?
(何処までが敵の思惑どおりだ? いや、まず誘拐して何するつもりだ? まさか…………ナニを?)
気づけば俺の動揺から周りの雷雲は広がり雷が不穏な音を発していた。
「え、え? 私何かしちゃいました!?」
「普通! 行方不明者捜してる身内に! 美人で誘拐されたんじゃない? なんて気軽に言ったら怒られるに決まってるでしょ!?」
戸惑うアンにベステアが叱りつける。
その声に俺はすっと冷静になった。
(あ、うん。娘っぽいし反抗期だし、父って呼ばれるし。そんな気はしてたけど、今感じた焦りとか苛立ちとか、なんか違う気が…………?)
俺は前世独り身のアラフォーだし、家族とも疎遠だったから娘を誘拐された父親の気持ちなんてわからない。
けれど今感じたぐわっとくる感情は以前もどこかで感じた覚えがある。
思い出そうとした時、俺が落ち着いたことでNPCたちが声を上げた。
「は! そう言えば神の分身だわ、イブ! これは我らの大神が害されたも同じではない!?」
「忘れがちだよね。けどそう言われるとこれ、イブだけの失態で終わりそうにないかも」
ことを重大に見て取り乱すスタファに、難しい顔で頬杖を突くティダ。
「まぁ、わたくしダークエルフを奪われるならばどうにかなってしまいそう!」
「あれ、これってもしかして大神に喧嘩売ってないか? 報復案件?」
俺の分身扱いのダークエルフに置き換えて両手で頬を覆うチェルヴァ。
ちょっと剣呑な声を出すアルブムルナもことを重く見るらしい。
脱走説を押してたネフは無言だが、それはそれで不穏だ。
「ネフ、何を気にしている?」
「これはこれは、神にはお見通しですか。いえ、可能性を察したからこその反応でございましょうか。では不敬を承知で」
ネフはわざわざ立って注目を集めた。
「神を生け捕りにする理由に顔かたちの美しさもあるでしょう。ですが相手は戦った者。であればまず調べるのでは?」
「調べる?」
「戦った。能力を見た。ではその後は体の造りを知るため連れ去った可能性はないでしょうか」
ちょっと待て! それってつまり…………!?
「解剖して何かわかるの?」
ティダ!
「っていうか死んだら消えるし。あ、だから生きたまま?」
アルブムルナ!
「控えなさい」
スタファは静かに諌めて俺を見る。
気づけば今度は俺を取り巻くオーロラが赤く点滅していた。
音がないから気づかなかったが、ずいぶん禍々しい。
(落ち着け、俺。…………けど解剖ってマジか!?)
まだざわっと風が広い会議室に渦巻いて消える。
体もなんだか広がってるような気がするが、今は些事だ。
(いや、なんかこれ覚えがある。そう、これは前世でもあった感覚だ)
ゲームの製作陣から追い出され、俺なしでことがなんの問題もなく進んだ。
俺が作ったのに、考えたのに、それを好きに動かされ不要だと突きつけられる事実。
(そうだ、これは屈辱だ)
数年経てばもう諦めた。
けれどここでまた同じように奪われるとは夢にも思っていなかった。
(いや、違う)
ここはもうあっちじゃない。
「奪われたなら奪い返せばいい」
そうだ、今はそれができる。
たった一つ残った大地神の大陸で、俺が設定したままでほぼ残った場所とNPC。
そこに他人が無遠慮に手を入れる?
前の世界では契約仕事だから諦めもついた。
だが今は全くの関係ない者がイブを俺から掠め盗ったんだ。
「オークプリンセス、イブが襲われてからどれほど経った」
「ブゴ!?」
オークプリンセスが変な声を上げて答えないと、すかさずスタファが応じる。
「類推ですが三時間は経っておりません」
「攫われたなら血の跡の先にいるはずだな。追わせたスライムハウンドはそのまま追跡を続けさせろ」
「は、同時に彭娘からの情報もお耳に入れさせていただきます。王国内の教会勢力において、武芸に富んだ者はいないとのこと。また、第三王子周辺にはやはり教会との繋がりは薄いそうです」
「つまり?」
俺が先を急かすとスタファは緊張の面持ちで答えた。
「王国の企みに便乗した何者かがいる可能性が高いかと思われます」
「であれば、王国を攻撃する必要もないか。一番はイブの確保だ」
「我が君、ダークエルフたちを使いますか?」
チェルヴァが推す。
それだけの身体能力の高さを、ダークエルフには設定してある。
ほかにもチェルヴァたち守る上で、追跡が可能な能力も持たせ、ゲームでは一度目をつけられると宝石城のエリアでずっと追ってくる仕様だった。
「いや、結局は数だ」
ダークエルフは宝石城の城下限定のエネミー。
湖上の城のスライムハウンドは時間でポップするけど、ダークエルフはリポップには条件がある。
小神と二個一セットのため、復活には小神をまず殺さなければいけないのだ。
だったら安価で多いエネミーを使い、倒されても代替が利くようにする。
「相手が人間であるならば、捜索は容易です。船を出しますか?」
アルブムルナが従えるのは一定数ポップするムーントードと羊獣人の海賊だ。
「森の中に船はいらないが配下を指揮して捜索に加われ。陽光はこちらで対処する。ティダも配下で探索に適したものを率いて加わるように。だがそれぞれは安全確保の上でだ」
俺の指示に頷いたティダは、ちょっと気が進まない様子で口を開く。
「イブを見つけてお叱りになるにしても、一度だけお声かけいただけませんか? 挽回のチャンスを、お与えになっていただきたいです」
別に叱らないが、いや、そう言えば最初も俺を邪魔したと思ってNPCは叱られ覚悟でいたな。
そこにイブが取り成したんだった。
つまりこのお願いはティダなりに恩を返す意味での発言か。
外見的な年ごろも近く、元気に言い合いすることもある。
あれは喧嘩友達というものなのかもしれない。
そんな友情を無下にはしたくないが、挽回のチャンスとはどうすべきだ?
声をかけるといっても捕まってるなら助けた後か、それとも自力で脱出するよう言うべきか?
「ふむ、声…………声?」
俺は思いついてコンソールを開く。
そしてプログラムを流し込むツールを開いて相手を指定した。
(イブの名前は光ってる。指定できるな)
ステータスはバグ状態だったが、このプログラムから呼びかけに使えるツールのほうはイブの名前が起動状態だ。
すでにこれでNPCと意思疎通ができることは、『血まみれ団』を誘い込んだ試みの中で実証済み。
ただ俺は文字を入れようとして止まる。
バグ状態は変わらないなら、ここで別の操作をすることはバグ解消の上で障害にならないか?
別のプログラムを処理しようとしてるところに新たなプログラムを入れたところで、処理できないだけで、現状のプログラムの進行を阻害することもある。
これは見つけてからでも遅くないだろう。
どんな状態でバグっているかは見るべきだ。
グレーターデーモンのようにちょっとした刺激で正常になる可能性もある。
俺は気持ちを整理するためにも一度部屋を見回す。
「わ、私たちにも手伝えることがあればなんなりと!」
ファナが意を決して声を上げると、他の人間たちは青い顔で俺を見る。
どうやらファナの申し出に従って俺の言葉を待つ様子だ。
「いや、お前たちには他にすべきことがある。呼び出した甲斐はあった。ティダ、アルブムルナ。のちにファナたちの要望を最大限叶えろ」
「宝石類の下賜とか、誰かの始末とかですか? 船貸すのは回数制限が欲しいです」
「一人一度でいい」
「ま、今回の神の求める意見上げられたって褒賞の範囲内ですよね。承りました」
制限を求めるアルブムルナと、敬礼をして応じるティダ。
「イテル、お前は連絡役として同行を」
「はは! 光栄です」
「スタファ、彭娘にもやるべきことをやるよう言っておけ。向こうに他からの接触があった場合は報告だけでいい。人員の増加は認めるが、見張りに留めろ」
「仰せのままに」
彭娘もまたポップするエネミーだ。
襲われたなら襲われたで敵の所在が確定する。
情報を手に入れられれば上々の働きだろう。
(ともかく今はイブだ。誘拐とかふざけるな。エリアボスをエリア外に連れ出すなんて反則もいいところだろ。イブは海上砦のしょぼいボスから、大地神の大陸のラスボス格まで一気に引き上がる本性がある設定だからこそ最初に置いたのに)
俺は誰にも理解されず日の目を見ることのなかった設定を惜しむ。
そんな苛立ちを抱えて、まず海上砦へともう一度転移したのだった。
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