176話:美人ならでは
湖上の城の円卓の会議室。
天井画が施された部屋は柱から壁にかけて金泥の装飾が施されており、重厚でありながら華やかな内装をしている。
この何処か仰々しい装飾は湖上の城のデフォルトで、特に設定していない部屋はこんなものだ。
円卓と椅子の下には巨大な絨毯が引かれており、これがなければ床は石のタイルで飾られている。
デフォルトと違い壁際には本棚やソファ、呼びの椅子なども置かれていた。
そのどれも仰々しい部屋に見合う品質の物ばかり。
そんな城の相応しい一室で、アンはバイブレーション機能を搭載したかのように小刻みに揺れっぱなし。
ベステアは室内の装飾に目を奪われて口が開きっぱなしだ。
「はしたないですわよ。神の御前で」
さすがに共和国の王女が二人の挙動不審を諌めた。
「でもちょっとわかるな。私も、ここは、うん…………この世のものとは思えない美しさ」
「僕たちも入城を許されたのは初めてですし、目を奪われるのは致し方ないかと」
途端にそわそわし始めるファナに応じて、王子もフォローを入れる。
お国柄も考えてそれぞれ呼んだが、どうも場所が悪いようだ。
言われてみれば羊獣人の所にいたので、ファナたちも湖上の城へは初めて来たのか。
ちなみに俺は一応、人間に見える仮面をつけてる。
目元を覆うだけの割に漆黒に金の装飾というあれだ。
恰好は気にしてられないのでそのまま、オーロラだか雷だかは纏ったままのグランドレイス姿。
アンとベステアをどうにかすることは諦めたように、王女は息を吐いた。
そして何やら悩ましい目を俺に向ける。
「神よ、ご尊顔は拝せないのでしょうか?」
「え、うーむ」
アンとベステア以外は知ってるけど、刺激強いかと思ってつけたんだがな。
「え、トーマスの顔? そんながっかりするぐらい見甲斐があるの?」」
「けど隠してるなら見ていいんですか? なんだか悪い気がします」
二人も俺の顔に興味があるようだ。
けどベステアがちょっと消極的なことを言ったアンをちらちら窺ってるのはなんでだ?
まぁ、いいか。
俺は仮面に手を手をかける。
瞬間、アンが動いた。
「へぷち!」
盛大なくしゃみと共に、両手で顔を覆ったアンの耳が赤い。
「すみませぇん」
妙なタイミングでくしゃみをしたことを恥ずかしがってるようで動かない。
そんなアンをベステアは硬い表情で凝視してる。
そして今度はベステアがバイブレーション機能を搭載した。
「つ、つけ、つけて、顔、つけてください!」
ベステアが震えながら叫んだ。
椅子がガタガタいうほど震える姿は、やっぱりレイス系のお化けが苦手だったらしい。
「うむ、グラウ相手にも怖がっていたからな。そう言うのは理屈じゃないのだろう」
俺はベステアの要望を入れて仮面をつけた。
「まぁ、あの美しいご尊顔を拝せぬとは難儀な方々」
「キラキラで私なんて吸い込まれそうなんですけどね」
「どんな宝石も神の前では石ころと同じですから」
王女に続いてファナと王子がなんか俺の顔を持ち上げる。
こっちはこっちで平気って言うより気に入ったらしいが、まぁ、星空好きな奴も理屈じゃないよな。
「キラキラ?」
「あんた、本当…………! はぁ…………」
ようやく手をどけて顔を上げたアンに、ベステアは何かを言おうとして疲れたように脱力する。
「私の顔などどうでもいい。お前たちには人間の定石というものを聞きたくて呼んだのだ」
本題に入ろうと思ったんだが、どう説明しよう?
なんかNPCは俺の策って思ってるし、下手なこと言ったら話し進まない気がする。
よし、優秀な部下に丸投げだ。
「ふむ、この城を気に入った様子。であれば、城を任せている者に対応も任せるべきだろう。スタファ、王国のことも任せてあるのだから説明はできるな?」
「はは、お任せを」
ビシッと背筋を伸ばしてスタファは立ち上がる。
近くでチェルヴァがちょっと悔しそう…………あ、ハンカチ噛み始めた。
誰だ、こんな古典的なことするキャラにした奴?
「わたくしの城に来ていただけていれば、大神に頼りにされるのはわたくしで、うぅ、悔しいぃ…………」
なんか言ってるが今はイブのバグ解消が先決だ。
時間が経ってコンソールを見ても変化なし。
となるとリポップもしてないだろうな。
確認する間に王国の王城で第一王子と第三王子の争いに油を注ぐ計略をスタファが語る。
もちろん俺はなんでそんなことになってるのか知らないし、その中で第三王子を嗾けてダンジョンに手勢を回した経緯なんて知るわけがない。
ダンジョンは元からこちらの管轄で、因縁のある探索者を招き入れて待ちの体勢を作っていたとスタファは語った。
「はい、質問。負けて、姿が見えないのは不自然なんです? それはダンジョンの敵が消えるのと同じ理由じゃないんでしょうか?」
ちょっと妙な言葉遣いになってるベステアが控えめに疑問を上げた。
すると王子がもっと別のことを問題点として挙げる。
「まず送られてきた探索者の中に教会から派遣されたらしい者がいるほうが問題です。全く別の思惑を差し挟まれた可能性があるのではないでしょうか?」
「作為を感じますわね。そのような王子としての権威を高める重要な行動に親しくもない他勢力を招き入れるなどするはずがありませんもの」
王女もフォーラの仲間に教会勢力が入っていたことには疑問を覚えてしかるべきらしい。
スタファ曰く第三王子は貴賤を問わず人を周囲に集めて声望を得ているのだとか。
そのため教会という古式ゆかしいことを誇りにする勢力には嫌われていたはずだという人物評価らしい。
なのに、今回は混じっていた。
確かに別の思惑がありそうだな。
「その点は神もわかっていらっしゃいます。ですからあなた方、周辺国の者を呼んだのです」
え、そうなの?
スタファ、どういうことだ?
「つまり教会勢力が入っていたのは、別の国の干渉を仲介した可能性を疑っていらっしゃるんですね?」
ファナが当たり前のように話について行ってる…………。
俺と同じ庶民のはずがなんか、こう、これが若者の成長ってやつか?
ただ誰も空瓶とか乙女の骸布の使い方は知らなかった。
「いや、それだけ特殊な使い方してるんだったら、誰かが秘匿してたとかだろうし。教会の紛れ者がしてたんなら神聖連邦とかが長年囲い込んでたんじゃない?」
どうやら帝国の政治の動きなどはわからないため、探索者としての見方で意見を上げるベステア。
「そもそも勝てないほど差のあるダンジョンのボスを相手に、ただの探索者なら一度逃げたら戻らないって。その教会の奴ら探索者のふりして探索者の動きしてないから」
念のためファナや王女たちにも意見を聞く。
「理由があるなら、としか。教義として身を呈す自己犠牲を教会は美徳としますし」
ファナは救世教の美徳はそう言うものだという。
そう言えば前の世界にも七美徳とか言うのあったな、七大罪の対比でそういうの。
ゲームでも七大罪の悪魔というグレーターデーモンの上のエネミー設定してたり…………今はいいか。
「たとえ何処かの国の回し者であっても、情報を持ち帰るために逃亡優先かと」
「けれど倒せる算段があった、いえ、ついたなら再戦も逃走経路を確保した上でならばありえるかも知れません」
王子と王女は再戦の必要性はわからないまでも、まったくありえないとは言わない。
そうか、戻ったのは逃げる算段がついたからなら納得はできる。
ただ、そうなるとイブに起こっているバグは偶然ではなく必然という可能性が濃くなった。
(それって、直せるのか? データを外から壊すなんてしてバグ起こしてたら、修復不可能なんじゃ?)
一気に襲う不安は、イブを戻せない可能性のためだ。
ゲーム感覚で戻ると思ってたし、倒されるために作ったNPCだ。
だけど、今はそんなことのために気にかけていたわけじゃない。
(くそ! 蘇生させられるとかリポップするとか軽く考えてた!)
話はダンジョンを逃げた者たちについて進み、消えたイブのことは挙がらない。
倒されたにしても現れない、倒されてないにしても姿がない。
そこに重点を置いてはくれないようだ。
俺は堪らず言葉を差し挟んだ。
「お前たちはイブを無力化する手段を持っていたとして、挑むか?」
割って入ってしまったけど誰も嫌な顔はせず応じる。
最初に答えたのはベステアだ。
「しないよ。まず布で包むんでしょ? そんな近づけるビジョンないって」
「確かに空を飛んでる相手に布しか手がないというのは、危険のほうが大きいでしょう」
王子も同意のようだが、王女は首を横に振った。
「手があるならば諦める理由にはならないのでは?」
「うん、逆に手があるからこそ再戦したのだと思います。逃げ果せている今は相手にとって最上の収穫では? 情報も持ち帰りできるんですし」
憎悪系女子として賛同するファナの意見に、アンが手を打つ。
「あ、もしかしてそのイブという方はここにいる方々のように美人さんですか?」
今まで話について行けず右顧左眄していたのが、妙なことを言い出した。
「そうだな。顔かたちは整えてある。私よりも人間に近いからそちらの美的感覚でも美しいと言われるだろう」
「う、なんか深く聞いたらまずそうな答え。えっと、だったらあれじゃないかな?」
ベステアは言わんとすることがわかったらしく、アンは頷いて続けた。
「だったら誘拐されたのでは?」
「は?」
埒外の言葉に俺が声を漏らす間、NPCたちも同じ様子で茫然とする。
「そんなことをして、いったいどうする?」
「好事家に売るんじゃないですか? 美人だとちょっと毛色違っても気にしない方はいるかと」
おい、帝国の倫理!
いや、今はそうじゃない!
「ありえるのか?」
半信半疑の俺に明確な答えをすぐに返す者はいなかった。
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