174話:ゾンビ化
グレーターデーモンに連れられて、俺は王国金級探索者『酒の洪水』フォーラの死体を見に行った。
行動としてはトライホーンを持つ少年と逃げたのに、少年のほうが戻って来てイブと再戦に現れている。
乙女の骸布が妙な効果を発揮すると知っていた動きで、仲間を犠牲にしていたらしい。
(それなら何故最初からしなかった?)
俺はそれが気になった。
もしかしたらイブのバグを直す手立てに通じているかもしれない。
トライホーンを持つ少年はすでに海上砦を出た後だが、探索者の主導的立場にいたフォーラなら何か手がかりを持っているかも知れなかった。
グレーターデーモンが案内したのは閉店しているように見えるアイテム屋。
ゲームでもよくある画一的な建物と看板だけれど、この海上砦はダンジョンだ。
店は開いていないしここはセーブポイントの一つ。
ダンジョンは場所によって広く、定期的にセーブポイントを設けて死んで戻っても再戦は時短できる仕様だ。
ダンジョンの形状によってはセーブポイントから内外へ出入り可能なところもあった。
(そう言えばきちんとクリアして手続きをすれば、ここ拠点化できるんだよな。そのために基本的に街に必要な施設は全部あるんだ)
アイテム屋に武器屋に冒険者ギルドなどなど。
大地神の大陸を攻略をするプレイヤーを見込んでの設定だ。
けれど結局ゲーム中でクリアしたのは俺一人。
その上拠点化する暇もなくゲーム自体がサービス終了している。
ダンジョンの内装から拠点化できる条件があると睨んでいたプレイヤーもいたが、その欲が逆に大地神の封印とは全く別方向の考察に走っていた。
そのせいでここが大地神関連のダンジョンだと気づく者もなく。
あの熱く語る考察の的外れすぎる内容に俺は何度ほぞをかんだことか。
「はぁ、うん? なんだこの声?」
アイテム屋に入って思わずため息を吐くと、重なるように別の者の溜め息が聞こえた。
「どうやらアンデット化したようですが、まだ動けるまでには至っていないようです」
グレーターデーモンが指すほうを見れば、横たわる死体。
それが真っ黒に染まった目を開いて、赤い血の涙を流しながら憂いに満ちた溜め息を吐いている。
「あぁ、ゾンビ化か。ここでは死ねば人間まで…………うん? 早くないか? 死んでどれくらい経った?」
ゲームのエネミーにゾンビはいたが、プレイヤーは死んでもゾンビにはならない。
だがこっちではなるし、そう言えば現地人の死体からレイスも生まれていた。
(そう言えばあれもなんかレイス化するの早くなかったか? いや、明確な時間は覚えてないけど。どんな設定したっけ?)
ゲームを作る上でゾンビが増えるというダンジョンも設定した。
あれは死霊術師がボスのネクロン・オブ・ザ・デッドというダンジョン。
プレイヤーが拠点を据えて、一定の貢献をすると人が攫われるといった情報から発生するダンジョンで、敵として攫われた人が襲ってくる。
その上倒すとゾンビになって後々から背後を追ってくるという仕様だった。
(ゾンビ映画のオマージュだし、ゾンビ集めてあえて映画と同じような絵をスクショしてあげるプレイヤーもいたなぁ)
なんだかゾンビを前に懐かしい気持ちになる。
「一時間は経っていないかと思われます。報告にゾンビ化について言及していなかったので、今しがた…………いえ、神のお力に触れたためでしょう。しかしゾンビになるとは、いやはや。どのような死に際をもって死体をなお酷使しようというほどの妄執を抱いたのやら」
グレーターデーモンの言葉で俺は過去の情景から現実に引き戻された。
(え、俺のせい? そういえばここはゾンビ発生するダンジョンじゃないぞ?)
改めて興味を持ってゾンビ化し始めている死体、たぶんフォーラを見る。
二回くらいしか会ってないが目の色や血の涙流してる以外は生前のままだった。
死因は腹の傷だろうし、臓物が出てる。
足の火傷もオークプリンセスの報告どおりで、靴は焼け落ちたのかない。
「オークプリンセスの言ったとおりだな」
「ブゴ、コレハナント。神ニ視界ナド関係ナイノデスネ」
びっくりして振り返ると、アイテム屋の入り口にオークプリンセスとネフがいた。
ちょうど来たようだ。
「コノ者ハドウシタノデスカ? 魔物トナッテイル?」
「ゾンビ化を知らないか? ネクロマンサーの近くで死ぬか近くに霊系のエネミーがいるとこうして…………」
言って気づくが、俺グランドレイスだ。
そうでなくてもここには常時レイスがいるから発生条件は揃っている。
けれどこんなのゲームではフレーバー程度の説明で、せいぜいダンジョン前に警告としてゾンビ出るよというための設定だ。
(ここではそんなフレーバーが現実になる。わかってたじゃないか。今までだってそうだ)
そうなると聖堂でもゾンビが発生しているんじゃなかろうか。
「聖堂にも死体があるがあれも起き上がるのか?」
「ある程度損壊を免れた死体に限定されるのでは?」
ネフが言うとおり、ゲーム準拠のゾンビは確かにちゃんと四肢が揃ってる。
聖堂内の死体は四肢が何処かしら切り離されていたのが多かった。
「一体のみ、細かな斬撃を受けてはいても千切れてはいない者がいたかと」
グレーターデーモンが答えると、ネフが意見を上げる。
「ゾンビ程度物の数ではありませんが、見た目は悪いので死体は処理をしましょう。あぁ、ですがその前に死体共々ゾンビはネクロマンサーを呼んで生前の記憶を洗わせますか?」
そんなことできるの?
死体操るとか魂を呼ぶってのが確かに設定だけど、ゲームにそんな仕様はない。
「イブが消えた理由を知っているかもしれないか。よし、呼ぶように」
「では、スケルトンのネクロマンサーを」
ネフが連れていたスライムハウンドに命じると走っていく。
海上砦を出てから転移するんだろう。
「そして神よ、イブは生存しているのではなかったのですか?」
「そのはずだが、死体もない」
「消えるのでは?」
「であれば再設置、それまでは死亡となるはずだ。時間と共に蘇るはずだろう。私はそう、設定した」
これでいいか?
イブ作ったって設定だし矛盾はないはず。
「えぇ、確かにそうなっていたはず。おや、何故封印の外のことを? ふむ…………今はイブの行方ですね。オークプリンセス、イブについて侵入者たちは何か言ってませんか?」
どうやら記憶ありだけど、本人も設定との齟齬に違和感があるようだ。
本格運用以前は夢のような感じか?
ともかく今はイブだ。
オークプリンセスを連れて現場検証のため聖堂に戻ることになった。
「つまりこの血だまりが布の跡ですか」
「追わせたが森に消えているらしい」
ネフはまだ乾ききっていない血を触る。
オークプリンセスが言うにはここで袋叩きにあったという。
(そう言えば有名な探偵漫画で血は飛び散った方向から尾ができるってあったな)
見れば血だまりの周囲には飛び散っただろう尾を引く血がある。
まぁ、もう目撃証言あるから他殺だなんだに意味はないけど。
「死体ガ消エルトイウノハ聞イタコトガアリマス。デスガ生キテオラレルノニ姿ガナイトハ、何故ナノデショウ?」
「生きているのにおらず、敵の姿もない。これは、裏切りでしょうか」
「え?」
オークプリンセスの疑問は俺も同じだが、ネフはなんで?
ネフの結論は驚きしかない。
反抗期ってそこまでだったのか?
「神ヲ裏切ルナドトイウ愚ヲ犯ス方デハ」
「神を恐れるからこそ、神の下にいることが恐ろしくなることもあるでしょう。特にイブは神の信者ではなく同じ神性を与えられた者。神々は争うこともあるのですから」
ネフがそれらしく語るが、俺に実感はない。
「あるのか?」
「神に造反を禁じられてはいないはずですが?」
そんな理由で?
「では、与えたここを守るという使命はどうする?」
「それが達成しえぬとなって耐え切れず浅慮をしたかと」
ぶっ飛んでるな。
ネフとしてはあり得る可能性なのか?
ちょっと怖いんだが。
「ネフは、機会があれば私に背くこともあると?」
「まさか! この身は神を讃え蒙昧な者に教えを説く宣教師。そのような恐れ多いことする必要もする利点もございません。神の意にそぐわぬならば、どうぞ裁きを。それもまたこの信仰を強める一因となります」
いい笑顔で言い切るな、こいつ。
あれか、殉教も信仰の証ってやつか?
「やる機会があればどうかと聞いている。別に他所へ行きたいというなら止めないが、まぁ、敵に寝返えられるのは困ることもあるかもしれないから常にいいとは言わないものの」
「ありえません。与えられた教会とエリアに満足しております。もしイブと同じように考えておられるのでしたらとんでもない。ここで一人であることにイブは不満なようでしたが、あの静寂の闇の中では神を思う幸福を満身に浴びるも同じことなのです」
ううーん? わからん。
つまり神性の有無が問題なのか?
それともボッチ耐性なのか?
(そう言えば海上砦に不満そうなのは俺も聞いたな。待遇に問題があったのか? やっぱり若い女の子には陰気で嫌になった? 俺、駄目上司?)
俺が悩んでいるとオークプリンセスがネフに反論を始めた。
「イブサマハ父タル神ニ恥ヌヨウニト努メテイラッシャッタ。モシカシタラ汚名返上ノタメ独力デ追ワレタノヤモ」
それにしてはバグ表示が気になるなぁ。
とは言えちょっと慰めにはなる。
ともかく今はイブ自身が消えて痕跡がないのが問題だ。
その上で少ないヒントを追うしかない。
「血の追跡は日中では悪魔は不向きだ。まずスライムハウンドと交代させよう。そして死体から話を聞き次第、一度湖上の城へ戻る。ヴェノスとグランディオンの安否も心配だ」
倒されたにしても生存表示でこのままでは復活もしない。
バグってる箇所は目に見えてない。
けれどどうにか直さないとな。
そうでなければイブに待遇改善の相談もできやしないんだ。
隔日更新
次回:人間の考え




