173話:消えたエリアボス
俺はイブが探索者に敗北したかもしれないと聞いて、臨戦態勢で転移を行った。
イブに攻撃が通るなら、俺にも攻撃を通せる相手がいることになる。
場所は海上砦最上部にある、聖堂という名のボス部屋前。
聖堂の入り口は高い柱に支えられた両開きの扉で、木造の表面には金属を蔦のように這わせた装飾で補強されている。
振り返れば廊下を飾る聖人の像らしきものが並んでいるのが見えた。
「マップ化…………聖堂内部は別空間の認識か。それでも3D化に問題はなしか」
周辺に敵の姿はなく、人間やプレイヤーの反応もない。
聖堂内部のマップに人の姿はあるが、反応がないので死んでいるようだ。
ただ廊下の先にエネミーの反応がある。
「うん? グレーターデーモンだな。何故この廊下に?」
グレーターデーモンはボス部屋でイブが呼び出す配下だ。
外に出ているなんてゲームではなかった。
俺はイブの表示が聖堂内部にないことを確かめ、バグ関係かもしれないエネミーの様子を見に行く。
するとグレーターデーモンがずっと同じ動きを繰り返していた。
壁に向かってひたすら前進している。
「えぇ?」
ごっつんごっつんぶつかって、近づくほどにすごい音がしていた。
なのに一心不乱に進もうとするグレーターデーモンは正気じゃない。
これはあれか。
イブのバグが使役してるグレーターデーモンにも影響した?
NPCが構造物に引っかかって進めなくなるバグなんてよくあるけど。
実際にやってるの見ると怖。
真顔なんだよ。
けどグレーターデーモンとか悪魔系って、人間見下したような笑みを浮かべてるのが多いから半笑い状態。
それで壁に全身で当たりに行ってる。
「けどこれはどうすればいいんだ? バグで引っかかりって動かすか初期位置に戻すか? というか見向きもしないな。おい、おい」
俺は声をかけてみたが変化はなし。
もののついでに肩も叩いてみる。
グレーターデーモンはプレイヤーとして見ていた時には大きな敵だった。
だが今の俺はもっと大きく、上から見下ろすような形で肩を叩いている。
「ぐぅぉぉおお!?」
触ったら突然吠えて、グレーターデーモンが攻撃モーションを行った。
別の行動を起こしたことでバグは解消されたかと思ったのだが、俺を見上げた途端グレーターデーモンは硬直する。
「…………か、みよぉ…………おぉぉおおお許しを!?」
「うん? なんだ正気づいたのではないのか?」
「は、ははぁ! とんだ無作法を!」
どうやら悪魔系エネミー上位は喋れるようだ。
小さくなって矢じり型の尻尾をせわしなく揺らすのは怯えた猫のようでもある。
「今は無礼など気にしている余裕はない。イブはどうした?」
「ボスですか? でしたら聖堂にて我らが捕らえた人間に他の仲間の居場所を吐くよう尋問しているはずですが」
それはすでにオークプリンセスが語った内容だ。
グレーターデーモンに海上砦内を捜させ、一人を見つけた。
捕まえたその人間に仲間の場所を吐かせようとしていた時に、残りの四人が現われたのだと。
その間、海上砦内部には他の者はいなかったという。
オークプリンセスは隠れて見ていたがイブがやられたとみて報告に走ったのだ。
「そう言えばオークプリンセスは何処から見てたんだ?」
「オークプリンセスでしたら、神より預かる客として、上階通路にお通ししました」
グレーターデーモンが言うのは、聖堂の側廊が途切れた先に作られた通路だ。
俺のイメージはオペラ座とかの壁沿いにある観覧席。
そしてゲームでは隠された通路へ上る道を見つけて入り込むと、宙に浮くイブを狙える狙撃ポイントだ。
マップ化で見た死体の散らばり方から、大半は狙撃ポイントが見える位置まで行ってない。
石の柵もあるから伏せてればたぶんオークプリンセスも隠れられたんだろう。
まぁ、今はそんな些末なことは問題じゃないんだ。
「すでにその者は死んでいる。聖堂を見て来たが生きた人間はいない」
「は、神が手ずから引導を?」
「違うイブだ。うん? もしや時間感覚がおかしくなっていないか? いつからお前はバグっていたんだ?」
話を聞いてみると、人間を一人捕まえて尋問を始めてからの記憶がないらしい。
いつ聖堂を出て廊下で壁に喧嘩を売ってたのかさえ指摘してようやく気づいたようだ。
一緒に召喚された三体も何処にいるか知らないという。
だがオークプリンセス曰く、イブに命じられて二体は報告のための護衛につけられたとして、湖上の城へ共に来ている。
こいつは残る二体のうち一体のはずなのにバグってた。
起動したと思ったら直前の記憶はなしとくる。
「明らかにおかしいな。しょうがない直接見よう。聖堂へ向かう。イブの反応がおかしいのだ。戦闘となった場合はイブの確保を優先せよ」
「御意のままに」
恰好よく応じるけどさっきゴンゴンしてた間抜けな姿が頭をよぎる。
まぁ、今はイブの状態確認が優先か。
動かなくなったとオークプリンセスは言っていたが、聖堂にはやはり敵影なし。
マップ化にも反応がないことを思うと、イブは死んでる可能性もある。
「…………どうしてくれよう」
「か、神よ!?」
可能性を考えただけで苛立ちが湧き、俺の感情に反応して雷が弾けたせいでグレーターデーモンが戦く。
「すまん。行こう」
俺はグレーターデーモンを従えて聖堂の扉に手をかけた。
その段になってようやく分厚い扉が薄く開いてることに気づく。
足元を見れば挟まっているのはゴシック調の十字架だ。
「これは、神官ジョブが持てば威力を二十パーセントアップのアイテムか」
ゲームの装飾品だ。
俺が取り上げるとあからさまにグレーターデーモンが嫌がる。
そして扉はひとりでに閉まってしまった。
「あ!」
慌てて扉に手をかけると難なく開いた。
だがダンジョン起動してないとここは閉まらない。
つまり海上砦は今も起動状態なのだ。
下手したら中に入れないかもしれなかったが、どうやら杞憂だったらしい。
「ふむ、この十字架を越えて入ることはできるか?」
「お命じいただければ滅しようとも」
「そこまでじゃない。代わりに、中身は入っているがこれでいいか」
俺は十字架の代わりに薬瓶を挟んでおいた。
聖堂に入ると血の臭いが漂い、内部には死体と部位が散乱している。
さらにシャンデリアも落ちて酷い状態だった。
「やはり反応はなしか」
マップ化してもイブもいないし敵もいない。
グレーターデーモンは自主的に飛んで聖堂内部を見回る。
「イブさまの姿はなく、地下への入り口も開いておりません。死体の数は三十三体です」
「確かフォーラが入った時に二十七人。六人増えて、二人逃げて、一人捕まえ、その後の再戦で四人。二人殺したところまではオークプリンセスが見ていたな」
死体の数は合うし、惨状からここで戦闘があったのは確かだ。
だが生き残った人間三人とイブがいない。
シャンデリアの所が確かイブとの戦闘場所のはずだ。
滴った血の跡があり、それとは別に血を擦った大きな跡もある。
「グレーターデーモン、この血の跡を追えるか?」
「お任せを」
悪魔のスキルには、体力が一番減っている者を狙い威力を倍加するという悪辣なものがある。
さらにグレーターデーモンともなれば、敵が弱っているほど魔法の威力がアップするとかいう面倒なスキルも持っていた。
ともかくそのスキルのお蔭か迷いなく敵を追って、グレーターデーモンは聖堂の外へ向かう。
そして街のほうへと飛んだ。
するとアークデーモンやナイトデビルが寄って来て何やら訴えかけるようだ。
「イブさまのご命令により生存者の捜索をしていた者たちです」
「いたのか?」
「いえ、どうやらダンジョンから出て行ったとのこと」
「…………待て、おかしいな。今はもう朝だ。何故ダンジョンが起動したままなのだ?」
俺の指摘にグレーターデーモンは明るい空を見る。
そしてよろよろしているナイトデビルにも気づいた。
俺がマップ化の範囲を広げると、レイスの反応が現われてはすぐ消える。
「レイスも湧いているが朝日に照らされてポップした側から体力が減って死んでいるな」
「このようなことは今まで…………」
「あぁ、なかった。この血はこの状況に関わる者の手がかりだ。追え。見逃すな」
「承知!」
グレーターデーモンはすぐに集まって来たアークデーモンとナイトデビルに指示を出す。
そうしてる間にもナイトデビルは弱った者から消滅して行ってる。
こいつも日の光に弱いんだった。
(ポップするエネミーが自動で消滅ってありえないだろ。これはダンジョン全体がバグってるな)
その原因はイブがバグを起こしているからか。
それとも敵がダンジョンをバグらせる方法を知っているからか。
「なんだと!?」
グレーターデーモンが大きな声を出す。
「どうした」
「は、どうやら血の跡は外壁の上を渡ってダンジョンの外に。その後は森に入っており追うのは難しいと軟弱なことを申しましたので叱責しておりました」
バグなんて使う馬鹿は腹立たしいが、今はいないイブが優先だ。
血の跡を追って探索者を捕まえたところで、イブが見つかるわけでもない。
「ナイトデビルは全員ダンジョン内部をくまなく捜せ。イブを見つけるんだ。アークデーモンは少数でいいから血の跡を捜させろ」
俺はグレーターデーモンへの指示を変えて、海上砦の捜索に注力させた。
けれどイブ発見の報告はなし。
もう一度聖堂に戻るがやはりおらず、ボスが倒された跡もない。
「ドロップは拾ったとして、地下が開いてないのはクリアしていないということだろうが」
俺がここをクリアしたままならイブを倒して開くはずの扉が開いていない。
イブはコンソールの情報上は倒されてないんだが、それもバグのせいで正しく動作しなかった可能性がある。
「神よ、ご報告がございます」
「見つかったか?」
「いえ、申し訳ございません。ですが、一体人間の死体がここ以外で見つかりました。誰も倒した覚えがないとのことです」
周囲を見て、俺は足りない死体に気づく。
「念のため、調べるか」
俺はフォーラだろう死体を検分しに向かった。
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