172話:袋叩き
俺は色々と詰め込み過ぎた帝国だったもののおおむね順調だった。
まぁ、せっかく? 用意した? 円卓が上手くいかなかったのは、ちょっと残念だが。
そこはいいんだ。
報告の途中にオークプリンセスが乱入してからがおかしなことになった。
イブが敗北したと叫んだんだ。
(今までも散々倒されてるし。というか俺も倒して来たわけだし。ちょっと驚いたけどまぁ、焦るほどじゃないか)
そのオークプリンセスもぼろぼろで戦闘の跡が窺えるほうがなんだか予想外だ。
イブに攻撃が届くレベル六十程度の者はこの世界ではとても珍しい。
珍しいがいないとは思っていなかった。
いなかったが、どうやらすぐには遭遇しないなんて甘い見通しだったようだ。
すると問題はイブがいつリポップするかだな。
ほかのエネミーもリポップするし、する、よな?
「何があったか詳しく報告をせよ」
言いながら、俺はコンソールを開く。
大地神の大陸を制御する機能も備わっているこのコンソールには、配置したエネミーの状態も一目でわかる機能があった。
俺はエリアで捜して海上砦を開く。
そこには設置したエネミーの数と状態が表示されていた。
「うん? 敗れたと言ったな。イブは弱ってはいるが生存状態だぞ?」
「マ、真ニゴザイマスカ?」
俺の言葉に、オークプリンセスは脱力してその場に座り込む。
緊張を高めていたエリアボスも息を吐いた。
俺はもう一度イブの表示を確かめる。
簡易表示では名前の横にHPのバーがあり、残りが五分の一くらいにまで減ってはいた。
オークプリンセスが慌てるのもわかるくらいにはまずい状態だ。
(というかイブにここまで重傷を負わせた者も気になる。何者だ?)
オークプリンセスが駆け込んで来たということは倒されたと思うほどの状態に追い込まれたからこそだ。
俺はヒントを求めて詳細を開いた。
「む…………生存はしている。ただ、少々気になる状態だな」
詳細には能力値などの情報が表示される。
ところがイブの能力値が数字ではなく文字や記号に変化してしまっていた。
これは文字化けと言われる状態だ。
つまり、バグってる?
「もしやイブは動けない状態か?」
「オォ、神ハオ見通シデスカ。突然イブサマハ動カレナクナッテシマイマシタ」
オークプリンセスが答えると、そこにスタファが手を上げて発言の許可を求めた。
「今スライムハウンドに様子を見に行かせようとしたところ、転移不可であったとのこと」
「ではまだ海上砦には何者かがいるということか」
ゲームではダンジョン内部への直接転移はできないようにしてある。
けれどこの世界ではできた。
できないのはエネミー以外がいる場合のみだ。
以前『血塗れ団』をこのダンジョンでもある湖上の城に入れた時は気づかなかった。
何故なら俺がこの城の内部で転移ができたからだ。
あれは大地神の攻撃スキルに転移があったせいで、戦闘状態であっても使える力だったからだ。
エリア移動用の転移は使えないと後にわかった。
エネミーではない人間のファナや共和国の王子と王女がいた時にはできないという弊害が発生したせいだ。
普段は平気だったことから検証を行い、結果ダンジョンとして判定されるエリアにエネミー以外がいると転移が不可能であることがわかった。
「ん? いや、おかしいな。もう日は昇る。海上砦は自動的に停止するはずだ」
夜にしかダンジョンとして機能しないのが海上砦の特徴だ。
今は朝方で、もうダンジョンとしての機能は停止しているはず。
そうなるとプレイヤーは一度外へ追い出され、転移の無効もなくならないとおかしい。
「オークプリンセス、イブが敗れたと思ったのは何故だ?」
「動キヲ封ジラレ、抜ケ出ス様子モナク袋叩キニアッテイタカラデス」
抵抗もせず動かないことで死んだと思ったようだ。
「大神は詳しく語れとおっしゃったでしょう。いいから最初からつまびらかになさい」
チェルヴァがオークプリンセスに一から話すよう命じる。
俺が細々口挟んだせいで申し訳ない。
うん、大人しく聞こう。
イブは生きてるし焦る必要はないだろう。
ちょっとバグってるけどそっちはなんの問題かわからないしな。
「王国ノ探索者ガ、神ノ配剤ニヨリ現ワレタコトハゴゾンジデアリマショウ」
オークプリンセス曰く、俺の計略でやって来た探索者をはめるためイブと二人で待ち構えていたらしい。
(うん、まずその時点でおかしいが、口挟んじゃ駄目だ。我慢だ、うん)
しかも相手は金級『酒の洪水』フォーラ。
王国で顔を合わせたことのある、あの不良探索者だ。
そう言えば王国からの依頼が本来は『水魚』にあったけど、リーダーのイスキスを始めとしたメンバーの大半が死んでしまってフォーラに回された。
由来不明の建造物でダンジョンかもしれないって、あれ、海上砦のことだったのか。
聞けばダンジョンと想定して慎重にやってきた割りに、フォーラたちはずいぶん苦戦をしていたらしい。
ゲームだった時には、俺がソロで行けたダンジョンなんだが。
「何それ、途中で脱落者? 完全にレベル足りてないじゃん」
「三十人以上も用意するなんて過剰戦力になりそうなもんを減らすって、もう出直すべきだろ」
ティダとアルブムルナの言うとおりだ。
「余計にどうしてイブが負けたと思われるほど追い込まれたのでしょうね?」
ネフは普段よりも真面目な調子で疑問を上げた。
「ハイ、始メハ一方的デシタ。シカシ、異常ナ攻撃力ノ杖ヲ扱ウ裏デ、妙ナ布ヲ…………」
形からして杖はたぶんトライホーンであり、ゲーム攻略ではイブに対して推奨されていた武器の一つだ。
そしてイブもトライホーンを持つ少年に狙いをつけたらしい。
プレイヤーの影を感じてのことだろう。
ところが血塗れの布に包まれた途端イブは無抵抗になったという。
「血塗れ? 血のように赤いなら、クリムゾンヴァンパイアを倒して手に入るローブがたしかそんなテキストだったな」
「血ハ滴ッテオリマシタ」
オークプリンセスが見たというアイテムについては思い当たらない。
血に濡れたようなテクスチャの武器ならあったが、布? 服でさえない?
「もっと他に特徴はないのかしら? 模様や飾りで何かついていたとか」
スタファが詳しく聞くけれど、オークプリンセスは首を横に振る。
「本当ニタダノ布デシタ。装飾ノ類ハイッサイゴザイマセン。特徴ト言エルカ、私ヲ包ンデモマダ巻キツケラレルホド長イクライデ」
「長くて、無地の布?」
ゲームは見た目重視のデザインが当たり前だ。
逆にそれだけ特徴がないことは特徴になりえる。
そして血塗れという特徴しかないなら、そうして染まり切るほど元が純白であった可能性があった。
それなら思い当たるアイテムが一つ存在する。
乙女の骸布と呼ばれるアイテムだが、イブを無効化するようなものではない。
俺が考え込んでいると、アルブムルナが質問を変えた。
「他に何か使ってなかったのか? そう言えば途中で一度逃げたっていったな」
「あ、そうだよね。途中で逃げるなんてできないはずなのに」
アルブムルナの疑問にティダも同意して手を叩く。
オークプリンセスは慌てた様子で薬瓶を取り出した。
「コレガ挟マレテイタコトガ、開カナイハズノ扉カラ出ラレタ理由ノヨウデス」
「そんなことで? いえ、けれど実際に逃げられているのなら検証しなければ」
スタファも驚くが、事実は事実として考えるらしい。
確かにプレイヤーなら中に押し込む仕様も、瓶はまずゲームで挟むような動作は想定してない。
横にすれば長さが確保され、そして壊れないとなれば現実として可能ではあるのだろう。
そんなのを噛ませて逃げられないはずのボス部屋から逃げ果せるとは。
「とんだ裏技だ。仕様が変わって、そうか、仕様が変わっている可能性があるのか」
乙女の骸布は純潔の乙女の死を守るというテキストがあったはず。
そしてイブのおかしなステータス情報。
「バグを、あえて起こしている?」
そんなことができる技術が確立しているとしたら大変だ。
俺は椅子を蹴立てたる。
「イブは予想以上にまずい状態かもしれない。場合によっては正規の蘇生法も効かない可能性もあり得る。私はすぐに海上砦へと向かう」
早口で説明するとネフが立ちあがった。
「盾はご入用で?」
「いらん。転移不能の状態で行けるのは私だけだ。それよりもヴェノスとグランディオンの安否を、いや、海上であるなら逆に安全か?」
バグを引き起こしての強制攻略となればレベルが足りないなどとはいっていられない。
まして、そんなことできるわけがないとは言えないんだ。
俺はフェアリーガーデンでバグを修正できた。
つまり条件さえ揃えれば、逆に機能不全に陥らせることもできる。
俺はもう一度コンソールに表示されたイブのステータスを見た。
変化はなし。
ただこれもバグで動かなくなっているとしたら、オークプリンセスが言うように敗北している可能性もある。
(すでに死んでいるのにこうして生存情報が残ってしまっている場合どうなるんだ? このバグは修正可能なのか。修正されなければ、リポップもできないなんてこともあり得るか?)
俺は転移の準備をしつつオークプリンセスに再度確認をした。
「敵は少数だったのだな?」
「ハイ。イブサマガ確認ヲイタシマシタトコロ、砦内部デ生存シテイタノハ五人。内二人ハイブサマガ始末ヲシテオリマス」
残り三人で動けないイブを袋叩きか。
エリアボスを相手にした戦闘としてはありだが、現実となってイブがそんな目に遭ったと思うと素直に受け取れない。
(なんだこれは? ゲームの中でNPCなんて倒されることも前提に作ったんだ。想定内のはずなのに妙に…………腹立たしいな)
俺はそんな相手を逃がさないよう手を打つことにする。
どういうわけか朝になってもダンジョンが起動してるならまだ海上砦に留まってる可能性が高い。
「ネフ、スライムハウンド十二体とオークプリンセスと共に海上砦へ向かえ。オークプリンセスは可能な限り顔を思い出しておけ。海上砦を外周から包囲するのだ」
「承りました」
「ハハァ!」
俺はインベントリの中でも最上級の杖を手に一人転移を行った。
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