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171話:七徳の節制

他視点

 僕は二十一士を連れて、ボスと再戦するため聖堂へ向かった。

 扉に噛ませていた瓶は取り除かれており、これでは情報の持ち帰りに支障がある。


「開きはするのか。つまりこの扉は内に捕らえた獲物を逃がさない仕かけと」


 僕は代わりに悪魔や吸血鬼が触れない聖性の籠められたアイテムを挟んだ。

 十字架という神聖連邦の国章にもなっている形で、元は異界の聖性を表す形象なのだとか。

 そのため異界より齎された武具の内、破邪の能力を秘めたものにはよくこの十字架の形が装飾されている。


 僕がフォーラさんの知恵に感謝しつつ聖堂へ入ると、イブは背を向けていた。

 高く浮いていたまま、地面に立つのと変わらない素早さでこちらを振り返る。


「あら、良かった出て来てくれて」


 イブの向こうには、高い天井から下がる燭台に吊るされた人間が見える。

 肩が外れた状態にもかかわらず吊り下げられているのだから、耐えがたい苦痛にさいなまれていることだろう。

 それでも硬く口を引き結びながらもうつろな目をしているのは、外との連絡役として送り出した二十一士だ。

 上半身の服を剥かれた胴体には、火傷や凍傷、電撃による水膨れなど死なない程度の苦痛を負わせた形跡があった。


「なかなか吐かないものだから、そろそろ手加減のしようもなかったの。出て来てくれて良かったわ」


 イブは心底から微笑み、安堵の色さえ浮かべる。

 僕はその姿に邪悪を見た。


 同時に吊るされた二十一士は最後の力を振り絞って口だけを動かしてメッセージを遺す。

 脱出のための手はずは整えるよう伝えたと。

 つまりはダンジョンを出る前に捕まり、外に連絡だけはなんとかつけたのだ。

 命を賭した命令の遂行を僕は痛ましさと同時に誇らしさを覚える。


「…………そのためにも、負けるわけにはいかない」

「少しは本気を出す気になったのかしら?」


 イブの問いかけからして、さっきまで手を抜いていたことは見抜かれているようだ。

 その上で歓迎する様子は愛らしいほど。


「あなたたちを逃がすわけにはいかなかったけれど、ただ殺すなんて何処かの女将軍と同じ轍を踏むなこともできないじゃない? 神の期待に十全に応えるなんて大前提なのに」


 豪奢な衣服を軽やかに揺らしながら降りて来て、傲慢さを隠そうともせず微笑む。


「さぁ、素直に答えてくれるのなら痛みもなく殺してあげる。プレイヤーではなさそうだけど何者なの?」


 笑顔で聞きながら、手には剣を差し出していた。

 レイピアでも蛇腹剣でもない新たな剣は、刃先が波打ち尖る不思議な形。

 羽根を模しているらしい刃に実用性は疑わしいのに、黒い刀身は禍々しさを感じさせる。


 けれど実用に足りそうもないのに異様に強力だというそれこそ、異界から持ち込まれる武器の特徴でもあった。


「散開」

「「「は!」」」


 僕の合図で二十一士が散らばる。

 正面に立って僕はトライホーンで出し惜しみなく第六魔法を放つ。


第六魔法一触爆炎ゼクスト・エクスプロージョン!」

「最低限の強さもなければ私には、あら?」


 イブの周囲に僕が放った赤い球体が三つ現れる。

 燃える炎のようでありながら八方に長い棘が突きでた機雷と呼ばれる魔法だと伝わっていた。

 一つに触れれば爆発し、他の二つも誘爆して三連続の爆発に襲われる。


 完全に甘く見ていたイブは近づく機雷にレースで飾られた袖が触れるのも気にしなかった。

 瞬間、爆発が巻き起こると意外そうな声を漏らす。

 攻撃は届いたし、回避もしない。


 それをイブも驚きを持ってただ見ていた。

 今の攻撃程度では、全く危機感を呼べないらしい。


「最低限の強さ。僕の師も同じことを言っていたよ。五十年前に片足を失くして、最低限の強さを身につけられる弟子を捜される方だった」


 僕は強さだけを求められた。

 けれど枢機卿は信心を何より重んじて僕よりも救恤のほうを信頼している。

 同時に救恤という弱くとも誰より強い信仰を持つ者を師は否定した。

 弱くては意味がないと。


「師のお言葉は正しかった」


 一撃で三度の当たりを生む魔法だが、イブは二発目三発目の爆発を黒い剣で切り裂いて消す。

 さらにはひと振りごとに羽根が散るような光が現われた。


 無害そうな光の羽根に触れた僕たちは、氷のように冷たく鋭い痛みと共に傷を受ける。

 下手に受けると骨にまで至るほどの斬撃が、舞い散る羽根の軽さで周囲にまき散らされていた。


 弱者では決して生き残ることはできないし、それでは確かに七徳である意味はないんだ。


「ようやく戦いになる相手ね。いないと思っていたわ、この世界には。うふふ、これで神にご報告できることがようやく得られた」


 今まで回避できていたのはスキルか何かだということは、かつての英雄たちの残した知識にあり、師に教えられた。

 一定の強さがなければ攻撃さえ届かない理不尽な敵が存在するのだと。

 ただそれを剥がして攻撃しても、イブは全く意に介していない。


 救恤の信仰と献身は素晴らしい。

 けれどこれが異界の悪魔なら、その信仰も献身も強さがなければ確かに無意味だろう。


 同時に枢機卿も正しかった。

 こんな絶望的な相手を前に退かずにいられるのはこの世界を守るという信仰と使命があるからだ。

 そうして攻撃の届かない二十一士もまた僕一人では及ばない相手を前に、魔法を放つ時間を稼いでくれる。


「水も効かないか。つまり、吸血鬼ではない?」

「ふふ、健気さに免じて教えてあげる。そう、私は吸血鬼なんて下等な生き物ではないわ」


 攻撃は届くのに、大したダメージにはなっていない。

 どころかトライホーンによる強化でようやく目に見えるダメージになっているような手応えだ。

 これは相当魔法に対する抵抗が強い。


「そろそろそちらについても教えてほしいのだけれど? レディに喋らせるだけで気の良い返事も返せないだなんてどうかと思うわ」

「邪悪に語る言葉なんてない」

「ふーん、だったら光魔法でも撃ってみれば? まったく、これだから人間は」


 邪悪と断じれば不快も露わに見下した視線を向けて来た。

 もちろんすでに光魔法は放った後だ。

 けれど邪悪に効くはずの光魔法は効かないし、どう考えても全ての魔法に対して強い耐性を持っている。


 これは種族による弱点の属性がないのかもしれない。

 僕は冷静さを保つよう努めて、魔法の効果を見極めることを優先する。

 その間も周囲で僕をフォローしていた二十一士に合図を送った。


 見極めを終えて、僕は言われたとおり光の魔法を放つ。

 するとイブはこれ見よがしに剣を振って魔法を消す動作をするけれど、それが狙いだ。


「効かないし私に魔法勝負なん、て!?」


 完璧に死角から二十一士が銀の杭を投擲する。

 回避が動いたところを、僕がトライホーンで撃ち返して当てた。

 けれどそれだけ。

 虚をつくだけで終わり、やはり吸血鬼でも邪悪でもない故に効果はない。

 それでも続けて残り二人も銀の矢、銀のナイフを投げ僕が当てる。


 脅威になりえないと、僕から目を逸らさないイブには高い知能があるんだろう。

 オークプリンセスがいないのも、狙われるとわかっていて退かせた可能性がある。


 傲慢だが頭を使って弱点を廃し、魔法に強い耐性を持ちながら剣技も修めていた。

 なんて理不尽。

 強さを求めた師の危機感は正しい。

 とは言え慢心はあるんだ。

 当たれば死ぬギリギリの戦いだけど、僕たちには可能性が残されている。


「こんな銀なんて、え?」

「囮ですよ」


 正面に構えた僕も含めて、銀は囮。

 下からの攻撃に意識を割かせるためであり、本命は上。

 仲間が吊るされた燭台だった。


 銀で気を引いている内に最初に銀の杭を投擲した仲間が魔法で燭台の吊り具を破壊。

 仲間が吊るされているからこそ虚をつける。

 最期の力を振り絞った後の遺体は元から回収など不可能だ。

 惜しむだけ二十一士の誇りを穢す。


 そして四方は僕たちが囲んでいる状態。

 逃げるためには誰かのほうへ避けるしかない。


「私がこの程度で逃げると思っているの?」


 待ち構える僕たちを理解した上で、イブは動かなかった。

 落ちて来る燭台を見上げて、剣を持たない手を差し伸べる。


第六魔法烈風号砲ゼクスト・テュホーン


 こともなげに難易度の高い魔法を放ち、凝縮した風で金属でできた燭台を押し曲げる。

 剣士としての技能を持っているのに、僕よりも強い熟練度を上げた魔法を放ったんだ。


 恐ろしい存在だけ。

 れど、それでいい。


「恐ろしい敵だからこそ今回出会えてよかった」


 上への迎撃と、攻撃を通せる僕の存在で、イブの注意は完全に二つに分かれていた。

 だから乙女の骸布を広げる二十一士に気づくのが遅れる。

 それでも気づいたのは本当に恐ろしい敵だ。


「なぁに、それ? 見たことがないわ。手に入れたら父たる神への手土産になるかしら?」

「そう来るか!」


 血に濡れた乙女の骸布を知らないのはいいけれど、まさか完全に布を狙って襲いかかるとは思わなかった。


 奪われるわけにはいかず、僕はトライホーンで無謀な攻撃と同時に前進する。

 けれどイブが適当に羽根を散らせることで迎撃されてしまった。

 ある程度魔法を削られれば大した痛痒も感じないのだ。


「しまった! 待て!」


 布を持つ二十一士二人も決死の覚悟で前進していたため、イブの手が届きそうだ。

 そう思った時、一人手の空いていた二十一士は舞い散る羽根に身を裂かれながら接近し、イブの手を止めようと背後に迫る。


 ずたずたでも伸ばした無手の手は、イブの背に触れる直前、切り飛ばされた。

 けれど前進をやめずに血塗れた腕だけで、二十一士は背を押す。


「は?」


 攻撃を予期していたイブは虚を突かれ、そのまま布は気にせず死を覚悟して背を押した二十一士の作為を警戒して後ろを向く。

 もちろん何もなく、イブは意表を突かれた顔をした。


 同時に乙女の骸布がイブを包んだ。


「何よこれ!? 血なまぐさい! ドレスが汚れ…………て…………」


 力が抜けるさまがよくわかった。

 包まれるのは乙女の遺体、つまり包まれた者は死にていも同じ状態を強制される。


 きちんと包むよりも拘束を優先し、両端を残った二十一士が掴んで巻きつけてそのまま床に引き倒した。

 動けないイブは目だけを動かして上から見下ろす僕を見ている。


「魔法が効きにくいなら。杖術というものを知っていますか?」


 僕はトライホーンを振り上げ、そして振り下ろした。


隔日更新

次回:袋叩き

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 雑魚いな。
2024/01/19 05:44 退会済み
管理
[良い点] 更新お疲れさまです。 これは次回更新から目が話せない!
[一言] バグ技利用とはいえレイド討伐成功? やるやん!
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