170話:七徳の節制
他視点
神聖連邦は救世教総本山にして、人類を守る最後の砦。
そしてそこには裏の顔である七徳がいる。
諜報機関であり抹殺機関。
七人の英雄にも迫る実力と崇高な使命感を持つ者を頭として、その下にさらに腕利きの二十一士。
さらに下にも部下を持ち、各地の教会勢力の援助も受けられるという盤石の体制を長い時をかけて築いて来た。
節制の名をいただいた僕と救恤はその中でも諜報に特化した七徳だった。
その救恤が姿を消した。
王国西の山間部に潜伏中のはずが部下の二十一士共々忽然と。
「明らかな異常事態だったけど、あの吸血鬼が相手なら納得だよ。けれど何一つメッセージを残していないのが気になる」
センという名で潜り込み、僕は残った数少ない二十一士と情報を共有する。
第三王子の動きを掴んで、教会からこの調査が上手くいくよう手を回した。
帝国から連れて来た二十一士たちも総動員で探索者をバックアップもしてきている。
だというのに、その二十一士もほとんどが殺された。
探索者仲間として連れていた五人、足止めに吸血鬼の前に立った六人、そして残り四人を集めてフォーラさんが教えてくれた安全地帯にいる。
フォーラさんの死体がある場所とは別だ。
あちらには僕たちもいるように見せかけ、捜しに来るようなら罠が発動するようにしておいた。
「救恤はその、節制を妬んでおりましたし、あえて残さなかったということは?」
二十一士が控えめに意見を上げる。
確かに救恤は若く魔法の才能で上を行く僕を羨んでいたし煙たがっていた。
「でもそれはない。彼の信仰は本物だ。決して人類の害になることを己の感情でする者ではないよ」
だからこそ七徳に選ばれたんだ。
僕よりも先に。
そして『血塗れ団』の教導師ブラッドリィという困難な役割を演じていた。
今さら自らの役割を嫉妬で見失う人物でもなければ、嫉妬するからこそ信仰心を強固に保っていたことも知っている。
僕が、その役割を振られなかった理由が今ならよくわかった。
フォーラさんは他人の害となり得る存在で、切り捨て要員だ。
乙女らしいというその情報だけで活用方法を決められ最初から死ぬように仕向けた人。
過去を調べて今に至る要因を探り、望んでいただろう言葉をかけ信頼するよう振る舞った。
そうして計画どおり、僕を信用しきって死んだ。
何も問題はないのだというのに後味は悪い。
どんなに実力が上でもこんな役目、僕では遂行し続けることはできないだろう。
「つまり、このダンジョンに救恤は踏み込んでいない? ではいったい何処で死んだと?」
二十一士の疑問はわかるし、何も説明がつかないんだ。
あの吸血鬼なら負けてもしょうがないと思っけれど、救恤がこのダンジョンにいた様子がない。
救恤は僕に劣るとは言えその信仰心から血を吐く思いで第六魔法までを会得していた。
そう簡単に負けるような人物でもない。
まさか、ここのボスほどの魔物が他にも…………? いや、考え過ぎだろう。
そうであるなら何故今まで姿を見せずにいたのか、また説明のつかない要素が増えるだけだ。
「とは言え、あの吸血鬼はずっとここにいたのか? 五十年何をして留まっていた?」
街の形をしているが無人のため、やはりここはダンジョンなんだろう。
あの吸血鬼が異界の悪魔に他ならないけれど、住処から離れない類ではないと思う。
何かやることがあったとしたら、神と繰り返していたことに意味があるのか。
異界の者も信仰を持つのはドラゴニュートなどでわかってる。
また帝国にいる傭兵の吸血鬼も信仰があるそうだが、そうした情報は今まで聞き流していた。
よく考えれば聖蛇という前例がいるんだから、神とあがめられる上位種が存在していてもおかしくはない。
もっと亜人の信仰が脅威を孕むことに注目していればよかった。
「節制、また後悔に囚われてはいませんか? 年齢に伴う経験の浅さはいかんともしがたいでしょう。ですが今は目の前のことに集中なさってください。それで、どのように動きましょう?」
僕より年長の二十一士が指示を求める。
そうだ、答えのないことよりもまず眼前の脅威をどう対処するかが大事だ。
あの吸血鬼は放ってはおけない。
七徳であり人類の最高戦力たる僕がやらないと、王国の兵が束になっても敵わないだろう。
帝国に勝たせることが確定しているとは言え、人類の総数を悪戯に減らす必要もない。
「この杖は女性を相手にすれば運次第で最大二倍の威力になる。相手はどう見ても女性型。当たればいいんだが、どうも浮遊の仕方がおかしい。銀級の攻撃がまるで当たらなかった。もしかしたらレベルによって攻撃が当たらないか、物理攻撃は全て無効化する能力があるんだろう」
魔法まで無効とは思いたくない。
それに知らない武器を使う。
魔法を削るなんて僕は聞いたことがなかった。
あれがなければオークプリンセスという新種オークは殺せていたかもしれないのに。
こういう知識面は不断の努力の人だった救恤が受け持っていたからな。
僕はそんなことを思いながらボスの情報を共有していく。
「一人は外の者と連絡を取って退路を確保。向こうは魔物を操る。聖堂内部に現れた悪魔が来れば逃げるのも難しくなる」
「四人で吸血鬼を倒せるでしょうか? 節制の魔法も妙な剣で減衰させられたとなれば攻撃が届かないことも」
僕は感傷的になりそうな自分を律してあえて笑って見せる。
「そのためにこれだ」
持ち上げるのは血を吸って赤く、そして重くなった布。
フォーラさんの傷口に当ててたっぷりと血を吸ったかつての英雄の遺産。
「乙女の骸布というもので、かつての英雄が知っていた本来の用法は、女性型に対する防御力の付加。だが、ある時これを身につけた英雄に悲劇が襲った」
女性型の異界の悪魔を相手に痛打を受けた英雄。
そこに英雄の恋人が飛び出し、身を盾にして庇ったという。
恋人の血を浴び嘆く英雄、けれど異界の悪魔は英雄を傷つけることができずに倒された。
「その理由が、乙女の骸布に乙女の血が染みたこと。これは元々遺骸を包む布という役割が異界において付与されたもの。なんびとも乙女の眠りを穢せないというものらしい」
そういう説明が残っていたが何故それで女性の攻撃を減退させるのかは不明。
それでもそうした役割があって効果があったことを七徳には伝えられていた。
さらにそこへ骸布を浸すほどの乙女の血という死の概念が加わる。
すると異界ではありえなかった強化がなされ、一切の女性型の攻撃を無効にするそうだ。
ただしその強化には条件があり、ただの乙女の血では駄目らしい。
自ら命を投げ出した乙女の血でなければいけなかった。
「英雄はバグ技と名付けていくつか異界での本来の用途とは違う使い方を遺した。適宜活用して異界の悪魔に対応しなければならない。これも永続じゃない。血が乾くまでだ」
これがあれば女性型の攻撃は通じない。
男性型に対する備えもあったが今回はこれが要となる。
どちらにしても献身として身を投げ出す乙女の血が大量に必要で、そのための生贄がフォーラさんだ。
悪徳探索者として名が聞こえ、実際清廉な人物ではなかった。
けれど過去を思えば独力で成り上がるための努力と憐れなほどの自己防衛。
僕にできることはその死が必要だったと、有用だったと肯定すること。
そうでなければフォーラさんの死が無意味すぎる。
この戦いの勝利は必ず人々の平和に繋がる、繋げるんだ、僕が。
「再戦でまずオークプリンセスから始末するように見せかけよう。あちらは僕でも十分倒せるから、必ずボスは手の届く範囲に助けに来る」
何故かレイスや悪魔を始末しても気にしないダンジョンボスらしい様子だったのに、オークプリンセスだけは庇った。
高い位置から魔法で攻撃されてはやり方は限られるけれど、降りて来て自ら剣の間合いでやり合ってくれるならそれがいい。
「節制、我々の攻撃は通じるでしょうか?」
二十一士と僕とは力に差がある。
二十一士は救恤にも劣る腕しかないんだ。
「銀が効いている様子がなかったからね。もしかしたら帝国の傭兵のように何か一つ克服している種なのかもしれない」
傭兵吸血鬼は太陽を克服している。
記録に残る異界の悪魔として現れた吸血鬼はどれも太陽を嫌って夜に活動していたのに。
英雄の言行録にもクリムゾンヴァンパイアだけが特殊だと確かあったはず。
実際他の吸血鬼は今まで神聖連邦が倒している。
それは時間さえ稼げれば太陽の祝福が約束されているからだ。
ここでもそれをできれば良かったがけど、フォーラさんの経験則からすると無理だ。
「銀が効かないようなら水の魔法を。けれどまずは死なないことを優先するように。これ以上は今後の活動に支障が大きすぎる」
僕の部下の二十一士はすでに半減している。
強いのはレイスの時点でわかっていたけど、まさかあんなやすやすと殺されるなんて。
「本命はこの乙女の骸布。そのためにも四人必要だ。駄目な場合はすぐに撤退する」
「打倒までは?」
「効かなかった場合ね。そうなったらもう情報を持ち帰るほうが優先だ」
周辺で救恤が不明になっている時点で、最も重要なのはどうにか情報だけは届けること。
裏の顔として仲間にだけわかる忠告やフォーラさんが教えてくれた知識を、このダンジョン内部にも残してきた。
敵に見つかってもそうそう意味は取れない暗号だ。
それでも一番はやはり生の情報を届けることだろう。
「節制、どうか偽りなくお答えください」
二十一士の一人がその目に澄んだ覚悟の色を浮かべて聞いて来た。
「勝てる見込みは?」
「ごくわずか」
嘘偽りなく答えた僕に、他の者も息を呑む。
けれどこれがイブと呼ばれたボスを見て僕が思った正直な感想だ。
それ程の差があることは感じられた。
その上でまだまだ手を温存している雰囲気もわかっている。
「向こうは目的を持っている。その上で手を抜いている可能性すらある」
「仲間たちを一撃で屠っていながら、ですか?」
「回避に専念しろ。受けるなんて思うな。その上で向こうはオークプリンセスを保持しようとする。それが隙だ。隙を突いて自由を奪う」
女性型の攻撃が無効になるということは、つまり決して乙女の骸布は損傷しないということ。
そして骸布は体を包み込むものだ。
期せずこの世界で強化され、骸布という性質の上でもはや拘束衣に等しい。
女性型は、乙女の骸布に包まれると決して抜け出せなくなるのだった。
隔日更新
次回:七徳の節制




