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169話:フォーラ

他視点

 どくどくと命が流れる。

 消えていく焚火が最後に弾けて火花を強めるように、私の体は熱かった。


 これは駄目だと今までの経験が冷静に傷の具合を確認する。

 今まで何度も死にかけた。

 そして何度も同じような傷を受けて死ぬものを置き去りにしてきた。


 ダンジョンでだけ手に入る魔法の薬がなくちゃこれは無理だ。

 なのにここには何もなかった。

 やっぱりすでに誰か入っていたんだ。

 そしてその誰かはあのイブに殺されてる。

 なんて無駄足、なんて骨折り損、なんて、無駄な…………死。


「どうかこれで押さえて。まだ、まだ待ってください、フォーラさん」


 思わぬ力強さで私を抱えるようにセンが運んだ。

 腹の傷口に押し当てる布は見る間に赤くなっていく。


 ボスから逃げたのは想定内だ。

 私の想定外は、逃げるつもりのくせに致命傷を負った自分の馬鹿さ加減。


「なんで…………」

「喋らないで」


 センは静かに私を制止しながらも足を止めない。

 その間も私は思考が空転する。

 なんでセンは私を庇った、なんで私はセンを庇った。

 もう意味もないことを考えて、考えても答えはなくて。


 自分で自分がわからない。

 馬鹿なことはもうしないと、何度も置き去りにされて血反吐を吐いてようやく見捨てることを覚えたのに。

 私だけ生き残った、私は生きるんだ。

 そのために、生きるために、なのに、なんで…………。


 逃げるならセンを盾にしてでもあの場で私一人扉に走れば良かった。

 いや、そうしてもオークプリンセスにセンが殺されるだけで、あのイブという化け物は確実に私に追いついただろう。

 つまりやっぱり、私が死ぬのは変わらない?

 何処で間違った?

 どうすれば生きられた?

 全員を見捨てれば生きて帰って報酬を貰うことくらいできたはずなのに、そのつもりで探索者を集めたはずなのに。

 生きて、生き残って、それで、どうする?


「フォーラさん、フォーラさん? 降ろしますよ」


 センが私をセーブポイントの家屋に運び込んで声をかけた。

 答えの出ない思考にはまっていた私はようやく少しまともな意識を取り戻す。

 けどもう腹が熱いのか寒いのかわからない。

 ただ足は感覚が鈍いのに刺し貫くような痛みだけははっきり感じられ、それが意識を繋ぎ止める杭のように思えた。


 影がかかり目を動かすと、私を覗き込むセンは落ち着いている。

 初心者のくせに死ぬものを前にこれだけ冷静な顔ができるなんて。

 聖職者の見習いだからってこと?


 まさか私がそんな相手に看取られるなんて、本当馬鹿馬鹿しい状況だ。


「フォーラさん、ありがとうございます」

「なに、が?」


 センは血塗れの布を動かして傷に押しつける。

 内臓が直接動く不快感、何より強烈な痛みが無駄なことを考えようとする意識を引っ張った。


「庇ってくれたでしょう、僕のことを」

「礼、なんて」


 謂われる筋合いはないし、自分だってどうしてそうしたかわからない。

 ただセンが、他人を庇う馬鹿だと知っていた。

 悪魔の前に跳び出したのを私は見ている。

 あの時センは死んでいたかもしれないと思って、思って…………結局馬鹿は私だったって話か。


 かつて仲間を守ろうとして裏切られた私と同じことをしようとしたセンを、見捨てられなかったなんて。


「これから、大変、なのに」


 センの仲間は死んだ。

 これから一人、探索者を続けることがどれだけ難しいか私は知っている。


 私は唾棄するけど、いっそ仲間と一緒に死んでいたほうが楽だったかもしれない。

 他人を信用することをやめて、全てが敵だと遠ざけて、それでも探索者を続けて結果で批判を打ち払う中で、何度もそう思った。


「僕は大丈夫です。フォーラさんが守ってくれたので。必ず生き延びます」


 生き延びて何処へ?

 あぁ、そう言えば教会に縁があるし神官にも伝手があるんだ、だったら行き場はある。

 あぁ、良かった、恵まれてる、羨ましい、妬ましい。


 なんだか露悪的な気分が湧いて、澄ましたセンを動揺させたい気持ちになる。

 私の馬鹿な行動は気紛れだったと言い訳を作りたい。

 そうじゃないと生きても何もなかった私が犠牲になるだけ虚しい。


「あんた、年増にでも、売ろうと思って、ただけで。惜しく、なって、つい動いた、の」


 最初に考えたことは本当なのに、それでもセンは怒りも悲しみもなく微笑む。


「それでも守ってくれた。あなたはずっと僕たちが誰も生き残る最善を選んでいたじゃないですか。より多くが生き残るには囮が必要だった。その囮も使い潰すのではなく、ちゃんと後ろに控えて助けに回った。悪魔の所で亡くなった方々は間に合わなかった。けれど、死体を放置するんじゃなく、遺品を回収する機会を与えてくれた」

「いいほうに、取りすぎ。いい子すぎて、嫌になる」


 いっそ嫌みだ。

 私は自分のために囮を使ったし、利益を重視して遺体から装備を剥がせた。

 そうしていい子のふりして仲間だと思ってた馬鹿たちに縋っていた自分とは決別したつもりで。


 自分のために行動していいんだ、見捨てていいんだ、それで結果を出せるんだ。

 私は悪くないんだって…………。


「フォーラさんは何も悪くないですよ」


 センはまるで心を読んだようにそう言った。


「僕を庇ってくれたのがフォーラさんの本質です。悪く言われるような行いに走ったのは、きっとあなたの本質を歪ませてしまった周囲のせいです」


 言い聞かせるようにゆっくり喋る姿は、強敵から逃げて来たという恐怖も悲壮感もない。

 私が死ねば一人きりでここから逃げなければいけない。

 なのにセンは私が欲しい言葉を投げかけ看取ろうとしている。


「ほんと、嫌になる」


 声が溜め息のように漏れ、もう瞼を開けているのも億劫になった。


 体中が痛い、死んでしまうほど寒さを感じる。

 この寒さは嫌だ、怖し、焦燥が湧く。


 そんな不安は確かにあるのに、もういいんだという安らぎもあって…………もう気を張らなくていいんだという安堵がジワリと広がる。


「フォーラさん?」


 センが窺うように声をかけて来たのに応えようとして、いつの間にか閉じていた瞼が震えた。

 なんとか開くけどもう焦点が合わない。


「待っている人は? あなたのことを伝えるべき男性などはいませんか?」


 埒外な問いに、意味が分からなかった。

 意味が分かったとしても、いるわけがない。


 かつて仲間と呼んだ者たちは、女一人を奉り上げて私を女として扱わずに見下し続けた。

 見捨てた奴らと同じになりたくなくて男は決して近づけなかったし、遊ぶふりをしたほうが余計な奴は寄ってこないから馬鹿な女の真似もしていたけど触らせたことはない。


「そう、いないんですね」


 何処かほっとしたようなセンの声は気のせいかもわからない。

 耳は聞こえるけど他はもう動かせないようだ。

 血を流しすぎたんだろう。


 装備ばかりに気を回して、回復薬を軽視した。

 逃げるからって、今までそれでうまくいってたからって、馬鹿すぎだ。

 第三王子なんて依頼者なんだから、ダンジョンの貴重品もせしめられたかもしれないのに。


 鈍い、とろいと罵っていた仲間の姿を思い出し、いつの間にかまた瞼も閉じていたことに気づく。

 振り払いたくて瞼を開きたいけど、それすらもう叶わない。


「フォーラさん?」


 また窺う声は聞こえるけれど、もう反応も返せず体が鉛のようだ。

 センは静かに私の脈を取るために触れるのだけは、鈍い肌感覚からわかった。


 センの溜め息には諦めが多分に含まれていて、私は脈が取れないほど弱っていることはわかった。


 それでもまだ私は生きている。

 けど、大した差じゃないし、すぐに死ぬだろう。

 もういっそ抗いようもなくて私も諦め始めると力が抜けていく。

 体からも抜け出しそうな軽さを覚えた。


「死んだか。ありがとう」


 淡々とした声はセンのものなのに、今までと全く違う響きがある。

 それでも感謝の言葉には確かな気持ちが乗っていた。


 気のせい? 死にかけて何かおかしくなっているの、私?


 濡れた音は聞こえても感覚はない。

 ただ何かをセンが動かしたのはわかった。


「これであの化け物に対抗する手段が手に入った」


 化け物って、あのイブ?

 まだ戦う気?

 まさか仲間の敵討ちに向かう?


 そんなことのために庇ったわけじゃないのに。


「杖は伝承どおり効いた。五分の賭けだったが」


 誰かが近づくのが衣擦れの音でわかる。


「その女、死にましたか? 予定どおりに進んでいるのでしょうか?」

「あぁ、やはり過去を調べた結果は正しかった。彼女は乙女だ」


 センが話す誰かは、たぶん人間だ。

 けれど何を言っている?


「これでこの探索者も罪の贖いを終えた。ここからは僕たちが神の名の下にこの世界の脅威を相手にしよう」


 センは今までにない力強さで言い切る。

 そこに私の知る初心者らしさはない。


 どうして、なんて、考えたくない…………。

 わかりたくない。

 けれど意識だけはあって、耳だけは聞こえて、だから考えてしまう。


 私は、また利用された?


「それで、救恤はここで消えたのでしょうか?」

「わからない。ボスのいる場所にも痕跡はなかった。ただ、救恤が対処できない敵は確かに存在している」


 声は遠ざかり、私は顧みられることなく置いて行かれる。

 それはまるで、かつての仲間が私にしたように。


「救恤も気になるけど、今は目の前の化け物に集中したほうがいい。あれは正攻法では倒せない。できる限り探索者に貸与した武器を回収すべきだ」

「あの女の持ち物は」

「すでに回収した。けど、女性限定で攻撃力が増すこの貞淑の短剣なんて使いどころがあるかはわからないけどね」


 センは私のことを顧みず、どころかいつの間にか装備を剥いでいた。

 それは私がしたことと同じ、かつての仲間がしたことと同じ。


 でも嫌だ。

 こんな終わりは嫌だ。

 結局私はまた裏切られるの?


 声を出そうとしてももう指先一つ動かない。

 ただ絶望的な気持ちと共に体中の血の気が失せて行く。

 一人、なんで私は独りなの?

 ここは寒い、ひたすら寒かった。


隔日更新

次回:七徳の節制

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[良い点] かなC でも自業自得なとこあるから残当
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