168話:イブ
他視点
オークプリンセスが虚を突いた。
戦い慣れていないなりに知恵を使った結果だけれど、それを小物相手にというのは情けない。
オークプリンセスは大地神の大陸にあっては最下級の強さしかない。
それでも私に回避しかさせない程度の者たちなど、軽くあしらえるだけの能力はあるはずで、さらに父たる神から身に余る装備をいただいているのだから余裕であしらえてしかるべき。
魔法主体とは言え連射できるという強みを生かしてもっと圧倒すると私は思っていた。
けれど結果は手傷を負わされるというお粗末さ。
戦い慣れていないということがここまで能力を貶める実例にちょっと呆れる。
そうして雑魚を追いながら批評を下しつつ勝利を確信していると、予想外のことが起きた。
フォーラという探索者が、少年を庇うために前に出たのだ。
「あら、意外。事前情報だとそんなタイプじゃないはずなのに、本当に人間は愚かね」
私は五人目の雑魚を丁寧にレイピアで殺し終えて呟く。
また殺し損ねたとあっては恥なので、きちんと脳天から顎までを貫いた。
オークプリンセスは敵の足元から炎を起こし敵を逸らしつつ、本命は正面からの風の刃での切り裂き。
私ならどちらも剣の一払いで対処可能だけれど、人間ではわかっていても対処ができなかったようだ。
無力な人間は無様に転がって炎を避けきれず足を焼かれ、飛ぶ風の刃に腹を割かれる。
フォーラに激しく突き飛ばされた少年も一緒になって転がっているのは本当に滑稽だった。
何より周囲には、すでに血と臓物の臭いが漂っているので今さら新たに加わっても特段の変化はない。
そうして助けたところですぐに動けなくなるだけだというのに。
「ぐぅあぁ!?」
「フォーラさん!」
魔法二つを受けたフォーラは苦痛の声をあげ、特に致命傷になるほど深い腹の傷を抱えて自身の内臓が零れないよう押さえる。
これはオークプリンセスの運の良さでの敵討ち達成でしょうね。
そして本当に人間の愚者は何をするかわからないわ。
まさか自殺にも等しい愚行に及ぶなんて。
フォーラのほうが強く、まだオークプリンセス相手なら対抗できる可能性があったのに。
弱い少年を守るだけ無駄死にの上、その少年もすぐに殺されるだけ。
「順番ガ違ッタガ、些末ナコト」
オークプリンセスは止めを刺そうと魔薔をかまえる。
私がすることはもうないようだけれど、少年が前に出てフォーラを庇うその無謀さは、いっそ人間の傲慢さのようにも思える。
頑張れば、協力すれば、諦めなければ神にさえ届くというプレイヤーのような。
父たる神の前では等しく塵に同じだという真理を理解しようとしない。
無聊を慰めるという価値があるからこそ生かされているだけの存在が、思い上がり神に敵うと慢心する醜悪さよ。
私の真実の姿を見ることもなく勝ったと浮かれる悔しさ、申し訳なさはもう嫌というほど味わった。
もう以前の世界のような負けを前提に動く必要はないし、神はそれを許されている。
この世界は神が弄ぶ猫なのだ。
この状況も知らぬ間に首輪をつけられる前の抵抗であり、神の手の内。
私は父たる神の望むままに勝てばいい。
「セン…………逃げ…………」
「モロトモニ殺シテヤロウ」
センと呼ばれた少年は静かに笑った。
「ありがとう、フォーラさん。今度は僕が守ります」
センが構える杖の頭頂には、バイコーンの物らしい二本の角。
さらに反対の杖の先には真っ直ぐな一本角が備わっていた。
「非力ナ」
「それは食らってから言ってください!」
真っ向から魔法を放ちあうけれど、あれはまずい!
「トリコーン!? あれは!」
私はあの杖を知っている。
ユニコーンとバイコーンの角を使って作られるという、プレイヤーが持っていた杖だ。
その効果は女性型に対する特攻。
魔法にも物理にも耐性のある私へ攻撃を届かせるため何度となく目にした武器だ。
「避けなさい! オークプリンセス!」
「イブサマ?」
「遅いです」
放たれるのは雷の魔法で速い。
そうでなくても私は雑魚を追いかけて離れて、分断されている。
まさかバラバラに逃げたのは命をかけた罠だったとでも?
私は咄嗟にレイピアを投げた。
魔法剣はただの刀剣よりも弱い。
ただし他にない特性があった。
それは魔法攻撃を断ち切るか跳ね返すことができるというもの。
今持っているレイピアは魔法効果のキャンセルという切断特性。
タイミングを合わせて使わなければいけない技巧だけれど、私はできる。
「当たればあとは…………! え?」
レイピアは当たったのに、確かに雷を掠めたのに効果は表れなかった。
発動後と着弾前のタイミングで本来なら魔法は打ち消されるはず。
なのに雷は削れただけでオークプリンセスへと至ってしまう。
「しまった! 神がおっしゃっていたのに!」
王国にあるダンジョン、ノーライフファクトリーで神が検証されたのだ。
武器やアーツに前の世界とは違う仕様が備わっていることを。
アーツは試したし武器も破壊点を点検した。
けれど魔法剣の特性は試していなかったなんて怠慢もいいところ。
掠めれば断ち切れたはずが、削れるにとどまるなんて想定外だった。
「ブギョォォオオアアアア!?」
雷に打たれたオークプリンセスは激しく痙攣して叫ぶ。
少し威力を削っても特攻が乗った攻撃は痛打。
何よりオークプリンセスは魔法職の割に物理攻撃に耐性がある反面、魔法職の割に魔法への耐性が低い。
失態の二文字が私の心を埋めて冷静さを押しやる。
「オークプリンセス!」
私は後先考えずにオークプリンセスの前に飛び込んだ。
神はオークプリンセスを選んで試練を与え、杖や杖を使うために必要な装備も与えた。
ここでつまらない人間に殺されるなんて、神の意に反する。
「モウ、シ、ワケ…………」
「回復に専念!」
神に武器を与えられ、武器に相応しい能力を引き上げられたのに、負けるはずなんてなかったのに。
私の指揮下でこんな失態…………父たる神が知ったら、あぁ!
「よくも私に恥をかかせたわね!」
「なんだ、今の剣は。魔法が削れた?」
センは魔法剣を知らない?
ではプレイヤーではない?
いいえ、今は失態を挽回するためにこいつを殺さないと。
フォーラなんてどうでもいい。
このプレイヤーの残滓のような人間は見逃せない。
「逃がさないわよ」
「お断りです」
センはまた特攻の杖で魔法を放つ。
けれどそれがどうした、私は知っているし対処だってできる。
レイピアは放置で新たに魔法剣を取り出した。
今度は蛇腹剣という鞭の性質を持ち、伸縮する。
剣の割に範囲が広いと、プレイヤーはこれ欲しさに私を倒しにやってくるほどだった。
私は当たりの多さで今度は確実に魔法を削り切る。
全て無効化され、さすがにセンという少年も焦りを浮かべた。
「…………仕方ない。二十一士、頼みます」
「御意」
「新手!? この私が見逃したというの?」
突如現れた六人は、探索者には見えない揃いのローブ姿で壁のようにセンの前に立つ。
「待ちなさい!」
ひと振りで首を飛ばそうとするのに、全員が避け、殺せたのは二人だけ。
残りの四人を私が殺してる間にセンはフォーラを担いで逃げ出す。
「雑魚が! 私の邪魔をするなんて! けど逃げられはしないわよ!」
六人を殺して聖堂の入り口に飛ぶと、戦闘中は開かないはずの扉に隙間があった。
そこには空の薬瓶が挟まっている。
「…………こんな…………こんな、子供だましで!」
「イブサマ、申シ訳ゴザイマセン。油断シマシタ」
ある程度回復したオークプリンセスが怒りに震える私を追って来て謝罪する。
振り返れば全快とはいかないぼろぼろの姿で私に頭を下げていた。
「あなたはいち早く報告のために下がりなさい」
「デスガ!」
「ここには現状物理的に出入りする以外にない。攻略中だと転移できないの」
それは内からも外からも。
転移しようと思うなら、出入り口付近のセーフティゾーンに行かなければいけない。
「だからあなたはいち早く報告に行けるよう待機よ」
「アノ人間ドモヲ追ワレルノデスカ?」
逃げた探索者についての処遇を問われ、私は正直迷う。
倒せない相手ではないけれど、レベルがよくわからない。
四十以下なら私の権能で勝手に回避できるのだけど、あの時は回避したら後ろのオークプリンセスが危なかった。
だからあえて迎撃を行い、あのセンとかいう人間の強さを計れていない。
壁になった六人は剣の一振りで当たれば問題なく殺せたのだから、レベル差はそこまでないと思いたいけれど。
「ねぇ、あの六人はいつ出て来た? 私の前に並んだのは二十七人だったのよ」
「皆目、人数ナドハ」
六人増えたのは、ここが開いてたから?
ダンジョンに入った人数を確認してないため、入り込んだ人間の総数がわからない。
失態の二文字がまたちらつく。
私がここを離れて追って、また知らない内に入られたら?
前の世界と違う仕様に気づかずにいたら?
資格もない者を神の領地に入れることになったら?
「それだけは駄目。えぇ、私はここを守らないと。それがエリアボスとしての役割よ」
空き瓶を使った想定外の事態なんて。
また同じようにこちらが知らない手を使われてはたまらない。
私はエリアボスとしてのスキルで悪魔を召喚する。
数はランダムのため、今回はグレーターデーモン四体が現われた。
「一体は逃げた者たちを追いなさい。他三体は海上砦に侵入した人間の数を確認。残ってるエネミーに聞くでも隠れてるのを探し出すでも何でもいいから」
クールタイムあるからスキルは連発できない。
この四体で外の対処をしてもらうしかない。
「逃がさないこと。それを意識するように外のエネミーたちにも言って!」
私は焦っていた。
私は神の分身として生み出された者。
知恵深く、強力無比で、素晴らしき慈悲を内包した大神にこの地を任されたというのに。
こんな失態を犯したままではいられないし、何とか挽回をしないと恥で憤死してしまいそう。
何より父たる神に褒めてもらいたかったというのに、期待外れすぎる状況に私は泣きそうだった。
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