表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/326

167話:フォーラ

他視点

 側廊は一本道も同じ。

 月明かりとはいえ、高く大きな窓から光が降り視界に支障はない。

 なさすぎる。


 身を隠すような障害物は側廊を支える柱程度。

 それも一列に並んで遮蔽物というよりもこちらの動きを読みやすくさせる物で行かなかった。


 進むしかない。何よりよそ見してる暇はない。

 吸血鬼のイブとかいうボスに劣るとは言え、目の前のオークもまた強敵だった。


「見、ヨ。コレ、が、力ダ!」


 オークプリンセスは見たこともない美しくも不穏な杖を掲げて熱波を生み出す。


 熱波は火炎放射になって襲い来る。

 転がるように避け体勢を立て直すと、さらに連射までしてきやがった。

 攻勢に転じようと曲刀を持ち直しても、そこに新たな突風の魔法が襲うというでたらめさ。


「魔法を二つ同時!? ぐぅ!」


 驚く暇も与えてはくれず、風で火炎放射が曲がり、私は曲刀で受けながら転がって退避する。

 すかさずセンが駆け寄ってきて杖を掲げた。


「すぐ治します!」

「いい。この程度よりも致命傷受けた時のために力は温存。私の指示もなしに動くな」


 私はセンを置いて立ち上がると前に出る。

 距離を開けられていては敵の独壇場だ。

 止まっているだけ殺される。


 少なくともこっちはまだましだ。

 あの勝ち筋さえ見えない吸血鬼を相手にしなくていい。


 だったら距離を詰めてオークプリンセスを片づけ、吸血鬼が他に手を取られてる間に逃げる。

 これは生き残るチャンスだ。

 ぐずぐず考えるだけ死は迫る。


「神ノ、お与え、二ナッタ、力、ハ、まだ、ダ!」


 距離を詰めようと、歪んだ曲刀を盾にして前へと進んだ。

 オークプリンセスもまた杖に魔力を満たして構える。

 薔薇のような杖の先からは、尖った氷の塊が軋みながら現われ矢のように撃ちつけられた。


 まさか水属性魔法の上位、氷属性まで使うなんて!

 暴力以外に頭使わない馬鹿なオークが、魔法使いとしては極めていると言ってもおかしくないほどの力を持ってるなんて馬鹿げてる!

 あの場所にそんな相手が潜んでいた?


「…………そんなわけないでしょ! 突っ込んでくるだけのオークが! どんな手使ってその力手に入れたわけ!?」

「神、に、選バレ、なかった、者ガ、知る、必要ハナイ」

「神、神、神、神!? なんだってのよ!」


 私の得意は小回りだ、機転だ、我慢強さだ。

 こんな正面から、しかも魔法相手に装備も整えないままなんてやってられない。

 悪魔対策で防具が少しまし程度。

 不利どころの話じゃないし、こっちの攻撃は届かないのに魔法で間合いを詰めさせない連射。

 私のやり方を潰すためにこのオークプリンセスは用意されたような相性の悪さだ。


 氷を避けてさらに転がり、跳ね起きて無理に前進すれば、さっきまでいた場所に今度は岩塊が叩きつけられる。

 馬鹿みたいな魔法の連射には絶対に仕掛けがある。

 少なくともあの杖を落とせれば逃げる隙もできるはずだ。


「おかしいです。あんなにやって魔力が尽きないはずはないのに、杖のせい?」


 センも側廊の柱を盾に私をいつでも助けられるよう前進してきていた。

 やはりあの見るからに価値ありそうな杖に秘密があると睨んだようだ。


「ブググ、これ、ゾ、神の、恩寵。使用魔力、ノ、半減。待機時間、ノ、軽減。ソシテ、我が、スキル」


 馬鹿げた話だけれど、オークプリンセスは誇らしげに杖を掲げる姿には狂喜はあっても嘘はない。

 どれだけ法外な力を持つ杖なのか、呆れるくらいだ。

 魔力消費が半分で、魔法を連射できる上に、スキルというなら一度に魔法を二つ操るのはオークプリンセス固有の力なんだろう。


 距離を詰めようと走っても転がされるか後退させられた。

 ナイフを投げても届かない距離を保たれ、こっちの怪我ばかりが増える。

 それでも致命傷避けられてるのはセンが時折援護を入れてくれるお蔭だった。


「合わせます! 行ってください!」

「生意気!」

「邪魔、ヲ!」


 私は悪態を吐きながら、センに言われるとおり真っ直ぐ走る。

 オークプリンセスは私に注目していたせいで、センの魔法ではないただの臭い玉という手段に簡単に引っかかった。

 どうやら私が落としたものを拾っていたらしい。


 白い臭い玉の煙に覆われ、オークプリンセスは鼻を覆い行動が遅れる。

 魔法の連射が止んだことで、私はフェイントを混ぜながらオークプリンセスに接近した。


 持っているのは霊や悪魔に効く武器かただの鉄のナイフ。

 もう切れない曲刀を捨て、私が選んだのは悪魔に効く貞節の短剣だった。

 一番切れ味がいいと思ったからだ。


「その指貰う!」


 杖を掴む指を狙って滑らせたナイフの刃は入った。

 けれど…………。


「硬い!?」


 それでも親指だけは深く切りつける。

 同時に一度視界から逃れるため横に転がり、ついでに足も切りつけておく。

 骨を避けたはずなのにやっぱり硬い。

 これは実力差がありすぎる時に感じる手応えに似ている。


 それでもなんとか詰めたこの距離をまた開けさせるわけにはいかない。

 私は跳ね起きて死角から首を狙った。


第三魔法暗夜驟雨ドリット・オプシンベル


 落とさないよう両手で杖を握ったオークプリンセスが聞いたことのない魔法を放つ。

 瞬間オークプリンセスを中心に黒い何かが細かく降る。

 それはまるで雨。

 そして降る闇は私に打ち付け、突き刺さるような痛みを脳天からまんべんなく全身へと、濡らした。


「うぁぁああ!?」

「フォーラさん!」


 なんとかナイフは振ったけれど、目まで痛みで利かなくなる。

 あまりの広範囲に命の危機を感じ、滅茶苦茶に転がって距離をとった。

 そこにセンの声と手が触れる。


 感覚から回復をしてくれているようで、痛みが引いて目を開けられるようになった。

 すでに黒い雨は消えていたし何処も濡れてないどころか全身を見ても傷はない。


「今の魔法は?」

「きっと闇属性です。上位属性ですが、かつて魔法を伝えた英雄たちも扱える者が少なく、覚える者はほぼいない希少な魔法だったとか」


 見た限り私に雨のような攻撃を受けた外傷はない。

 つまり闇、確かにあって影を落とすのにその痕跡は残さないその性質のまま。

 ぞっとするような全身の痛みは確かにあったのに、実体がないからこそ対処のしようがなく恐ろしい。


 これで暗殺でもされた日にはわかるわけがない。

 ただ痛みにのたうって、なんの痕跡もないなんて。


「えぇ? その程度? 第三魔法で大袈裟に転がるだなんて」


 のんきな声に慌てて起き上がり構える。

 私たちのいる側廊にふわりと浮いてやってきたのはボスだろう水色の髪の吸血鬼。


 主廊側を見ると、すでに立っている者がいない。

 そして少女の華奢な手には白く繊細なレイピアが握られていた。

 取り巻くように細い金属をより合わせた鍔には、光る珠玉があしらわれている。

 一目でわかるほど繊細で芸術的な逸品だ。

 だというのにその剣を汚すように、赤い血が濡らしていた。


「あなた上位属性が使えると言っても熟練度は上げていなかったのよね?」

「デスガ、神に、帰依イタシマシタ、こと、デ」

「あぁ、神の属性だから威力が上がっているのね。けれどそれにしても弱いわ。最低限のレベル六十もないなんて。前回の反省を生かして一番物理威力の低い魔法剣を選んでもこれではね」


 イブと呼ばれたボスの背後に、音を殺して銀級が忍び寄っていた。

 完璧に死角をとり、オークプリンセスも気づかないほどの動き。


 だというのにイブは一瞬で振り返ると、銀級探索者を正面から突き刺す。

 刺突を得意とするレイピアはたわみもせず防具を貫いて胸を貫通した。


 私は咄嗟に銀級の足を狙って投げナイフを放つ。

 もはや致命傷を受けて助かりはしないのだったら、細いレイピアを折るくらいは貢献させる。


「…………何をしているの?」

「くそ! どんな反応速度してんだ!?」


 予期しないタイミングで死体の重みがかかればと思ったのに。

 イブは死体が倒れ始めてすぐ、とんでもない技巧と速度で危なげなくレイピアを引き抜いていた。


「まぁ、いいわ。オークプリンセス、時間切れよ」

「イブ、さま、マダ」


 オークプリンセスが指す方向では探索者が立ちあがる。

 それはセンの仲間だ。

 初心者として逃げに徹して助かったのか、それでもこのタイミングで立ちあがるなんて馬鹿なことを。


 イブは振り返って首を傾げた。


「変なのが混じってるわね。避けた? 死んだ人間を盾にした? まぁ、なんでもいいわ。あなたたちは弱すぎて神に拝謁するには力不足よ」

「ひ…………ひぃぃいい! 逃げろ!」


 生き残ったセンの仲間が悲鳴を上げ、別れて逃げ出す。

 広い聖堂の中をバラバラに走る姿に、さすがの化け物も予想外の上一斉に動かれて迷うようだ。


「ちょ、何してるの! 私を前に逃げられると思って!?」


 イブは私たちを放置して腰の羽を動かすと、直線状にいた一人が瞬く間に弾けるように死ぬ。

 目にも止まらない速さで移動したイブは、さらに近くから逃げようとした二人目も一撃で屠った。

 三人目も殺されるけれど私たちからは離れていく。


 そこでセンが私の背後から囁いた。


「逃げましょう。フォーラさんだけでも、早く」

「逃ガ、さな、イ」


 けれどまだ私たちの前にいるオークプリンセスが聞き逃すわけもない。

 センはすぐに前に出ると、杖を構えて私を庇う体勢を取った。


 馬鹿なことをすると、そう思うけど、するんだとも知っていた。

 だって敵わない悪魔相手にも飛び込んできたのだ。


「フォーラさんは僕が守る!」

「守ル、価値、ナゾ、その、女ニハ、ない」


 言いながらオークプリンセスは炎をセンの足元から吹き上げさせた。

 慌てて私とセンは左右に別れるけれどそれは囮だ。

 本命は風の刃だと、オークプリンセスから意識を逸らさなかった私は気づけた。


 けれど吹きあがった炎に目を向いてるセンは気づかない。

 風の刃は二つ。

 私は避けられるけれど、センの体勢では無理だ。


 そう気づいた私は、考えるよりも先に飛び出していたのだった。


隔日更新

次回:イブ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ