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166話:フォーラ

他視点

「全く、本当に礼儀ってものを知らないのだから」


 私たちを見下ろすのは、ドレスを纏った水色の髪の美少女。

 正面から向かい合う今の状況は、囮を入れての侵入が失敗したからだ。

 聖堂であるここまで、屋内に入ってからほぼ一本道を追い込まれた。

 扉を閉められないよう瓶はしこめたけれど、残った二十七人全員で敵の前だ。


 整然と並ぶ柱、側廊と主廊。

 高い位置の窓からは月明かりが零れ、聖堂の内部を照らす。

 薔薇窓を背にした私たちの直線上の奥に主祭壇があり、そこにまるで奉られる存在のように宙に浮き、文句を言うダンジョンのボスがいた。


「ここは、礼拝堂か何かか? その上魔物が礼儀だと?」


 銀級が一人吐き捨てるけど、このまずさがわかっていない。

 ダンジョンの魔物の多くは喋らない。

 ただ人型の者は喋ることもあるが理性がない場合が多い。


 目の前にいるきらびやかな服を着た何処かの姫のような魔物の首領は理性的だ。

 これは大いにまずい。


「土足で神の家に入り込んでおいて、覗き見をしただけで帰るだなんて礼儀知らずでしょう? プレイヤーも無礼者の集まりだったけれど、それでも神に挑む勇士としての資質はあったのに。まさかただの臆病者だなんて。やっぱり人間は神の意に反する愚者ね」


 対話が可能だとしたら? こちらの意図を的確に読むことができるとしたら?

 月明かりでもわかる内側から光る赤い目は、私たちを生かして返す気がないのだけはわかる。

 この人数差を全く気にしてないなんて、嫌になる事実だ。


 けれどこれは当たり前か。

 外にいた悪魔はナイトデビルで、出ても上位のアークデーモンくらいだと思ってた。

 それでも相当な難敵のはずが、ここで私たちを追い込んだのはもっと上の悪魔なのだ。

 私も話でしか聞いたことのないアークデーモンの上位、グレーターデーモンかもしれないなんて、そんな伝説的な化け物を従えてるほどの力量差がある。

 あんなの相手にできないから逃げるしかないのに、目の前の相手はそれを操っているかもしれないさらなる強者とくる。


「喋るなら、亜人? ここはダンジョンではなく、亜人の住処?」


 センの仲間が呟く声は、高い天井にもよく響いた。


 亜人は人間ではないが社会性があり、同族と国を作ったりする。

 ただ人間と敵対することもあり、魔物との違いなんて襲ってくるかどうかでしかない。


 そんな無意味な疑問に、腰から生えた羽に意味があるのかわからない水色の髪の美少女が首を傾げた。


「変な括りを作るものね。亜人? 等しく大地に生きる者でいいじゃない。世の区分なんて、神かそうでないかで十分なのに。まぁ、愚か者に怒ってもしょうがないわね。失敗できないから忠告をしてあげるわ。私を亜人だなんて呼ばないことよ。せっかくの神の贄を無為に殺しては申し訳ないもの」


 勝手に喋るけれど言ってることが半分もわからない。

 あちらはこっちの言葉を聞いて返すくらいにはやはり知性と理性を保持していることが確定した程度だ。

 悪魔を従えていながら神を語る、亜人ではないと言いながらその姿は人間でもない。


 これを倒して後から非人道的だとかはないと思うけど、もし王国が知らない不法占拠者なら王子のお墨付きを盾に言い逃れはできる。


 けれど、大前提として…………倒せる相手?

 今まで窮地を一人で乗り越えてきた私の勘が、どうやってもあのボスに攻撃が届く想定をしてくれない。

 それでも、ここまで来たらやるしか生き残る道はない。

 逃げるにしても相手の出方を窺うために戦う以外の選択肢はなかった。


「なんだと思う?」


 私は銀級の生き残りで一番経験あると見た者に手短に聞く。


「吸血鬼」


 無駄口は叩かず予想どおりの答えが返った。

 確かに人に似ていることや赤い瞳、夜にしか出ない、レイスのような霊体ではない、ヴァンシーのように会話不能でもないとなれば選択肢は狭まる。


 けれど亜人として国も作る吸血鬼なら、亜人と呼ぶなというのは違和感だ。

 いっそ逆にそう呼ばれるから嫌がっている?


「銀は?」

「ナイフ一、矢が三、杭一」


 吸血鬼のような実体がありながら通常の攻撃が効きにくい相手には何故か銀製の武器が効く。

 とは言え銀は高価だしあまり武器に適した金属でもなく数は心もとない。

 基本銀の飛び道具が吸血鬼には効くというけれど、三本しかないなら矢の一本も外せない。


「鎖は? 杭でも括りつけられればまだ優位が取れるわ」

「引き摺り降ろすか?」

「上に構えられてちゃどうしようもないでしょ。弓を確実に当てる方法知ってる?」


 上から狙うこと、そして近距離で射ることだ。


 そのためにまずは浮いてる敵を降ろす必要がある。


「相談は終わった? では、遊び相手を紹介してあげるわ。『酒の洪水』のフォーラ。あなたの相手はこの子」

「な!?」


 私は名指しされたことに息を呑む。

 そして側廊から一体の魔物が姿を現した。

 体は豊満で扇情的な女性に似ているのに顔は豚だ。

 そして特徴的な巻き髪は金色で、かつて一度だけ見たことを思い出す。


「オークプリンセスよ。父であるオークキングの敵討ちをしたいそうなの」

「あの時の新種オーク!?」


 オークプリンセスと呼ばれた魔物は、豚の目を私に据えてけたたましい鳴き声を上げた。

 豚に似た頭部のせいか声は豚によく似た耳障りな高音でしかない。

 言葉に聞こえなくもないが、うるささが勝って獣の叫びと同じようなものだった。


 私が来るのを待っていた? つまりつけ狙っていた?

 こんなダンジョンの奥で待ち構えていた事実にぞっとする。


「襲撃者を見極めて、ダンジョンの外から別の魔物を招き入れたとでも?」


 センが驚く割りに冷静にそう推察する。

 ただそれが本当ならここは違う、私の知るダンジョンとは全く違う。


「オークプリンセス、あなたが使える時間は私が他を選別するまでよ」


 吸血鬼らしいボスが命じると、抗議するようにオークプリンセスが鳴く。


「駄目。姫を名乗り高貴な者の娘であるなら立ち振る舞いは気をつけなさい。感情に流されるなんて駄目よ。父たる方に相応しくいないといけないわ」


 意思疎通できるらしく、ボスの言にオークプリンセスは荒い鼻息を抑える様子を見せる。


 頭に血が上っているならまだ良かったけれど、相手は持っている杖から魔法系だ。

 だったら近づけばまだ勝機はあるかもしれない。

 ただオーク自体が耐久型の魔物で、特性を引き継いでいるとしたら魔法系と言えど厄介。


 何より私を確実に狙ってくるという事実が何よりも危険だった。


「ともかく弱点のあぶり出しを重点的にして。あっちは私狙いらしいから受け持つしかないわね」

「あんた、何に怨みを買ってんだ」

「こっちが聞きたいわ。ただのオーク討伐依頼だったはずなのに」


 銀級に責めるように言われて苛立ちと歯がゆさが蘇る。

 『水魚』を使ったつもりがあのオークプリンセスを見落としたとして恥をかかされた。

 その後に奴らあっけなく逝って、この依頼があったから忘れてた苛立ちだ。


「いいわ。あの時の汚名返上と行こうじゃない」


 距離を取っていては魔法にやられる。

 こっちは対霊か対悪魔の装備で魔法自体に少し強い程度なのだから攻撃に回らせるわけにはいかない。


 私は先手のため走り出し、片手には小回りも兼ねて曲刀を構えた。

 もう片手には鼻を潰すための臭い玉を隠して。


 敵討ちだかなんだか知らないけど正面からやり合うつもりはない!


「あら、そんなに近いと私の巻き添えになるからそっちへ行ってちょうだい」

「はぁ!?」


 音もなく水色の髪が私の目の前に現れた。

 そして魔法で風を起こして私を側廊のほうへ転がし、その衝撃で臭い玉を落としてしまう。


 それも腹立たしいけれど何より、私は反応できなかった。

 杖を持っていないから油断したとか、吸血鬼は高い身体能力で襲うと同時に魔法も操るんだとかそんな問題じゃない。

 今の一瞬で私は少しの工夫や協力程度じゃ敵わない相手だと理解してしまった。


「フォーラさん!」


 センが私へと走り出し、他は銀級を中心に固まりボスの反応を探るため身構えて動かない。


「神官系なら吸血鬼にあたりな!」

「ここでフォーラさんを失うだけ誰も生き残れません!」


 真っ直ぐに私見つめて言い返すセン。

 私の能力を高く見るからこそ、私を生かそうと真っ直ぐに走って来た。


「…………回復薬程度にしか見ないから」

「わかってます。正直戦闘には向かないので、補助をできる限りやります」


 センは私より三歩下がって杖を構える。


「…………イブサマ、より、ノ、ご命れ、イダ。卑シキ、襲げ、キ者ヨ、尋常、ニ、勝、ブダ」


 息を鎮めてオークプリンセスが言葉を話した。

 向こうが喋れるってことはこっちが言ってることもわかってるはず。

 私が誰かをこいつは聞いたんだ。

 『水魚』たちとのやりとりの時見られていた可能性が高い。


 何が金級だ。

 私もあいつらもとんだ間抜けじゃないか。


 そしてあの吸血鬼はイブというらしい。

 聞いたことがないし、種族名じゃなく個人名かもしれない。

 そうなるとやはり亜人?


「なんにしてもこうして襲って来たからには殺されても文句はないわね」

「お、ノレ、が、襲げ、キ者デアルト、自覚も、ナ、い、ノカ。愚カシイ」


 豚に罵られるなんて、人を虚仮にしてる。

 まぁ、魔物に国境だとか国の所有地だとか言っても意味がないのは今さらだ。

 勝手に現われて勝手に暴れるなら、こっちだって勝手にやらせてもらう。


 扉は閉められないようにしたから、ここからの脱出は可能だ。

 建物の外に出ればロープを張って、外周の壁の歩哨用の通路に降りられる道を確保してある。

 そこへ逃げ込めば、後は外周を回って出入り口まで一本道。


 不安材料としてはここが通常のダンジョンとは違うルールになっているかもしれないこと。

 ボスはボスのいるべき場所から動かないはずだけど、あれだけ喋るイブとかいう吸血鬼が他のボスと同じだとは思えない。


「吸血鬼に従うオークなんて、そっちのほうがおかしいでしょ。姫名乗っておいて他人の下じゃない」


 私の挑発にオークプリンセスは答えないどころか嘲笑するように顔を歪めた。

 そして黒く薔薇に似た飾りのついた杖を振る。


「消エロ」


 抑えきれない殺意と共に炎を放射して来た。


隔日更新

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