165話:フォーラ
他視点
安全確認をした家屋の内部で霊を寄せ付けない香を焚いての休憩を取る。
誰も口が重い。
ここまで足に負傷した探索者を含めて脱落者なしだというのに。
かくいう私も考えることが多すぎてあまりしゃべる気にはならなかった。
「レイスって、強いんですね」
「馬鹿、あんなのがただのレイスかよ」
初心者でありレイスの相手も初めてのセンに銀級が吐き捨てる。
「確かにただのレイスじゃない。けれどレイス以外にはありえないでしょ。上位種はもっと違う姿をしてるじゃない」
上位種に比べればレイスはまだ行動が単純で、不意打ちさえされなければ倒せた。
ただ足音も気配もない隠密性に、魔法を遠距離から連射してくる魔力と威力、恐ろしいほどの攻撃性は、確かにただのレイスじゃない。
それも対霊装備を揃えていたお蔭で姿さえ見つければ、聖なる火と呼ばれる灯を第三王子が用意してくれたお蔭で危うさはなかった。
これを持って火の魔法を使えば霊特攻になるというすぐれもの。
他にも霊の不意打ちを防ぐ霊系が近づくと色を変える水や、死者が覗き込むだけでダメージを受ける冥府の鏡という名の装身具。
身に着けるだけで霊に物理攻撃を齎せる銀の聖印なども貸し与えられていた。
「第三王子って教会にそんな伝手のある人だった? 顔だけは広い感じだけど、お堅い年長者からは嫌われてると思ってたのに」
実用には向かない凝りすぎた意匠のアイテムはきっとダンジョン産品だ。
けれど聞いたことのない道具がほとんどで、それをこの数用意できたことにも首を捻る。
さらには他にも対悪魔のための装備もあるんだからよほどの繋がりがあるんだろう。
「フォーラ、ここらで朝を待つべきだ」
服の破損が激しい銀級が私に無駄な意見をして来た。
「ほんとに条件解放のダンジョン未経験なんだから。時間で入れるダンジョンは、時間が過ぎれば強制退場。また一からやり直しよ。待つだけ無駄。レイスが出てくる以外に何か収穫あった? 倒してここまで来たのをやり直すだけでしょ」
今、全体の道の三分の一と思われるところまで来ている。
レイスに武器で優位を取りながらも、突然襲われる恐怖に精神力がすり減っているようだ。
もちろんレイスからの攻撃を受けた者もおり、その強さは折り紙付き。
魔法の威力が段違いで、生き残れたのは運が良かっただけ。
仲間の手当てで回復してるのに、銀級のくせして一度の攻撃で弱気になったらしい。
「調査なんだから何がいるか見て回らないと意味ないじゃなぁい」
「もう見てわかっただろ。レイスだ」
「これだから経験の浅い男ってがっついて嫌なのよねぇ」
腐せばかっとなるけれど周囲が止める。
私は気づかれないよう抜いていたナイフをこれ見よがしに出してみせた。
「全体が同じ魔物の巣だったら、群れを率いる上位種がいるの。レイスの上位種が出て来てないでしょ。ここは魔物が混合でいるダンジョンよ」
「あの、ノーライフファクトリーは同じゴーレムしか出ないって、聞いたんですが?」
センが控えめに私に聞くと、他の銀級は大いに頷く。
初心者の探索者ならまだしも、馬鹿すぎでしょ。
もっとまともなのいなかったかなぁ。
「あそこはボスもいないからおかしいって言われてて、あれが普通だと思ってたのなんて王国の探索者だけよ。他の国からの探索者は基本的に首を傾げて帰って行くの。あと、最近『水魚』が上位種見つけたって話知らないなんて、どれだけ潜り?」
ここにいる銀級は何度か依頼をやってるけど、私への慣れかその分うるさい。
それに比べてセンとその仲間のほうが従順だし案外筋が悪くない。
下手に足を引っ張られても困るし、残すのはどっちにしようか迷うじゃない。
「そんなに早く終わらせたいなら、次、先行はあなたたちね。これ見よがしなもんがあったし。開いてたけど、あそこから別種が出てくる可能性が高いわよ」
ダンジョンギミックは一度解くと復活するところとしないところがある。
どうも私たちが初挑戦だと思ったけど、ギミックが解かれてる気配があった。
これは誰かがすでに攻略している。
そして誰に知られることなくここが以前からあったとなれば、最初の挑戦者は途中で殺された。
今のところ痕跡なしだけど、この先にそうした者の死体が歩いてる可能性もある。
「あ、嫌だっていうなら王子さまから与えられたこのダンジョンを調査するための装備は全部置いて行きなさいねぇ。そうじゃないと王族からの窃盗よぉ?」
「ぐ…………ほ、他と一緒なら。そっちのほうが不意打ちにも対処できる」
「じゃ、今までも先行してた組も一緒ね」
足を負傷した銀級探索者は不満顔だけど、弱気のほうは受けなければ死ぬしかない。
だって無駄な装備なんて重くて持ってきてないんだもの。
つまり貸し与えられた装備を置いて行くと無手でまたレイスと戦うことになる。
安全を確保するなら妥当な判断だ。
「あーあ、やっぱりいるじゃない」
私は引き裂かれて動かなくなった銀級たちを見下ろしてぼやく。
やはり門の向こうは別エリアで出て来る魔物が違った。
相手は悪魔。
黒い肌に鉤爪だけが立体的な凶悪な姿で、一裂きを受けた銀級は致命傷だ。
だというのにその悪魔、ナイトデビルが複数いる。
「いったん後退! 悪魔用の武器取り出せた奴は前! 上から来るからって周囲への警戒怠らない!」
隙を突いて徒歩で建物の陰から悪魔が現われたのを、私は悪魔に効くという貞節の短剣という武器で薙ぎ払った。
それなりに身長のある悪魔の視界から消えるように低く構え、距離を詰めて開いてたわきの下を狙う。
人間なら血管が切れて重傷だけれど、悪魔がどうかは知らない。
「へぇ、苦しんでるってことは効果あり?」
悪魔に効く武器というのも初めてだったけど、これ貰いたいと思うくらい手にしっくりくる。
「あ! フォーラさん!」
「おっと」
悪魔が再度空を飛んで私を襲う。
たぶん助けようとこっちに来たセンだけど、無謀だし邪魔でしかなかった。
こんなことで命がけで飛び込むとか馬鹿げてる。
私はセンを避けるついでに悪魔も避けて、羽根に短剣を当てた。
それで羽根が裂けて墜落したところを、起き上がらない内に悪魔の目からナイフを突き入れる。
「蛮勇はお姉さん感心しないなぁ?」
「す、すみません。やっぱり、フォーラさん格好いいですね」
「は?」
初めて言われた言葉に理解が追いつかない。
私の戦い方なんて散々罵られたのに、馬鹿みたいに何を言っているの?
「…………ともかく、今は退避でしょ。さっさと立ち上がる!」
「すみません! フォーラさんの足引っ張って!」
いつの間にか守って立ってた自分に気づかされ、私はセンを怒鳴りつけた。
なのにセンは嬉しそうに笑ってる。
なんだかそわそわして落ち着かない。
そんな気分を抱いたまま、私たちは後退した。
先行して襲われた銀級は三分の一くらいに減った。
負傷者たちはやられたから残っている探索者はまだまだ動ける。
「とは言え、正直戦力低下よね。けど死体が装備してる貸与品を放っておくわけにもいかないでしょ」
私の言葉で休憩していた家屋に戻った探索者たちは黙り込む。
探索者としてのパーティリーダーや金銭管理をしていた者の死体が放置されている。
ここで撤退するだけ残された銀級たちは苦境に立たされるんだ。
そして握った対悪魔に効く武器や防具を回収せず戻って何を言われるかわからない。
私の警告を受けて心は決まったようだ。
「それじゃ、悪魔を掻い潜って、ここみたいに安全地帯を確保することからね。ダンジョンだって理屈があるの。門の近くはエリアの境で魔物も手薄よ」
ダンジョンには何故か一定の安全ポイントが存在する。
私が初めて知った場所はセーブポイントと呼ばれていた。
過去そのダンジョンを発見して攻略した英雄がそう呼んでいたそうだ。
数々のダンジョンを巡って、置き去りにされたりした経験から、何処でもダンジョンにはそうしたセーブポイントが存在すると知っている。
出て来る敵の種類が変わるような境周辺にあるのもダンジョンを数こなした上で学んだ。
「さて、進むわよぉ」
再出発は案外うまくいく。
悪魔相手に効く武器と、防具が幻惑する魔法を全て無効にしてこちらの攻撃は届かせることができたから。
それでも怪我は負うけど、それをセンたち初心者が目ざとく気づいてカバーに入った。
いるといないとじゃ怪我の対処に割ける時間と、敵の追撃をかわす隙を作れないという大事な役割を果たす。
悪魔を凌いでセーブポイントらしき商店を発見した。
私たちは武器の手入れも兼ねて休憩を取る。
「まだ、進みますか?」
生き残った銀級が、ようやく立場を理解したのか私のお伺いを立てて来た。
「進むわよぉ。対処できないわけじゃなかったでしょ。傾向としてはぁ、夜に潜むという特性を持つ魔物が出るダンジョンかも?」
「なるほど、確かにレイスと悪魔の関係性を表すなら夜ですね」
もう私の側に控えるのが当たり前になって来たセンが頷く。
「では次にもまた魔物の種類は変わりますか? レイスの所で予見していたのは当たりでしたし。後学のため聞かせてください」
素直すぎて嫌みを言うことはできるけど、そんな気にならないのがおかしな感じだ。
「夜ねぇ。有名どころは吸血鬼、ゾンビ、ヴァンシー、大蝙蝠。上位種だけが固まってると考えると、レイスの上のファントムとか。悪魔はナイトデビルだったから上位のアークデーモンとか」
挙げればきりがない程度の括りよね。
ただあげたのは霊と悪魔に通じる攻撃で行けるような特性ばかり。
実体のない霊体でも、物理も魔法も軽減させる悪魔でも今ある武器で対処可能だ。
「回収した分の武器と道具はもう使い切るくらいの気持ちで行きましょうか。命あってこそだし、脱出もこの先の安全地帯で考えるわ」
時間で倒したエネミーはダンジョンに補充される。
安全に戻るには最奥まで進んでボスを倒し、一度ダンジョンを停止しなければいけない。
だけどここの魔物は強すぎるし、そこまで命を張る気はない。
これだけ強いのがうろついてるならボスも相当だろう。
同時に今までの敵の共通項から弱点が透けるのがダンジョンの特性だ。
これは対策をもっと確実に固めて出直せば、行けそうな気がした。
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