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164話:イブ

他視点

「ようやく入って来たのね」


 私は管轄エリアが防衛機構を起動したことを感覚で察知して呟く。


 私がいるのは海上砦最上部にある聖堂。

 高い天井、林立する柱、窓から差し込む月明りが照らす祭壇がある静謐な神の家。


「慎重なプレイヤーは確かに手堅くて面倒なことも多いけど、あんな人間たちくらい私一人で十分なのに」

「イブサマ、ソウオッシャラズ」


 私の持ち場の聖堂内部にはオークプリンセスが待機していた。

 手には魔薔を持ち、額には金髪とよく調和する繊細なサークレットをつけている。


「スタファに経験させろと言われたからには引き受けるけれど」

「活躍ノ場ヲイタダキ、アリガタキ幸セ」

「別に私に感謝することはないわ。父たる神が決めたことだもの」


 大神は帝国で率先して自らダンジョンへ向かったという。

 どうするのかと思えば、人間たちには告げず機能不全に陥っていたダンジョンを復旧し、そこで得られる道具や素材を次々に入手したそうだ。


 目的はこの世界のドラゴンを上手く扱えなかったチェルヴァに、素材を扱わせるため。

 さらに聞けば、父たる神が最も評価したのはただの人間だという。

 私もお側にいればお役立ちしたのに、けれどここに留まるのが私の役目だ。

 それは作られた時から、いいえ、分身として生み出された理由自体がここの守りだし、たとえすでに父たる神の封印が解かれていてもそれは変わらない。


「その杖、使いこなせるようになることが父たる神があなたに与えた初仕事よ。きちんと務めなさい」

「ハ、心得テオリマス」


 ダンジョンで得た物を父たる神は必要な者に渡せと言って、その中にオークプリンセスがつけるサークレットがあった。

 オークプリンセスが魔薔を使うために足りなかった能力値を補うアイテムで、魔薔自体が父たる神てずからお与えになったのだからそういうことなのだろう。


「…………いいな」

「ドウカイタシマシタカ?」

「な、なんでもないわ!」


 思わず大きな声が静かな聖堂に響く。

 オークプリンセスは驚いて身を揺らすと、その豊満な体も一緒に揺れる。

 何故だか無闇に悔しい。


 オークプリンセスは困り顔で私の鋭い目つきを受け止めていた。


「私ハ、新参者デス。今ヒトツ状況把握ガデキテイナイノデスガ、オ聞キシテモ?」

「あぁ、そうよね。あなたはこの世界の生まれ。ダンジョンに発生するエネミーでもないのだし、まずダンジョン自体入ったのは初めて?」


 大地神の大陸は全体がダンジョンのような特殊ルールの上、フィールド戦闘もあればエリアや建造物内部でのダンジョンに相当する戦闘もあるというなんでもありの神に相応しい地。


「そうね、ここは私を据えるほど特別な場所だけれど、それでも基本的には他のダンジョンと一緒。一度入ると正規の出入り口以外からは出られないわ。ただ、これはこの世界に来てからそうとも言えないし。状況が違いすぎるのよね。本来ならこの海上砦は、父たる神の住まいへの唯一の出入り口なのよ」

「海上砦、デスカ?」

「そこからね。ここ元は海にあったの。正しく侵入しないと父たる神の下には辿り着けないのよ。正しく大地神への知識を持たないと何処も開かないし、たとえ夜であっても機構が作動しないからエネミーに襲われるだけの場所なの」


 必要な謎解きがあるのだけれど、プレイヤーは好き好んで襲われにやって来ていた。


「こっちへ来て見なさい」


 壁際には絵画があり、この海上砦を描いたもので地図になっている。

 神へ至るためのヒントが描かれているが、私が覚えている限りこれをただの地図ではないと見切った者は神本人以外いない。


「描かれているとおり入り口は一つ。島の反対側は断崖で簡単には入れないわ。けれどプレイヤーの中にはこれを越えて侵入する者もいたのよね。ただし、そうすると何処の家屋も開かなくなるの」


 以前攻略途中で侵入する者があって、途中でやり直しになったプレイヤーがいた。

 この聖堂の扉も開かなくなるから、プレイヤー同士で争いになっていたのを覚えている。


「見てのとおり道はほぼ一本。ただ左右に歩き続けて登ってこなければいけないわ。屋内にはエネミーもいれば宝箱もある。それに神への道を開くための謎解きも」

「断崖ヲ登レルノナラバ、コノ坂モ無視サレルノデハ?」

「最低限、この聖堂へ至る道の途中にある門を開いて行かなければ上へはいけないの。けれど今は全て開いているわ」

「何故?」

「父たる神がそうなさったからよ」


 プレイヤーに扮して私の下へいらした際に全てを開かれた。

 そして戻せとも言われていないしそのままだ。


「大丈夫デショウカ?」

「正直、一からやらせたら時間ばかりを無駄にするでしょうね。レベル差は埋めがたくやってくるのだから、少しくらい時間を短くしてあげてもいいでしょう」


 神もきっと私との力の差を思っての処置だ。

 神に任されて彭娘から王国の探索者についても聞いた。

 ここに来る探索者は、『水魚』という者たちとあまり変わらない強さだそうで、私に攻撃が届くかも怪しい。


「神も出るほどじゃないから私に対処をお任せになったのよ。だったら少しのハンデくらいいいでしょう」

「レイスガイルト聞イテオリマスガ」

「悪魔もいれば他の上位霊体もいるわ。ただ近づいて攻撃範囲に入らないと動かないようになっているけれど」


 忍び込むこともできるが徘徊するレイスを避けるのは難しい。

 戦闘に気づけば悪魔が嬉々として襲うので、それらを掻い潜るのが私に至る最低条件だ。

 そして私が倒されると大地神の大陸に続く道が開く。


 別にそれで私が死ぬわけじゃない。

 一時的に活動不能になるだけだ。

 だって神を召喚する儀式を邪魔されると、私がプレイヤーを相手に戦うという立場で………… あら? これはどういうこと?

 そんなことあったかしら?

 いえ、ないはずよね。

 だって封印は解かれず、道の先にプレイヤーが行ったのは一度切りだもの。


「神がお与えになった役割だから知っている?」


 私は神が現われなかった時の代理として生まれた分身でもある。

 その時には神性を解放して本来の姿に戻るのだ。


 スタファやヴェノスは神であるチェルヴァに近い姿を好むけれど、私は本性がいい。

 神の分身たる大いなる姿であり、本来父たる神が私として生み出した形が良いのだ。


「それだとここの天井突き破ってしまうからできないけれど」


 私の思案を見ていたオークプリンセスが、控えめに指示を仰ぐ。


「私ハ何処ニ待機スレバ?」

「ここでいいわ」

「事前ニ潰サナイノデ? 至ルノヲ待ツト?」

「今来ているのは王国の探索者。金級の『酒の洪水』というの、知ってる?」

「…………モシヤ、フォーラト呼バレル?」

「あら名前知っていたのね。えぇ、そう。あなたのオークの群れを潰すきっかけになった探索者。まぁ、父たる神も」

「イイエ、神ハ救イヲオ与エニナッタ。タダ奪イ貶メルダケノ人間ヨリモ高尚デアラレル」


 オークプリンセスは強い力で魔薔を握り締める。


「アノ、下劣ナ、人間ガ…………」


 聞けばオークプリンセスはオークキングを助けに向かったという。

 けれどすでに遅く、首を切られていたのでフォーラを単独で襲うべきかどうか迷っていたらしい。


 その内に神もいる中、別の人間たちに向かって父であるオークキングの首を振り回して死体を貶めたそうだ。

 しかも奇襲によって倒すという王たる者に挑むに値しない行状をもって。


「弱者の知恵とは言え、見苦しい真似は嫌ね」


 見ると、オークプリンセスは鼻息を荒くして目に闘志を燃やしていた。


「今ナラ、私モ…………!」

「駄目よ」


 魔薔を握り締めるオークプリンセスを私は止める。


「まだ試運転でしょう。本格的には戦闘を任せられないわ。あなたは父たる神に次なる役目を用意されるはず。であれば、魔法に専念なさい。ここにいることは許すから。本当は私一人で迎え撃つのよ。気高く、圧倒的強者として。そこに侍ることを許すわ。それで我慢なさい」


 命じる私にオークプリンセスは硬く目を閉じると息を整えた。


「温情ト拝察シマス。ドウカ、仇討チノ機会ヲオ与エイタダケタラ」

「フォーラが一番強いはずだけど、そうね、あなたが死なない程度ならいいわ。レベルは六十ほどよね? 行ってもフォーラは四十くらい?」

「ハイ、父デアルオークキングガ倒サレテカラ結界ヲ張リマシタ。フォーラハアレヲ越エラレナカッタノデ、六十以下デショウ」

「そうなると私にも攻撃が届かない可能性もあるのね。できるだけ手の内を晒したいし、あなたもそこまで強くはないでしょう。単独で挑むことは禁止するわ。でも、私は周囲を先に片づけるから。その間に倒せるなら倒してしまってもいいけれど」

「感謝イタシマス!」


 私も父たる神がと思えば、思えば…………倒されることある?

 この私をただの迎撃で吹き飛ばす魔法の使い手であり、第十魔法で呼び出されるのは父たる神本人の一部だ。


 何よりエリアボスの知者をしても読めない知謀の持ち主。

 人間如きが…………あぁ、けれど私たちは一度父たる神の計画を予想もしない駄目な方法で阻止してしまっている。

 深い知恵を持つ故に、きっと父たる神は愚者の軽挙に弱い。

 愚者の最たる人間など相手にさせてはいけないのかもしれない。


「イブサマ、使ワナイホウガヨイ魔法ハゴザイマスカ?」

「別に? あぁ、私を吸血鬼か何かと思っている? 平気よ。水でも光でも。私は吸血鬼でも悪魔でもないもの」


 だからレイス対策でアンデットに優位を取っても、悪魔対策をしていても効かない。


 レベル差でかつてプレイヤーに削り切られたことは何度もあるけれど、それでも弱点がないと言われて畏れられもしたのだ。


「私は神の分身にして防人。大地神への巡礼者を選ぶ裁定者」


 宣言しながら高い聖堂の天井へと飛びあがる。

 月明かりが降る窓から外を眺めると、魔法らしい火が見えた。


 どうやらまだまだここへは辿り着けないようだ。

 日の出が来れば強制退場で初めからやり直しだけれど、体力が持つかしら?

 レイスしか出ない辺りで進めてないのでは途中で諦めてしまうかもしれない。


「開けておいた神の慧眼ね。あれじゃ、また『血塗れ団』とかいう人間と同じ程度のつまらない相手かもしれないわ」


 それでは神に面白がってもらえない。

 いえ、役者は用意されているのだから神がご覧になりたいのはオークプリンセスの復讐譚の可能性もある。


 どちらにしても人間たちには頑張ってここまで登って来てもらわないと困る。

 これも用意されたものだとしても、父たる神にご満足いただけるよう、さすが娘と言っていただいて、次は私と一緒にお出かけしてもらえるよう努めなければいけないのだから。


隔日更新

次回:フォーラ

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