163話:フォーラ
他視点
王国の第三王子に依頼され、私は未発見のダンジョン調査に乗り出した。
「フォーラ、ここ枯れてんじゃねぇか? どれだけ歩いてもレイス一匹出て来やしねぇ」
今までも仕事で使ったことのある銀級探索者が馬鹿なことを言い出す。
私たちは一度装備を整え直して、対アンデッド、対悪魔を意識して戻った。
第三王子の伝手でそれなりの物を融通してもらえたのは予想外の幸運だ。
思いの外、話がわかる王子なのよね。
最初にダンジョンにも入らず戻ったことを伝えたところ、怒りもせずにこちらの要望に応えてみせたところは偉ぶることだけは一人前の貴族とは違うってとこ?
王子の伝手をフル活用して揃えてくれたのだから、期待も込みと思って結果を持ち帰らなければ後に禍根を残すかもしれない。
「やだぁ。銀級にもなって安全快適なダンジョンしか経験してこなかったってこと暴露しないでほしいわぁ、恥ずかしい。駆け出しの後輩たちが見てるのよぉ」
嘲り、近くにいたセンの肩を私はわざと抱く。
「あ、あの、開かない扉や出てこない魔物。これは確かに枯れダンジョンの特徴じゃないですか?」
センは突然近づいた私に挙動不審になりながらもしっかり状況を確認する。
私は赤くなるセンの反応を十分面白がってから、放り捨てるように身を離した。
「霊がいるかもって思ってた? 日中に? 見た限り荒れてない無人の街よぉ。少なくとも住人はいないわ。死体さえないし、滅んだ様子もないのに」
私は周囲に手を広げて一回転してみせると、他の探索者たちもこっちを見る。
気を抜いちゃって、他も枯れかと思っていた馬鹿ばっかりだなんてがっかり。
見られてるのに気づかないとか魔物相手にぬるい戦いしかしてないんじゃない?
今も私たちを何処かから獲物を狙う目で見てる。
ここには確実に魔物がいて隠れていた。
「ねぇ、まずレイスってこんな覆いもない昼の道の真ん中に出るぅ?」
「いえ、レイスは夜か日の差さない森の中などに現れると聞きます」
「はい、センせいかぁい」
基本で褒めるだけ子供扱いだけれど、銀級たちは悔しそうに見ている。
「出るわけないのよ。ダンジョンが起きてないの。王国には条件満たして初めて入れるダンジョンないけど、他の国だと当たり前にあるのよぉ。なん年探索者やってるの? 経験少なすぎることばればれぇ、あははは!」
「ち、ただうろつくあばずれのくせに」
吐き捨てる探索者の一人に、私はナイフを投げつけた。
革のブーツを貫いて足の甲に突き刺さる。
「はい、じゃああんたは囮ねぇ。最初に走って行って、十分引きつけてぇ。もちろん私の視界に入るようなことするなら今度は武器を握る指飛ばすからぁ」
足を負傷した探索者の仲間が睨むから、私はまたナイフを手にして笑顔で告げる。
「条件があるなんてこともわからない無能たちは少しでも役に立ってね。今の内に走るポイント決めておくからぁ」
これだけ回って何もないなら、条件は日が落ちて、レイスなんかが活動できる時間になることだろう。
相手の縄張りで戦うのは不利を強いられる。
そういうダンジョンは何より対策が大事だ。
それで言えば、悪魔対策で精神の抵抗強める装備なんてレアもの、貸してもらえたのは良かった。
様子を見るために足を負傷した探索者とその仲間を先行させ、条件が時間ならそれで今は潜んでいた魔物が引きずり出されるし、対策が有用かどうか観察できる。
ダンジョンの傾向はわかるし、囮が対処できるかどうかで強さも計れるのだから、私にわざわざ悪態をついて囮に立候補してくれたようなものだ。
「さ、本番は夜ってことになったし、今は寝ましょう」
無人のダンジョンを調べて、私たちはダンジョンから離れた場所に設置したキャンプ地へ戻る。
「センー、ちょっときてぇ」
「は、はい」
私がセンを呼ぶと、仲間はセン一人を私のほうに押した。
怖がっちゃって可愛い。
休むために張ったテントの中二人きりなんて、センの反応で遊びたい、けど本番が今夜となったからには時間が惜しい。
「一番上にあった建物、あれ、宗教施設だと思う?」
私が素で聞くと、センはすぐに表情を引き締める。
いい反応。
もしかしたら探索者としての素養は高いかもしれない。
「否定はできませんが、僕が見たことのある宗教施設とは違います。城砦のような趣ではないでしょうか?」
「そうねぇ明らかに道や門や塔の配置が城砦ね。けど、入れなかったあの建物、鐘楼があったじゃない?」
宗教施設にお決まりの建造物が、一番上の建造物にはあったように見えた。
ただ確かに様式が違うから鐘楼だとは断言できない。
「城にも専用の小さな教会を作って鐘楼を建てることはあると思いますが」
「まぁ、贅沢。つまり、城か何かはわからずじまいか」
「あの、現状情報が少なすぎる気がするんですが、本当に今夜?」
「そうでもないわよ。まず確定は獣型の敵は出ない。今まで潜ったダンジョンの経験からこれは絶対。逆に街という体裁を考えると人型の魔物が出そうね。場合によっては向こうも武器を持ってる可能性があるわ」
「そうなんですか? すごい、たったあれだけの調査で…………」
センは目を輝かせで、他の邪念を一切見せない。
経験上当たり前だし、こうやって語っても自分の利益を数える者ばかりで、私自身にそんな肯定的な目を向ける者はいなかった。
なんだかいたたまれなくて、私はらしくもなく目を逸らす。
「あの、条件というのも聞いていいですか?」
「考えれば当たり前のことよ。ダンジョンなんて降って湧いた私たちとはルールの違う土地なのよ? 無条件に入れるほうがおかしいの」
実際どうあがいても入れないところもあったし、そういうところを枯れダンジョン扱いもあった。
ただやっぱり何者かの存在を感じるので、あれは条件が満たされていないだけだと思う。
実際そういってかつて仲間と呼び合っていた奴らと、枯れダンジョンと言われていたダンジョンを開いたことがあった。
人数制限だったり、時間だったりとそれなりにバリエーションがある。
だからまずは囮を入れてその後入れるかどうかを確かめようと思う。
「傾向がわからないんじゃ、ボスの所までは行くけれど戦うのはなしね」
「え?」
思わず口に出した迂闊さに、自分でも驚く。
センは嫌な視線もないし雰囲気も薄いせいか、馬鹿みたいな失態をしてしまった。
一人でやってきた私が漏らすなんて。
警戒して目を向けると、センは真っ直ぐに私を見つめ返す。
「後学のために教えていただけないでしょうか。フォーラさんは素晴らしい先達です。どうか、僕も少しくらい、フォーラさんの役に立てるようになりたいです」
「馬鹿なことをいうのね」
そんなこと言われたの初めてだし、仲間がいた頃はこき下ろされて文句ばかりだった。
一人で身軽になってからは文句も憎悪も聞き流して笑ったのに。
まぁ、減るもんじゃないしいいわよね。
「他に言わないならいいわよぉ?」
「仲間も駄目ですか?」
「自分一人で抱えられないと思わないなら聞かないで」
「いえ、でしたら聞かせてください。探索者として得難い経験を教えていただくのに条件も飲めないんじゃ聞く資格もないです」
「まっじめー」
茶化すけれど悪い気はしないし、私は教えてあげることにした。
「ボスのところ閉まって出られない部屋があるって知ってる? 建造物系のダンジョンに多いの」
「聞いたことくらいは。多いということは建物でなくても出られないダンジョンが?」
「あるわよ。ボスの所だけ別の空間に飛ばされたり、結界張られたり」
だからボスに挑む時には万全を期さなければいけないし、そのためには囮を先に行かせてボスの系統を見る必要がある。
私はそれをやらされていたこともあるけど、基本的に自分で攻略したい馬鹿ばかりだったからかつての『酒の洪水』でもあまりない状況だった。
それでもやらされる時には、なんの安全もないと嫌だとごねてなんとか安全策を講じてはいたけど。
「これ知ってる?」
「それは、アーティファクトの薬瓶ですよね? 中身が劣化しないっていう。けれど、から?」
「そ、この瓶ね、どうやっても壊れないの。結界だとどうしようもないけど、扉なんかの建築物だとこれを挟むとボスの部屋でも扉が閉まらないのよ」
「そんな手が?」
「まぁ、ダンジョンによっては耳が痛くなる警報が鳴ってボスが出て来ないんだけどね、ビィビィって」
中を見て傾向を推量することもできるから無駄ではない。
ちなみに人に開けさせておいても無駄だった。
それほど強い力が生じ、体を挟んでいた者は中に引きずり込まれるんだ。
たぶん同じダンジョンから得た物しか駄目とかそういうルールが存在する。
もしかしたら本来の用途と違うから起きることかもしれないけど使えるなら使うだけだ。
「さて、夜に備えて寝るとしますか」
「あ、では僕はこれで」
「あら、私と同衾しないの? 坊や?」
からかい半分だし、そんなことしようものなら今から仕掛ける罠の餌食にする。
そうしないと狙ってくる馬鹿がいるから。
私の冗談に何故かセンは優しく笑って答えた。
「望まない女性にそのようなことはしません。きっとフォーラさんが身を許すのは頼りがいのある男性でしょうし、僕じゃ役者不足です」
「はん、あたしより強い奴なんていやしないのに言ってくれるわね」
吐き捨てるように言ってしまったのは、あまりにもふざけた台詞だったから。
私は気を削がれて、犬を追い払うように手を振ってセンをテントから追い出した。
「貴重なお話ありがとうございました」
センはお育ちよく挨拶するけれど、私は返事せずに無視する。
そうして一人、罠を仕かけるために動こうとして、思わず呟いた。
「…………調子狂う。馬鹿みたい」
吐き捨てて、私は寝込みを襲うクソ野郎のために罠の準備を始める。
ともかく今は寝ないといけない。
眠気なんて隙は悪魔がいるかもしれない場所では大敵だった。
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