161話:七徳の純潔
他視点
突然の幻視によって、闇が形を持った。
それは光の集合体、夜空の如き深く遠く触れられぬもの。
「は? 星空、ですか? それが、預言? 枢機卿、私には皆目どのような未来を語っているのか見当もつきません」
七徳の若き強者、謙譲が預言者からの言として私が語る言葉に戸惑いを隠せないようだ。
ただ先を急ぐ私に続いて足を止めない程度には冷静でもある。
ここは地中深くにあるダンジョンであり、今は襲い来る魔物を二人だけで撃ち果たして進む途中。
老いたる我が身を補助として後方に配し、謙譲は長剣を手に敵へと挑む。
「預言とは時に言葉で表せぬ神秘体験でもある。問題とすべきは世界を覆った闇が形を持ち、それが星空と形容すべき存在であったことだ」
「存在、つまりその星空は生き物なのですか?」
謙譲は私の前に出て長剣でオークキングを両断して振り返る。
「たとえばレイスは生き者かという問いに近い。確かなのは、その夜空が意志を持ち預言者を睥睨することのできる存在だということ。夜空のように巨大か、夜空の下でしか活動できないか。解釈はいくらでもある」
「その預言がこのダンジョン、スモーキーベイスへあなたさまと共に潜る理由なのですか?」
私が預言を語ったのは、この共和国との国境近くにあるダンジョンへ入った理由を聞かれてのこと。
ここには普段周囲に侍る者は誰もおらず、私たちだけだ。
何故ならダンジョンへ入るために制約があるから。
それはレベル六十以上であること。
レベルという概念はプレイヤーたちが使う強さの指標で、ジョブや称号ほど一般的ではないのは、レベルを上げることが大変難しいからだ。
今ではジョブや称号によって精度の変わる専門職の者くらいしか使わない概念だ。
「このスモーキーベイスは数あるダンジョンの中でも特殊でな。攻略することでこのダンジョンの権限を得ることができる」
「ダンジョンの権限? まさか、この湧き出る魔物を意のままに操れると?」
もっと縛りはあるもののおおむねそのとおりだ。
プレイヤーはこれをダンジョンの拠点化と言っていたと聞く。
そして拠点として使っている者の待つ最奥へ私たちは進む。
霧が立ち込める地下世界の奥には、黄金の都が広がっていた。
そして黄金の宮殿へ踏み入ればそこは、ただただ白い石造りの広間。
「最低限の強さを身につけられた者が新たに現れたか。喜ばしいことだね」
「…………巨、人? 白い…………まさか、あなたは…………」
謙譲が茫然と呟き、私たちを出迎えた巨人の白い肌、白い髪の巨体を見上げる。
まるで霜が降った朝のようにほのかに煌めく姿で、玉座を覆う天蓋を支える柱の上に座っていた。
明らかに大きさが合っていないのは、拠点化したため本来のダンジョンボスの仕様と合わなくなっただけだ。
「白き方、この七徳謙譲は今や我ら神聖連邦を代表する強者。老いるばかりの私よりも重大な立場となることでしょう」
「その顔合わせかい? それとも我が同朋が消えたことで新たな情報でも?」
中性的な顔を憂いに染めた巨人の溜め息は、私たちに強風となって届く。
「おっとすまない。しかし入ってからこれだけの時間をかけていてはね。そんなことではまだまだ異界の者たちの最高戦力とは戦えない」
白き方の言葉に謙譲は口を引き結び堪える様子だ。
白き方は巨人の中でも人間と協調をしてくださる。
初めて見てもそうとわかる姿と強さがあり、その上まだまだと言われては返す言葉もないだろう。
けれど言ったとおりレベル六十は最低限なのだ。
これでようやく攻撃が通るというのだから、異界の最高峰とは恐ろしい。
そしてそれらとまみえて生き残ったこの方の強さとはいったいどれほどか。
決して私たちが戦って負けはしないだろうが、それでも他の巨人と違い戦うことを覚悟して備えるこの方は巨人の最高峰ではないかと思う。
「あぁ、話を遮ったかな。それで、用件は?」
「預言がありました。敵は闇ではなく夜空。これに該当する者がお知恵にありましょうか?」
私たちより長く戦って来た白き方は、多くのプレイヤーから異界の知識を得てきている。
私は預言と呼ばれる力で未来を知るが、それは言葉であったり映像であったり直感であったりさまざまだ。
わからないことも多く、母から受け継いだ力だが、こうして巨人の知識に頼るのもまた母の教えだった。
「確か、宙の蛇と呼ばれる神が夜空のように大きく光る体をしているとか。スネークマン、いや、今はドラゴニュートと呼ばれていたか。あれらの最高神だよ」
「神が、この世界に? そのような前例があるのでしょうか?」
「若人よ、聖蛇という前例がいるからにはないことではない。しかし彼らの言う神性という特性を持つ敵は少ない。最も我らを困らせた神性は、神使だよ」
この白き方から聞いた神の使徒にして巨人やドラゴンを追い詰めた存在。
「そう言えば、世界は太陽に照らされない外側は全て夜なのだという。異界ではそこから神がやってくるのだとか」
「神の招来を預言したと?」
私に白き方は首を横に振る。
答えなど知ってるわけがないのはわかっていた。
私の力なのだから、私以外に知れるはずもない。
私との対話が途切れたことで、謙譲が白き方に疑問を投げかけた。
「かつてあなた方も神と呼ばれた存在。今までも対処ができたのですからたとえ異界の神であっても世界を守るという大義は揺るぎはしないのでは?」
「同じにしてくれるな。私たちはこの地に生まれた生き物としての常識の範囲だよ。だが異界の神々は我々の常識など容易く超える」
疲れたように答える白き方に、謙譲は戸惑うばかりなのは致し方ない。
規格外の強者を見たことがないのだ。
私はプレイヤーを見たことがある。
すでに老境に入っていた五十年前の生き残りだが、それでもなお強者として規格外の力を振るっていた。
あれが千も集まらねば倒せぬとはいったいどれほどの者であるのか。
「プレイヤーであれば神を倒せるでしょうか?」
最悪を考えて私は白き方に問う。
もし神の招来を預言したのであれば、私は七徳、人類の守護者として立ち向かわないわけにはいかない。
「今生き残っている者たちでは足りなすぎる。ただ、方策を請うことはできよう。倒し方は必ず存在すると言っていた。ただ、プレイヤーによってどれだけ知っているかは違う。今を生きる者たちを私は知らないからね」
五十年前は助言や極地での異界からの侵攻を共に防いでくださったが、生き残っている三人とは面識がないという。
謙譲は自らが及ばないことが飲み込み切れないらしく、難しい顔で黙っていた。
強者のはずだったが巨人をして最低限と言われている。
そしてその巨人ですら、命を懸けて倒せないかもしれない相手がいることを語っているのだ。
「次は私が聞きたいのだが、今を生きる預言者が予言をしたのだろう。つまりはその者が生きる間に起こることと考えていいのかな?」
「それは、そうとも言いきれません。基本的に生きている内の出来事です。ただ死後長く後に起きることであっても世界の危機に瀕するほどのできごとであるならば預言することもあるとか」
白き方が私に聞くのは、私が預言者と知っているからだ。
だからこそ、異界から来訪者がある予定の五十年後に私が生きているのかと言外に聞いていた。
「今ではないのかな?」
そう言葉にして、五十年前の生き残りの可能性を示唆する。
「ありえるでしょうか? 異界の状況を知ろうともせず五十年も?」
「ルービクのような例がある。拠点に潜んで出てこないことはあるんだ」
つまり変化のあった預言の情景は、潜んでいた場所から出てくる兆しかもしれない。
「神聖連邦は私よりも多くのプレイヤーに話しを聞いて書き残しているはず。そこに闇や夜に関わる神はいないのかな? 私が聞いたところによると、四大神以外は神使に劣るとか。特定できればそれにこしたことはない」
私もそれは初耳だ。
神使だけでも窮地だが、それ以下であれば少しは対処のしようも…………いや、闇?
「四大神が司る属性と外見、討伐状況についてはごぞんじでしょうか?」
「聞いたことがあるね。最初に海神が倒された、これは水と氷を司り、神を倒したことの弊害がひどすぎてプレイヤーが上位存在に嘆願の末に復活したとか」
「た、倒したのに復活? 異界の神とはそのようなことができるのですか?」
謙譲があまりにも戦うことが無為に思える話に戸惑っている。
まだ異界の者を私たちの常識で考えてはいけないことがわからないようだ。
「次が太陽神。これは火と光の神で、倒してもその太陽神の座を争う別の神が現われる。別の神を倒しても、太陽神を狙う者は果てず、最終的には最初に倒した太陽神が時と共に復活する」
もはや異界の四大神がどれほど危険な存在かを理解し、謙譲は顔色が悪い。
けれどその事実は神聖連邦の大記録庫にあり、同時に倒し方も倒した実例を語るプレイヤーの言葉と共に記録されている。
倒された実例があるのならば、対処はあるのだ。
「そして風神。これは止めを刺す前に逃げるが、逃げる先は拠点とする神殿を巡るだけ。他の神の信奉者に神殿を封鎖されると出て来れないとか」
「海、太陽、風…………四大神というなら、あと一柱の異界の神は?」
謙譲の当たり前の疑問に、私たちは言葉をためらう。
何故なら、いると言われていながらプレイヤーたちも遭遇したことがないというのだ。
白き方と視線を交わし、私が説明することになった。
「推論であれば、地と闇を司る大地神と言われている。姿も性質も不明ですが、地母神という表記があったため女神かもしれないとこちらには残っています」
「そうなのか。すでに滅んで存在しないかもしれないと私は聞いたな。しかし、そうか。闇を司る可能性があるのか」
白き方は顔を顰める。
「四大神は神使より上位。もしいるとしたら戦ってはいけない」
「な、何故そんなことに。異界からの侵攻なのですか? 我らはそれを未然に防ぐことはできないのでしょうか?」
戦う力があると言っても、人間一人が戦い続けられる時間には限度がある。
圧倒的な力の差があるならまだしも、格上を相手に連戦など現実的ではない。
ましてや倒しても復活するとなれば、四大神などこの世界に現れないほうが良いだろう。
そう考えたからこそ発された謙譲の言葉に、白き方は不快を隠さなかった。
訳が分からず戦く謙譲から、白き方は私を見る。
「これは君たち人という種の原罪だ。わかっているだろう?」
「はい、もちろん。自戒のためにも当時を語ってはいただけないでしょうか」
「私を教師役にするために連れて来たのかい? まぁ、しょうがない。人間の命は短く忘れやすいのは今に始まったことじゃないんだ。ただ覚えておくといい。同じことを他の巨人に言えば、すぐさま人間を相手に暴れ出しかねないということを」
白き方は数千前から始まる、この世界における人間の過ちについて話し始めた。
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