158話:モグラの功名
モグラと呼ばれるドラゴンと遭遇し、俺たちは結局討伐までを行った。
いや、その前にクリムゾンヴァンパイアというエネミーが現われたのが問題か。
(本当に傭兵してる吸血鬼っているんだな)
一度聞き流した情報にあった気がする。
太陽神信仰とかいう設定の吸血鬼だし、確かに戦争で傭兵するなら日中平気なクリムゾンヴァンパイアはうってつけだ。
となると、太陽が苦手という吸血鬼のエネミーは日中には出てこないための設定はどうなっているのだろう?
吸血鬼らしく日に当たると灰になるんだろうか。
イブも日中は出てこないことで吸血鬼と思わせる騙し要素にしてるが、別に日光が弱点じゃないしわからん。
そして日中でも出てくるクリムゾンヴァンパイアは、最低レベル八十の高レベル帯のエネミー。
だからティダとアルブムルナだけだと危なかったかもしれない。
「なんだかおかしなことになったね」
「わ、私ここにいて大丈夫でしょうか?」
豪華な彫刻が施された家具に触れないまま立ち尽くすベステアに、アンは転ばないよう縋りついて震えていた。
ここは穀倉地帯を持つ領主の館。
俺たちはレジスタンスの一員とは別に部屋へ通されている。
一応恰好も派手な仮面にしてはいるんだが、ペストマスクでもよかった気が。
まぁ、どうやらアルブムルナが気に入ってるらしくこの恰好のほうがいいと言われてしまったので致し方ない。
それくらいの要望には応えよう。
「たまたま出て来たエネミーがここを襲ったのを助けたんだ。感謝してくれるならしてもらおう」
気軽に応じる俺に、アンとベステアは顔を見合わせた。
「たまたま? モグラが帝国兵と吸血鬼を追って行った先がここではありますけど、えっと、本当に偶然ですか?」
「あれもなんで目の前のトーマス避けて帝国兵追いかけたわけ? どう見ても操ってるようにしか見えなかったけど」
「あの手のものは私を襲わないからな」
エネミーがエネミーを襲う設定はない。
ダンジョンのようにエネミーの活動条件が設定されているならまだしも、きっとあのドラゴンにとって俺は攻撃対象じゃなかったんだ。
するとベステアが口元を手で覆って言いにくそうな顔をする。
「まさか、本当にわざと帝国兵襲わせたとか言わないよね?」
「私の配下ならまだしも、あれは違う。アンの幸運で呼び寄せられたエネミーだ。まぁ、帝国兵を襲ったのは習性だな」
ダンジョンボスとしての行動パターンにあるのだ。
地面に潜って移動し、ボスから一番遠い位置のプレイヤーを襲うという。
今回はそれが帝国兵だったに過ぎない。
崖崩れで後退中だったため、ポイントを確定して移動した時には帝国兵のただなかだったのは不幸ではあるだろう。
俺の説明にアンが目を逸らしながら頷いた。
「な、なるほど。すぐに習性を思いついて利用したと」
どうしてそうなる?
と思ったらアルブムルナが大きく頷きながら部屋に入って来た。
「さすがです。だから穀倉地帯襲うなっておっしゃったんですね。助ける側に回れってこういうことだったなんて。俺も部下持ってるのに使い方が全然なってないなぁ。エネミー引き寄せる力もちゃんと説明受けてたのに」
なんか褒められるが何もしてないぞ、俺は。
本当にモグラが勝手に進んだ先に穀倉地帯があっただけで。
帝国兵が逃げた先がそこだったんだから、意図を疑うなら帝国兵側じゃないのか?
あと意図がありそうな動きをしていたのは、クリムゾンヴァンパイアだ。
吸血鬼の傭兵たちはエネミー退治よりも金を払う人間の確保に動き、そのせいで穀倉地帯の住民はあわや壊滅の危機に瀕した。
つまり、初期ダンジョンのボスくらい倒せるはずの奴らが真っ先に逃げている。
そこを助けることになったのはただの成り行きだ。
「くっそぉ、人間の名前もっと覚えておくんだった。ここに国王派の貴族が亡命してたなんて、もう!」
ティダもやって来て悔しそうに拳を握る。
その後に続く王女も悄然としていた。
「わたくしから進言すべきでしたのに、存じ上げずにおりました。名を聞いてようやく思い至り、驚いたほどです」
熱っぽい溜め息で意味深に俺を見るが、やめてくれ。
こうして続々やってくるってことは、レジスタンスの収容に当たっての話し合いは終わったのだろうか。
アンとベステアはまだレジスタンスではないので、別口扱いで先に領主館の一室で待機だったんだが。
レジスタンス頭目として第四王子の人質交渉も行ったファナが領主と話し合いをした。
ティダもアルブムルナも王女も、ついでに王子もその話し合いに参加していたはずだ。
「侯爵家次男で陛下の執政官も務めていた者が、わたくしたちを助けてくださった賢者さまにご挨拶したいと申しております」
王女が改まってそう言った。
どうやらそれで揃って来たようだ。
(別口扱いで面倒ごと回避と思ったのにな。まぁ、挨拶は社会人の基本だししょうがない)
俺が応諾したことで入ってくる貴族は一人じゃない。
二人いるが、一人は共和国で執政官をしていたというなんか立派な髭の男。
もう一人は帝国の領主であり、二人は姻戚関係だそうだ。
「本当に、ほんとうに! ありがとうございます! もう共和国などと穢されて王家は潰えてしまったのだとばかり!」
「まだ僕がいます。非力ではありますが、確かに父の後を継ぐべく志は有しているつもりです」
王子もやって来てなんだか決意表明をする。
それはいいけど、抱きつかんばかりに声を上げる執政官をどうにかしてくれ。
ダンディ髭に抱擁されても嬉しくないので俺はじりじり下がる。
「私からも礼を。レジスタンスに我が領地を救うことを提言なさってくださったとか。そちらの探索者方も、窮地を見て手を貸してくださったそうで」
領主に声かけられ、アンとベステアは恐縮して小さくなる。
領主は後ろから来たファナを振り返り、困ったように微笑んだ。
「反政府勢力のことは聞いておりました。しかしまさかこんな若い者たちが志を掲げて立っていたとは」
「若さに不安はあるでしょう。ですが、大切なものを失う苦痛に年齢は関係ありません。ましてや、私たちの志は二度と過ちを繰り返さないこと。同じく失おうとする者を助けない理由などないでしょう」
ファナは王女の指導のお蔭か、しっかりレジスタンスの指導者っぽい受け答えをしている。
「私たちレジスタンスは帝国の横暴を止めることを目的に立ちあがりました。それは戦争を行い欲に暴走する者たちであって、無辜の民の苦痛ではありません。ましてやここが被害を受けたとなればいったいどれほどの人々が飢えることか」
ファナの言葉に領主は苦笑し、何も言わず頭を下げた。
体制側として必要以上に称賛はできない。
けれど助けられたからには礼を尽くしたつもりなんだろう。
「素晴らしいとは思う。もちろん志は立派だ。だが…………」
「甘いとおっしゃるのでしょう? ですが、志を掲げて立ったからには、暴力で曲げてはいけない一線があります」
「いや、高潔で眩しいほどだ」
領主の苦笑はどうやら羨望らしく、執政官も大きく頷く。
「故国が共和国となって逃げるしかなかった己を恥じるばかりだ。だが、お二人が無事であるならこれから王家の再興も実現できる。ここからだ。こうして助けられただけ、応えようではないか。神は今も私に王家のために働けとおっしゃっている」
「両殿下の保護は約束しよう。我が名にかけて、共和国に渡しはしない」
領主が今度ははっきりいうものの、それは王子が固辞した。
「いいえ、僕たちは共に人々を救うために動きます。目の前で苦しむ者を救えず国など宰領できましょうか。何より僕たちには力がない。だからこそこうして力なき者たちが手を取り合って立ち上がり、力を得ています。そうして力を示してこそ故国に帰ることも叶うのです」
「お…………つまり、この帝国での反旗に留まらないと?」
執政官が驚いて言葉に詰まりながら聞き返す。
領主も驚いてるし、あとアンとベステアもよくわからない様子で驚いてる。
まぁ、俺も内心驚くけど表情出す顔ないんだよな。
(そしてティダとアルブムルナが当たり前の顔してるのに、なんでここから共和国のほうに話が飛ぶのかわからないとか言えないし)
何やら雲行きが怪しい気がする。
「帝国の侵攻を止めて己の民のために働いてくれるようであらねば。そうなってこそようやく共和国を解体できます。あの歪んだ国を制すには周辺で争っていては駄目なのです」
王女が力強く語るその目の奥は暗い。
暗い情念に気づかないのか、領主は難しい顔をした。
「確かに帝国はもはや暴走に近い。執拗に領土を拡げて手が回らないのが実情です。この穀倉地帯だけでは賄えないまま増産するにも数年の準備が必要となる。それを待たず侵攻を繰り返している。王国を脅かして疲弊させるのはわかるが、同時に国内でも弱い者から倒れているのを見ないふりだ」
「私もこちらに来てから戦争に疲れたという方を幾人も見ましたな。しかし皇帝陛下の周囲は団結が固く陛下のお言葉は絶対。止められないのです」
執政官も帝国に亡命してからの状況を語る。
皇帝ワンマンらしいがギフト持ちとしての力なのか、本人の意欲が高いのか。
けれどそれで国全体を置いてきぼり、さらには他国まで抱え込んでとなれば首が回らないだろう。
(考えてみればとんでもない状況だな。元の世界でも紛争が泥沼で、取ったり取られたりを繰り返していた。帝国は広く安定してると思ったが、案外危ういか)
そう言えば帝位を争う王子の話をスタファから聞いた。
確かにここで後継者選びを間違うとワンマン社長の後で二代目が潰すという流れになりそうだ。
ファナは俺よりも理解しているような顔で頷く。
「協力とは言いません。どうか私たちの成すことを見守ってほしいのです。あなたはこの領地を守り民を上から守ってくださることが最も人々に貢献する立場ですから」
「それはもちろん私の職責だ。ただ、やはり、逃げ道というものは必要だろう。一度だけ、この恩に報いるべく動きましょう。その時には殿下お二人をこちらに差し向けてくだされ」
「そんな私たちは」
「いいえ、それも一つレジスタンスを信用してくださる担保です、姉上」
何やら話まとまったか?
俺は知らないし、うん、部外者でいよう。
「なんだかとんでもない所に居合わせたような?」
「知って損することもあるし、知らないままでいいよ」
アンとベステアのやり取りに、俺は内心深く頷いていた。
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