156話:吸血鬼とドラゴン
ノーライフ系と呼ばれるダンジョン群の基本コンセプトは不死者エネミー。
それと同時に闇属性エネミーだ。
王国にあったノーライフファクトリーは不死者ではないが命のないゴーレムの発生するダンジョンであり、闇属性と地属性の魔法でゴーレムは作られるという設定から作られている。
「吸血鬼は基本的に闇属性だ。ただその中で例外が存在する。高難易度のノーライフ系ダンジョン、ノーライフキャッスルに出て来る赤い吸血鬼だ」
「赤…………例外とかよくわかりませんが、確かに赤い髪と赤い肌の人がいますね」
俺の説明に、アンはレジスタンスを襲う者たちのほうへと目を向けた。
マップ化であればエネミー表示をされているが、外見上は人間とさして変わらないためすごく強い人間にしか見えないようだ。
ついでにいうと目も赤いんだが。
さて、設定はどうしてたかな?
確かダンジョン内部に世界遺産の有名な図書館を模倣して作った一室があったと最初に思い当たるくらい俺としては口を出したダンジョンだ。
その図書館にゲームにおける改宗についてとか、得られる恩恵とか、あと神同士の仲の悪さなんかを見られるようにしてあったし、大陸の封印に関するヒントもある。
「本来は闇の神の信奉者だったが、ある時闇に囚われるのを嫌った吸血鬼王が棄教した。そして新たに太陽神に帰依し、太陽を克服。闇を司る神と仲の悪かった太陽神は、吸血鬼王とその眷属に多大な恩寵を与えた故に、吸血鬼の中でも最強の一角となっている」
「そ、そんなの相手にしてるの? っていうか神って、つまりトーマスみたいなのが後ろに?」
ベステアが顔を引きつらせて俺を見た。
「いや、いない。グラウにも言ったが今のところ見つけた神性はグラウが初めてだ」
「そう言えば、あの方も同朋の神さまがどうとかって言ってましたね。なんの神さまなんですか?」
聞いてくるアンも赤毛だが、こちらはオレンジに近い色をしている。
比べて吸血鬼はゲームデザインままの深紅の髪をしていた。
「あちらは海神の眷属としてあった存在だ。太陽神や風神相手ならば従わなかっただろうが、私は海神と同祖であるため拠ったのだろう」
「うん、そういう話はもうお腹いっぱい。ともかく後ろ盾にトーマスみたいなのがいないならいいよ。それで、どうするの?」
ベステアは基本合理的らしく、現状の解決について方針を尋ねた。
(二十七体のクリムゾンヴァンパイアか。ノーライフキャッスルのレベル帯は八十前後。魔法も物理も高火力。エリアボス二人でも数で押される可能性もある状況だな)
ノーライフキャッスルのエリアボスまでいるなら単体のアルブムルナとティダは苦戦するだろうが、いるようには見えない。
レジスタンスを襲うクリムゾンヴァンパイアは人型だから、一番なんの特殊スキルもない素のエネミーだ。
騎士型だと首のない幽霊馬に乗っていたり、貴族型だと階級ごとに見た目が派手になって固有のスキルを持っている。
その他ヴァンパイアでなくても、使役されているという設定のエネミーが現われるが、それもいないようだ。
(ノーライフキャッスルのエリアボスは伯爵、侯爵、公爵、女公、姫だったな)
もちろん城の名を関するダンジョンのボスはクリムゾンヴァンパイアの王だ。
思い出しつつ俺は現状の攻略方法を考える。
苦手属性は水、そして物理耐性が高い。
ひと裂きで人間の手が宙を飛ぶし、レジスタンスたちは目で追えない動きらしい。
ノーライフファクトリーの地下ゴーレムよりずっと強いので人間が邂逅してしまえば狩られるだけの差があるんだろう。
「戦って勝てない相手ではないが、まずは被害の出ているレジスタンスを逃がすことが先だな」
「えっと、だったらあの魔法や弓を引く人たちを排除ですね」
探索者という荒事を生業にしていたので、アンも状況を把握して打開案を出す。
「ちなみにパッと見いないけど、もちろんあっちにも潜んでるよね、強い相手?」
ベステアも遠距離攻撃を行う敵のほうに、吸血鬼が潜んでいる可能性くらいはわかるようだ。
ちなみ俺はマップ化で把握しており、向こうには六体が潜んでいる。
ま、いてもいなくても潰すなら関係ないけどな。
「転移で上の敵の背後を取る。二人はユニコーンとバイコーンの攻撃に任せるように」
「はい、私たちを守ってくれるいい子たちなので信頼しています」
「本当にもう手放せないくらいにね。だって強すぎるもん」
護衛として有用だと理解しているらしくすぐに鐙に足をかける。
まぁ、レベル七十なのでそれもそうだろう。
俺からすれば素材目的で狩ろうかなという程度のエネミーだが、この世界では過剰な強さだ。
(なんて思ってたけど、人間と共闘してるクリムゾンヴァンパイアのほうが強いんだよな)
やはり用心は無駄ではなかった。
レベルマプレイヤーに遭遇を想定していたが、こうしてエネミー側の強者もいることがわかった。
高難易度ダンジョンなのでエリアボスやダンジョンボスはレベルマプレイヤーでも単騎討伐は難しい仕様にされている。
しかもこうしてダンジョンという活動エリアを離れているのだ。
人間が弱いからと甘く見ていると、こういう想定外の敵が現われる可能性もある。
今後も気を付けておこう。
「では行くぞ」
俺は心に決めて転移を行った。
この優位を知られるわけにはいかないから崖上は全て始末する。
「何者だ!? 急に現れて!」
さっそくクリムゾンヴァンパイアに見つかったが、倒すために来たので隠れてもいない。
俺はすぐに魔法を撃ち放ち、ヴェノスではないがタイムアタック的に攻撃に移る。
速度重視の雷魔法がヴァンパイア二人をすぐさま仕留めた。
気づいて距離詰めようとする者たちを風で押さえこんで、俺のほうから前進する。
合わせてユニコーンとバイコーンも前に出た。
「今、音が…………あぁ! また崖が!?」
ベステアが野生動物のように鋭く周囲を警戒して顔を振る。
そして異変を見つけて叫んだが遅かった。
まるで俺たちが乗ったことで限界を迎えたかのように、崖が背後で亀裂を広げて大きく揺れる。
予想外の事態に対処できないのはクリムゾンヴァンパイアや帝国の手勢も同じで叫び声が響いた。
「崩れるぞぉ!?」
誰かの怒号は崩壊する崖の轟音に飲み込まれる。
「はわ、はわ、はわわ!? いひぃ!?」
「喋ると舌を噛むぞ、アン」
俺はすぐに跳んでふんわり落下で崖の土砂に巻き込まれるのを回避した。
アンとベステアはユニコーンとバイコーンが必死にバランスを取って崖を駆けおりるに任せている。
突然の崖崩れに山道のほうでも戦闘どころではなく巻き込まれないように動いていた。
ただ逃げるのは人間だけで、吸血鬼とアルブムルナは戦い続けている。
ティダもどさくさ紛れに一体吸血鬼を倒してるのが見えた。
俺はと言えば落下しつつ、土砂を避けて助かろうとする崖上にいた吸血鬼を背後から魔法で狙撃。
わかりにくいように地属性を使っての攻撃だ。
ただやられた側は何か感じるものがあったのか、絶命の直前に俺をすごい顔してみて来る。
それでも無事に崖の上にいた六体は倒した。
「ふむ、また崖崩れに巻き込まれるとは思わなかったな」
「もうあたし、アンとは崖の上に登らない…………」
「そ、そんな。私だって毎回崖が崩落するなんてことはないんですよ」
瓦礫と死体の上でベステアの宣言にアンが慌てふためく。
見下ろす形で山道に目をやれば、逃がす道を作るつもりが塞いでしまった形だ。
もうこうなったら厄介な吸血鬼を倒すしか挽回はできないだろう。
上で六体を倒し、ティダが一体、そして混乱に乗じてアルブムルナが二体を倒しているため残りは十八体だ。
「後ろです!」
突然レジスタンスたちと崖崩れから避難していたファナが叫んだ。
マップ化を起動すると崩落した崖に大きな反応が現われている。
「大型エネミーだと!?」
俺はユニコーンとバイコーンを叩いて走らせた。
杖を構えて崖を見れば、破裂するように土塊が襲う。
俺でなければ直撃で死ぬほどの勢いと大きさだ。
そしてそんなことをして現われたのは目がないエネミー。
硬質な鼻先は尖り、その下の口は裂けたように横に長い。
そして三日月形の長大な爪が並ぶ前足を崖にかけてずるりと地層から現れる。
「あれは!モグラ!?」
「災害にも等しいっていうあの!?」
ベステアにアンが叫ぶが、待ってほしい。
あれはゲームにもいたドラゴンで初級ダンジョンのボスだ。
地面の下から襲うというモーションをするから土の中から出てくるのはいいんだが。
「あ、待てよ。そう言えば一部では地属性のドラゴンってことで土の竜から転じてモグラって愛称つけられてたな」
つまりは何処かのプレイヤーが適当な愛称を口にしたせいで、似ても似つかないドラゴンにモグラ呼びで定着してしまったのだ。
後から上級ダンジョンで雑魚と化して出て来るけど、それでもボス級のエネミーなのに!
俺が哀愁を感じていると、何故か目のないドラゴンは俺を見据えるよう形で止まっている。
特に何もしてこないのでじっとしていると、モグラは興味を失くした様子で地面へと潜り直した。
ただそこは崩落に巻き込まれた死体も埋まる場所。
赤い液体が土に染み始めているが誰も止められない。
「おい、待て、この揺れ、まさか…………こっちに来たぞぉ!?」
そしてモグラは何を思ったのか山道の下を移動して、帝国の手勢の下から人間たちを突きあげ口の中に収めてしまう。
そう言えばこういう攻撃モーションもモグラって呼ばれる所以だったな。
「くそ! 司令官をやられると違約金取られる! 助けるしかない!」
吸血鬼がそんな俗なことを言って、帝国の人間を助けに行く。
どうやらもうこちらを追うどころではなくなったようだった。
隔日更新
次回:二十一士寛容




