155話:共闘するエネミー
カトルを主軸にした商隊は、結局十四日も予定を押しての出航になった。
元から王国で予定外の逗留があった上に、船を出す用意をし直し、いざ出航となったら海賊騒ぎとずいぶんな遅れだ。
(二週間仕事の予定がずれたらどれだけ関係各所に怨嗟の言葉を吐きつけられるか…………。売れてもいないシナリオライターがそんなことできるわけない、怖すぎる)
俺は思わず考えてしまったかつての仕事を思考から追い出す。
改めて感じるような情緒は少ないのにどうやら過去人間だったころの感情は妙に鮮明に思い出せた。
嫌な発見だ。
俺は思い出しただけで胃の辺りが重くなるのに、カトルは嫌な顔一つせず、どころか足止めの間余計にヴェノスとグランディオンを気に入ったらしい。
そんなカトルたちの出航を見送ったその足で、俺が向かったのは内陸に向かう街道のある町はずれ。
「ふむ、乗らないのか?」
町はずれで待っていたのはアンとベステアの探索者二人。
それぞれが鞍のついたユニコーンとバイコーンの手綱を握って立っていた。
「乗れるか!」
「さすがにちょっと」
「鞍を羊獣人の所からわざわざ持ってきたのに不満か。その割りには返さないな」
連れている時点でなんの言い訳にもならないように思うが。
そうでなくてもすでにユニコーンとバイコーンの特性で男性経験がわかってしまい、それが港町全体に知れ渡っていた。
今さら隠せもしないし、恥じ入るならそもそも原因である騎乗エネミーを手放せばいい。
俺が乗るのをやめるか聞くと二人の答えは揃って否だった。
「この子たちが悪いわけじゃないのはわかってるんです」
「そういう風に生まれついただけだし、それでここまで懐いてくれてるし」
アンとベステアはユニコーンとバイコーンそれぞれを撫でて可愛がっている。
それでいいなら気にしないでおこう。
俺たちはこれからレジスタンスに合流する手はずとなっていた。
最初は転移で一瞬の内に移動するつもりだったが、ユニコーンとバイコーンのことで嫌に注目されることになってしまい、まずは徒歩で港町を離れる。
「あーあ、ダンジョン踏破をギルドに報告してたら相当な褒賞とギルドのランク上げがあったのにな」
ベステアが徒歩の無聊から今さら遅い愚痴を漏らす。
それに対してアンは困ったように答えた。
「でもそれ、私たちの実力ではないですし。トーマスさんも手に入れたアイテム類を供出するのは嫌だと言いますし」
そう、供出だ。
どうやらダンジョンの宝箱の中身は土地の持ち主に差し出す決まりがあるのだとか。
踏破済みのダンジョンで見つけて誤魔化すくらいはできるが、誰も入ったことのないダンジョンとなれば手に入れた物は出すよう必ず言われるだろう。
しかもこっちが何を出すなどは決められない。
土地の持ち主、つまりは権力者が選んで選ばなかった物を下賜される。
ふざけた話だったのでフェアリーガーデンのことは言わず、ギルドには帰還と途中の探索者たちの非人道的対処を訴えただけだった。
「まともに話を聞かないような者にくれてやる物はない」
「すっごい慌ててたよね。何があったんだろ? いや、もう、すごい騒ぎになってた理由は、聞いたけどね」
ベステアが乾いた笑い声を上げると、バイコーンが慰めるようにすり寄る。
騒ぎとはライカンスロープのことだ。
二人は町にいなかった上に宿に閉じこもったため何があったかを知らずにいた。
気を利かせて説明したところが、ベステアは誘拐後に何があったかを隠さず話した途端また部屋に引きこもりになってしまった。
アンは違ったためベステアの引きこもりをなんとか説得していたが。
部屋から出た後も、ベステアはグランディオンを異様に恐れて見送りに誘ったが断られている。
「さて、この辺りでいいだろうか?」
「はい、町からも離れましたし、あちらの木立の間に入ってしまえば見られることはないかと思います」
アンに示された木立は確かに見通しにくいんだが…………。
「…………いるぞ」
「よし、あっちにしようか、トーマス」
俺はマップ化で、アンの示した木立にエネミーを感知する。
それを聞いてベステアが別の手ごろな木立に誘導を始めた。
本当にアンはどうなっているのか。
俺は首を傾げつつ、アルブムルナとティダと合流を約束した地点へと転移した。
「ここは…………山小屋?」
ベステアが見通しが悪い木立という似たような景色から違いを見つける。
すぐ側に傾斜した地面があり、木々が生えていることから山地であることも気づいたらしい。
山小屋は平らにならされているが、あまり人が立ち入るとも思えない場所。
距離としては帝国内の西の端から東部へ一気に転移している。
「まだレジスタンスは来ていないようですね」
「いや、違うな」
俺はアンに否定の言葉を向けた。
マップ化で周囲を索敵したところ、異変が目につく。
「襲われている。…………第四王子を解放した後に追っ手でもついたか」
「それってまずいんじゃないですか? 帝国の精鋭でも送られたら」
「送られて、トーマスの部下になるような相手をどうにかできる気はしないけど?」
畏れるように息を飲むアンにベステアが指摘すると、アンももう一度気づいたように息を飲んで頷いた。
「私の直属だけなら問題なかったんだがな。人間も連れているため動きが鈍く、実力を隠しているため対応が限られるようだ」
「ってことは?」
「助けに行かないとですね!」
嫌そうなベステアに反してアンはやる気を見せる。
「二人はユニコーンとバイコーンに乗っていれば大丈夫だろ…………お?」
俺はマップ化の表記がおかしいことに気づいて言葉を詰まらせた。
「人間と、エネミーに襲われている?」
表記が混合なのだ。
レジスタンスなら人間の中に二人いるのは何ら不思議ではない。
しかも知っている相手なのでアルブムルナとティダは名前表記になっている。
問題は敵のほうだ。
二百人弱いる塊の中に二十七つ、エネミー表記がついていた。
数自体はレジスタンスと同じくらいだが、中にいるエネミーが単体で人間よりも強いらしく押されている。
「どうも様子がおかしい。少し高い位置から見てみよう」
ユニコーンとバイコーンに乗ったアンとベステアへ俺は警告する。
「気づかれたくない。声は出すなよ」
言って転移を行った。
周囲は山だが山林の中じゃない。
山林の上だ。
「ひ…………!?」
ベステアが声を上げかけて歯を食いしばる。
アンは手綱を握ったまま両手で口を押えていた。
落下する中、俺は高い位置から戦闘を俯瞰する。
「ふむ、アルブムルナが前か」
山小屋へ向かう途中で襲われたらしい。
第四王子を人質に交渉を行ったところ、帝国は応じて身代金受け渡しの運びになったということは報告を受けた。
第四王子を離れた場所に隠して身代金を受け取って、隠し場所を教える。
砦での攻防で負傷者もいるため、安全に捜索の間時を稼いで逃げるのが作戦だ。
(身代金受け渡し役が追跡を受けたか)
レジスタンスは人間主体のため人間にやらせると聞いていた。
もちろんアルブムルナもティダも警告はしただろう。
それでも捕捉されて、第四王子捜索とは別の手勢に襲われているようだ。
身代金を渡してもレジスタンスを壊滅させて奪い返して帳尻を合わせる気か。
(おっと、考えている間にもう木々が近いな)
俺は魔法でユニコーンとバイコーンの足元に風を生み出す。
ただの動物ではない二頭は上手くバランスを取って軽快に着地した。
俺は元からふんわり落ちる体質なので特に何をすることもなく降りる。
「…………し、死ぬ」
「生きてますぅ…………」
ベステアとアンが対照的な言葉吐き出してユニコーンとバイコーンに縋りついていた。
「ここは比較的近い。無駄口はやめたほうがいい」
「待って、ちょっと待って。お、落ち着くまで状況説明、お願い」
ベステアが胸を押さえて懇願する。
心持ち息も荒い。
「状況は見ていただろう?」
「見る余裕なんてありませんよぉ」
アンが涙目で訴えるので、俺は見たままを教えた。
「レジスタンスが山道で挟み撃ちに遭っている。進行方向右手にある崖から魔法使いと弓兵がレジスタンスの前進を阻害し、後方からエネミー、人外を混成した部隊が追いこんでいる」
アルブムルナが槍のような杖で背後の人外を相手にしているが手が足りていない。
だからと言って崖上を狙いに行けばレジスタンスは瓦解する。
ティダは軍師と呼ばれる立場を守るつもりらしく全体指揮に徹していた。
そのお蔭で突出して殺されるレジスタンスはいないが現状の打開もできない状況だ。
ファナなどが指揮を執って崖上の敵の攻勢を緩めようと弓などを引かせてはいるものの、地理的優位が覆せないでいた。
「人外? それって吸血鬼?」
ベステアが何か心当たりがあるらしくすぐさま一つの種族を上げる。
「知っているのか?」
「傭兵がいるっていうのは聞いてるし、王国との戦争で敵兵だったら襲っていいって決まりで雇われに来るってのもこっちじゃよく聞くの」
「でも吸血鬼って日に当たると灰になるんじゃありませんでした? ただの言い伝えですか?」
アンが木々の途切れた場所で争う姿に首を傾げた。
吸血鬼と思しき人間とあまり変わらない姿のエネミーは、日光を見に受けても平然としている。
「日光が弱点の吸血鬼もいるが、いるな。一種類だけ吸血鬼でも太陽が効かない者が」
それはゲームにいたエネミーであり、とあるダンジョンにのみ現れる吸血鬼の亜種。
太陽神を信仰することで日の光を克服したという設定を俺が作ったエネミーだった。
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