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154話:勝手にタイムアタック

 俺が改めて同行を断ると、カトルは拘らない様子で今後の予定を話した。

 聞けば竜人が一部、ライカンスロープの騒ぎに怯えた様子で帰国のため船を無理に出したのだとか。

 他にも他国の船や国内でも距離のある場所の船主が異様な事件に怯えて帰りたいと揃って訴え出しているらしい。


 そのため海賊の有無を港の権利者が船を出して確かめる運びとなり、近くカトルたちの船も出航の見通しだという。


(勝手に誘拐の上ほぼ自滅というライカンスロープを見た時にはどうしようかと思ったが。ここに逗留しなければいけないという状況を変えるいい契機になったようだな)


 俺はそんな話を聞き終えて、ヴェノスといっしょにグランディオンを見舞うため席を外した。

 俺からすれば落ち込んでたグランディオンのほうが重大事だ。


「グランディオン、私だ。入っても?」

「うわ、は、はい!?」


 返事があったので入ったものの、そこには胸元を隠した全裸の少女…………。


(いや、男だ男! 細くて未成熟で色白だけど性別は男なんだよ)


 危うく俺が騙されそうになった。


「何をしている?」

「あの、新しい服持ってきてもらったから着替えを」


 スライムハウンドがいた形跡があり、どうやら着替えというか装備の換装途中だったようだ。


「そうかそれはすまない」


 一度出ようとしたらヴェノスが笑顔でグランディオンに声をかける。


「早く着替えてしまいなさい」

「はい」


 いいの? いや、いいんだよな? 男なんだから、別に着替えの場にいても。


 自分に突っ込みつつ、それでもじろじろ見る物でもないので視線は俯けぎみに室内に入る。

 ヴェノスが用意した椅子に座って着替え待つこと少し。


「それでは神よ、ライカンスロープをどうするおつもりかお教え願えますか?」


 着替えが終わったことでヴェノスが突然のふりを大暴投だ。

 俺は内心でだが、グランディオもついて行けず顔に出して戸惑う。


 けれどヴェノスは慈愛に満ちた笑みを着替えても男の娘なグランディオンに向けた。


「少し考えればわかるのではないかな。神は帝国行きを急がれた。これには目的があってのことだ。そこにライカンスロープが現われている。つまり神は何かしらの情報を得て帝国にやってきたライカンスロープと接触を計っておられたんだ」

「な、なるほど。確かにすごい計ったようなタイミングでした」


 なるほどじゃない!

 確かに言われてみればすごい偶然だけど、ライカンスロープなんて知らないぞ。


「君に声をかけたあのライカンスロープの愚挙はさすがに計算にないだろう。けれどその上で隙を見せて付け込ませたのだよ、神は」

「そ、そうだったんですね。あ、でも、僕、そのライカンスロープ、殺して…………」


 途端に顔色を悪くするグランディオンにヴェノスは優しく聞かせる。


「問題ないどころか、あの状況に神は興味深そうにしておられた。そして追うように指示したのは神だ。グランディオンにはなんの落ち度もないさ」

「えっと、あのガトーって人の行動も全部掌の上ですか? さすがは神です!」


 落ち込んでる子供の慰め方が神だからってなんだ!?

 俺も慰めようと思ってたけど、ヴェノスのせいであらぬ方向から俺に流れ矢ぶっ刺さってる!?


 グランディオンが気を取り直したのはいいが困った。

 合わせられる話が何もない。

 けれどここで全部何も考えてなかったとか言っても、グランディオンがまた落ち込むだけだし、そして地味にヴェノスの期待が重いし!


(ここでライカンスロープに愚かさのつけを払わせろとでも言ったら神らしいか? けどそんなの怖くて言えるわけない! 追えと言ったら殺して戻ってくるんだ。さすがに本気で滅ぼしに行くことが想像できる!)


 他人の血や臓物など目にしても気にしないけど、そこからプレイヤーというかつて同じカテゴリーにいた者から大糾弾されるかもしれないと思うとないはずの胃が痛い。

 妙なところは小心な一市民の感覚が俺を苛む。


 いや、これが本来の俺のはずなんだ。

 そう考えるとやはりNPCを前にすると俺は凡人としての感情が波立つ。

 それだけ自分が生み出した存在に肩入れしているとも言える。


(たしか、好きの反対は無関心といったか。それで言えば俺はこの世界に興味はあってもそこに住む人間には無関心なんだな)


 それでも復讐に執念を燃やすファナや共和国の王女のような相手には怖気を感じるだけの人間の感覚がある。

 ヴァン・クールや『水魚』の者たちのようにできた人間相手には感心もする。


 それで言えば会ったこともないライカンスロープはどうでもいい。

 ガトーの誘拐なんて安易な悪行を思えば歴史的に見るべきところがあるかも疑わしい国だし、滅んで困るのは風評くらいだ。


「ふむ、どうもしなくていい。ライカンスロープのほどは知れた。片手間に遊ぶ程度は気にしない。ただ気にかけるべきはカトルどのだ。グランディオンと違って攫われることなどあれば目を離したすきに死んでしまうだろう」


 それで議長国と軋轢ができては面白くない。

 何せ歴史ある国らしいし、交易が盛んで亜人とも交流となればどんな文化や建築が見られるか楽しみだ。

 それにカトルとの縁があれば気楽に観光にも行けそうな気がする。


 夢を膨らませていた俺に、グランディオンは沈んだ声で尋ねた。


「それって、僕が頼りないからですか? 理性、すぐ、失くしてしまって…………」


 見れば大きな瞳に涙が浮かんでいる。


「そんなことはない。今回のことはライカンスロープが勝手をしただけだ。まぁ、そのお蔭で程度が知れたのだから、グランディオンの手柄とも言えるな、うん」


 ちょっと苦しいよいしょを言ったら、ヴェノスが手で打った。


「なるほど、何故エリアボスを分散させるのかと思っていましたが、つまりは滅ぼす必要がないためですか。片手間に遊ぶ、つまりは騒がせても問題はないけれど滅ぼしてはいけない…………」

「うん?」

「確かにただ国を滅ぼしても神を讃える信者がいなくなるだけ。以前もおっしゃっていましたね。そして程度が知れたからこそ、私たちだけでなしえると判断されたのですね。さらには王国、帝国そして共和国への切り札も握っている今、さらに手を伸ばされるとおっしゃる」


 何やら勝手にヴェノスの中でつじつまが合っていくようだ。

 その思考、可視化してもらえないかな?


「グランディオン、これは頼りないなどという話ではないよ。神の信頼、期待あればこそのご采配だ」

「そ、そうなんですか! 神よ、僕にその遠大なお考えをお教えください」


 そんな聞かれても困るぅ。


「いや、私はあの猫のライカンスロープが『砥ぎ爪』などと呼ばれる大きな組織らしいが、大したことはないから気負わずにと」

「えぇ、そうでしょうとも。王国でトーマス・クペスとして、見逃せない手柄をお立てになった。それでもなおここにその情報を持った者は現われていない。この世界の情報伝達は致命的に稚拙です。神はそれを確かめられていたのですね」


 確かに全然俺のこととか広がらないけど、それは意図したことじゃない。

 だいたいSNSどころか電話もないならあたりまえだ。

 確かめる必要あるか、それ?


 なんだか話の流れがおかしいな。修正してみよう。

 放っておいたら駄目だろうし。


「今回のことは猫がじゃれついて勝手に自滅しただけの話だ。手の内を全て見たわけではないから稚拙と片づけるには早かろう。そう言えば、わからないこともあるな。金狼王とやらは何だ? ライカンスロープ帝国に行けばわかるか?」

「そうですね、ライカンスロープ側にのみプレイヤーの持つ技術がある可能性もございます。生きているライカンスロープの動きにも注意をしましょう。そしてライカンスロープ帝国に行った際には、金狼王とやらを調べた上で上手く使います」


 待て待て、話がかみ合ってないぞ?

 なんでそんな勝手に知らない計画が出来上がるみたいな応答になる?


 ヴェノスは俺の混乱を気にせず、考える様子を見せた。


「猫、そう言えばこの世界の地形が猫とも。それで言えば全体を見てもこの世界という猫の鼻先でおもちゃを振ったようなものですね。だというのにこの世界の生き物は神の存在を掴めもしないとは、はは、これは愉快なことですね。そう、神は国などに囚われるような方ではない。この大陸という猫を相手にしようというのですね」

「えっと、僕たちよりも神のほうが外行ってて、色んなすごいことしてるのに。どうして誰も気づかないんでしょう?」


 グランディオンまでヴェノスの話に乗り出してしまった。


「神が巧みに情報をちらつかせつつもご本人を掴ませない立ち回りもあるんだろう。けれどそれと知って調べればこのトーマス・クペスのように実体はある。一番近いところまで迫ろうとしたのは王国の王女かな? けれど他の者たちも調べようと思えばできたがしなかった。それがこの世界の者の限度かもしれない」

「そう言えば公国でもヴェノスさんの鎧着ていたのに、あれも全然情報聞いてないです」


 確かに最初の内に公国でスタファと巨人殺しをした。

 公国が掴んでないことないだろうし、近隣で噂になってもいいはずが追及とかないよな?


 あと俺そこは何もしてないし、俺の立ち回りって観光だぞ?

 いっそ一般人的な立ち回りで神らしくないからか?

 それはそれでNPCに見限られそうで不安になる。


 神らしく、いや、リーダーらしくか?

 『水魚』のイスキスはこういう時どういうだろう?

 やっぱりもっと観察したかったな。


「ヴェノス、やる気はいいがあまり出すぎるな。今回はグランディオンのためだ。お前は手本となるべく立ち回り、何よりことを大きくするようなことは避けよ」

「ほう、そういうことですか」

「僕のため? ど、どうすればいいんですか?」


 ヴェノスが呟くと、グランディオンは不安そうに聞き返してくるんだが、俺もとっても不安だ。


「つまりだ、グランディオン。なんと言ったか、そう、タイムアタックというものだよ」


 うん?


「滞在は短く、こちらは少数。縛りがある上でどれだけの成果を出せるかだ」

「む、むずかしいですね」

「先ほども言ったけれど、それは神の期待の表れでもあるのだよ」

「は、はい! 僕、頑張ります!」


 すっかり気を取り直したグランディオンは、頬を紅潮させて元気に返事をする。


 これは、否定したらまた落ち込みそうだが、勝手にタイムアタックって何する気だ?

 いや、釘は刺したし大丈夫だよな?


(明確な指示もなく何かできるはずないし、目立つな的なこと言ったしいきなりライカンスロープ全滅とかはないはず、だ)


 自分に言い聞かせてみるが、俺の不安は解消されないままだった。


隔日更新

次回:共闘するエネミー

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