153話:バイコーンの意味
ユニコーンは一角獣とも言われ、乙女にのみ膝を突くという伝説がある。
そして対を成すバイコーンをあらわすなら二角獣。
ユニコーンとは反対の性質で淫売を好む、つまりは乙女ではない女性を好むとされる。
ゲーム『封印大陸』のエネミーとして設定されたユニコーンとバイコーンも、その特性は引き継がれていた。
とは言えフレイバーテキストのみで、騎乗可能なエネミーの一種として男女どちらが乗っても構わない仕様である。
(けどそんな設定のエネミーに乗って戻れば、まぁ)
アンはユニコーン、ベステアはバイコーンに乗って、俺と合流した後転移で夜の港町に戻って来た。
グランディオン誘拐のせいで、合流も遅く結局暗くなってからの帰還だ。
それでもギルドに帰還報告をしなければいけないため、それなりの人間に見られた。
「いやぁ、知らんこととは言えかわいそになぁ」
カトルは半笑いの状態でそう言った。
カトルが取っている宿に戻ってお互いに今日のできごとを報告した感想だ。
ユニコーンとバイコーンの特性をギルドで聞いて、アンとベステアは部屋に籠ってしまっている。
事情を説明したらカトルは一部屋開けて二人に提供してくれ、何やら同情的になっているようだ。
「ライカンスロープの大暴れで火も大層焚かれてみせもん状態やったでしょう」
「まぁ、周辺では見ないらしく知る者は多くなかったようだが噂がな。その分ユニコーンとバイコーンのことは特性と共に一瞬で広まったようで」
つまりはアンとベステアの経験状況と共にだ。
男たちは興味本位で話題にするという無神経さを発揮し、そのせいで二人は大いに恥をかいた。
(俺もこの世界いないエネミーかと思って言わなかったけど。ギルドは知ってたとはなぁ)
正直すまなかったと思う。
後で何か罪滅ぼしをしよう。
「それにしても今の状況をもう少し詳しく聞いても?」
俺はカトルに話題転換を促した。
グランディオンの誘拐については説明をされた。
カトルも自分の部下を庇った上での誘拐ということで俺に対してまで頭を下げたほどだ。
それで金を使ってグランディオン救出のため港の役人なんかを動かそうとしていたらしい。
そこに転移で俺が戻り、ヴェノスと乗り込んだんだが。
「グランちゃんもずいぶん落ち込んで。えっと、言いにくいことあったなら…………」
カトルが何やら気遣う様子でヴェノスを見る。
周りの部下も気まずそうに顔を逸らした。
「あ、別にいかがわしいことはなかった…………と聞いている」
俺が助けに行ったことは秘密なので、伝聞を装う。
カトルのほうへの説明では、ヴェノスがこっそり抜け出してグランディオンと戻って来たことになっていた。
ただ恰好が恰好だったので疑われたようだ。
「私が行った時にはライカンスロープが同士討ちしていました。そして灯りを倒して気づかなかったようでグランディオンは火にまかれてあの恰好になっただけで指一本触れられていませんでしたよ」
ヴェノスのマントで身を包んでいたので、カトルたちは服が焦げていたのも見てない。
(まぁ、焼いたのは火事じゃなく俺の反撃なんだけど)
しかも焦げた臭いよりも血の臭いのほうが勝ったため、改めてヴェノスが説明するまで無体を働かれたのではないかと思っていたようだ。
もちろんグランディオンは手を出してない被害者と偽ってる。
そしてライカンスロープは勝手に暴れていたことにした。
「もう鎮火したかどうかはわかるだろうか?」
俺たちは宿の一階で話し込んでいる。
アンとベステア、被害者のふりをするグランディオンも部屋にあがっていた。
いるのはカトルとその部下、ヴェノス、そして街に戻ったばかりというていの俺。
俺が戻る前にヴェノスがグランディオンを連れて戻り、ライカンスロープの狂乱という一報を入れている。
どうも人はいないようだったのに目撃者は複数いたらしく、港から警邏にいくつか通報があったというのをカトルが掴んでいた。
そして警邏が向かった時には、すでに倉庫は奥から燃えており手前にはほぼ死体だけ。
生きていた者も重傷で狂乱状態のためやむなく警邏が始末したそうだ。
消火作業の様子を見にカトルが部下を走らせていたのが先ほど戻っている。
「さっき戻って鎮火はしたと聞いてますよ。ただ半焼して死んだライカンスロープの実数はわからんそです。ライカンスロープの宿と船に人が回されたようだともいってましたね」
「生き残りがいたとしてどうなるだろう?」
そう言えば船を前に殺したとグランディオンは言っており、ガトーの死体は首を折りとって海に投げ込んだらしい。
もう一体ライカンスロープを殺したらしいが、踏み潰してどうしようもなかったと。
そのせいで結局グランディオンは始末をきちんとできなかったと落ち込んで、カトルがあらぬ気遣いをすることになった。
「大変なことですからね。そうとうな悲惨さらしくて、見に行かせたもんは吐いてるらしいですわ」
カトルは話に聞いただけだが顔を顰める。
(あぁ、そうか。これが人間として当たり前の反応のはずだな)
面倒やわずらわしさは感じるのだが、ライカンスロープが死んだ、殺したということには何も思うところがない。
マップ化でこの世界の人間的な生き物だとわかったのに、だ。
落ち込んだグランディオンをどうしようかというほうが俺にとっては重い問題。
それにアンとベステアというレアエネミーを呼び込む利益のある人間のほうが気になる。
考えていると別に走らせていたカトルの部下が戻り、耳うちをした。
「なんやて?」
「どうしました?」
ヴェノスが促すと、カトルは眉間に深く皺を寄せる。
「どうもライカンスロープたちはヤバい薬やってかもしれへんらしいですわ」
狂乱状態で正気を失っていたが、麻薬やハイになるような薬はこちらにもあるんだろうか?
「ヴェノスさん、体に変調は? 秘密裏に持ち込んだのが漏れて吸ってしまったんじゃないかと警邏のほうで捜査を始めたそうです」
「さて、特に変調などないようです。ライカンスロープにしか効かないのでは?」
「いえ、それが。ライカンスロープ帝国ってのはそうした効きすぎるとまずいものを薬として使う風習があって。竜人多頭国なんかは嗜好品扱いで輸入してるんやけど、人間には強すぎるらしくて死者が出るほどでご禁制なんです」
そう言えばライカンスロープたちは来る予定なく帝国へきている。
「やつら竜人多頭国に薬を売りに行く途中だったかもしれへんですね。扱いの難しい嗜好品ってのも『砥ぎ爪』の扱う中にあったはずやし。急なことで扱い間違えたんかな?」
帝国としても持ち込まれては堪ったものではないと、さらに人員を増やして捜査を拡大するという話らしい。
だが、人間に効きすぎとは言えライカンスロープが使う薬だ。
もしその薬をやっていたとしても殺し合うほど狂乱するはずもないだろう。
(いや、他に思いつかないから聞きかじりで疑いをかけてともかく調べようってことか。そう考えると狂化スキルをこの世界の人間は知らない?)
思えばリザードマンの報告もない。
となるとスネークマンはいてもリザードマンはいないと考えられる。
同じように今までも狼男は現れておらず、狂化スキル持ちもこの異世界にはいなかった可能性があった。
「うーむ、グランディオンは行かせないほうがいいだろうか?」
俺は思わず声に出す。
大地神の大陸に残してスキルを秘匿し温存したほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ヴェノスが俺に対して身を乗り出した。
「いえ、グランディオンの成長を思うのならば今こそ旅をさせるべきかと思います」
「ヴェノスさん厳しなぁ。けど、確かにグランちゃんも男ならここで甘やかして危険に飛び込む気概折るのもなぁ。いつまでも守ってくれる人いるわけでもないんやし」
カトルもグランディオンを心配するわりに悩むようだ。
志願兵をしていたファナが十代半ばですでに独り立ちしている世界。
それで言えば十代前半の見た目をしているグランディオンも、この世界の人間からすれば成人を見据えた教育が必要な年齢ということなんだろう。
「うーん、よし」
カトルが悩んだ末に膝を打つ。
「ライカンスロープ帝国には短期滞在にして、そのままうちとこの国まで同行しませんか? もちろん、ライカンスロープ帝国でも、議長国でもお世話させてもらいます」
「カトルどのの国まで? しかしそこまでの手間をかけてもらうわけには」
「今回の『砥ぎ爪』の失態は絶対表にも影響しますよ。少なくとも裏で番張ってた組織が揺らぐ事件なんです。そうなるとライカンスロープ帝国も騒がしゅうなってこっちも商売どころじゃあらしません。グランちゃんの経験としてライカンスロープ帝国に数日。こっちも情報集めて次の通商考え直しまして、そしてすぐ出航でどうですか?」
「そちらの日程がずれるだろう」
「そんなん、ここで足止めさせられた時点でずれてますし、船でぐるっと回ってれば一カ月二カ月遅れるなんて珍しくないですよって」
どうやらとことんカトルは面倒を見てくれる気らしい。
それは部下を庇った恩か、グランディオンを憐れむ故か。
どちらにしても俺は悩む。
ヴェノスは俺の返答待ちで黙っている。
「この帝国もちょっと雲行き怪しいですよ。なんならトーマスさんも行きませんか?」
カトル曰く、帝国では反乱が起こっているそうだ。
同時に継承争いをする王子が兵を出して功を焦るという話もあり今後も荒れるだろう予測。
「王国との戦争が次で終わったとしても、皇帝に何かあったらこの国内側から荒れます」
「いや、私は…………まだ、やらなければいけないことがあってだな」
歴史探訪ができるらしい議長国は惹かれるけれど、アンとベステアをレジスタンスにやらなければいけない。
丸投げとは言え、顔合わせは俺が請け負うべきだろう。
大地神の大陸のほうもチェルヴァの報告を無碍にしてしまっていたようだし、戻って今度は話を聞かなければ。
(観光はしたいが大本の目的はNPCが日の目を見ることなんだ。商人として部下を率いるカトルを見れば、俺もちゃんと見てやらないとって気になるし)
泣いているグランディオンの顔が浮かぶ。
それに今日見た真面目なティダや調整しようと頑張るアルブムルナ。
作った側として俺も頑張らないと面目が立たない。
俺は改めてカトルの誘いを陳謝の上で断ることにした。
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