151話:伝説の王
「グゥ…………グゥォォオオオ!?」
グランディオンの遠吠えを受けて耳を覆っていたはずのライカンスロープが身もだえる。
苦しむ様子で周囲の壁や床に攻撃する者が出始めると、次々に涎を撒き散らして目を充血させ始めた。
「これは、違うな」
「えぇ、反応が違いますね」
俺とヴェノスは隠し部屋の入り口を塞ぐ形で、ライカンスロープの狂態を眺める。
正直なところグランディオンも含めて暴れ出しているので、入るに入れない。
グランディオンのスキルを受けたにしてはどうも様子がおかしく観察する。
狂乱して大暴れは同じはずだが…………。
「何故ライカンスロープは苦しんでいる? 外にいたライカンスロープは大暴れで似たようなものだと思ったが。いや、そう言えば同士討ちをしていたな」
ゲームではエネミーがエネミーを攻撃しない。
だが、この世界はフレンドリーファイアが解除されているのだからおかしくはないのか。
疑問と興味によって、俺はライカンスロープを観察していると、二つに反応が別れていることに気づいた。
一つは苦しみながら狂化する者、もう一つは苦しみながら理性を保つ者だ。
「私見ですがよろしいですか?」
ヴェノスが悠長に許可を求めるのは、暴れ出したライカンスロープは目の前の相手を襲うだけでこっちには全く害がないせいだ。
「グランディオンの支配下にあるかどうかの違いではないでしょうか? 最初から上下が決まっていれば受け入れもするもの。けれどライカンスロープは違うためにまず狂化の影響を受けても抵抗しようという意識が苦痛を生むのかと」
「ふむ、では立場上はネフの配下である高原の羊獣人にやると同じことが起こるだろうか?」
「いえ、あの者たちは自らが大地神の下において下層であることを理解していますので。無駄な抵抗などしないでしょう」
ヴェノスの言い方はあれだけど、そういう設定したなぁ。
なんであんな卑屈な設定にしたのか、当時の自分の精神状態が心配になる。
「ぐ、くそ! 胸糞悪ぃ犬の声め! …………ち、二度目は耐えきれない奴らが出たか」
声が聞こえて見れば、振り払うように耳を揺らす大型猫のライカンスロープ、ガトー。
(そう言えばこいつがグランディオンを女に間違えてナンパしたのがそもそも始まりだな。全く面倒なことに巻き込んでくれる)
どうやらその報復で今回、グランディオンを攫ってヴェノスも呼び出したようだ。
ヴェノスも報復対象なのは、馬のライカンスロープ相手に手を出したせいか。
「あ、あ、あぁあああ! 殺す殺す殺すぅ! みんな殺して禊だぁ!」
そんな風に悠長に見てしまっていたせいだろう。
グランディオンが天を仰ぐように叫び、自分も狂化し始めてしまった。
そして幼げな赤ずきんが本性を表す。
本性へと姿を変えるグランディオンは、体中を金色の毛が覆い、爪は伸びて鋭利に尖った。
顔かたちはライカンスロープに似た獣へと変貌し、金毛の狼男はもはや言葉も忘れたように吠える。
「ば…………かな…………」
グランディオンは目の前で吠え返すライカンスロープ二体を、腕の一凪ぎで引き裂いて壁の染みにした。
そんな叫びと血肉が立てる音の中で驚愕の声があがる。
一つなら気づかないが、正気を保ったライカンスロープが口々に同じようなことを言えば俺にも聞こえる。
「で、伝説の、ライカンスロープ!? ありえない! さっきまで混ざりものだっただろ!」
「だがあの金毛! 逆らえないこの威圧! 伝説の金狼王! ライカンスロープの王だ!」
なんだか妙なことを言い出した。
それと同時に正気なライカンスロープたちが耳を下げて尻尾を巻き込む。
「か、勝てるわけがない」
「伝説が本当だったなんて」
どうやら戦意喪失したようだ。
だがグランディオンは狂化のせいで殺意が漲っているので今さら遅い。
「ぎゃぁああ!? こっちに来た! 何もしてねぇのに! なんでだよ!?」
「逆らったらもう終わりなんだよ! くそぉお!」
狂化して襲って来たライカンスロープを掃討し、次にグランディオンは正気だった者たちを襲い出した。
ただそちらは避けることをするので、隠し部屋の中では最初に入って来た時とは逆のことが始まる。
グランディオンがライカンスロープを追い立て始めたのだ。
「ふむ、伝説の金狼王、ライカンスロープの王か」
俺が呟くとグランディオンの目がこっちに向き、空気を圧する音と共に鋭い蹴りが飛んで来た。
俺の目の前で太い狼の足を止めたのは槍を構えたヴェノス。
「神に手を上げるとは、さすがに反省どころでは済まないよ」
殺気を込めて見すえるヴェノス。
普段は仲良さげなのに、俺に向かって攻撃したことでヴェノスはグランディオンを敵認定してしまったようだ。
「待て待て。グランディオンは今分別がない」
「エリアボスを請け負うならば、そうであっても神に害なすなど許されません」
ヴェノスはアーツでグランディオンの足を切ろうと槍をふった。
ところがグランディオンはさらに攻撃を重ねてアーツをキャンセルさせる。
(まずいな。この状態のグランディオンは物理なら本性のスタファに次ぐ。比べてヴェノスは武器ありきの技巧派。距離も取れないこんな場所じゃ相性が悪い)
どちらが死んでも損失にしかならない。
俺はヴェノスの腕に手を置いて槍を降ろさせる。
そしてできる限り深刻さのない軽い物言いに努めた。
「せっかくなのだ、私が遊んでやろう」
「おぉ、なんというお慈悲を」
それっぽく言ったらヴェノスが大袈裟な声を上げる。
見てみると、なんでそこで羨望の目なんだ? 戦うことがお前らの娯楽なのか?
そんな脳筋な設定なかったと思うんだけどなぁ。
「とはいえ、ここでやれることは少ない。手早く終わらせよう」
一度ヴェノスに邪魔されたグランディオンは距離を取っていた。
その上で判断力低下のため、目についたライカンスロープを改めて襲っている。
すでに広くもない隠し部屋は血の海で、さっきヴェノスに注意したのに意味がない。
「芸はないが、…………弱化魔法覆暗鈍蔽」
俺の魔法発動と共に、グランディオンは闇が纏いついて動きの精彩を欠けさせる。
攻撃力低下のデバフは、狂化で耐性が落ちてるグランディオンには即座に効いた。
これは魔法の熟練度でパーセンテージが上がる仕様なので、俺が行えば減少値は最大だ。
ただグランディオンはこれも攻撃認定したようで、俺を優先的に襲いに来た。
(まぁ、もう既に立ってる奴いないけど…………あれ、そう言えばゲームではプレイヤーもエネミーもかけられる弱体は種類一個ずつだったが、どうなんだ?)
攻撃弱体をかけたら、もう一度攻撃弱体を重ねがけはできない。
だから今は考えながら可能な限りの別のデバフをかけてしまった。
ただここはゲームではない。
ちょうどグランディオンは動きも遅くなって混乱状態にしたからすぐには動けない。
「やってみるか。弱化魔法覆暗鈍蔽」
ゲームならここで不発を報せる文字がエネミーの上に出て来る。
そんな文字が無いにしても発動のエフェクトはないはずだった。
だがグランディオンにはもう一度闇が覆う。
「重ねがけは可能か。さてそうなると、これでどれだけできるものかな?」
ちょっと楽しくなってさらに魔法を重ねがけする。
デバフ付与で魔法を向けたことは攻撃と判定され、混乱も解けて凶暴な狼男の目が俺を見据えた。
「一、二、三…………四、五…………六、七、八…………む、さすがにまずいか」
二発攻撃力低下をかけた後に八回成功し、全部で十回だが、俺はちょっと焦っていた。
(え? 熟練度十まで上げたら確か二十パーセント減じゃなかったか? 二百パーセント減とかさすがにないだろ)
エフェクトが出るだけで効いてない可能性もあるが、ここは防御しないと俺にもグランディオンの攻撃は通る。
そう思って杖をかざした瞬間、グランディオンのパンチが杖に当たった。
衝突音を予想したのだけれど、鳴ったのは毛皮が触れる空気の抜けるような音と体重をかけた分の重みだけ。
次の瞬間グランディオンに炎が襲う。
グランディオンは吹き飛ばされると獣の叫びを上げて転がった。
「あぁ、そうか。攻撃力を下げて攻撃が通らなくとも、迎撃はレベルでの判定。攻撃した時点で発動するのか」
グランディオンが盛大に転がったため、火は隠し部屋の中に燃え広がり始める。
そんな中で自らは消火したはずのグランディオンが、何やらキュンキュン鳴き出した。
「正気づいたようですね。攻撃性が落ちました。グランディオン、聞こえるかな? 神の御前ですから姿を変えよう」
さっき殺す気だったはずのヴェノスが優しく諭すと、グランディオンは忠告に従って人型に戻った。
ただし俺が燃やしたせいで肩や太ももなどもろ出しのあられもない姿に。
そこにヴェノスが紳士らしくマントで包む。
「うぅ、ごめんなさぁい。うわぁーん! ごめんなさいー! 見捨てないでー!」
開口一番泣いて謝るグランディオン。
これは一方的に魔法ぶっ放したこっちのほうが悪いことした気になる。
「泣いている暇はないよ、グランディオン」
またヴェノスが年長者として諭しに入った。
グランディオンも不思議そうに見上げるが、俺もなんのことかわからない。
「神は君にもまだ役目をお残しくださっている」
「え?」
グランディオンは驚いて、ヴェノスはなんだかどや顔で俺を見るんだが。
役目っていったい、あ、いや待てよ。
「そう言えばガトーがいないな?」
ヴェノスが頷くので胸撫で下ろしつつ俺はグランディオンに向き直る。
「今回の面倒を招いた不埒者を追え。私の猟犬としての務めを果たせるな?」
「はい、はい! 僕、やります!」
グランディオンは涙を拭って、裸マント状態で元気に立ち上がったのだった。
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