150話:ライカンどもが夢の跡
呼び出されて向かった港近くの倉庫の周辺には人の姿がなかった。
海賊騒ぎで出航できず、元から人足が遠のいていたこともあるだろう。
何よりも今はすでに日も傾いており、倉庫でなくても港自体人がほぼいない。
そんな場所で聞こえるのは、暴力的な音だった。
「さて、これは予想外だ」
「えぇ、まさかライカンスロープがこのような」
グランディオンを人質に呼び出されたヴェノスが俺の隣で唸るように応じる。
俺は気軽に同行したんだが、あまりに予想外の事態が起きていた。
周囲に人払いがされてる程度は予想していたし、だから港近くに人がいないのはいい。
だが待ち構えていたはずのライカンスロープがおかしなことになっているのは何故だ?
「ヴァァァアアア!?」
「ごっほぉぉぉおおおお!?」
奇声を上げながらライカンスロープ同士が目を血走らせて取っ組み合いをしている。
どんなに傷を負ってもやめないし、どんなに血が流れても止まらない。
殴られれば爪を立てて抉り、蹴られれば牙を立てて穿つ。
すでに辺りには首を食いちぎられた者や血だまりに沈んだ者が転がっていた。
「完全に正気を失っていますね。こちらに気づきさえしないとは」
「まさか、グランディオンの咆哮がライカンスロープにも効くとはなぁ」
ライカンスロープたちは狂気に侵され、目に映る相手を攻撃する意志だけしか持ち合わせていないのだ。
これはグランディオンのスキルであり、森に棲む配下の狼男を狂化するはずのもの。
他のエネミーは確率で狂化付与のはずだったんだが。
以前『血塗れ団』を相手にグランディオンがやってしまった時には、エネミーは察して自主的に逃げた。
こうなることを予想していたなら、確かに逃げるだろう。
「強制か、確率か。ライカンスロープの姿は狼男に近いが、狼男は狼だけだしな」
「そう言われて見ますと、暴れているのはほとんどが肉食のライカンスロープですね」
ヴェノスの指摘に俺も改めて血塗れで元の毛の色の判別も難しい者たちを見る。
今も争っているのも死んでいるのも、確かに犬歯のあるライカンスロープがほとんどのようだ。
例外はヴェノスに腕を折られた馬のライカンスロープ。
複数のライカンスロープに噛みつかれた状態で、一緒くたになって死んでいた。
致命傷は見当たらないので、たぶん血を流しすぎたんだろう。
(立ったままの死体は、激しい運動後の急激な死後硬直とかなんとか)
まぁ、有名な弁慶の立ち往生だ。
この状態では馬のライカンスロープが発狂したのか、噛みついたまま死んでいる牙のあるライカンスロープたちが発狂したのか判別がつかない。
「くそ! なんなんだ!?」
叫びながら逃げてきた様子の牛のライカンスロープは、俺たちと目が合った途端に怒りだした。
「おま!? お前ら、お前らのせいで! なんだあのガキは!?」
「勝手に攫っておいてずいぶんな言い草だ」
俺の言葉に牛は激高し、口泡を飛ばして興奮しだす。
すると暴れる他のライカンスロープと同じように目から正気が失われていった。
どうやら怒りで狂化したらしいが、これもゲームの仕様とは違う。
半端にかかっていたと思うべきだが、ゲームにそんな遅延して状態異常効果を発揮するようなスキルはなかった。
この地の原生生物相手だとスキルの効果が変わるのか?
「死ね死ね死ね! 逆らう奴は全部死、げびょ!?」
「不敬」
ヴェノスが冷たく吐き捨てた。
視界から消えた牛を見れば、頬が破れて首が曲がってる。
ぎり生きているが、首をやっているのでもう動けないし助からないだろう。
どうやらヴェノスの尻尾の一発でこれらしい。
馬の腕を折ったのはまだ手加減していたんだろう。
レベル差による攻撃力がヤバいのか、人間より体格が良くてもやはり防御力が紙なのか。
「神よ、このような者たちの相手をしているだけ時間を浪費するだけとなります。グランディオンを迎えに行きましょう」
ヴェノスが何ごともなかったかのように俺を促す。
狂化で目の前の敵だけを襲うライカンスロープなら、確かに相手してやる謂われはない。
俺は頷いてグランディオン捜しを始めた。
まず倉庫に向かって近づけば、争う音が激しくなる。
けれど聞こえるのは意味を成さない叫びじゃなく、ちゃんと言葉を話している声だ。
「お前ら正気に戻れ! あの変な咆哮に惑わされるな! あ、ぎゃぁああ!?」
「馬鹿! もう正気失ってんだ! 犬系の奴らは諦めろ!」
ヤギが叫ぶとアライグマみたいなライカンスロープが襲う。
引き離して殴りつけるのは猫?
猫パンチの威力、そして抉り込むような容赦のなさが体格に比例してすごいことになっている。
「犬系、やはり狼男に近い者が影響を受けたのでしょうか?」
「しかし先ほどの牛はどうなのだ? 馬も死んでいた。犬という以外にも狂化にかかる系統がありそうだが」
俺たちは話ながら倉庫の横へと抜けた。
入口は大きいが正面に一つだけらしい。
ライカンスロープは狂化も正気も正面に集まっているのはわかった。
「失礼」
ヴェノスが一言断って槍を取り出すと、壁を一突きする。
同時に俺が闇に対象を閉じ込める魔法で瓦礫を消した。
気休め程度の消音のつもりだったが、どうやら正気を失ったライカンスロープの相手で手いっぱいらしく誰も来ない。
「さて、グランディオンは何処か」
呟きながらマップ化を発動し、倉庫内部に範囲を広げる。
するとエネミーの反応が現われた。
この場所にいるエネミーなどグランディオンだけだ。
(今気づいたけどライカンスロープってプレイヤーと同じ表記になるんだな)
狂化されて戦っていても表記はプレイヤーと同じだ。
この世界でプレイヤーと同じ表記は人間。
つまり、俺のマップ化だとライカンスロープを人間扱いだった。
妙な気もするが今はグランディオンが優先だ。
「む? 倉庫の奥に隠し部屋のようなものがあるな。そこに複数のライカンスロープとグランディオンがいる」
「では参りましょう。不肖ヴェノス・ヴィオーラス。あなたさまの騎士として露払いを務めさせていただきます」
なんかやる気になって尻尾がそわそわして見える。
やる気をそぐのも悪いし、俺はヴェノスの後ろからゆっくりと歩くことにした。
途中で第二の防衛線を築いていたライカンスロープを積み上げた荷物ごと破砕。
音に気づいてやってくるライカンスロープが前後に現れたが、ヴェノスは気にせずどちらも粉砕。
(こうして血の池ができました、って頑張りすぎだろ!)
辺りにはもう動くものはいない。
「ヴェノス、あまり血の臭いをさせて戻るのも、宿とカトルどのに悪い」
「あ! これは失礼を! 役得と、いえ、神の御前とあって力み過ぎました」
やっぱり張り切ってたんだな。
あと役得ってなんだ?
俺としては面倒ごとにつき合わせてる気がするんだが。
「神を穢さぬよう、血さえも蒸発させます故」
いい笑顔でそう言って、新たに抜いた槍は炎が揺れるような穂先を持つ。
そう言えばこいつドロップ複数ある設定だったな。
(もしかしてこいつらのドロップ品ってアイテムボックスみたいなのに入ってるのか?)
俺は出すだけしかできないインベントリなのに。
いや、レア武器装備で襲ってくる設定で、倒されればリポップするのがヴェノスだ。
設定上は同じNPCだから、一人が複数の武器を装備しているようなことになる。
その矛盾を解消するためこの世界に来てから再設定が行われた?
(考えてもわからないな。ともかくヴェノスはドロップアイテムを装備してる設定だったから、装備してる設定の槍は持ち替えが可能、と)
俺がこの世界の不思議に思いをはせている間に、ヴェノスは何故かいた竜人ことスネークマンを燃やして奥へと進んでいた。
倉庫奥は壁だが、マップ化はマップとして出入り口も表示するので、俺には壁に偽装された出入り口がはっきり見えていた。
「ここが扉のはずだが動かないな。ギミックがあるのだろうが面倒だ。第七魔法奈落抱擁」
俺は魔法で壁を一部消し、窓のない隠し部屋を覗き込んだ。
通気口はあるのか灯りはついてる。
ただ濃厚な血の臭いと獣の臭いが入り混じった臭気が満ちていた。
「くそ!? またあの声を出させるな! 捕まえろ!」
「しません! 駄目なんです! 僕、怒られるんですー!」
ガトーの怒声に続くのは、走り回り何かにぶつかる音。
そしてグランディオンの泣き声だ。
室内は混乱状態で、小柄な体をいかして逃げ回るグランディオンがその中心。
追い駆けるのはガトーより一回り小さいライカンスロープたちだ。
当のガトーは声だけで何やら調子悪そうに奥で額を覆っている。
そしてここでも誰もこちらに気づかない。
「やれやれ、呼び出しておいてとんだ体たらくだな」
俺が声を上げて存在をアピールすると、激しい衝撃音が隠し部屋を揺らした。
見れば逃げるだけだったグランディオンが、追って来ていたライカンスロープたちを蹴り飛ばしている。
赤いずきんは背に落ちて見える耳は俗にいうイカ耳状態。
胸の前に両手を組んで、グランディオンは震えていた。
「そんな! お手を煩わせるなんて、僕は、僕は…………! うわぁぁああァアアアアアォォオオオン!」
泣き叫ぶような声を上げたと思ったら、その勢いのままにグランディオンは遠吠えを上げる。
一度離れた場所で見ただけだが、すぐ側でとなると恐ろしいほどの空気の震えが身を揺らした。
(うぉ!? ビリビリする! いつかのドラゴンの咆哮もすごかったが、室内なのが災いしたな)
グランディオンが動きを止めたことで襲いかかろうとしていたライカンスロープたちが、耳から血を流して動かなくなる。
残る鼓膜が破裂することを回避したライカンスロープは、耳を覆って倒れ込んでいた。
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