149話:男の娘誘拐
凱旋門を抜けて最初の石舞台のある花畑へと俺たちは戻った。
途端にアンとベステアが座り込む。
「あたし、アンを尊敬する…………」
「え!? いきなりどうしたんですか、ベスさん?」
ユニコーンとバイコーンは座り込んだ二人を自主的に守る動きを見せたようだ。
「あんな絶対自分じゃ敵わない魔物に襲われてさ、それでも生きて帰るだけの気力がすごいよ。なのに誰に何言われても探索者続ける根性。あたし、あんたのこと舐めてた。ごめん」
「いえ、そんな…………。根性とか、そんなしっかりしたものじゃなくて、私も意地になってたっていうか、もうそうする以上に何もなかったっていうか」
二人は疲れた笑みを交わすと、どちらともなく片手を上げてがっしりと友情を確かめ合うように手を握り合った。
(なんだこれ? 女の友情というやつか。あったんだな、そんなもの)
俺の中で思い浮かぶのはスタファとチェルヴァ。
なんであの二人はあんなに諍いばかり起こすのか、ギスギスとした空気を当たり前のように広めるのか。
そうでなくてもイブも難しい性格だし、ティダは脳筋だし…………。
「スタファたちも一緒にダンジョンクリアをしたら友情が芽生えるか?」
思わず声に出してしまった。
するとユニコーンとバイコーンが驚いたように俺を見る。
本気を疑うような目に見えるのは何故だ?
というかこいつら言葉わかってるのになんで喋らないんだ?
そこまで考えて自分の発想のおかしさに気づく。
エネミーが喋ること自体、ゲームでも少なかったのに。
ただスケルトンというどう見ても骨しかない奴らも喋って意思疎通ができてる現状を思えば、やはり何故喋れないのかと不思議に感じてしまう。
「まぁ、いい。これからは帰るだけだ」
「待って! ちょっと待って! 休ませて!」
「戦ってたのトーマスさんだけで申し訳ないですけど、もう少し心労を癒す時間をください!」
二人して何故そんなに懇願するような様子で訴えるのか。
まるで俺が強制労働させてるみたいじゃないか。
「休むことを禁じるつもりはないのだが戻るのに時間がかかるだろう?」
本来とは違う遠回りをして、ずいぶんとここへ来るまでに時間を使った。
そしてダンジョン攻略も行った今、日は中点を越えてもう傾くばかりだ。
今日中に戻るなら、すぐにでも動かなければ日が沈むだろう。
俺は別になんともないが、どうもホラー系が苦手らしい二人は下手すると怖くて動けないと言い出すかもしれない。
一緒にいる俺が顔が宇宙という一番のホラー要素なんだが。
「この子たち器用だし、トーマスが走るのにもついて行けるんだから戻りは早く済むでしょ?」
「港町にユニコーンとバイコーンで乗り入れるのか?」
「あ、そうですよね。ちょっと借りてただけでお返ししないと」
ベステアに答えるとアンが名残惜しそうにユニコーンの首を撫でる。
「いや、二人がそれでいいならいい。ユニコーンとバイコーンも引き続き守りでいいか?」
聞くとユニコーンとバイコーンは首肯した。
大地神の大陸の草原にいる珍しくもないエネミーだしいいか。
「であれば、二人の身の安全も大丈夫だろう。私は少々先に報せを入れておこうと思う。すぐに戻るから待っている間に休むように」
そう言って転移を行った。
行く先は港町に取ってる宿だ。
アンとベステアが世話になりたいというのをレジスタンスには伝えた。
けれど今日の宿のほうには言っていない。
カトルに言う前にヴェノスからそれとなく告げてもらえれば一番角が立たないと思う。
そのためにはまずグランディオンに伝言をして、俺が戻って来ていることを悟られずにヴェノスを呼ばなければ。
「む? 誰もいない」
宿で俺が使っている部屋にはグランディオンがいるかと思ったが無人だった。
驚いて俺が声を漏らした途端に扉が叩かれる。
「ヴェノスです」
「入れ。戻ったことに良く気づいたな」
紫の尻尾を持つリザードマンのヴェノスは部屋に入ると、すぐに扉を閉めた。
その短時間の出入りで、何やら廊下の向こうに緊張した空気が漂っているのが感じられる。
「お待ちしておりました」
少し困った様子で告げるヴェノスを見れば予想はつく。
どうも事件のようだ。
前の時にはヴェノスが竜人を相手に喧嘩を売ったことで起きた。
今いないなら今回はグランディオンか?
そう言えば初見でライカンスロープ相手に不用意な発言をして問題を招いていたな。
「まさかまたライカンスロープ相手じゃないだろうな?」
「これは、困りました。まさかすでに予測済みとは。ご明察でございます、神よ」
当たった!?
どういうことだ?
「カトルどのの商談相手より呼び出しがありました。出向くこととなり私も警護のため同行を。ところがそれは誤報、いえ、偽報でした」
どうも相手方は呼び出していないとのことで、ヴェノスを引き離す何者かの意図がわかった。
けれど戻った時には、残されたグランディオンの元にはライカンスロープが押し入った後。
「グランディオンは連れ去られたというのか?」
「抵抗しようとしたカトルどのの部下を助け、ライカンスロープたちを捻ったそうです」
あれ?
けど今マップ化に反応はなし。
グランディオンはこの宿の中にはいない。
「部下の証言によると、どうやらライカンスロープはあなたさまをすでに掌中に収めたと吹聴したようです」
「また馬鹿なことを」
「えぇ、全く」
「とは言え、グランディオンは騙されてしまったのか。素直なのは決して悪いことではないが、もう少し防犯意識を持たせたほうがいいな」
俺の言葉にヴェノスが頭を下げる。
「同じエリアボス。ましてや私は年長者。良く言い含めておくべきでした」
「ヴェノスの咎ではない。もちろんグランディオンでもな。それに協力者である人間を守る行動を自ら選べたのだ。褒めてやるべきだろう」
俺の答えにヴェノスは頭を上げて笑み浮かべた。
「ただグランディオンの身が心配だ。向こうから要求は?」
「私に一人で出向くよう言伝が残されていました。グランディオンは心配ないでしょうが、あちらの思惑がわからないことが不安要素です」
確かに何故ライカンスロープがヴェノスを呼び出すんだ?
グランディオンを攫ったからにはガトーとか呼ばれてた猫の報復だろう。
攫われたからには痛めつけられてると思ったんだが、ヴェノスはそこは心配してないらしい。
(グランディオンにレベルによるダメージ無効なんてスキルはない。確か攻撃を受けると確率で攻撃力が増加するスキルならあったはずだが)
下手に耐久戦を仕かけると痛い目を見るエネミーだ。
体力もそれなりにあるが動きを封じて削ればレベル差があっても倒せないことはない。
相当時間はかかるだろうが。
現状騙されて連れていかれたのだから、素直なグランディオンなら自分に不利になっても従ってしまいそうだと思うんだが。
「まぁ、ともかく呼び出されているなら行くか」
「神よ、私だけで参ります。お手間をおかけするわけにはまいりません」
「ヴェノス、私はグランディオンを迎えに行くくらい手間などではない」
何故かヴェノスが感動して胸の前で手を組み合わせた。
よくわからないが、こちらもアンとベステアのことを報せておこう。
「その前に、こちらで起こったことも話しておこう。情報共有は大事だからな」
考えてみれば半日でずいぶん色々あったな。
そんなことを思い出しながら、俺はアンを押しつけられたことに始まって、崖下でグラウと遭遇したことを話す。
組み込むためにレジスタンスへ行って、第四王子を捕らえて監獄実験しつつ身代金要求までを語った。
「そう言えば、ヴェノスを呼び出すだけか? 金銭の要求は?」
「ないですね。一人で指定された場所まで来いと。来なければグランディオンの安全は保障しないとのことでした」
「最初から安全を保障する気はないだろう?」
「でしょうね。自ら家の中に狼を招き入れておいて悠長なことです。して、神よ。その後は?」
促されて俺は話の続きを語る。
アンとベステアを連れてバグガーデンへ向かい、バグを修正しフェアリーガーデンというダンジョンをクリアした話は、ずいぶん楽しげに聞いていたようだ。
そうして話し終えて見ると、ヴェノスは肩を震わせて俯いている。
「ヴェ、ヴェノス?」
「す…………ばらしい!」
「うぉ!?」
「まさかドラゴンの加工品が難しいという報告を受け、自ら素材を大量に得られるとは! しかもこれほど短期間に、その上的確に! 我々ではできない神の所業です」
うん? ドラゴン?
あ、もしかして雪山にいたあれか?
そう言えばどうしたかな?
(チェルヴァに任せたよな。あれからいくつか物作ったとは聞いた気がする。そう言えば小さい物ばかりで賢者が作れるはずのドラゴン素材でしか作れない通称スター状態になれる薬とか、ドラゴン装備とか聞いてない)
ヴェノスの言葉どおりなら行き詰ってるらしい。
そう言えば、ここにスライムハウンドが呼びに来た後からまともにチェルヴァから報告受けてない。
すごい勢いで迫って来たせいで、ちゃんと聞かずに逃げたんだ。
これはちょっと悪いことをしたかもしれない。
だとしたら、エルフの国に行きたいっていう申し出を了承しておいたのは良かった。
気分転換にでもなってくれればいいが。
俺は一人頷く。
それを見つめるヴェノスの熱視線が痛い。
「それでは行くか」
戻ってきていることを報せていない俺は、窓から宿を出てグランディオンを迎えに行ったのだった。
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