148話:裏コマンド
フェアリーガーデンのボスはフェアリークイーンといい、巨大だがその名にふさわしい花のような美しい造形を意識してある。
そのフェアリークイーンがいるボス部屋は、空中に浮かんだ花畑だった。
「ぎゃー!? なんでこんなとこに出るわけぇ!?」
「すごく綺麗だけどすごく怖いですー!」
すでにフェアリークイーンの攻撃は第二段階に突入する中、ベステアとアンが叫んだ。
限られた地面の中央に鎮座したフェアリークイーンは顔かたちは美しい女性だ。
けれど背後に背負った後光からは今も容赦なく魔法が乱打されていた。
俺を先頭にユニコーンに乗ったアン、バイコーンに乗ったベステアが、宙に続く地面の縁を逃げ回る。
(まさかエリアを区切る判定がなくなってるとはな)
ボス部屋へはフェアリーガーデンの入り口に似た凱旋門を通って転移してはいる。
この虚空に浮かんだ花畑はゲームと同じ見た目をしており、その中央に五メートルはあるフェアリークイーンが舞い降りて戦闘開始となるのも同じだった。
ゲームでの攻略における基本行動は、中央に陣取ったボスから距離を取っての外周をマラソンすること。
だから俺はゲームの感覚で縁へ行ったら…………そのまま落ちた。
魔法で復帰できたから良かったものの、こういうところはゲームの仕様と違って困る。
突然身投げしたと騒ぐアンとベステア相手に、ちょっと地形を確かめたと苦しい言い訳をする羽目になった。
「腕を上げた、来るぞ! 散開しろ!」
俺の指示にユニコーンとバイコーンが地面の縁を離れてそれぞれ別方向へと逃げる。
瞬間腕を胸の前に持ち上げたフェアリークイーンが中央から消えた。
そして俺たちがいた場所の縁に現れ長大な腕を振り抜く。
ゲームなら物理攻撃として跳ね飛ばされるだけで済むが、今やこのエリアの縁まで転がってしまえばあとは死しかない。
(ま、ゲームの制限がないのはこっちも同じだ)
本来ならできない大ジャンプを魔法で補助し行った俺は、垂直移動で腕を避ける。
そして数秒動かなくなるフェアリークイーンに魔法を連打して一気に体力を減らしにかかった。
フェアリークイーンがまた姿を消すと同時に中央に向かって範囲攻撃も放つ。
瞬間、中央に戻ったフェアリークイーンが被弾し、しかも一定時間延焼する魔法を使ったのでずっと攻撃判定継続で苦しむ様子を見せた。
「フォアァァアアアア!」
フェアリークイーンが甲高い叫びを上げる。
それはプレイヤーの行動を全キャンセルする特殊スキル。
魔法やアーツを放とうとしていればキャンセルされ、バフデバフの類も一斉解除される。
(厄介だが、これはHPが半分を切ったモーションだ)
これからフェアリークイーンは少し行動が変わり、攻勢が激しくなる。
けれどこちらの動きは変わらない、外周マラソンと隙を待っての連続攻撃だ。
「勝ったな」
「え、何なに?」
「まだ元気そうですけど」
またマラソンするために戻って来たユニコーンとバイコーンに乗った二人が俺の呟きを拾って聞き返してくる。
俺たちはまた魔法連打を受けて走り出した。
同時に中央でフェアリークイーンが苛立ったように両腕で地面を打つ。
瞬間足元が大きく揺れて走る速度が落ちてしまった。
これで止まってしまうと集中砲火を浴びるので、体勢を立て直すなどと言わず走るのみ。
「フェアリークイーンの攻撃はただ当たらなければ問題がない。単調すぎて改善案もあったんだがな。やはり撃たれ弱い魔法職にはこれくらいでいいだろう」
「ぶわ!? おち、うぉ、落ちる!?」
「ひぃぃいい! ベスさん死なないでくださいー!」
俺が呟いている間に、足元の激しい揺れでベステアが落馬寸前になっていた。
だが元がバランス感覚あるのかなんとか立て直す。
アンは落ちこそしないが、ユニコーンに抱きついた不格好な体勢で悲壮な声を上げた。
だが勝ち筋は見えているので、俺は気を良くして昔を思い出して語る。
「今でこそ美しい女性型だが、デザイン案としては虫型もあってな。この女性型から背中を割ってさなぎのように」
「ファイィィィイイイ!」
俺が話してる途中で、まるで邪魔するようにフェアリークイーンが甲高い叫びを上げる。
今度は魔法連打ではなく少しの溜を要する範囲攻撃だ。
前面から扇状に広がる範囲なので、フェアリークイーンの後ろを取るようにマラソン続ければ問題はない。
「攻撃が単調すぎると八面六臂の阿修羅型という話も合ったな。これはプログラマーのほうから三つの顔を動く仕様にすると干渉し合ってバグの元だと物言いがあった」
「フィィゥゥウウウウ!」
さらにフェアリークイーンが中央から高く浮き上がり、上から魔法を弾幕の如く撃ちおろしてきた。
単調な攻撃を少し変える方法でとられたモーションだ。
敵が視界の外に出るので避けにくいが、着弾直前に上から影が差すので避けることはできる。
「そうそう、複数の顔が干渉しないようにある程度距離を持たせて動かすならば平気だろうとも話したな。だからスキュラという怪物を元に…………は?」
喋っていたらポコンとアイコンが起動するような軽快な音が頭に響いた。
思い当たる電子機器などここにはない。
「いや、コンソールか」
俺が走りながら開くという器用なことができるのは、元が浮いてるグランドレイスなので前進を意識すれば滑るように移動ができるからだ。
「ちょ!? え? トーマス何その動き!?」
「ベスさん! あれ! あっちのほうが大変です!」
ベステアとアンが騒がしい。
俺がコンソールを見ると、項目の一つに変更を報せるアイコンが浮かんでいた。
開くそれは以前エリアボスとやり取りをするのにも使ったコマンド入力画面。
そこに「スキュラ」とアルファベットで打刻されていた。
そしてその後に起動するプログラムの記号が、今もせわしなく羅列されている。
どう見てもコマンドコードを承認してプログラムが稼働している動作だった。
「トーマスさん! あれなんですか!?」
「フェアリークイーンとか言うのが変形してる!」
アンとベステアに言われて、気づけば魔法の爆撃が止んでいた。
足を止めて見れば、停止したフェアリークイーンの足元から、牙を尖らせた犬のエネミーが姿を現し始めている。
しかし前足はあるが後ろ足はなく、顔を出した六匹の犬は全て下半身でつながっているかのように円を描いていた。
その上に鎮座するのはフェアリークイーンの上半身のみで、下半身が犬に置き換わったような姿。
「美女の体に犬の足。これは、スキュラ? 設定は作ったが、まさか誰かモデリングまでしてたのか」
もしくは単調という評価のテコ入れで作られ、けれど実装せずに終わったか。
(なんにせよ、これはまずい! 俺はこいつの攻撃パターンを知らない!)
それでも攻撃パターンは話の種として想定されていた。
六つある犬の口から極太光線を吐き、ステージ外まで伸びることで、はまったプレイヤーがエリアを区切る見えない壁に押しつけられて脱出不能、継続ダメージを与えるという性格の悪いものだ。
生き残るには極太光線の間を選んで逃げ込むこと。
現状当たれば確実に宙へ投げ出される。
そんな攻撃をさせるわけにはいかない。
「一気に終わらせる。ユニコーンとバイコーンは二人を守れ」
止まったユニコーンとバイコーンは、アンとベステアを降ろして自らの身を盾にして座り込む。
俺は前に出てスキュラと化したフェアリークイーンに手をかざした。
「芸はないが、単純な火力押しをさせてもらう。第九魔法夜渦呑月」
闇属性の範囲攻撃で神の部分召喚を抜かせば最大の威力を誇る魔法だ。
俺が呪文を唱えたことで、星空のような光がフェアリークイーンの周囲に現われる。
光は少しずつ一つに集まるように動き、それと同時に周囲の闇が濃くなり空間が揺らぎ渦を巻いた。
その蠢く闇と空間に引き摺られるようにフェアリークイーンの巨体が歪む。
一つに集まった星のような輝きは淡い月の光に似た形を取り、引き摺られたフェアリークイーンが月に触れた。
瞬間、月の内側から闇が破裂するように姿を現しフェアリークイーンに突き刺さる。
「フゥゥウウゥウゥウウ!?」
言葉にならないフェアリークイーンの叫びが響くと、大きく放たれた声が空気砲のように花を散らした。
アンとベステアはユニコーンとバイコーンに捕まり必死に飛ばされまいと耐える。
その横で、地に足がついてなかった俺は飛ばされた。エリア範囲外まで。
グランドレイス足浮いてるから踏ん張るの難しいんだよ。
というかグランドレイスはでかいわりに軽いのか?
いや、うん、なかったことにしよう。
俺は慌てて魔法で戻りそ知らぬ顔で着地した。
「どうやら変形しても残りのHPはそのままだったようだな」
何もなかったかのように声を出すと、ベステアとアンが振り返る。
「あれ? なんでトーマス後ろに?」
「確か前に立たれてましたよね?」
「気にするな。それよりも帰りの門が開いているぞ」
俺は突っ込まれない内に異変を教えた。
フェアリークイーンがいた場所には花吹雪が舞い散り、また凱旋門が現われている。
これは帰還用で、門の向こうには最初に潜った石舞台と花畑が広がっていた。
そして門の前に嬉しいことにドロップ品が落ちている。
「女王の額冠に常若の国の花、これは…………奇獣の牙? 本来ドロップしないはずだが、スキュラに設定されていたのか?」
女王の額冠は女性の魔法職にプラス補正の装備、常若の国の花は称号取得に必要なアイテムで、奇獣の牙はジョブ取得に使うものだ。
どれもエネミーの俺には無用である。
だが、ボスを倒して手に入れた戦利品となれば捨ておくのも惜しい。
「スライムハウンド、持ち帰って必要な者へ渡せ」
「御意」
明確な指示もないのに心強い返答だ。
俺はノープランだがスライムハウンドに渡して有効活用してもらうことにした。
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