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147話:オークプリンセス

他視点

 私は短いような長いような旅路を終え、湖に浮かぶ白亜の城へと招かれた。


「出払っていた他の者が帰って来たからちょうどお茶にしようと思っていたの。あなたには固有名はないのよね、オークプリンセス?」

「ソノトオリデアリマス、司祭サマ。尊貴ナオ方ニ出迎エテイタダケルナド光栄ノ極ミ」


 出迎えてくださった白い淑女は、大地神さまを奉る司祭であるという。

 この大地神の大陸と言われる地に来て、私が出会った高みにあらせられる方が神であることはすでに聞いていた。


 神の試練を乗り切ったとして、私は港町と呼ばれる場所での逗留を許されたのだ。

 私は己の矮小を港町でよくよく身につまされた。

 オークの中では奇跡的に生まれ尊崇される私だが、そんなもの神のお膝元では無価値だ。


 ただ大地神さまは行き場のない者を招いて保護するためにこの地を与えたそうだ。

 そのため色んな種族がおり、私を特別に扱うこともなければ蔑むこともなかった。

 保護された中に信仰を失った神もいると聞いた時には、己の場違いさ、そして幸運に震えたのを今でも思い出せる。


「イテル、そのアラクネは? レジスタンス関係で動いていたと記憶しているけれど」


 司祭さまに連れられて辿り着いたのは、広く湖の上に張り出した円形のバルコニー。

 そこに大ぶりだが華奢なテーブルセットと可憐な茶器が並ぶ中、美しい顔立ちの人間と見たことのない紫色の魔の者が待っていた。


「森のアラクネで帝国に潜入しています。私よりも詳しいので同行してもらいました」

「そう、ごめんなさいね。森の者には詳しくなくて。ようこそ、椅子はいるかしら?」

「お気遣い痛み入る。体高もあるので椅子はないほうが都合は良い故このままで」


 アラクネという下半身が蜘蛛の方は静かに応じ、緊張で汗をかく私とは対照的だった。


 そして椅子は四つ、アラクネは予定外であるならつまりあと一人いらっしゃる。

 そう思ったところに声がかけられた。


「遅れて申し訳ございません。スタファさま。彭娘、ただいままかり越しました」


 黒い装飾品を口元に当てた赤い衣服の女がしなを作る。


「人、間…………デハナイゴ様子」

「えぇ、彭娘は人に擬態したブレインイーターというエネミー。あの扇子を持てば簡単に姿を変えられるわ。あなたにはできれば人の中に交わって情報収集をと思っているの」


 役割を仰せつかるのは光栄だけれど、揃った美女たちを見ると不安が残る。

 誰もが人間に近い顔かたちをしており、喋ることに不便がない。


 私は顔を誤魔化せても喋りが拙いのですぐにはお役立ちはできないだろう。


「スタファさま、神が魔薔をお与えになられたのですから、戦力としてでは?」


 イテルと呼ばれた人間、この者は唯一大地神を奉る人間、魔女なのだろう。

 私が与えられた魔薔と呼ばれる杖は魔女が作ったと聞いている。


「神ニ選バレ保護サレタノデアレバ、試サレテ至ッタ私モ相応シクアラネバナラヌトハ思エド、コノ力皆サマニ至ラヌコトハ承知シテイル」

「良い心がけね。確かに魔薔を使いこなせない今のあなたでは戦力にはならないわ。けれど神は私たちのはるか先を見据える高みの存在。きっとあなたにも魔薔を与えたお役目があるでしょう」


 司祭さまの優しいお言葉に胸が震える。


 人間に守りを崩され、父たるキングも滅ぼされた。

 あの屈辱と恐怖は忘れられないけれど、神に出会えた幸運はきっと恥辱を覆す幸運だ。


 私の不安の吐露に、彭娘と呼ばれた方がカップを傾けて憂う息を吐き出す。


「お役目、大変うれしくもご期待に沿えるか不安であるのはよくわかります」

「後学ノタメ、オ教エクダサラナイダロウカ? イッタイ神ヨリドノヨウナオ役目ヲ」


 神はいったい何をしているのか、彭娘の悩ましい呟きに魔女どのも司祭さまも頷く姿がある。

 新参である私に彭娘は淑やかに微笑みを返した。


「あなたがいた王国と呼ばれる人間の国の状況はわかっていて?」

「恥ズカシナガラ、寡聞ニシテ。襲ッテクル者ヲ倒スバカリ。巣カラ出タノモ数エルホド。アトハ母カラノ伝聞ノミナレバ」

「王国では今、第一王子と第三王子が継承権を争うつばぜり合い。私が派遣された時にはまだ睨み合いだったのが、今ではどちらが次代の国王に相応しいかと声高に争っているの。これも神の配剤。余裕ぶっていた第一王子が、本気にならざるを得なくなった。ただ、神の後を任されたとあっては、今後を迷ってしまっていて」


 強きが弱きを従えるのは我々の常識だが、人間の国では年功序列というものらしい。

 覆すには功という行動による国への恩恵をより多く示すことなのだとか。


 年功で言えば国の運営に関わる第一王子だけれど、国王と王妃は第三王子を可愛がり、第三王子も乗り気になって今の骨肉の争いが起きているそうだ。

 この乗り気にするまでを彭娘が担っていたという。


「第三王女が邪魔をしようとしていたのは知っているけれど、大したことないと放っておいたの。けれど名の知れた探索者と繋がりがあって。侮りがあったにしても完全な見落とし。それを神にフォローされ、なおかつ私の動きを補助するよう数々の手を、はぁ」


 悲哀、同時に感嘆の籠った息を吐く。


 神は高みにいるからこそ、指示は端的でその場で応じて拙くこなしてもフォローをしてくれるのだとか。

 その上で神は目まぐるしく変わる状況を見て、一度の動きで大きな成果を勝ち取る一手を示すのだという。


「最初は兄の血筋に戻せと仰せだったわね。恥を忍んで言えば、私もその時は王国を血に沈める程度にしか思っていなかったわ」


 述懐する司祭さまに魔女どのが頷く。


「その後は放っておくように共和国へ赴かれて。私も同行させていただきましたが、戻った時には上手く第三王子を推せるようになっていたのは彭娘の功でしょう」

「悩みましたけれど、一度王宮に入ってしまえば容易でしたわ。少し王国の者と語り合っただけで、神は鋭敏に状況を把握していたのでしょう」

「我は、帝国で何をなさるおつもりでレジスタンスを起こしたのか、未だわからぬ非才」


 アラクネがようやく口を開くが陰鬱そうに呟く。

 それに対して他の方々が同情的な視線を向けていた。


「第四王子を人質として交渉とは。何故帝国の矢面に? だが、連れているのは王国の娘と共和国の王女と王子。帝国でいったい何をなさるおつもりであろう?」

「想像の余地が多すぎてこちらも断言はできないわ」


 司祭さまが謝罪するように告げると、アラクネは諦めたように首を横に振る。

 それを励ますように魔女どのが胸の前で拳を握ってみせた。


「私も共和国にご同行させていただいた折には、察しの悪さからお叱りを受けたわ。いっそ下手に考えずに神に従ったところ、終わってから全てが上手く繋がっていたことに気づいたの。きっと帝国のレジスタンスもそういうものでしょう」

「けれどそれではいけないのよ」


 司祭さまが難しいお顔で告げた。


「私たちは神に従う者。それと同時に神の慈悲におすがりする者。諾々と従うだけなら他の者でもいいわ。少しでも神のご意志に沿って、神の手足とならなければいる意味がない」


 執念さえ感じる言葉から、族を代表する司祭さまの覚悟のほどが見えるようだ。

 それと同時にエリアボスと呼ばれる神の従者の筆頭格だという。

 魔女どののようにただ従い、その威光に浴するだけでは司祭を名乗れないという己への矜持なのだろう。


 素晴らしい志だ。私もそのようになれれば…………。


「彭娘、そちらは問題ないかしら? 他のエリアボスはお役目をいただいて出払っているの。私にはここに残るよう言いつかっているからには、やることがあるはずなのだけれど」

「神の御助力によって、もはや私の手はいらない方向へ向かっております。今手が必要なのは、イブさまではないでしょうか?」


 神は人間に溶け込み、王国一の探索者を適度に潰したと聞く。

 同時にダンジョンの危険度を上げて国内を不安定にし、第三王女の目論見を潰して、第一王子の目をくぎ付けにしているそうだ。

 その間に第三王子が破滅に至る餌に食いつかせたのだと彭娘は語ってくれた。


「なるほど神算鬼謀、天網恢恢、か」


 アラクネが暗い声で言えば、その言葉に彭娘は視線を落とす。


「たったの一手で道を決めたのですから、私の至らなさ、迂遠さをご不満にお思いなのではと、不安ばかりで動けないのが実情ではあります」

「いいと思いますよ」


 魔女どのが全く気負いなく告げる。


「神は楽しまれておられたのでは? 報告に戻ったスライムハウンドの方がそう話しているのを聞きました」


 スライムハウンドは確か私も一度目にした獣に似た種族で、司祭さまの管轄らしく微笑んで頷く。


「えぇ、神は万能であるからこそ人間の稚い抵抗を楽しまれるのよ。彭娘、あなたの行いを神は見ておられる。その上で動かれたのですから全てはあなたの働きあってこそ。神の目に留まった己の幸運と能力を信じなさい」

「スタファさま…………」


 彭娘が胸打たれた様子で声を漏らすと、司祭さまはアラクネに目を向ける。


「問題は、共和国出身と知られたトーマス・クペスの状態で帝国に参られた神のお考えよ」

「う、む…………。王国で名を知られたからには帝国でもと思っていたのだが、帝都には全くお見えにならぬ」

「アルブムルナとティダに直接指示をお出しになって、行動を変えさせているし。きっとお考えがあるはずよ。そのお考えをすぐさま察せない非才を悔やむ気持ちはわかるわ」


 司祭さまは黒い扇子という物を握り締めて考え込む。


「王国の娘だけならまだしも、共和国の王子と王女を組み込んだことで、その意図はある程度明確になっているわ。帝国での反抗を広げて、他の国々にも手を伸ばすことよ。けれど神がまず赴かれたのは公国。帝国と神聖連邦の動きを鈍らせるためだと思ったけれど、神がそんな単純な理由だけで動かれるとも思えない」

「もう一つ、神の御入来に合わせたかのようにライカンスロープが集団で現れた。ここに来たのはそのことで何か神の指示がなされていないものかと考えたのだ」


 アラクネの問いに、司祭さまは深く考え込む。


 王国で一手を差して、神は急ぐように帝国へ向かった。

 状況からしてそのライカンスロープとやらが来ることがわかっていてのことだろう。


「そこは難しいことではないでしょう。神はこの世界にいる人間以外の種族に関心があるようだったわ。エルフとドワーフにもエリアボスを送る算段があるの。そして同行者にグランディオンを選ばれた」


 何やら歯痒そうな司祭さまに他は納得の様子。

 私はエリアボスと呼ばれる方々を知らないので静かに耳を傾ける。


「本当に神の視点は高くていらっしゃる。それでいて慈悲深い。きっとグランディオンさまの手助けとしてライカンスロープが帝国へ至る時期を見計らったのでしょう」


 魔女どのの言葉にそれぞれが頷く様子を見れば、確かに慈悲深い方なのだとわかる。

 神という高みにおられるというのに、自ら配下のために動くことを厭わないのだから。


「うぅ、やはり少しくらい至らないほうが神は目をかけてくださる? けれどあからさまなあの小神の秋波には警戒なさって城へは行かれなくなっているし。ここで下手をしてこの城からも遠ざかられては…………」


 何やら司祭さまが早口に呟き始めるが、周囲の誰も聞かないふりをしているので私も倣う。

 ただ、神に目をかけていただくという言葉は気にかかった。


 慈悲深くともそのお慈悲に縋る者がここには集まっている。

 ならば神の慈悲をこの身に受ける幸運を掴むためにも努力をしなければいけない。

 それこそ神の御心に適うだろう。


 私は冷めた紅茶とやらを一口含んで決意を新たにした。


隔日更新

次回:裏コマンド

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