15話:響き渡る咆哮
暴行の末に死んだらしい現地人の少女ファナを蘇生実験した。
いささかの仕様の変更を確認したが、それでもゲームアイテムが機能してる。
そしてファナから大まかな周辺の情勢を聞き出した。
(さてこれ以上は聞きだせることもないだろう)
そう思ったらファナが胸の前に両手を組んで祈るように聞いて来た。
「あの、大変失礼だとは思いますが、山に限らず大地を司る偉大なる神は、いったい何を司っておられるのでしょう?」
ファナがまた真似して俺に変な呼称をつけたけど、いい質問だ。
(それ俺も知りたい。大地神じゃないならなんなんだ?)
設定自体は企画段階で考えているし、サービス開始の十年よりも前だ。
どんなに頭を捻ってももう思い出せる気がしない。
というか、元から俺は忘れっぽいところがある。
目の前のことに集中すると他をすっぽり忘れるんだ。
だから部屋にはメモ書きが溢れてたし、設定も書いては増やしたり減らしたり。
前のメモを見直してまた設定を復活させたりだった。
「…………神よ、お教えにならないのですか? 信仰はあると思いますが」
ネフが当たり前に俺に振ってきた。
(いや、お前が言えよ! 宣教師だろ!? あ、スタファまで俺待ちになった!?)
待て、本当に思い出せない。
というか思い出せてたらもっと早く語ってる。
ライター舐めんな。
作り込んだ分だけ語るわ!
「…………なんの神でもないさ。そもそもファナ、お前の言う神とはなんだ? 思うに人間の神の定義と私が神と呼ばれる定義は違う。ならば、私は未だなんの神であると定義づけられてもいないと言える」
言ってから後悔する。
そう、後から悔いると書いて後悔なんだ。
(適当かましたー! 言って思った、これまずい! 俺神じゃないと殺されるかもしれないのに! えっと、えーと、何か言い訳をもう一つ…………)
そうだ! 宗教者二人に丸投げだ!
「お前たちが私をこのファナに理解できる言葉で表せるならば、教えてやるがいい」
「神のおっしゃるとおりです。神がなんたるかを知らぬ者に一から説明しても理解などできぬでしょう。原初が混沌から生まれたという前提さえ想像が及ばないのでは?」
スタファの言葉にファナはわかりやすく表情に疑問を浮かべる。
(そう! そう言うのでいいんだよ!)
あと、原初が混沌で思い出した。
そう言えば設定だけだけど混沌の神という最初の神がいたんだ。
そこから神の系譜を作った気がする。
そうして世界ができると混沌の系譜外の神も生まれてとそんな設定だったはず。
(確かこれ、太陽神辺りを考える時に下敷きにした設定だな。太陽神を一人倒しても代わりの神が現われるってわんこ形式の。反対に海神は倒したら二度と出てこないし、海上でのペナルティ重いしで。もうその時には俺、外されてたのに、海神復活の理由で意見聞かれて…………)
系譜の違う神がいて、権能が被っているから太陽神という信仰対象としての名を取り合っているというのがわんこ形式の理由付けだ。
けど海神は一人だから、司祭を無限湧きにして召喚儀式をするという公式イベントにして復活させた。
「大神とは混沌の系譜であり、中でも古き一柱であるこの御方は第五元素を司っていた、といってもわからないでしょうし」
俺が思い出に浸っている間に、ネフがなんかすごいこと言い出した。
(いや、本当わかんねぇよ。まず混沌の系譜ってなんだ? 第五元素、第五、元素…………あ、神は地、水、火、風の四元素と、それとは別の元素で第五? つまり…………何を司るんだよ…………)
俺はまた自分の設定がわからなくなってしまった。
「私の、理解力不足はわかりました。不出来なこの身を悔いるばかりです」
俺と同じで理解できなかったファナが項垂れる。
その気持ちはよくわかる。
いや、痛いほどわかる。
(こいつら何言ってんだろうな?)
俺の中で勝手にファナへの親近感が強まっていると、当人は沈んだ声で言った。
「神の信徒として入信させていただきたかったんですが、私では、足りないことがわかりました」
入信って仲間になりたいって解釈で合ってるかな?
そうだとしたら正直いらない。
知識も浅くて使える身分でもない。
なんだったら口封じ対象だし、大陸の存在を知らせるメリットもない。
(けど、気持ちとしては見捨てるって判断に迷いが出るな。シンパシー感じてるのもそうだけど、再度入手する可能性のないアイテム使って助けたし)
実験に意義はあったが、勿体ないものは勿体ない。
使えるなら使いたいところだ。
ただ、俺にはそれらしい理由が思いつかない。
「なるほど、もったいないですか」
ネフが呟くとファナの顔を上げさせる。
「信仰に神の許しは必要ないのですよ。求め敬い祈る。それが信仰の道。あなたはすでに神に捧げると宣言した。ならば今さら許しを請う必要はありません」
「うん?」
あれ?
今勝手に信仰受理した?
(おいぃいい!? 何言ってんだ! その神の目の前で!?)
ネフは全く悪気なさそうな顔で俺を見る。
たぶん目が合ったと思ったらイケメン顔でウィンクしてきやがる!?
なんの合図だ!
と思ってたらスタファが笑顔で畳みかけて来た。
「神よ、使い道はお決まりで?」
俺が聞きたい!
(けど知ってる前提で聞いてるし、ここで下手打つと神じゃないって見限られるかもしれないか?)
それはまずい。
「まだ、知るべきことがある。場合によっては、有効な一手とできよう」
適当言ってるんでそんなキラキラした視線で見上げないでスタファ!
そして下向くと普通に豊かなふくらみの谷間が見える!
近い! 目の毒すぎない!?
(こんな無防備でいいのか? こいつらに日の目見せたいなとか思ってたけど、外に出して大丈夫かな?)
いや、ここは作った側として、出て行ってもやって行けるだけの教育を施すくらいの責任感が必要か?
そうだな、うん、俺がここで折れてちゃいけない。
「ファナよ」
「はい!」
呼んだだけですごい勢いで返事をされた。
(あー! こっちも目がー! なんでこんな怪しいフードを神って信用するかな!?)
なのにほの暗い殺気は全く消えないんだよな。
もう、この話題、やめよう。
「山の神とはそのもの山を信仰対象としているのか?」
解決しない問題からはいったん離れて、落ち着いて考えよう。
ここはライターやってた無駄知識の出番だ。
日本にも山岳信仰ってのがある。
一番有名なのは富士山で、創作界隈では泰山符君か。
これらは山の擬人化であり、死にまつわる人間の根本的な恐怖から生まれた信仰だ。
こっちにもそれがあるなら、もしかしたら神は概念的存在で、俺のような実体はないかもしれない。
「いいえ、山に住まう神がいらっしゃって、正義を行う者に手を貸すとか」
いらっしゃったかー。
正義とか手を貸すって人間にとってだよな。
となると基本人間のプレイヤーをはめるために作られたNPCとは相性が悪そうだ。
本当にいたら敵勢力として考えなきゃいけない。
これは覚えておこう。
「正義? 妙な神もいるものね。そんなよりどころとしては移ろいやすいものを司るなんて」
スタファが首を傾げると、ネフが応じる。
「それこそ先ほど大神がおっしゃった神の定義でしょう。人間が語る神は人間が定義づけたもの。海や陸や天と言った人間に依らず存在する権能はいっそ手が届かないのでは?」
「それは、どういう意味でしょう」
ファナが理解しようと真剣な顔で聞き返す。
ネフは宣教師ジョブのせいか、神について聞かれると饒舌らしい。
「大地に関わる神々の司であるのが我らが神なのです。元は地母神の権能でしたが、風神に嫁ぐ際に他の神々とのいさかいを避けるため大神にお譲りになっています」
「ふふ、野心家の風神は悔しかったでしょうね。自らの元に天と地の権能が収まると狙ったのに。大神の姪御さまであらせられる地母神が、そんな下心見抜けないとでも?」
スタファの語る設定、ちょっと覚えてる。
(それで風神が他の神を大陸ごと封印するって暴挙に出たとか設定したわ。だから『封印大陸』で最初から存在してる大陸の神は風神だって)
神を封じても生命が存在するのは、妻の地母神の権能だとかも設定としてあった。
「海神も血縁関係だったような…………。甥か姪の、子だったか?」
「やはり神は生物のような関係性は理解しづらいようですね。イブの戯れにつき合うのもやはり気紛れですか」
ネフがなんかわかった風に言うけど、違うそうじゃない。
俺の疑問に答えろ。
なんでファナには素直に答えるのに俺には別方向の答えなんだよ。
他の神のこと振ってみるか?
わんこ形式太陽神について振ったらどうだろう。
ゲームが終わるあの時は四、五体目だったはずだが、たぶん封印されてたこいつらは太陽神がわんこ形式なことも知らない。
よし、俺が教えてやろう。
「そう言えば太陽神が」
言った瞬間敵意のある唸り声が響く。
声の大きさから相当な巨体が想像できた。
ファナは震えて地面に手を突く。
強敵の気配に、俺はひそかに縮めていた体を伸ばす準備をすることになった。
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