146話:強者の愉悦
「ふはははは! 素晴らしい、素晴らしいぞアン!」
「あは、あははははは。ありがとうございますう?」
「なんで笑えるの!? なんで笑ってるの!? 何が起こってるの!? 誰か説明してぇ!」
大変愉快に魔法をぶっぱし、魔法コンボが綺麗に決まり次々エネミーが舞い飛ぶ爽快感に俺は大いに笑う。
それだけでも気持ちがいいものだが、相手が低確率でしか出ないレアとなればさらに調子も上がるというもの。
「面白いではないか! あれはこのフェアリーガーデンのマスコット的レアエネミー、ブルーバード! しかも群れ!」
俺が吹っ飛ばしてるのは丸々もふもふのペンギンっぽいエネミー。
短い足でよちよち歩きしているかと思うと、突然飛んで体当たりの上に回転しての羽根の連続痛打というなかなか攻撃力はゴリラな仕様だ。
特筆すべきはドロップアップ。
運というステータスを上げられるアイテムが手に入るのはこことあと一つだけだ。
ブルーバード自体がなかなか出ないエネミーであるのに、その上群れが現われたとなれば笑いが止まらない。
群れが出る条件は超レア、ブルーバードキングがいることなのでさらに一段上のレアドロップが期待できる。
「なんかでかいのきたー!? 早い早い早い!?」
「滑って来ますぅ! 死にましたー!」
ベステアとアンが元気に実況する。
巨体のブルーバードキングの滑走による体当たりは、範囲攻撃判定の上、吹き飛ばし効果があり防御不可とくる。
だが対処がないわけではない。
(だからどうした。当たらなければいいのだよ!)
俺は杖を構えて魔法を連打。
正面から迫るブルーバードキングが攻撃範囲に来る前に討伐は成功し巨体が停止した。
群れのブルーバードを蹴散らして現われるキングも倒して、辺りには青い羽根が舞い散っている。
「全く、ドロップがなくて面倒だと思ったのは早計だったな。何せ取り放題だ」
一体が一つ落とすかどうかのブルーバードの幸運の羽根がいくらでも降って来る。
さすがに冠羽根というキングに一つしかないレア素材は一つだが、ブルーバードキングからも羽根は取り放題だった。
「さて、悪いが魔女たちよ。手伝ってくれ」
「仰せのままに」
呼びかけると転移して次々現われる魔女たち。
グランディオンの森に棲んでる設定だが、あくまで設定のため俺も総数は知らない。
ただ薬師のジョブ持ちもいるため一部融通の上で採集の手伝いを頼んでおいた。
どうやら応じたのは三十人ほどか。
「美…………じぃん…………」
「ふわぁ、怪物しか従えてないと思いましたぁ」
ベステアが現われる魔女たちを眺めて口を閉じるのさえ忘れる。
その隣でアンは迂闊な発言で一斉に睨まれた。
「神よ、処断いたします」
「やめろ、イテル。その者たちが今回これほどの幸運を呼び込んでくれたのだ」
共和国との連絡係をさせてる魔女のイテルは、相変わらず気が早い。
「先ほど倒したフォレストドラゴンも色違いのレアだったが、まさかブルーバードキングまで呼び寄せるとはな」
「確かに良素材を引き寄せる幸運を持つのであれば、有用な人間でしょうが。少々しつけの必要があるかと」
イテルに見つめられ、アンは傍らのベステアを掴む。
「ベスさん、ベスさん! 一緒ですよね? 私たち、一緒ですよね!?」
「あ、はははぁ…………一緒にいないと命の危険しかないじゃん、もう」
ベステアは疲れた顔で肩を落とした。
どうやら俺も調子に乗って飛ばし過ぎたようだ。
だがしょうがないだろう?
パワーレベリングのつもりでアンとベステアに初撃をさせてみたら、その後はレアが湧くとわかったのだ。
ウッドゴーレムの上位版、アンバーゴーレム。グラスフィッシュの上位版、ローゼンシャーク。デモンシルクワームの上位版、イビルシルクモス。
どれも十回に一回出るかどうかの上位エネミーが必ず出るのだ。
「素材の調達に向き不向きがあると知るにもいい機会だった」
最初の内に採集の手伝いで呼んだのは、ダークドワーフとムーントードだったが駄目だった。
元が戦闘的なジョブ設定の上、解体はできるが素材として使える形にはぎ取るということができないらしい。
次に呼んだスケルトンやブレインイーターは、そもそも非力で大型の多いレアを解体できず。
さらにメノウを加工する設定のエルフたちを呼んだが、アンとベステアという人間の存在に敵意が強すぎて駄目だった。
結果として戦闘も生産も担える大地神の大陸唯一の人間である魔女が適任となる。
イテルはどうやら共和国での報告に戻ったところで俺の呼び出しを聞いて来たらしい。
「二人とも今は休んでおくといい。もうすぐダンジョンボスだ」
俺はイテルに解体の監督を任せてアンとベステアに声をかける。
俺も休憩とみて、それまで潜んでいたスライムハウンドたちがせっせと敷物と椅子を転移で運んで来た。
もちろん椅子は俺だけ。
二人はもはや何も言わず敷物の上に腰を下ろす。
偉そうでやだけど、たぶん手を取り合ってるアンとベステアも別々に椅子に座りそうもないしな。
「あのぉ、トーマス…………さま?」
「なんだ、ベステア。その呼び方は? 今までどおりトーマスでいいぞ?」
「いや、えっと、恐れ多くない?」
「だからと言っていきなり港町でそう呼ばれた時、私はどんな目を向けられるんだ?」
目が泳ぐベステアが一度だけ俺の背後に目を向ける。
振り返るとスライムハウンドが何故か顔を背けた。
「まだ滞在するのだ。悪目立ちする必要はない。それに所詮は偽名。私の数ある名前の内にも入らんさ」
「よくわからないけど、周りにすごい殺気向けられないなら、うん。トーマス、ボスってあのダンジョンのボス? 一番奥にいて、一番ヤバくて、一番すごいお宝抱え込んでるっていう?」
言いながらベステアは自分の言葉に興奮し始める。
アンも俺を言葉の意味を理解して息を呑んだ。
「え、えぇ!? 私たちもボスに挑むんですか!? それ、百人は腕のいい探索者集めないと無理なんじゃ…………あ、いいです。なんでもないです」
突然アンが前言撤回する。
その目は背後で羽根をむしられるブルーバードキングに向いたようだ。
「ふふ、安心しろ。私はこのダンジョンのボスへの対策も知っている」
「もう、トーマスさん知らないことないって言われても納得しかないです」
アンが特に疑いもせずそんなことを言った。
そうではないんだが、経験者として余裕ぶってる現状そう見えるだろう。
しかもレベルマプレイヤーを複数相手にすることを前提にした神の能力値だ。
ゲームの理不尽なラスボス位置である神だからこそ他のダンジョンのエリアボス程度に遅れは取らない。
(舐めプもできるがしないけどな。なんせボスの特殊スキルが魔法職には厄介だ)
俺は自分自身のおさらいも兼ねて声にする。
「少し教えておこうか。ここのボスはフェアリークイーン。全ての属性の魔法を操り、同時に魔法攻撃を跳ね返す。範囲攻撃など放とうものなら、即座に私たちが反撃として全く同じ魔法を受ける。なのに魔法攻撃以外を受け付けないという厄介さがある」
ここで適するジョブは魔法剣士。俺の娘的位置のイブがそうだ。
専用武器の魔法剣なら攻撃が通るし跳ね返されもしない。
ただそれだけだと今まで無双して来た魔法職が意味を失くす。
なので魔法職であっても攻略法は用意されていた。
「基本的な戦法としては、後ろを取って魔法を当てる。そうすれば反射はされない。一定以上のダメージでフェアリークイーンの羽根が落ちる。すると正面からでも魔法攻撃が通るようになる。だが同時にフェアリークイーンも魔法を連射してくるから止まると集中砲火だ」
「「ひぃ」」
アンとベステアがまたブルーバードキングを見る。
そう言えばこの二人は俺の動きについてはいけないし、身を守るすべもないんだよな。
連れ回しのランニングしてもらうにも速度が足りないだろうし。
「ふむ…………速度か。二人は処…………うぅん、イテル」
「お呼びでしょうか?」
俺はイテルに耳うちをして質問を代行してもらおうと思ったのだが、途端に不思議そうな顔をしてそのまま聞き返してきた。
「あの人間たちが処女かどうかをお知りになりたいのですか?」
「お前は俺の気遣いを少しは汲んでくれ」
「も、申し訳ございません」
見るとアンとベステアがすごい嫌悪を押し殺そうとする顔をしてる。
うわ、ゲームの感覚と一緒にちょっと人間性戻ってたせいですごいいたたまれない。
「いい、答えなくていい! スライムハウンド、ユニコーンとバイコーンを連れて来い」
「かしこまりました」
「あぁ、なるほど。この人間たちを安全に逃げ回らせるために騎乗させるのですね」
「イテル、お前は…………うん、もういい。アン、ベステア。乗馬経験はあるか?」
二人は揃って首を横に振る。
この世界は馬が移動手段だが乗れるかどうかは違うらしい。
「広いし馬車つけるのでもいいか?」
俺が呟いた時、転移でユニコーンとバイコーン現れる。
見た目は額に角生えた白と黒の馬で、スライムハウンドに一吠えされると勝手に二手に分かれた。
ユニコーンはアンに、バイコーンはベステアに。
「あぁ、なるほど。そうなるな」
「え、何なに? これ魔物? それにしてはなつっこいね」
ベステアがバイコーンに懐かれて嬉しそうなので言うまい。
どう考えてもセクハラだしな。
「ユニコーン、バイコーン。それぞれアンとベステアを乗せて身の安全を計れ。できるか?」
頷くように大きく首を上下に振るさまは、どうやら言葉が通じるらしい。
それから少し乗馬訓練をし、ボスの待つフェアリーガーデン最奥へと向かった。
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