145話:フェアリーガーデン
「なぞなぞって疲れる。滅茶苦茶頭使うし、なんでこんなことしなきゃけないの」
「いや、なぞなぞはそこまでのものでは。息抜き程度のゲームだぞ?」
「トーマスさんほどの英知を持つと息抜き扱いなんですね」
ベステアの愚痴に答えたらアンが遠い目をした。
俺たちはマッチ棒のパズルからさらに四つ、計五つのなぞなぞを解いている。
どうやら二人は全く答えがわからず悩み疲れたらしかった。
と言ってもヒントを探して木像を正しい位置に置いたり、規則を見つけてレバーを正しく上げ下げしたり。
数独を解いて、指定されたマス内の数字を導きだすとか、「パンはパンでも食べられないパンは?」という本当になぞなぞを解いて、次のなぞなぞが書かれたアイテムを捜すなどだ。
「多いと十二問解かなければいけなかったんだがな」
早いと三問で終わるミニゲーム。
そこはゲームの時と同じくランダムで問題数は決まったのだろう。
そして五つの問題を解いた俺たちにフェアリーガーデンの門は開かれた。
一度は消えたテクスチャのバグが起きた建造物。
それが正しい姿でもう一度現われたのだ。
「これ、あのバグガーデンなんだよね? 立派な石舞台の装飾、ちょっと見覚えあるし」
「綺麗な石の門の向こうに別の景色が広がってるのは、夢じゃないですよね?」
ベステアとアンが改めて、花畑に突如姿を見せた門を眺める。
現われたのは大理石のような濃淡の模様が踊る石舞台。
その上に堂々と石造りの凱旋門に似た物がそびえており、これらがテクスチャのバグで何かわからないものになっていたのだ。
凱旋門の向こうには青空を背にした穏やかな薔薇の庭園が広がっているが、回り込んでも裏から門を通して見えるのは石舞台のみ。
だが正面から門を潜ればフェアリーガーデンというダンジョン内部へ入れた。
「それでは行こうか」
「え!? 行くってこの不思議空間の向こうですか!?」
「いや、うん。そう言うとは思ったけど。トーマス、ちゃんとあたしたち守ってよ?」
アンは俺の言葉に驚くが、ベステアは予想していたらしくただ身の安全を求める。
(なぞなぞは俺が解いたとはいえ、木像の移動やレバーの上下は手伝わせたし、置いて行くのは大人げないか)
正直この二人ではレベルが足りない。
守るにしても一度も攻撃させられないからには足手纏いでしかない。
「いや、そうか。プレイヤーがいなければ遊べもしないんだったな」
「な、なんですかぁ?」
手近なアンを見ると武者震いかぶるぶるとしている。
「私一人で入れば攻撃を受けることはない。だが、君たち人間が入ることで内部にいる者たちは攻撃行動を起こすだろう」
「なんかもう、人間じゃないこと隠そうとしなくなったね」
予想してたらしいベステアが乾いた笑い声を上げた。
「ついて行くって決めたからにはトーマスが人間じゃないとか言いふらすつもりはないけど、何者なのか聞いてみてもいい? そのマスクの中身、あの白い怪物なの?」
「正直、今まで知り合った男性の誰より紳士的なんですよね。あ、灰色の方と似てる場合も、あるんですか?」
「やめてよ! 怖い想像させないで!」
思いつきを口にするアンに、ベステアが二の腕を抱えて声を上げた。
どうやらグラウの外見は怖いらしい。
確かにホラー系な演出で出て来るエネミーだしな。
ボス部屋行ったら実はダンジョン全部がエネミーでしたっていう形で周囲が一気に瓦解してグラウマンが無数の顔と共に現われる。
そして残念なことに俺はホラー系統の外見なんだよなぁ。
「種族としてはグランドレイスと呼ばれる。人に似た四肢はあるがグラウのような顔はない」
言いながら俺はフェアリーガーデンへ踏み込む。
広がる薔薇園はまだセーフティゾーンで、ここを抜けると大噴水の庭園で虫系のエネミーと妖精系のエネミーが現われる。
妖精系エネミーは人型の小さな姿をしていて、攻撃の当たり判定がない。
代わりに現れるのが妖精が連れているという設定のエネミーだ。
このフェアリーガーデン固有種ばかりなので、言い方としては妖精系エネミーと呼ばれていた。
が、実際は妖精とは似ても似つかない獣なんだがな。
「レイスって、あのレイスですか? え? ぼろ布の代わりにマスク被ってるんです?」
「違うでしょ!? レイスが理性を持って喋ってる!? どういうこと? 元人間だった記憶があるの?」
ついて来た二人は美しい庭園より俺がレイスだということに関心があるらしい。
正直に言えば元人間の意識はあるけれど、それだと設定が解釈違いになる。
(神と呼ばれるのには今も抵抗はあるんだ。けどNPCは俺が神だと信じてる。その設定を壊すのは本意ではない)
となると語るのは神として元人間だったのかということだ。
応えは否だが、それで人間相手に対話できないと思われるのも悪手なのでぼかす。
「私は原初の混沌と呼ばれる者から生まれている。この地上に生きる物とは縁のない生まれだ。故に人間の営みに深く興味を抱きその中で暮らした経験もある。グランドレイスというのも私しか存在しない、あくまで分類するにあたっての名称でしかない」
俺は歩いて近くに隠された宝箱へ向かい、次は大噴水へ向かう。
現われる妖精系と呼ばれる獣と虫を片手間に倒してまた宝箱を回収。
「な、なんでそんな知ってるみたいに動けるの?」
驚いてばかりのベステアに、俺はギミックを解いて進める横道の奥にある宝箱を開きながら答えた。
「知っているからな。以前にこのダンジョンには来たことがある。いや、かつてほぼ全てのダンジョンには足を運んだ」
「ひぇ、私たちが知る限りずっとバグガーデンは入れなかったのに。いったいどれほど前からダンジョンへ?」
「どれほどと言われれば、ダンジョンができた時からだな。ダンジョンを作るところから関わっていたから、このフェアリーガーデンをいつから知っていたとなると最初からだ」
十年前のサービス開始より以前から俺はダンジョンについても設定している。
喋りながら俺は動き出した百合の花のエネミーを魔法で燃やした。
場所を知っていれば攻撃動作前に倒すことができるのがこのフェアリーガーデンのいいところであり、魔法使いが特攻できる理由の一つだ。
お蔭で俺の後ろの二人は無傷でついて来ている。
「ダンジョンを、作る? ベスさん、トーマスさんは何を言ってるんですか?」
「はははははは、考えるだけ無駄よ。そしてそんな奴引き当てたあんたの不運に戦慄を覚えるわ」
「え!? トーマスさんは私の不運の中では全然いい出会いですよ!」
「そうじゃねぇわよ! 怪物どころか神さまじゃん! あの灰色との会話考えたらめちゃくちゃ偉い神さまじゃん!」
すでに神認定されてた。
そう言えばこいつらのこと忘れてグラウと話し込んでしまったしな。
俺はこれ以上突っ込まれる前にちゃっちゃと宝箱回収と進行方向のエネミーを対処。
そして庭園エリアのボスである木の巨人に、速射を意識して雷を連発。
敵が攻撃の届く範囲に近づくまでに殺しきる。
「よし、次だ」
「ひぇー。魔力どうなってるんですか?」
「それより今、上位属性の魔法連発って…………」
「地と闇の属性を司ると言っても、他の属性が不得手というわけではないからな。それに第四魔法くらいなら魔力は発動から三秒で自動回復によって補てんできる」
これでもアンとベステアを巻き込まないよう範囲攻撃してないし、威力弱目を使ってるしで魔力消費はほぼない。
攻撃する間を与えず魔法で一方的に掃討する。
これで魔法使い系統のジョブなら熟練度も上がるんだが、俺はすでに熟練度も最上だ。
「ほらね。もう人間の常識で考えるだけ無駄よ」
「そうですね。私たちでは届かない高みにいるんですね」
「いや、届くはずだぞ?」
ドロップしないドロップアイテムを木の中から回収して俺は答えた。
ドロップアイテムは赤い琥珀で、魔法系ジョブの称号に必要な素材だ。
「思えばレベルの概念はあるのか?」
俺の質問に二人は首を捻る。
エネミーにはあったし、プレイヤーならあるんだろうか?
「レベル、敵を倒して強くなることだ」
「あぁ、英雄って呼ばれる人は経験するって聞くよ。けどあたしらみたいな探索者じゃね」
「強敵を倒した時に感じるとか。そんな危険なことに立ち向かう人少ないです」
考えてもみれば探索者でも一国に定住する者が多いのだから、同じ敵ばかり倒してもレベルは上がらないし、上がりやすい初心者の時には安全第一で自身よりも弱い相手しか当たらない。
その上強敵を目指して死の危険を冒すような者も稀なのだとか。
(エネミーにレベルは設定されてるけど経験値なんて設定なかったな。つまり今は得た経験値垂れ流し状態なのか。それとも俺がレベルマプレイヤーを圧倒するレベル外の力があるからレベルマプレイヤーのように、経験値を得られない上限に達しているのか)
これは実験してみてもいいかもしれない。
この世界の人間は弱い。
だが強くなれるかどうかは別の話だ。
プレイヤーがパワーレベリングで数を揃えたら?
レベルだけが装備条件の面倒な特攻武器を持っていたら?
この世界の人間のレベルアップについて考えるべきだ。
「今明らかに君たちを越える強さのエネミーを倒したが、強くなった感覚は?」
「だってあたしたち手出してないし」
「ついて行くだけじゃ上がりません」
それはそうか。そこはゲームと同じらしい。
ただゲームでは完全支援でも経験値は入る。
条件としては一緒にダンジョンに入ることも要件だが今回は違うようだ。
となるとフィールド戦闘が適用されてるのか。
「パーティを組めばいいのか? しかしどうやって?」
ゲームなら項目でリーダーを決めてそのリーダーにメッセージで承諾、もしくはリーダーからの勧誘に返答という形でパーティを組める。
だが俺はコンソールを持っているが、アンとベステアは持っていない。
「パーティでなくても、一撃入れさせて倒せば入る可能性もある。やるだけやるか。できなければそれでもパワーレベリングが難しいとわかるのだから」
呟く俺にアンとベステアは不安そうに見返してきていた。
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