144話:バグ修正
バグは特定の動作や選択、環境によって起こるものだ。
意図しない効果、停止、不具合もろもろあるため洗い出しは早急にそして確実に行わなければならない。
問題をあてもなく探す作業は死の行軍とも揶揄される地獄の作業でもある。
(サービス開始はバグ報告満載で、テクスチャのバグなんて可愛いもんだった。顔面崩壊とか面白いことになればいっそ喜ぶプレイヤーがいるくらいだったし)
ただダンジョンなんかの重要オブジェクトが作動しないのは重大な欠陥だ。
即洗い出しの、即修正。
ゲームで放っておかれてそのまま異世界になんてことはない。
つまりフェアリーガーデン自体に問題があるというよりも、ここの動作環境に問題があるんだろう。
「テクスチャさえ正常に戻ればダンジョンとして機能するはずだが。そう言えば異変とはなんだ? さっき元の形が一瞬見えたことか?」
「それはたまに報告されてます。このバグガーデンはごくまれに本来の形を取り戻すって。ただ枯れダンジョンとして有名なので実際に見た人って少ないと思います」
かく言うアンも初めて見たそうだ。
「本当にダンジョンだったんですね、ここ。門のような建造物が見えましたけどもしかして地下型のダンジョンでしょうか?」
確かにダンジョンの入り口らしきものは一瞬見えたが、周囲にダンジョンとして入れそうな建造物や洞窟はない。
「消去法で地下、か。だが外れだ。フェアリーガーデンのダンジョンそのものはここにはない。あれはあくまで入り口だ。あそこを通ってしかフェアリーガーデンには入れないようになっている」
アンは俺の隣で大人しく話を聞いている。
反対にベステアは辺りをうろうろとせわしなく歩き回っていた。
そして戻って来た時には何やら怒っているようだ。
「あいつら! ちょっと辺り見回って変化なしで帰りやがった! しかも行きとは違う道通って!」
足跡や物を置いた形跡などから、ベステアは途中まで一緒だった探索者の行動経路を追っていたらしい。
違う道のほうには駆除依頼の出てるエネミーがいるそうで、足を延ばした無駄骨の足しにするつもりだろうと。
つまり俺たち、はぐれた者の救助など考えずに。
ちょっとイレギュラーな参加をしただけで見捨てるとは、ずいぶんと社会性のない奴らだ。
ベステアではないが、これはさすがに探索者ギルドに一言言ってやろうと思うレベル。
「酷い話だ。だが、今回はちょうどいい」
「トーマス?」
「俺はこのバグガーデンを本来の形に戻そうと思う」
アンは絶句し、ベステアが恐る恐る聞き返す。
「どういうこと?」
「ここは本来、フェアリーガーデンと呼ばれるダンジョンの入り口だ。石造りの門を潜れば妖精界へ行ける。物理に傾いたジョブでは対応できない各種精神系状態異常攻撃をするエネミーと戦う場所だ」
さらには物理攻撃には高確率での回避、もしくは物理攻撃をそのまま跳ね返すスキルを発動する。
なので攻略に効果的なのは魔法系ジョブとなるダンジョンだ。
神官系統のジョブでも攻略はできるが、妖精は魔法耐性もあるので魔法にも火力が必要となる。
そして最も重要なのは魔法使い系ジョブの称号獲得に必要な固有アイテムが宝箱に入っている点。
(誰も入ってないならぜひゲットしたい。俺はいらないけど今後ここを攻略するプレイヤーがいたら、強化に繋がってしまうからな)
そういう言い訳でちょっと遊んでもNPCは怒らないでいてくれると思いたい。
港町で待たせてるヴェノスやグランディオンには悪いが、もう少し宿で缶詰をしていてほしい。
俺の隣にいたアンが、ついて行けてないベステアに耳うちする。
「言ってる意味が良くわからないですけど、どうもバグガーデンが枯れダンジョンになる前のこと知ってるみたいで」
「うわぁ、さすが人間やめてるだけある」
間違ってないけどベステアの言い方にちょっと胸の内がうずく。
これでも意識は良識的な文化人のつもりなんだが。
人間やめてるって、なんか常軌を逸した脳筋みたいなイメージじゃないか?
言葉のとおり、グラウみたいな人間とは違う形の生き物という意味であっても。
いや、ここで理知的に解決して認識を改めてもらおう。
「環境的に花畑だったのが高台に移動してしまっている。違いと言えば違いだが、グラウがダンジョンとして機能していたのにこちらだけがバグを起こしている理由が何か…………む、待てよ」
バグが起きる要因が一つとは限らない。
バグが起きているプログラム自体に問題なくとも、近くの別のプログラムの動作に影響されてることがある。
「まさか、グレイオブシーが近すぎるせいか?」
思い当たることは総当たりにしないといけないのがバグ解消だ。
ダンジョンという情報量の多いものが近すぎるせいで、正しくテクスチャが読み込まれなかったはありえそうな問題点だった。
「スライムハウンド、聞いていたか? すぐにグラウを大陸のほうへ移動させろ」
「御意」
やはり一人はいたらしく返事がある。
アンとベステアがスライムハウンドの声に辺りを見るが姿はない。
俺はワクワクそわそわしながら待つけれど、斜めに伸びたテクスチャのバグは解消されなかった。
「移動が済みました」
「そうか、変わらないな」
まぁ、バグ修正ってまず原因見つけるまでが地獄っていうのは聞いてたし。うん。
一番簡単解消法である読み込み直しやリセットすることもできないしな。
もしかして本来この入り口がある環境と周囲の景色が違いすぎるせいというのもあるかもしれない。
さすがに元のプログラムが、異世界に転移した時点で欠損していたとかだと手出しはできないが。
「昔は叩いて直るものだったらしいと聞く。今もそれくらい単純ならいいんだがな」
すぐさまの解決方法が思いつかないので、俺は杖を振って斜めに伸びたテクスチャバグに当てる。
場所は本来なら石の門から向こう側が見えるようになってただろう色合いの部分。
テクスチャが壊れてても元の形をわかってみると、元が何処だったかはなんとなくわかる。
ただ杖は透過せずに何かにぶつかった。
瞬きの間だけ元のフェアリーガーデン入り口が見える。
「え!? 今トーマス何したの!?」
「叩いただけだが?」
「そんなまさか」
ベステアが驚き、アンは俺の言葉を疑って叩く。
なんともない、かに思えた瞬間ぶつんと断線するような音が聞こえた。
見ればテクスチャのバグ状態だった入り口は消えている。
「え、あ、えぇ!? 消え、消えちゃいました! バグガーデンが消えましたぁ!?」
アンが驚き狼狽して、足をバタバタと踏む。
次にはアンの足元から広がるように、辺りは一瞬にして花畑へと姿を変えた。
「あ、あんた! 今度は何したの!? ダンジョン消すっていったいどういうことよ!? この花畑って何!?」
「知りませんしりません! 私じゃありませーん!」
ベステアが詰め寄ると、アンは泣き声混じりに無実を訴える。
「落ち着け。これは、正常だ」
「へ? 正常って、だって、バグガーデンなくなったんだよ?」
ベステアはバグガーデンとしか知らないならそうだろう。
だが、何もない花畑、これこそがフェアリーガーデンのあるべき姿だ。
「本来ギミックを解くことでダンジョンへの入り口が開くんだ。今まではそのギミックが隠された花畑がなく、歪んだ門だけがあった」
だが今は、ギミックの隠された花畑が出現してる。
グラウが移動したせいか、叩いたせいか、ともかく設定のリセットができたのだ。
「さて、ランダムで何処かになぞなぞの石板が現われているはずだ。花畑の中から見つけてくれ」
「せ、石板?」
「なぞなぞってなんですか?」
どうやらこちらにはないらしい。
ともかく石板を三人で手分けして探す。
何せ花畑は直径十メートル以上ある。
ジョブスキルがあれば簡単に見つかるんだが俺たちは地道に探すしかない。
そしてアンが盛大に転んだ。
「きゃわ!? あいったー! 誰ですかこんな花の中に石板置いたの! …………あー!? ありましたー!」
アンが持ち上げるのは大型のスケッチブックほどの石板。
ゲームでもそうやって持ち上げられたんだが、現実で考えると石の塊。
アンは思ったより力が強いようだ。
「なんでしょう? 棒の絵がついた小さい板が、あ! 落としちゃいました!」
「待て待て! 落とすなら触るな!」
俺は慌てて駆け寄り花の中に消える寸前を拾い上げる。
するとそこには先端が楕円形にされたマッチ棒の絵が描かれていた。
寄って来たベステアは慌てて動こうとするアンの肩を掴んで止める。
「アンはともかく持つ係。謎解きが得意には見えないし…………何これ? 本当に絵だけ?」
ベステアも絵の意味さえわからない様子だが、俺からすればよくあるマッチ棒のパズル。
「ただ問題文がないな。石板を見つければテキストが浮かぶはずだが」
と言ってもそれはゲームの仕様で、こちらでは採用されてない可能性もある。
だとすればすでに並んでいる状態のマッチ棒から問題を類推するしかない。
「アン、これは何処にあった? この膨らんだ先端の向きも教えてくれ」
アンに聞いて落としたマッチ棒の描かれた板を元に戻す。
そうして石板の大本に触れた途端、頭の中に文章題が浮かんだ。
「なんだ?」
「どうしたの?」
ベステアが声をかけて来たが、アンも不思議そう俺を見る。
どちらも石板に触れてるが異変はないようだ。
「問題内容がわかった」
「え、すごい!」
「どうするんですか?」
やはり二人は文章題がなんだかわかってない。
つまりこれはプレイヤーでなければわからず、同じゲームの仕様を介してわかることらしい。
(これなら他にも入り口を出現させなければいけないダンジョンは、プレイヤーが関わってなければ未発見のままだな)
俺は内心ほくそえむ。
そして文章題のとおり、限られた回数でマッチ棒の板を交換して求められる形を作り出した。
隔日更新
次回:フェアリーガーデン




