143話:監獄実験
「というわけでレジスタンスの様子を見て来たが、君たちはまだ別に動いてもらうことになる」
「…………はは、半分も理解できない」
「…………王子って聞こえたんですけど気のせいですよね」
転移で森に戻ったら、アンとベステアはうつろな目で笑う。
グラウの質問攻撃に遭い思考能力が低下しているようだ。
そうでないとただレジスタンスと繋ぎを取っていたら、第四王子が攻めて来てこれを捕らえレジスタンスを助けたという、俺の気遣いの上で簡略化した説明を理解できないはずがない。
(実は詳しく語るほど俺自身が理解してないとか言えないんだけど)
どうやらグラウはよほど森の中で退屈していたのだろう。
聞けば探索者という職から日々の港町の暮らしまでを事細かに聞かれたらしい。
だが二人は船の造りや滑車の性能など知らず、剣の鉄含有量や硬貨の混ぜ物の具合などわからない。
ほとんどグラウの質問には答えられなかったという。
戻ってすぐは、二人して揺れるグラウの表面眺めて疲れたような顔をしていた。
よほど答えを知らない質問を繰り返されるのに疲れたのだろう。
「面白いことをしておられる。人間の争いに介入か。か弱き者が徒党を組んで、強くも傲慢なる者へ一矢。神の導きとはかくありと示す行状よ」
グラウがわかったように幾つもの顔で頷く。
たぶん虫や魚の群れに恐怖症を持ってる人間なら発狂する絵面だ。
「その捕まえたという第四王子はどうなされる? 廃棄に困るならば我が飲もう。王族であれば三百年で飲んだ匹夫共よりよい教育を受け、相応の知を溜めていることであろう」
「生きて捕らえたのだ。生かして返す」
抱き合って震え始めたアンとベステアが縋るように俺を見上げる。
「生きてるの? 生きてるんだね!」
「良かった! 関わったら必ず死ぬなんてことないんですね!」
それはお前じゃないのか、アン?
「人質にして身代金交渉を行う。相手の出方を窺い、帝国側の対応を見るくらいの役には立つだろう」
俺は受け売りをそれらしく言って、深掘りを避けた。
「ふむ、人間はよくよく無駄なことを好むと記憶しているが、その第四王子とやらも神の手に落ちてなお反抗することは?」
グラウが第四王子の抵抗と逃亡を危惧するらしい。
それはティダにも聞かれたことだ。
どれくらい折檻していいかと。
(直接手を下すとか問題なるだろうし、確か捕虜の扱いって気をつけないと人道云々って話になるよな)
プレイヤー相手に隙を見せるような行動は厳禁だ。なのでNPCには手出し禁止を命じた。
けれど好きにさせておくのも問題があるので、以前聞いた話を参考に監視体制を例示してある。
「反抗心を起こさないよう看守ごっこをさせているはずだ」
「かんしゅって何、トーマス?」
ベステアが単語の意味を理解していないらしく聞き返してきた。
「こっちだと言わないか? えぇと、牢番と言えば通じるか?」
「あぁ、牢屋を見張る人なんですね。あれ? でもごっこって?」
さらにアンが首を捻る。
なんだか妙にグラウのほうを見ないな。
気のせいか?
「人間、特殊な肩書や地位を与えられるとその役割に見合う行動をするものだ。それは同じ所属にあった者同士でも地位が別れれば地位に見合った行いを取る。分断と状況の変化に人間は適応する」
そういう心理実験の話を思い出してティダとアルブムルナに話したのだ。
すると面白がって採用された。
捕まえた第四王子と部下四人。計五人を囚人役二人と看守役三人に分け、さらに見張りとしてレジスタンスから看守役を二人添える。
最初に人数差をつけて優位を見せつけ、囚人役へは身体検査と称して全裸にするという屈辱を体験させて上下を明確に示した。
さらに王子ではなくもう一人の囚人役を痛めつけて心を折り、逆に看守役を増長させる予定だ。
そうした指導だけを見て俺はこっちへ戻っているから、その後は想像でしかない。
「レジスタンスからの看守役は指導のみを行い手は出さない。実際に罰を下すのも、囚人としての屈辱的な待遇を強いるのも捕虜の看守役だけだ。第四王子はもちろん囚人役として大人しくなるまで元部下から屈辱的な待遇を強要される」
「ふぅむ、囚われた中で特別に抜擢。数の有利と、いつ己が囚人役にされるかわからない恐怖で行動を縛る。同時に優越感と安心からの増長を誘発か」
グラウが楽しげに実験内容を考察する。
アンとベステアは想像がつかないらしく首を捻っていた。
実際の監獄実験には疑問がていされてるくらいだから、そこまで上手くいくかはわからない。
ようはこっちが害したわけじゃないっていうことにできればそれでいい。
「ともかくだ。グラウはまだ人間に知られていないから早期に転移で移動させる。だがアンとベステアは一度港町へ戻らなければ不自然になるだろう」
「えぇ!? あたし、戻るとちょっと困るんだけど!」
「何故?」
俺はごく当たり前に聞いたんだが、ベステアは黙る。
するとアンが庇うように声を上げた。
「えっと、ほら! 私たち依頼の途中じゃないですか。それでなんの成果もなしに戻っても立場がないっていうか。もうトーマスさんについて行くと決めたからにはさっさと離れたいというか」
「そうなのか? しかし困ったな。私自身がまだあの港町から離れる気がない」
「え、トーマスいるの? だったらいいよ。っていうか一緒にいさせて!」
途端にベステアが掌を返す。
「なんだ? 実は寝食に困るほどだったのか?」
「あ、うん、そう!」
何故か悲壮感などないどころか元気に返事をするベステアの隣で、アンも激しく頷いてる。
けど宿は俺じゃなくて商人のカトル持ちなんだよな。
「なんにしても説明が必要だし戻るか、いや、待てよ。成果…………?」
そうだよ、バグガーデン。
興味あったし場所くらいは確かめたい。
「バグガーデンまでは一度行って、見捨てられても依頼遂行の意思はあったと示すべきではないか?」
「そうですね、それがいいかもしれません」
「あ、あいつらにも文句言わないといけないよね」
アンとベステアが賛同したので、俺はグラウへと話を移した。
「受け入れ態勢が整うまで待ってもらうことになるが」
言いかけた時、突然転移でエネミーが現われる。
瞬間、アンとベステアが地面を這うように俺のほうへ走り、縋りついて来た。
「あぁ、驚いたか? あれはムーントードと言ってまぁ、嗜虐趣味だが従順だ」
「神の御前で無礼をしては船長に八つ裂きにされちまいます」
口しかない白い蛙のようなエネミーが三体。
しこ踏むような体勢だが、どうもこれがムーントードの跪くような体勢らしい。
アルブムルナの配下の海賊で、グラウとの打ち合わせのため派遣された者たちだ。
「ほう、これはまた良い。あの犬ごには劣るが知性を感じる」
「飲んではいけないぞ。今後協力関係を結ぶ者たちだ」
「へへ、そう簡単にやられるつもりはありませんが、神性をお持ちの方ではちょいと分が悪い。我ら大地神を奉る敬虔なる一族。神の座おられるならどうか勘弁してくだせぇ」
ムーントードにはアルブムルナから説明があったらしく、神性持ちとしてグラウ相手には海賊の荒さは抑え目だ。
これなら任せて良さそうだな。
「ムーントード、任せたぞ」
「「「ははぁ!」」」
声をかけると興奮したような声で返された。
「え、めっちゃ喜んでるぅ」
「トーマスさん、すごい慕われてますね」
何故か俺を盾にするように縋ったままの二人がそんな感想を漏らした。
「歩きにくいだろう。それにこの辺りから戻れると言ったのはアンだったはずだが?」
「あ、はい! こ、こっちです! たぶん…………」
アンがしりすぼみになる。
「頼りないけど、この様子じゃね」
それをベステアがフォローして溜め息を吐き出した。
歩き出してまず目につくのは異様にただれた土地。
いや、一度凍ったせいで辺りは湿地のようにぐずぐずだ。
そんな状態でもアンは転んだりエネミーに襲われたりしながら元の道らしき場所へと辿り着いた。
「つ、着きました! 私、一人じゃ、なく…………うぅ!」
アンを慰めるようにベステアが頭を撫でる。
ベステアは失くした帽子を見つけたらしくまた被り直し、道の先を眺めた。
「あっちがバグガーデンだよ、トーマス」
そんな案内で、俺は勇んで進む。
けれど辿り着いた先にダンジョンはなかった。
「なんだこれは?」
「あれ!? バグガーデン変わってないじゃん」
ベステアが文句を言うように声を上げる。
俺たちは山裾を回って台地になっている場所へとついた。
ある程度見晴らしが良いそんな場所に、建造物というには構成のおかしな物体が存在している。
規則的に左斜め上に伸びる色とりどりの板。
回り込んでも同じような歪んだ象形があるだけの更地。
「これは、なんだ? いや、これはテクスチャのバグか」
「トーマスさん何かわかるんですか? バグガーデンは現れた時からこれで、誰も入れないダンジョンって言われてます」
「まずダンジョンに見えないんだけど、昔の偉い人がこれはダンジョンとして機能してないけど本来はダンジョンの入り口だって言ったらしいの」
アンとベステア曰く、だから誰も確かめたことはないが枯れダンジョンと言われており、昔の偉人の言葉からバグガーデンと呼ばれると。
見た限り、大抵のサービス開始に伴うテクスチャバグのようだ。
本来設定されている画像が歪んでオブジェクトとしても機能しなくなる。
(テクスチャの歪み方が面白いとバグ集とか作られてたなぁ)
俺が思い出に一人笑うと、突然テクスチャが揺れた。
一瞬だけ見えた構造物の本来の形に見覚えがある。
「これは、フェアリーガーデンか!」
ゲームにあった魔法使い特化のダンジョンだ。
しかも最初からバグってて今まで誰も入ってないという。
なら宝箱もそのまま、ゲームどおりのダンジョンが残っているはず。
「これは、見逃せないな」
隔日更新
次回:バグ修正




