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142話:二十一士寛容

他視点

「ライカンスロープはどうした! こここそが投入の好機ではないか!」


 私に向かって唾を飛ばすのは帝国に住まう多くの信者の頂点に立つ司教である方。


 それだけ受けた報告の深刻さともとれるのですけれど…………。

 とは言え、冷静さを失わないで貰いたいのが本音ですわね。


「端的に申し上げて無理です。現在最西端の港にて、もはや間に合いません」

「ライカンスロープを引き入れて人と歩調を合わせ融和を成すという話だろう! 何故この危急の時に備えておらんのだ! それでも誉れ高き二十一士の寛容を名乗る者か!」


 目の前の司教は良い生まれ、良い育ち、そして良い地位を手に入れた、まぎれもない尊貴な人であるはずです。

 なのにどうして先日会ったライカンスロープの無頼漢のほうがましに見えるのでしょうか。


「確かにライカンスロープを活躍させる場として、帝国内の反乱分子討伐を企図しておりました。それによって反乱分子への悪感情をライカンスロープへの好感情へ変えるために」


 そういう作戦でまず海賊などの嘘で国内へと引き入れ、商人などの下々から徐々に上の権力者へと存在を認知させる段取りでした。

 その話題作りのためにも反乱分子討伐は一挙両得であったはずなのです。


 つまり反乱分子を討伐するのは、最西端の港から近い位置でのこと。

 決して第四王子が突撃した南に近い辺りではありません。


「全く無関係の策です。すでにライカンスロープのほうは動いています。今さら不自然な移動をさせてまで介入させる愚を犯す理由はおありですか? また何故危急の時が訪れたのか、説明を願えますか?」


 心中の落胆を出さず、私は笑みを浮かべた。


 司教が一瞬詰まったのは、非があることは理解しているからでしょう。

 けれどそれを認めるのはプライドが邪魔をするようです。


 女と侮っているのか、裏稼業と蔑んでいるのか。

 なんにしてもこれは駄目ですわね。


「殿下の民を思うお心と自ら先陣に立ち身を削る献身を支えずして何が救世教か!」


 つまりは先走った代償を自ら支払うだけでございましょう?

 しかも手柄欲しさに取り決めていた部下を出し抜いての蛮行。


「つまり、後援である司教さまには殿下ご自身が出陣なさる報せが届いておられたのですね?」


 私は笑顔を崩さず言葉にしない裏を指摘させていただきました。

 もちろん言外には何故それをこちらに報告しなかったのかという非難を含めて。


 聞くまでもないことですけれどね。

 神聖連邦直属の私に噛まれては権威を掠め盗られるとでもお思いなのでしょう。

 とんだ俗物の考えでしてよ。


「…………周囲から漏れ聞こえた話だ。私が知った時には既に出陣されていた。今の問題は殿下が汚らわしいレジスタンスとやらに囚われたことだ」


 いくらでも取り繕って嘘を吐く方というのは、全く人間としての誠実さがありませんね。

 だからこそ最終的には帝国ごと切っても良いという人事でこの方が司教をなさっているのですけれど。けれど、それはまだ早いのです。

 今はまだ、百年計画の折り返しなのですから。


 これから皇帝の死を待って時代の権力闘争を激化させなければなりません。

 そのために頼りない長子を皇太子につけ、そして人を近づけて下の王子たちの虚栄心を煽っています。

 中でも操りやすそうな第四王子に目をつけました。


「だというのに、自滅とは…………」

「なんだ? 何か殿下を救出する案があるのか?」


 私は思わず漏れた本音を笑顔で取り繕う。

 司教からすれば子飼いの王子が神聖連邦の内定で帝位に就くとなれば人臣の極みに上る未来に胸を躍らせていることでしょう。

 けれどこちらからすればけちのついた王子などもはや害悪でしかありません。


 しかもレジスタンスを名乗る反乱分子を自ら攻めて行って捕縛されるとは。

 死んでもおかしくないところを運良く生きているだけ、そんな王子を帝位に据えたところで帝国内の騒擾が増え手に負えなくなるだけでしょう。


「そう言えば、身代金の要求があったそうですね? それは一体どうやってお支払いに?」


 報告では第四王子は砦を破ったけれど、そこに反乱分子の仲間が強襲し、砦内部と挟まれる形で包囲され捕縛されています。


 レジスタンスは生き残りを纏めて無事な砦に退避済み。

 守りを固め直したせいで、後から来た本来の討伐軍は予定変更の上、王子という人質を取られた状態で攻められないのだとか。


「そんなものは殿下の近習たちが逃げ帰って知らせたのだ」

「殺されていないのですか? 捕まった殿下の側にいて? しかも、身代金要求を携えて…………」


 司教は戦場を知らないのでしょうけれど、私は必要なら帝国の戦場を見ることもありますし戦略も修めております。

 だからその状況のおかしさが気にかかりました。


 今睨み合っている最前線からではなく、それ以前に逃げた者から知らされる身代金要求。

 王子の急襲はこちらも把握していない突発事項なのに、レジスタンス側は適当にではなく狙って王子を捕らえ、その上で身代金要求という交渉を選んだのです。

 つまり、交渉事をするための準備を整えていたことになります。


「あえて逃がされたということですか? こちらの動きが読まれていると?」

「まさか。反乱などと言っているが、所詮は下賤の民の集まり。まともな武装集団でもない。敵を過大に見過ぎるのは失敗の元だぞ」


 司教が侮る様子でおっしゃいます。

 確かに砦を取られたのは痛恨事ですが、本来ならそんなことはあり得ない弱卒の群れ。


 立ちあがったのが騎士団擁する諸侯ならまだしも、まともな指揮官もいないような烏合の衆にそこまでの計略があるとも思えません。


 だからこそ、力任せに王子を殺さず人質として交渉を投げかけて来た相手を疑わずにはおられないのです。

 明らかに王子を殺して帝国が本腰を入れる愚をわかっている知者があちらにはいるのでしょう。


「民を表に立たせた裏に、権力者が噛んでいることもございましょう」


 私は計略というものを知らない司教に教えてさしあげました。


「権力者? まさか、王子を排除しようと別の王子の派閥が!?」

「いいえ、殿下の出撃は不意のこと。ですが捕らえて殺さない程度には殿下のお顔を知る者が紛れているのは確かです。反乱が起こった状況からして、土地の領主の力を削ぎたい者が噛んでいる可能性があるでしょう」


 最初は王子や継承権など関係ない反乱だったのです。

 これがまさか帝国の未来に噛んでくるような遠大な計略などあり得ないでしょう。

 王子が出て来るとも限らないのに企図した者がいるのなら、そんなもの計略とも呼べない行き当たりばったりの思いつきです。


 そう、王子が出てくるとは思いもしていない者であるならば。


 確かに王子間に争いはあり、第九王子が悪目立ちして睨まれた今、同時に他の王子は焚きつけられているでしょう。

 だから今回第四王子が勇み足をしたのです。

 もしそれを読み切っている者がいたとしたら、いえ、まさか…………。


「どうした? なんでもいいから手を考えろ。お前が直接行って救出してもかまわないのだぞ」


 私は司教の身勝手な言い分に呆れてしまいました。


「身代金を払うことは?」

「そんなみっともない真似ができるか!」


 みっともない? それは囚われた王子が? それとも賊に金を払う行為が?

 いっそみっともないなんて建前で、単にしくじった王子に払う金が惜しいからでは?


「さようですか。それでは私にはお役目がございますのでそろそろお暇をさせていただきます」

「なんだと!? 救世教に最も信心深い皇帝の治めるこの帝国の大事をなんと心得る! 神聖連邦に忠誠を誓うのならば帝国の窮地こそ救うのが何よりの役目であろう!」


 その帝国が潰れることが決まっている上に、元よりそのために育てた家畜のようなものなのですが。

 国は器であり大切なのは人類という種族。

 入れ物が変わっても問題ないのです。

 いっそ古く傷んだ器よりも新しく清潔な器でこそ人類は発展すべきでしょう。


 司教を見ているとそう痛感します。

 この人が知っているのは次代の皇帝を操りやすい人間にすることのみ。


 皇太子は大人しくて弱く、花がないけれど、意思は真っ直ぐで堅実なため操りにくい。

 そんな兄を出し抜こうとする第二、第三王子は警戒心が強く軽挙に及ばない。

 だから独断の気質があり、時には敵も作る第四王子が操りやすく後に帝国を潰す遺恨を作ると見込んでの内定なのですから。


「二十一士はさらに下に精鋭を連れている。それらを使いすぐに殿下の救出を行うのだ。もちろん殿下が自らの武勇で切り抜けたようにな。それで最低限の汚名は返上できる。あぁ、君の疑う裏で操っている者がいるならそれも始末をつけろ」


 答えないことで勝手に応諾と見なされてしまいました。

 なので私は笑顔を返します。


「お断りいたします」

「なんだと!?」

「私への命令変更をお求めでしたら、所管の枢機卿猊下へどうぞ」


 神聖連邦の女傑を相手に、帝国の司教と言えどものが言えるわけがないのですが。


 そもそも私に命令できると思っているのが間違いなのです。

 二十一士は七徳直属、そして七徳は神聖連邦裏の顔。

 どんな表の権力者も意味がないのです。


「私の任務の邪魔をなさるようでしたら、猊下のご命令を阻むも同じ。努忘れませぬよう」


 悪辣な光を宿した司教の目を正面から覗き込み、私は笑みを深めてみせました。

 私のお役目を上手くいかないよう人を動かして妨害し、言うことを聞かせようという魂胆など想像に難くありません。

 そんなことをしてどうして自分が殺されないと思うのでしょうか。


 やはりこれならこちらの実力を十分理解し、立場をわかっているガトーのほうがましでしてよ。


 私はそう思いながら司教の目の前から消えたように見せかけて部屋を後にします。

 開いた窓から聞き苦しい司教の叫びが聞こえた気がしました。


「いっそ、皇太子以下三人が潰し合ってくれるのが一番なのですけれど」


 王国では第一王子と第三王子が潰し合いをしそうだと聞きます。

 あれはいいですわね、上手く介入すれば権威をもぎ取れる算段が透けて見えます。


「こちらは、王国のようにうまくはいかないでしょうね」


 私は愚痴をこぼして、また最西端の港に戻るため先を急ぐのでした。


隔日更新

次回:監獄実験

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