139話:討伐軍到来
物資の積まれた暗い通路に三人の人間が現われる。
「神よ! 僭越ながらご挨拶をさせていただきたく参上いたしました!」
張りのある声でファナがそう言った。
マントを靡かせ白を基調にした胸甲などを身にまとう姿は、初めて出会った時とは比べものにならない立ち姿だ。
少年を偽装していた肢体に、装備によって女性らしい細さが垣間見える。
けれど立ち姿の颯爽とした様子がか弱さより軽やかさを際立たせているようだった。
「ほう、見違えた」
「そ、そうですか? あ、ありがとうございます!」
ファナは途端に恥ずかしそうに下を向いて声を詰まらせる。
たぶんティダだと体作りはしても立ち振る舞いなんて教えない。
それで言えばアルブムルナも海賊だから、さっきのしっかりした振る舞いを教えられるとは思えなかった。
(となると、ファナをこうしたのはあの二人か)
俺はファナの後ろに目立たないふりで立つ姉弟を見る。
「発案は王女と王子のどちらかな?」
「僕は人前に立つなら相応の振る舞いをと言っただけですので」
「女性であることは弱みではないと私が立ち振る舞いを教えました」
どうやら両者らしい。
共和国になる前の南の王国の生き残り二人なら、相手を侮らせない品を教えることもできるだろう。
共和国で出会って、何故か懐かれたからレジスタンスに押し込んだが、こんな風に貢献してくるとは思わなかった。
「ふむ、救国の乙女という風情があっていいじゃないか」
「お分かりになられますか! さすがは賢人、いえ、賢神でいらっしゃいます!」
王女が食いついたけど、なんで言い直した?
ただティダは納得いってないらしく、頭の後ろで腕を組んでぼやくように物申す。
「もっと強そうな装備がいいと思うんだけど? そんな中途半端な装備じゃ、舐められるんじゃないの?」
アルブムルナも頷いていた。
「実際力足りないんだし、逆にとことん目立たない影の支配者的な不気味さも考えてたんですよ。けど、これがいいって人間たちのほうの意見が一致したんでそんなものかとこの恰好させてるんです」
「ふむ、二人の懸念はわからなくもないが、無闇に防御を固めるのも、逆に目立たないのもいただけないな」
現地人と協力してるというのがいいんだ。
ただ襲ってくるだけのゲームのエネミーじゃないとプレイヤーに印象付けなければいけないのだから。
それで言えばティダの考えは安全面を考慮した協力的という点ではありだ。
「ティダはもう少し先を見るように気を付けたほうがいいだろう。本人を強くして終わりなら、私たちがこうして手を貸す必要もない」
「そんなことはありません! 私も強くなったからと驕ることはないつもりです。私はいつでも神に従います!」
プレイヤーの脅威について語ろうとしたら、何故かファナが入って来た。
しかも熱烈な視線と共に。
相変わらずどんより底が暗いのに、何故か熱量を感じるいたたまれない視線だ。
「うん、いや、そうだ。三人にも私が来た用件を伝えたほうがいいかもしれない」
ここは説明させることで俺もどう理解されたかを確かめよう。
そしてファナの視線を逸らそう。
「アルブムルナはよく理解しているだろうから、ティダ」
「う、はい。神の深淵なお考えにどれだけ沿うかわからないですけど」
なんか学校で宿題してきてないのに教師に名指しで回答を求められた生徒みたいだ。
「まずネフから連絡来てたんだよね、アルブムルナ?」
「あぁ、そうそう。ネフが神の領地で食料を増産。神の御指示で余るほど作るから、帝国の穀倉地帯を狙えってな」
そんなこと言ってないぞ!?
さっそく何やら曲解が起こっていることを突きつけられた。
「けど神は直接襲うなっておっしゃるでしょ。穀倉地帯が襲われる状況になれば助ける側に回れって」
「それは、レジスタンスとしてどういう立場になるのでしょう?」
ファナが狙いどおり俺じゃなくティダに聞く。
レジスタンスは政権打倒を掲げる、つまりは帝国の敵だ。
それが帝国を守る側に回れというのは、確かに混乱もするだろう。
「まさか、救国の乙女とは、そういう?」
王女が息を飲むと、それを見ていたティダは不服そうに告げた。
「はい、待った。頭いいのはわかってるけど、今はあたしが神に試されてるんだから嘴突っ込まない」
王女は裾を摘まんで腰を落とす淑女っぽい動きをする。
けど今の恰好は目立たないようドレスじゃないから思ったより恰好がつかない。
あとちょっとびくっとしてたが、ティダは何したんだ?
「王国で動いてるから、そこ邪魔されないように帝国内で暴れて、ついでに帝国崩壊でもいいかなって思ってたけど、それも止められた」
「えぇ!」
今度はファナが不服そうな声を上げて俺を見る。
こいつからすれば帝国には怨み骨髄、とは言え状況を考えると気になることがある。
「ファナ、お前は襲った帝国と、救わなかった王国、どちらをより怨んでいるんだ?」
「それは…………」
口ごもるファナの様子に、アルブムルナが声を上げた。
「あ、そうか。帝国なくなったらそのまま王国が増長しますね。となれば、完全に叩きのめすんじゃなくて、ぐちゃぐちゃに帝国内部で敵味方を別けたほうがより」
「だから! アルブムルナも黙っててよ!」
ティダはアルブムルナを遮ると、少し考えて整理するようだ。
俺としてはどう解釈されたか知りたいだけだからどっちでもいいんだけど。
まぁ、ティダが真剣なのは確かだから見守るとしよう。
「うん、そうか。確かに帝国崩すよりも、帝国って枠の中にまとまってくれてたほうがいいんだ。それに帝国はついでなんだから、内側で争ってくれてたほうがこっちも利用しやすくなる」
「帝国が本命ではなかったのですか?」
王子がティダへと控えめに問う。
まず本命とか何とかが俺はわからない。
本命なんてNPCに日の目を見せて、プレイヤーに襲われない立場を得ることでしかないんだから。
「あれよ、敵の敵は味方。で、終戦時に余裕の多いほうが最終的には主導権を得るってもんで、王国のほうを動乱で纏め直そうって話だから…………」
ティダが考えながら答えているが、すでに予想外の方向に話が転がっている。
「内部で争い続ける限り王国攻める余裕は帝国になくなるし、王国は血を流すけど雨降って地固まるって感じになる」
なんか血の雨が降りそうな言葉の並びだな。
「そしたら場合によっては共和国まで手を入れられるかもしれないよ。ネフを向かわせるかどうかって話になってるんだって」
「まぁ! 帝国でのレジスタンス活動にそのような遠大な計画が裏にあったのですか!? 宣教師さまの教えのとおり、神は至高のお方、万物を見通す知恵をお持ちなのですね」
王女が胸の前で手を組んで声を弾ませる。
頼むからハードルを上げるな。
やっぱりネフは俺の敵か?
っていうか、今気づいたけどこいつ、俺が神ってことになんの疑問も持ってないな。
そしてネフにさま付けって、完全に宣教されてるじゃないか。
「でしたら是非! 小王国の恩知らずどもを地獄に落とす方向で共和国を潰せはしないでしょうか!?」
元気にお願いする王女だが、笑みが歪んで見えるのは気のせいか?
いや、そう言えばこの王女もファナ並みに暗い感じの目をするんだった。
唯一目だけは澄んでる王子が王女を止める。
「姉上、レジスタンス活動で小王国へ殴り込むよりも、王国と協調し、共和国解放を大義名分に踏み込むほうが後々王室復興に際して有利ではないでしょうか」
「えぇ、残念だけれど、そのとおりね。ルークは私よりもずっと冷静で、本当にあなたこそ国を宰領すべき者だわ」
なんか勝手に話が走り出してないか?
まだ大丈夫か?
いや、口挟めない時点でもう駄目な気もする。
(ここは逃げるか? ティダの話からなんかすごいおおごとになってるし。これは王国任せてるNPCと意見擦り合わせたほうが失敗修正できるかも)
そう思って俺が一歩足を引くと、通路の遠くから叫び声が聞こえた。
「急報! 急報です!」
慌ただしい足音と共にやって来たのは人間。
アルブムルナとティダは降ろしていたフードを目深にかぶって特徴的な容姿を隠す。
応対にはファナが前に出た。
ちょっと芝居がかった仕草でマントを翻してる。
「何ごとですか?」
「シルヴァさん、それが、大変なことに! 砦に討伐軍が、予定よりも早く現われました」
どうやら支援するレジスタンスの砦に敵襲があったようだ。
「それで、掲げてる旗が王室旗らしくて」
「王室旗! つまり王族が親征を? 第四王子の武将がやって来るはずでは?」
王女が驚くと、王子が冷静に詳細を訪ねる。
「旗の図柄はわかりますか?」
「王室旗の鷲の頭で、向いてる方向は右、羽根の有無は揺れてて、けど首の数が二つなんで」
「第四王子本人ですね。部下を差し置いてくるなんて。それほど戦功を上げて武名によって声望を得たい状況でしょうか?」
王子の疑問は横においてティダが現状を分析する。
「予定より早いなら無理な進軍のはず。もしくは騎馬を主体とした少数精鋭で軍ってほどの規模じゃないんじゃないの。隊列を整えて止まるよりも勢いで突貫して食い破る気かもね」
「罠張って誘い込む手を使うにはこっちも連携が取れてないしな。ここは恩売るためにも避難経路を確保して逃がす方向で行こう」
ティダの言葉を受けてアルブムルナが慎重な作戦を考えるが、それは慎重すぎないか?
「王子がいるのならいい獲物だろう。普通に戦って倒すのではいけないのか?」
俺の言葉にその場の全員が息を呑んだ。
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