138話:使い方次第
ダンジョン、グレイオブシーのグラウについて、俺は大地神の大陸周辺海域のエリアボスだったアルブムルナに話した。
元は北の山脈周辺以外を海に接した地形。
なのに今では四方八方山の中。
この異世界に来て、アルブムルナは統括エリアの大半を失っていた。
「いいですね。砂浜が無防備で困ってたんです」
「グランディオンの森みたいに侵入者に対しての備えなかったもんね」
砂浜から地下への入り口があるティダからも思いの外好意的な受け入れられ方のようだ。
「では、グラウのことはアルブムルナの指揮下に入ることでいいか?」
「え、指揮下ですか?」
「何か問題があるのか?」
「だって、その方大神の係累なんですよね? 恐れ多いです」
「…………アルブムルナにとって、イブはどんな位置づけなんだ?」
俺は思わずそのまま漏らしてしまった。
別人格の別個体だが、イブは設定上大地神の分身であり神格も持っている。
だがアルブムルナはもちろんティダも、イブに対して容赦も配慮もない。
「あれはイブが…………まぁ、神がおっしゃるなら従います」
「いや、実際に会って調整してくれて構わない。グラウはあくまで個体だ。エリアボスのような他者を従えるような立場になかったから指揮下と言ったに過ぎない」
俺の説明にアルブムルナは素直に頷いた。
これならアンとベステアも押しつけられるか?
俺はもう一つの用件である帝国の女探索者二人について話す。
「え、なんですか。その迷惑だけしかかけないような人間。神まで巻き込むなんて」
「敵側に一度放り込む以外に使い道なさそうですね。その分強力だけど、効果はその時にならないとわからないかぁ」
ティダは不快を前面に出し、アルブムルナは活用を考えるが使い捨て決定。
しかもアンのことだけでベステアは眼中にないようだ。
と言っても俺にも活用法なんてわからない。
「レアエネミーを引き当てることには使えるはずだが」
押しつけたいけど、確かに味方として置いておくと面倒ごとが舞い込むだろう。
人間主体のレジスタンスのほうで面倒起こされるのも困るな。
人死にが出る。
「今後レジスタンスはどんな動きを想定している?」
聞くとアルブムルナがはきはきと答えた。
「ネフから連絡があって、神のご意見を窺いました。神の領地における食糧の増産計画は素晴らしいお考えです」
「なんだ、アルブムルナは聞いていたのか」
ティダは知らない様子だ。
「先日聞いて、レジスタンス側の計画変更を模索している途中でしたので、まだティダには言ってないんです」
聞いていたら思わぬ単語が出た。
ネフの話聞いて、計画変更?
「なので神のご意志に従い、ここでの攻防が終わった後には迅速に穀倉地帯を攻撃して帝国の腹を空かせようと」
「待て待て待て…………!」
なんでそんな話になる?
だいぶ攻撃的だけどどうした?
「レジスタンスとしてのデビューをそれでするつもりか?」
「別に考えていたんですが、神の企図する形でお応えしようと」
してない!
俺にそんな計画してない!
なんで増産したら穀倉地帯潰すになるんだ。
そんなのどんな言い訳もできない侵略行為だし悪辣な計略だ。
兵站は大事だし穀倉地帯襲えば帝国軍は鈍る。
けれど同時に帝国の民全てが飢えるという戦争犯罪じゃないか。
(食糧問題は日本にも聞こえる国際問題だ。まずインフラ攻撃事態が非難の対象でしかない。そんなことしたって知られたらプレイイヤーにどんな言い訳も通じないぞ)
レジスタンスはまだ現地民の要請で動いたと言い訳できると思ってたんだが。
現状で存在が確認できるプレイヤーは五十年前の生き残りだけ。
ただ確実に俺以外のプレイヤーがこの世界に現れている。
つまり俺たちと同時期に、新たに現れている可能性もあるんだ。
(あれ、そう言えばティダが余所者どうこうって言ってたな。あ、ファナたち現地民じゃない。どうしよう他国の人間介入させてるって、これ言い訳にもならないか? けどすでに動いてるのを今さらどうしようも…………)
俺は自分の考えなしがとんでもない結果に繋がりそうな状況に焦る。
そんな時にさらに悪いことに気づいた。
(もしかしてネフ、俺が余ったら売ればいいっていうのを曲解した? 売れるような状況作るって? なんだそのマッチポンプ!?)
それこそ完全に悪役だ!
これは断固阻止せねば!
俺たちが攻撃されるようなネタはエネミーってだけで十分だよ。
「アルブムルナ、それはあまりに早計だ」
俺はできる限り深刻そうに告げた。
そんな雰囲気察してアルブムルナ肩を跳ね上げる。
ティダも驚く様子で耳を傾けた。
「アンという探索者が何故今まで野放しだったかを考えろ。本人になんの悪意も魂胆もないからだ。どころか腰は低く、人間性で言えば善良でもある」
失敗は仕方ない。
死人が出てるなら自重しろって話だが、中には利用しようとして逆にという自業自得な例もある。
決してアンが一方的に悪いわけではない。
そういう状況で生き残ったアンだけを責めるのはお門違いだ。
そういう話に持っていければ、もし俺たちを敵認定するプレイヤーがいても、意見を割って分裂させることで脅威度を下げられる。
進んで悪事をしなければ保身にもなるし、自らが被害者側に回れれば相手の士気を挫くこともできた。
「それで言えばアンには見習うべきところがある」
俺の言葉にアルブムルナは唸る。
ティダは首を捻った。
「危険度変わらない気がするけど? アルブムルナ、わかる?」
「はは、そう難しいことではないぞ。ティダ」
俺は今度こそ間違われないように口を挟む。
「もし穀倉地帯が襲われている時には、助ける側に回れということだ」
つまりは正義の側。
エネミーという悪役が一ついいことをすれば、善行一つが誇大に見える。
不良が雨の日に捨て猫を拾うようなもの。
日の目を見せるためにも、小さな善行は積み重ねが大事だ。
(最初の一歩が俺の考えなしで踏み外しちゃってるみたいだしな)
今からでも軌道修正をしないとNPCに迷惑がかかる。
そう考えていると、アルブムルナが困り切った声を漏らした。
「お考えがあるのでしたら、お聞かせください」
わからないというアルブムルナにティダも大きく頷く。
「帝国崩すんじゃないんですか?」
「しないしない。何故そう思った? 崩してその後どうする? 帝国を人間の住めない国にしてもただの空き地ができるだけだろう。なんの益もない」
「確かに王国だけ残しても統治できるとは思えないけど、そこは外敵が存在するっていう団結の理由付けにするのかと。それとも帝国にレジスタンスを作る益を考えるべきか? いっそ狙いが違う? もしかして帝国に用はない?」
アルブムルナが呟くと、ティダが手を打った。
「そうそう、あたしたちじゃなくてファナとルピアたちに帝国のレジスタンスを率いさせるって言うのを考えてなかったのが、そもそも間違いじゃない?」
お、ティダが自主的に考え始めたか?
そうだよ、最初からレジスタンスって言い出したのは俺じゃないし。
扱いに困ったからだけど、ファナや王女を散らして情報拡散も悪手ってだけでな。
「まとまっているほうが対処はしやすいだろう」
言った途端アルブムルナが指を鳴らした。
「なるほど! やっぱり狙いは帝国じゃないんですね!」
どういうこと?
いやいや、ここは妙な勘違いはさせないようにしないと。
あ、けど神としての威厳も保つ必要があるな。
む、難しいな…………。
「私は大したことは言っていない。アンとベステアを任せる、穀倉地帯を襲うな、いっそ襲われることがあれば助けよ、帝国を崩すつもりはない。この程度だ」
これくらいだよな?
他に大したこと言ってないよな?
これ守ってくれればアルブムルナたちが悪役として指弾されることはない、はず。
ファナと王女たちは、まぁ、避難したとかなんとかそういう言い訳で。
国にはいられなかったんだし、第三国ってことで帝国にいてもいい、よな?
「可哀想な子供を逃がす手伝い? ふむ、これなら外聞がいいか?」
声に出した途端、アルブムルナが息を呑む。
「だから共和国の王女と王子も? つまりは王国の娘の時点から狙いは帝国じゃなかった」
「何なに、どうしたの?」
ティダが前のめりになるのについ同調しそうになる。
だって俺も知りたい。
「ティダ、お前の部下も帝国で暗躍してるだろ。で、ばれないようにって散々言われたじゃないか。その上で帝国は敵じゃない。ただの舞台だ。本命は最初から王国。そうだよ、だから王国のほうと連携って話なんだよ」
俺は、アルブムルナがわからない。
いったい何を言ってる?
「いや、確かに王国とは言ったが」
「つまり共和国もですね!」
元気にアルブムルナが俺を遮る。
目がないのに輝かんばかりの期待が俺に向けられてるのがわかる。
これは、否定できない…………。
「ふ、ふふ。そう言えば、ネフが共和国に入りたいと言っていたなぁ」
俺は明言を避けるために共和国関連の別の話題に逃避した。
あいつも何考えてるんだかわからないが、今はアルブムルナの言うことを考える時間が欲しい。
なのにアルブムルナは待ってくれない。
「そうか、つまり神は俺たちに使える駒を与えていたんですね。ということはもう完成形はあるんだ。つまり俺たちが上手く使えるかどうか。結果を出せるかどうかが問題なんだ」
これは、止めるべきか?
何がアルブムルナの中で理解されてるかわからないのに?
けどこれ以上の誤解で暴走されてもアルブムルナに危険があるかもしれない。
ともかく、帝国では大人しくしてろっていうのがわかってくれたならいいのか?
その時、俺を見ていたティダが何かに気づいて後ろを見る。
一拍遅れて、俺のマップ化にも近づく三人の反応が現われた。
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