14話:山の神
(落ち着け俺。クールになれ。そうだ…………よし。うん)
もう気になることだけ聞いてこの子放置しよう。
そうしよう。
(となるとこっちの情報は渡さない方向で、封印されてた大陸なんてことも教えない。ってことは俺たちの転移も伏せて、それっぽく、話を聞くには…………難しくね?)
俺はファナという少女を前に、当たり障りのない質問を絞り出した。
「聞くがここは今、なんという国に属している?」
これでどうだ?
「はい、今この山脈は各国の国境となっており、私は王国の国境警備隊です」
俺は内心ガッツポーズをしてさらに質問をする。
ただここで焦って神らしさを忘れてはいけない。
「ふむ、私のような者は生の短い存在の事情に疎いところがあるとは思っていたが、警備をしなければならない状況なのか? この山を越えて侵攻が?」
「いえ、侵攻などという蛮行を行うのは北の帝国だけです。警備が必要なのは、南の国からやって来る難民に対してでして」
難民か、異世界でもそんな問題あるんだな。
ってことは、南の国で何かあったのか。
「南で何があった?」
「南には海を持つ王国があったんですが、民衆の蜂起により王室が打倒されました。そしてきょうあ? 共、和国? を自称して知識層が建国。しかし地方まで治められず人が流入してくるそうです」
ファナも受け売りらしくちょっと言葉があやふやだ。
たぶんそこら辺は俺の世界と事情は変わらないだろう。
政権交代を武力で行い、打倒したものの統治が上手くいかず情勢不安になっている。
治安の悪くなった元王国を捨てて、未だ旧態依然の王国へと逃げ出す者が山越えをする、か。
「まったく、国民でもなく統率もなく、生活基盤もない余所者が知らず流入など国家体制として迷惑でしかないわね」
「そのために牽制と監視、どうしても入ってしまった者の管理のため、国境に軍ではなく警備隊をですか」
スタファとネフも理解したようだ。
(というか、なんで俺より深い目線で語れるんだ?)
いや、思えばスタファなんて部下持って城一つと一族を率いるトップだ。
発注受けて半分は一人で作業するだけのライターより経験豊富かも知れない。
う、プレッシャーでないはずの胃が締め付けられる気がする。
俺こいつら相手に神のふりって相当無理ゲーじゃないのか?
いや、俺がやらないと誰が設定順守のNPCに日の目を見せるんだ。
それにこんな姿になった俺の今後も左右されるんだ。
諦めてたら何もできないぞ。
俺が自分に活を入れている間に、白黒二人のNPCが話を進める。
「国力としては、帝国と共和国、この王国の何処が一番かしら?」
「国力、ですか? えっと、広いのは、帝国、共和国、王国の順だったはずです。それで、戦争に強いのはたぶん、帝国じゃないでしょうか? この王国に攻め込む前にもすでにいくつもの国を奪い取って大きくなっていますから」
スタファの質問にファナも一生懸命答える。
そこにネフも加わった。
「その侵略国家にこの王国は次の獲物と狙いを定められているわけですね。あなたの故郷とその周辺はすでに押さえられている。相当危ういのでは?」
「いえ、焼き討ちで滅ぼされただけで土地を奪われたわけではないんです。それに、戦場とも少し離れていたので、兵も、来なくて」
ファナの表情は暗くなるが、ただ悲壮感じゃない。
殺意に滾ったほの暗さが少女と呼べる顔には浮かんでいた。
「つまり土地を奪うことが目的ではなく、国力を疲弊させることが目的ね。立て続いた侵攻に息切れを起こして、今は地道に王国を逼迫させる手かしら」
「共和国という面倒な隣国ができたことで、この王国に旨味が少なくなったということも考えられますが。侵略国家の常として、敵が一つとは限りません。帝国と相対する国が他にはありませんか?」
なんか勝手に話が進むのはいっそ楽な気がしてきたな。
というかついていけん。
「えっと、公国というところも、攻められて、凌いだと聞いた覚えがあるような」
「二面戦争ねぇ。そうなると少し知恵の回る、国力のある国がいれば後背を突くと思うけれど」
「いえ、逆に内部の問題では? 国々を滅ぼして取り込み大きくなっている途中であるなら、取り込みには時間がかかるものです」
取り込み?
そう言えば昔の大戦でも征服した土地に教化を施してたとかあったな。
というかネフの宣教師も侵略の先兵として送り込まれた歴史があったような。
「ファナ、王国は国教を定めているか?」
あ、割りこんじゃった。
スタファとネフは俺の質問に驚いてこっち見る。
え、やっぱり宗教の話って禁句!?
「考えが至らず! 神にとって人間の国や営みなど取るに足らない話を!」
「神が案ずるべきは他の神。冥府の神に悩まされたというのに失念していました」
なんかスタファは平身低頭、ネフは自分に呆れるように天を仰いだ。
ファナは困った末に俺を見て答える。
案外空気読むスキル高いなこの子。
「王国民は救世教の洗礼を受けます。唯一神である主を神と呼びますが、私は見たことも声を聞いたこともありません」
なんか元の世界の世界宗教みたいだ。
やっぱりそこも同じで多くの人間をまとめるために宗教ができたのか?
そして唯一神を奉ることで中央集権や王権の裏うちに?
「救世教の総本山とされる国は、ここから東にある神聖連邦になります。そこは王の代わりに教皇が治める国です」
「宗教国家があるのか? うん? 待てよ。ファナ、何故神はただ一人と教えられていながら、私を神として仰いだ?」
例えば元の世界の宗教で言えば、神以外に神を名乗るのは悪魔の騙りだ。
悪魔は文化的に言えば別の宗教の神。
だから不思議な力を持ち奇跡のようなことも起こせる。
ただし、悪魔に墮とされているので、神を騙る悪魔に従う者に神の救いはなく、地獄行きしかないと脅すものだ。
同じでないにせよ、神が唯一の存在だと謳うなら、その他を貶めて唯一神をあがめさせるレトリックがあるはず。
なのにファナはハイになっているにしても、俺が神だと微塵も疑わなかった。
「私もここに赴任して、賄いのおばさんに聞いたんですが、この山脈には神が住むと言い伝えられているそうですので、あなたさまがそうであるのかと」
土着信仰か。
ってことはファナは俺を土着の神だと?
「山だけなものですか。このお方は大地全ての創造を司る大神であられるのよ」
「と言っても、地母神から代替わりした方なので本来の権能はもっと広く深いですが」
待って待って待って。
(何それ? え、地母神? …………いや、そういえばそんな設定書いたような気もするか? けど相当初期じゃないかそれ?)
ゲームとしてわかりやすく、設定の中から四元素から取った四人の神に限定したはずだ。
だから地母神なんてゲームの何処にも存在しないはず…………。
(うん、待てよ。少し、いや、ほんの一カ所だけ、風神が地母神を娶ったとかゲームの中の遺跡に採用されたような? なんだっけ、それで空いた大地神の座に、このグランドレイスが就いたとかって。…………あれ? じゃあ俺、いったいなんの神だ?)
まさか大地神と設定したはずの自分の設定が覆るかもしれないことをど忘れしているとか救いようがない。
「浅学ですみません」
「いいでしょう。今は他の神についてです。唯一神を騙る者がのさばっているとしても、地方には正しく神を讃える信仰は残っているの?」
俺が神としてのアイデンティティに悩んでる間にスタファがまた話を進める。
「私もここのことしか知りません。少なくとも私の故郷でそんな話はなかったかと」
「ふむ、そうなると気になることがありますね。帝国や共和国の国教は?」
ネフが聞くとファナは予想どおりの答えを返した。
「同じ救世教です。人間の国はだいたい救世教で、何処かの族だけが、古い宗教を続けてると聞いたような?」
「待て、人間の国と言ったな? 人間以外の国があるのか?」
なんか普通に人間主体で考えてたけどここは異世界だ。
それ以外いることを想定しないなんてこと、転移という非現実が起きた今ナンセンスでしかない。
「はい、私は見たことないんですが、亜人がいます。ずっとずっと昔にはいなかったそうで、海を渡って来たんだとか」
「海を、つまり別の土地からか。亜人とは、例えばなんだ?」
「エルフ、ドワーフ、吸血鬼なんかは、この山脈を国境にして西側に住んでいると言われています。空を飛ぶ吸血鬼も、この山脈は越えられないそうです」
(マジか!? ゲームにもいた種族だな)
現実の世界ではただのお伽噺だったが、ゲームではエネミーとして存在した。
ただファナの教育レベルを考えれば、この異世界では言い伝えなのか、実在なのか判断がつかない。
「あと、有名な亜人種の国と言えば、最西端にあるライカンスロープの帝国です」
「ライカン、スロープ? 狼男とは違うのか?」
「狼男、ですか? それは私は聞いたことがない種族です。えっと、ライカンスロープは半獣人の姿と獣の姿のどちらにでもなれる亜人種です」
ライカンスロープ、ゲームでは聞いたことがない現地の人外か?
けれどファナはゲームにいた狼男を知らないという。
やはりゲームとは違う異世界か。
「あなたの話を総合すると、この山脈から西は亜人種の住処で、西で一番勢力があるのはライカンスロープの帝国。そして南には共和国、北には帝国、東には神聖連邦という人間の国が」
「あ、すみません。西も帝国なんです。共和国ができる前は、南の王国に属する小王国があったんですが。共和国が立つときに帝国に接収されて」
ネフの確認にファナは訂正を入れた。
知らないなりにしっかり情報を出してくる。
その協力姿勢は評価できるな。
ただ帝国と口にするたび目に荒んだ雰囲気宿るのやめてほしい。
平和な日本で暮らして俺にはちょっと刺激が強すぎた。
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