表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/326

135話:ガトー

他視点

「ガトーさん!」


 部屋の外から声が聞こえ、俺は目の前に座ってた奴から目を離した。

 するといつの間にか身を隠して一見しただけでは誰もいない。


「報告だけしろ!」


 俺は外から聞こえる鼠のライカンスロープ、ムースラに命じる。

 あいつは素早いが考えなしなのがな。


 今回は前室のある寝室での密談だ。

 前回のことを思って、部屋の前には側近のカバリッジオを置いてる。

 今も嘶きが聞こえるから駆け込もうとしたムースラを片手で止めたんだろう。


「あの鳥マスクが依頼での移動中に崖下に落ちたそうです。始末する手間が省けました」

「死体は?」

「え?」

「死体の確認はしたのかってんだよ! あいつをすぐに始末しないのは薬が無駄にならないようにだったろうが!」


 俺の怒鳴り声にムースラが黙り込む。


「だいたいどうして崖から落ちたんだ? そこまでアホだったのか!?」

「それが、協力させたギルド職員が他人を不運に巻き込んで殺すこともあるっていう人間の探索者と組ませたそうで、巻き添えに」

「あぁん? あいつ余計なことを。見張り共はどうした?」

「一人くっついて行けて、他は臭いを辿って追跡してるそうです」

「生きてんじゃねぇか!」

「あ!」

「ムースラのアホ! いや、今回は職員が馬鹿野郎だ! 何勝手に面倒増やしてんだ」


 俺の怒りに別の声が答える。

 牛のライカンスロープ、タラウが追加情報を出した。


「それがその探索者、いつも凶悪な魔物と遭遇するそうで。発見だけでも臨時経費を引っ張って懐に収められるっていってやした」

「つまり雑魚の小遣い稼ぎで邪魔されたのか。そんな小金よりもあの鳥マスクが持ってる未開封の薬のほうが高価だってこともわかんねぇのか」


 手持ちの薬を消費されるだけ無駄だから一度遠ざけたってのに。


「おう、そいつはもういらねぇ。適当にサンドバックにして自分の馬鹿さ加減よくわからしとけ」


 職員の始末を言いつける。

 どうせその内こっちとの繋がりを露見させる危険が高い馬鹿だ。

 他にもギルド職員には唾つけてるから邪魔する奴は早々に見せしめに使おう。


 報告が終わって正面に向き直ると、そこには女が折り目正しく座っていた。

 結い上げた髪から零れるおくれ毛が、人間相手だと魅力らしいがよくわからん。

 ただ人間の中ではいい顔と体つきらしく、人間にも欲情する仲間内では評判はいい。


「悪いな、話の腰を折っちまって」

「いいえ、お呼び立てしたのはこちらですもの。今後こちらに活動拠点を作っていただくにあたっては、公衆の面前で恥をかかせた相手への報復は必要ですから」

「同族を救うってのがお前さんらの教義じゃなかったのか? 俺らが人間まで襲って文句もなしか?」

「えぇ、種の保存と存続が我々の命題。そのために犠牲を厭うなど些事に拘ることはございません」


 女は柔和な笑顔で答える。

 だが抜け目のなさは、今も俺を前にいつでも動ける姿勢を保っていることから察せられた。


「百年計画の大事な折り返しだ。人間の一人や二人は些事だろうさ。だが、帝国の戦争の終わりを竜人が予見して、支店出す計画があるのは知ってるか?」


 俺のリークに女は笑みを消した。

 そこには今までのか弱さはなく、いっぱしの兵士のような頑健さがある。


 こいつは七徳と呼ばれる精鋭の直属二十一士の一人。


「またあの聖蛇ですか。敵にいるとなると本当に面倒な力」

「預言か予言かは知らんがな。別に戦争が終わることはあんたらの予定どおりだろ。それとも俺らを呼んだことに支障でも?」


 神聖連邦とは長く繋がりがある。

 だいたい『砥ぎ爪』自体が神聖連邦の間諜が入り込むための裏組織だ。

 随分長い時間かけてライカンスロープを巻き込んで作ったらしい。


 こいつらの宗教である救世教は人類の救済を標榜する。

 そしてその人類の中にはどうもライカンスロープも入っているんだとか。

 異界から発したわけではない旧来の人類ってことで巨人も含むんだから呆れる。


「支障はございません、いえ、いっそ順調すぎるほど。公国では巨人が姿を消し、王国では継承争いが表面化。王国に現れたという巨人も動きは見せず。まるで何者かにおぜん立てされているような」


 呟くように女が他の国の状況を上げた。


「都合がいいのは喜ぶべきだが、そうなった理由はちゃんとわかってんのか? その言い方だとあんたらの仕込みじゃないんだろ?」


 こいつらは巨人と繋がってる。

 と言ってもほぼ不可侵程度で実質協力姿勢の巨人は一体のみ。


 他の巨人の行動は強制できないから慎重にって話だが、巨人がなんで今さら協力的に動いてんだか。

 それともこいつも知らされていない計画でも進んでるのかもしれない。

 俺だって協力していながら全容は知らされていないし、目の前の二十一士がどの七徳についてるかも知らん。


「…………この帝国においても、ライカンスロープ帝国からの輸入品の珍奇さを付加価値にして、その存在を浸透。今回の入港を果たせたという順調な経過を辿っています」

「議長国使ってな。あそこはあんたらが亜人と呼ぶ種族全般を嫌ってると思ってるが、実際は俺らじゃなくてドワーフとの繋がり切りたいんだってわかってねぇ」


 答えないってことは知らされてないか。


 ドワーフは異界から現れた種族だ。

 人間が二足歩行の中では一番小さかったらしいが、それよりも小さな種族が現われたとライカンスロープのほうの歴史にも書かれてると聞いてる。


 神聖連邦が汚らしく乱暴という悪評流して排除しようとしたのは、何かの話の折に目の前の女から聞いたことがあった。


「五十年使って俺らと人間を繋いだ成果だって言えない理由があるのか?」

「いいえ、帝国内ではまだ異界の悪魔らしき存在は確認されてないので」

「おいおい、ってことは何か? 王国と公国にいたのか? 早すぎるだろ」


 百年以上、二百年以内。

 それで異界の扉と言われる良くわからん、魔術的であると同時に超神秘の機構が動くらしい。

 その扉が開くと、異界の悪魔が現われる道ができるのだとか。


 だがまだ前回異界の扉が開いてから五十年。

 いや、そうか。


「五十年前の生き残りか?」

「可能性はあると聞いております。ただそれは公国に現れた者。二人組だったようだと」

「まぁ、そうか。五十年前に出て来なかった奴がそう多く残ってるわけもない」

「ただ王国側にはダンジョンが人知れず五十年前に現れていたようです。今それらしい遺構が見つけられ、今王国では調べに手の者が動いております」


 未踏破ダンジョンは俺のところの帝国でも宝の山だが。


 俺に欲が出たことに気づいた二十一士の女は作り笑いで牽制して来た。


「すでに王国の仲間が動き、七徳の派遣もなされております。あなたはどうか帝国でのお仕事に専心を」

「あぁ、そうかよ」


 俺の適当な返答が気に食わないのか、さらに釘を刺す。


「本当にわかっておいでですか? これも種の存続における重大な役割です。東西の帝国が手を取り合い、来る異界の悪魔との戦いに備えるため。今回ご足労願ったのは、その第一歩を華々しく歴史に記すためなのですよ」

「わぁかってるって。五十年前悲惨だったなんて話はじいさんたちからもうるさく言われてんだ」


 『砥ぎ爪』として番張るようになってからも爺共が煩く言っていた。

 下手をしたら南の本国から援軍と称して乗っ取りをされかけたのだとか。

 その恐怖から神聖連邦の共闘に乗って『砥ぎ爪』を作った奴らの言いつけだ。

 異界の悪魔を甘く見るつもりはない。


「悲惨…………。確か五十年前、そちらには人間の奴隷がいるということで攻められたのでしたか」

「ったく、一体いつの話だってんだ。異界から現れた余所者に誰が法螺吹いたんだか」


 もう廃れた制度で、南の本国でのことをこっちのことだと思い違ってやって来た。

 異界の悪魔の強さはもちろん、使ってくる武器もずいぶん厄介で、殺したと思っても舞い戻る恐怖の存在だったそうだ。


 俺がそんな強者なら戦ってみたいと言ったのは、よくある軽口だし半分本気のこと。

 なのに爺どもと来たら、撤回するまで怒鳴られたし殴られた。

 周りも巻き込み国さえも傾けると散々説教された覚えがある。


「異界の悪魔はそう言われるだけの理由があるものです。出会ったならばまずは撤退なさってください。そしてわたくしどもにご一報を」

「へいへい。だがその一報ってのは? 俺たちに教会に参れって?」

「まさか。この港の教会の者は一般信徒。何を言ったところで通じませんわ」


 こいつらの面倒なところは同じ組織にいながら情報が末端まで届いてないことだ。


 二十一士は裏側だから持ってる情報は多いはずだが、こいつも全部を知ってるわけではない。


「ご一報いただけるなら、この酒場の主人にこのカードを出して一番辛い酒を注文なさってください。ここは一報が入るまで少し時間がかかります。なので即座に通じるところをもう一つ」


 示されたのは港の警邏に所属する隊長の名前。

 どうやらこいつは神聖連邦の裏方というもう一つの身分があるようだ。


「ふん、出会ってそうだとわかったらな」


 俺はカードと酒場の地図を受け取って興味薄い風を装った。


 どんなに人を回そうと全ては知れないのが世の道理だ。

 この帝国は吸血鬼大公国と深いつながりがあり、ドワーフ賢王国にも内情が漏れてる。

 こいつらの大嫌いな異界の住人とだいぶ深く関わってる。

 そしてそれは俺たちライカンスロープ帝国も同じだ。


「お膳立てはいたしますので、指定の場所へお越しください。そこでまずは帝国の豪商とコネクションをお繋ぎします。その後からが本番ですので、あまり悪さをなさらないでくださいませ」

「わかってるよ」


 俺の返事で女は立ちあがって一礼する。次の瞬間には消えた。

 見れば窓が一つ開いていたのでそこから出たことは察せられる。


「上品ぶってる割に何してんだ」


 そう言って、俺は押さえていた笑みを浮かべる。


「なるほどね。アーティファクトを軽々しく出す、アーティファクトを着た探索者で、亜人を引き連れてる人間か」


 ライカンスロープ帝国に伝わる異界の人間の話は悪魔以外にも伝わっている。

 妙に人間との間のライカンスロープを愛顧した奴がいたと。


 それに当てはまる人物が一人、この帝国にはいる。

 竜人とライカンスロープの相の子を連れた鳥マスク。


「面白くなってきたじゃねぇか」


 俺は一人笑いを噛み殺した。


隔日更新

次回:ベステア

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ