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134話:三つ首ブレス

 案の定…………アンの案内に従ったらとんでもない強敵が現われた。


「まさかアジ・ダカーハとは恐れ入る」

「何あれ! 何あれ! 何あれー!?」

「ひぃ!? 知りませーん!」


 感心する俺の後ろでベステアとアンが叫ぶ。声からして泣いてるかもしれない。


 俺たちの前にたちはだかったのは三つ首の大蛇。

 巨体の割に木々に巻き付き身を隠していた芸当は見事だ。


 今見えているのは巨大な頭三つだが、大きすぎて三又になっている結合部分が遠く見えず、角のような突起のある大蛇が三体いるようだった。

 木々を倒して派手な音を立てないように気を使っている様子から知能も高いんだろう。


(それにしてもレベル七十か。この世界で出会った中では一番レベル高いんじゃないか?)


 そう思って見ていると横合いから衝撃が襲った。

 杖を立てて防御するが押し負けて飛ぶ。

 しかもダメージが入った。アジ・ダカーハの攻撃だ。

 長大な体を生かして、木々を迂回することで尾による俺の死角から打撃をしたらしい。


 ただ攻撃判定と共に俺に備わったカウンターの迎撃が発動する。

 俺を打ち据えた尾に向けて、激しい音と共に紫電が落ちた。


「ぎゃー!? あー!」

「なんですかー!?」


 ベステアとアンが迎撃にさえ怯えて涙声で叫ぶ。


 紫電に貫かれた尻尾はどうやら顔と変わらない太さがあるようだ。

 これは顔以外の攻撃器官と見るべきだな。


 ただすでに迎撃を受けて表面は焼け焦げ血が垂れた悲惨な状態になってしまっているが。

 動いてはいるんだがさっきのような不意打ちの素早さはないだろう。


「あ、あれ? トーマスさんは何処に!?」

「あ! あそこ!」


 アンが今さら俺が攻撃を受けたことに気づいて辺りを見回す。

 ベステアが吹き飛ばされた俺を見つけたので、ついた汚れを払いつつ立ちあがった。


 全く死角からの攻撃を意に介さず立ちあがる俺を、アジ・ダカーハは警戒する。

 三つ首が俺を見据えて舌を出し入れし始めた。


「さて、どうしたものか。倒しても面倒なんだよな」

「ト、トーマス、これ知ってるの?」


 ベステアがじりじりと俺に近づきつつ聞いてくる。

 その腕にはアンがしがみついてるが、これ下手したらベステアと一緒に転ぶな。


「こいつはアジ・ダカーハ。龍蛇の王にして、邪悪の親。倒してもその躯から幾多の毒虫が溢れて襲ってくる」

「そ、そんな。倒すなんて無理ですし、死力を尽くして倒しても、そんなのに襲われたら」


 アンが先を予想して、絶望的な声を上げる。


 まぁ、ゲームによくある神話や逸話に関係のない名前だけのエネミーだ。

 ただ気になることがある。見たことのある造形なんだが、尻尾で死角から攻撃するなんて攻撃パターンに俺は覚えがない。

 それにグレイオブシーというダンジョンのエリアボスで、本来はダンジョン内部にいるはずのエネミーだ。


(グレイオブシーは海神の大陸を見つける前段階のダンジョンだったな。フラグ立てれば灰色の海が広がってるから調査究明しろってクエストが発生して行けるようになるんだよな)


 言うなればイブの海上砦と同じ役割のダンジョンだ。

 正しくクリアすれば封印された大陸へ行ける道を示す。


「おかしいな。灰色の海にいるはずだが、何故ここにいるんだ?」


 どう見ても周囲は木々の海。

 港町は近いがここにいるべきではないエネミーだ。


 俺が考えているとアジ・ダカーハの尾が動いた。

 けれど俺を狙ってはいない。

 向かう先を見ると、どうやらアンとベステアに向けて振られる。


「うぉわっとぉ!?」

「うわぁ!?」


 二人はアジ・ダカーハの尾を全く見ていなかった。

 なのに足を滑らせたアンに引っ張られ、二人そろって狙い澄ましたようなタイミングで地面にしりもちをつく。


 直後に二人の頭上を太いアジ・ダカーハの尻尾が通り過ぎ、近くの木々を薙ぎ払い、その向こうにあった岩肌をえぐり取る。


 きっと当たっていれば二人の顔面は薙ぎ払われた木々か、えぐり取られた岩肌のようになっていたんだろう。


「い!? へ? え? い、今、いまぁ!?」


 九死に一生を得たことを自覚したベステアが涙を浮かべて叫ぶ。

 その隣でアンは、抉られた岩肌から飛んだ石に当たって気絶していた。


「ちょ、嘘でしょ!? 起きなさい!」


 ベステアが乱暴にゆすり、頬まで叩いて起こそうとする。

 強敵を前に寝ていたら確かに危険だ。


 だがアジ・ダカーハは簡単に殺せる二人から、どうやら俺に狙いを絞ったようだ。

 同時に三つの首が持ち上がりその長大さの一片を見せる。


 次の瞬間顎が外れるように口が開いた。


(そう言えばこのモーション作るために、蛇の顎の動き研究したとか言ってたな)


 アジ・ダカーハは下顎を左右に開いてぽっかりと口を開く。

 これが自分よりも大きな獲物を丸のみにする蛇の口の開き方だと言われた覚えがあった。

 そしてゲームでこの動作が採用されたのは、丸のみとは逆の攻撃モーション。


 洞窟のような三つの口からはあからさまに毒々しいブレスが吐き出される。


「毒、麻痺、石化のブレスをいっぺんにとは卑怯だぞ!」


 ゲームでは一つの頭が一回ずつのはずだった。

 それが今は一息で三種のブレスが放たれる。


 アジ・ダカーハは、ドラゴン系のエネミーの中ではブレスの威力が低い。

 ただ高確率で状態異常を起こし、しかも行動阻害系が二種類という当たりたくない効果を持つ。

 麻痺は一定時間で回復するんだが、石化は回復の手段がなければ死ぬまで石化状態。

 ソロプレイヤー殺しの能力だった。


 そんなブレスを吐きかけられた周辺はただれたように草木が形を崩す。

 地面もぐずぐずになり、岩も変色してなんだか汚らしい表面に。


(ま、そういう状態異常が効かないのがこのグランドレイスって種族なんだけどな)


 俺は平気で立ってるし、ブレス自体のダメージも軽微だ。

 どころかカウンターで火炎放射が起こっているせいで、アジ・ダカーハのブレスも途中で吐ききれずじまいになっている。


「…………あ、しまった!」


 俺は辺りを見回した。

 するとブレスの勢いで吹き飛んだらしく、俺の後方にアンとベステアが倒れている。


 意識があったはずのベステアも倒れ伏し動かない。

 いや、痙攣している様子で体が不自然に跳ねている。


 どうやらアジ・ダカーハのブレスを現実で受けると、毒状態とか言っていられない猛毒であるらしい。


「一方的とはいえ援護を頼まれたからには見捨てるのもマナーが悪いか」


 俺はまた毒消しと麻痺消しの蓋を開けて、ポルターガイストで飛ばす。

 そのままベステアの体全体に薬をかけた。


 動いてるから石化はないと思ったが、ベステアは解毒できたらしくおとなしくなる。

 さらにはねた解毒薬がかかったことで、アン共々意識が戻ったらしい声を上げた。


「さて、これ以上巻き込むと本当に死にそうだ。さっさと終わらせよう」


 手加減してられないので俺は杖を構える。

 打撃を予期した杖だが、装備品としてもちろん魔法も使えるのだ。


第七魔法氷花演舞ジィブト・ネブラグラキエス


 氷の結晶の形を模した六角形の魔法陣が足元に広がる。

 そこから渦を巻いて吹きあがる氷の結晶の数々が周囲に広がった。

 すぐさま周囲に広がりただれたような草木に霜を降ろし、攻撃対象であるアジ・ダカーハには氷による継続ダメージを与える。


(だがこれは範囲攻撃のための魔法じゃない。状態異常の凍結効果をもたらし、そして凍結耐性ダウンを付与する)


 継続的に氷の結晶に襲われアジ・ダカーハの巨体も凍り出した。

 それを見て俺はさらに魔法を唱える。


第九魔法摘花粉砕ノインテス・ゲローフラングレー


 放った魔法で一気に敵は凍りつく。

 アジ・ダカーハは俺の魔法から逃げようと動いたが、すでに魔法は発動していた。

 動こうとか鎌首をもたげただけで、それ以上は動けず体が白く凍りつく。

 そして次の瞬間には派手な音を立てて粉々に砕け散った。


 氷結状態だと威力が増大する魔法コンボだ。

 しかも状態異常の中でも行動阻害系を受けていると、アジ・ダカーハの討伐後に発生する眷属の大量襲撃は起こらない。


「む、牙まで砕けたか。速攻をと思ったが勿体ないことをしたな」


 アジ・ダカーハのドロップ品の中では、それぞれの状態異常効果のついた牙はレアものだ。

 他のレアものであるドラゴンオーブもこの様子では肉体ごと砕け散っているだろう。


(現実になった分、ドロップではなく採集になったのは面倒だな。損壊を軽微に留めないと何も取れない)


 それはそれで戦闘後の達成感が半減する気がする。


「な、に? 今の? 私、死んで現実じゃないもの見てる?」

「さ、さぶいれすから、げげ、現実かと」


 二人とも起きて俺の魔法を見ていたようだ。

 ゲームではなかったことだが、氷系の魔法は寒いらしい。

 俺は標高の高い雪山の上でも平気だったからこの程度なんともない。


 ただ震える声に、魔法をやめてもう原型もわからない木を適当に燃やすことにした。


「ここで暖まって、うん? ベステア、その耳…………」

「耳って、あ!? あたしの帽子!」


 ベステアが被っていた丸くて大きな帽子。

 すっぽりかぶっていたがブレスで吹き飛ばされた時に外れたらしい。


 そうして見えたベステアの耳は、髪と同じ色の被毛に覆われた人間とは違うもの。

 自在に動く様子からもつけ耳の類ではない。


「ベスさん、ライカンスロープの血を引いてたんですね」


 アンも気づいて指摘すると、ベステアは帽子で隠すのを諦めてそっぽ向く。


 どうやらベステアがいきなり俺にすり寄って来た理由がわかった。


(グランディオン連れてたから、近づきやすいと思ったんだな。わざわざ隠してたってことは、やっぱり人間の国だと獣耳っていい印象ないのか)


 俺はグランディオンの尻尾を見たギルドの雰囲気を思い出す。

 やはり人間に似たNPCを選んで出したのは間違いがなかったようだ。


隔日更新

次回:ガトー

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