133話:不運の伝染率
「逆にすごいというべきか?」
「何が!? ねぇ、何が!?」
呟く俺にベステアが恐慌をきたして問い質す。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
謝り倒すアンの上からはパラパラと土塊が落ちていた。
不運のせいというべきか、俺たちは港を出発してほどなく、崖を落ちてなんとか生きてる状態だ。
だが他の探索者たちとははぐれた。
(いや、見捨てられたか)
俺たちが落ちたと気づいて聞こえたのはまず驚きの声だった。
けれどその後に響いたのは下卑た爆笑。
腹が立たないと言えば嘘になる。
けれど今は他に解決しなければいけない問題があった。
「ともかく退いてくれ」
俺は下敷きにされた状態で、上にいる女性陣二人に要請した。
というかそもそもなんで俺まで落ちなくてはいけなかったのだろう?
崖際とは言え狭くない道を進んでいたのだ。
なのにアンが転んで崖際に転がった。
その時点で誰も止まって待たなかったのだから、あの探索者たちに協力する気などなかったのが今ならわかる。
例外は俺と行動を共にすると言っていたベステアだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「いや、なんで一番に落ちたはずのあんたがトーマスの上にいるの? ともかくほら降りて降りて」
俺の上で謝り続けるアンをベステアが退ける。
ようやく動けるようになった。
俺がへたに手を出すとあらぬ疑いをかけられそうで動けなかったんだ。
「大丈夫ですか? 死にませんか? また私のせいで!」
「あ、うわ。岩の上に落ちたの? けど、トーマス普通に喋ってたよね?」
もちろん俺は普通に起き上がる。
体の下を見ると確かに硬い岩があった。
確かにこれは生身の人間なら死ねる。
だが幸運なことに俺に生身はない。
「あー、あれだ。この衣服はアーティファクトで見た目よりも防御力がある。それと、枯れ葉の上を滑り落ちた形だから、思ったより衝撃は少なかった」
そう適当言っとく。
実際は落ちた程度のダメージ俺には通らないからだ。
それで言えば俺の上に落ちたアンが先に落ちていたらそれこそ死んでいただろう。
転んで崖の際に行くまではわかる。
人間そういうこともあるだろう。
枯れ葉に足を取られて自力で立ちあがれずにいたのも、探索者にしてはあれだが、まだわかる。
落ち葉って案外滑る。
(けどなんで俺とベステアが近づいた途端に崖が崩れるんだよ?)
三人揃って崖崩れに巻き込まれ、落下するしかなかった。
俺たちがいたところだけがぽっきり折れるようにして崩れたのを、落ちながら見たのは覚えている。
まったくもって恐ろしい不運の伝染率だ。
「ひぇ、ここ落ちてよく生きてるわ」
ベステアが改めて上を見て声を引き攣らせた。
高さとしては十メートル以上落ちてるだろうか。
元から折れる骨なんてない俺と違って、確かにアンとベステアは良く生きていたと思う。
「うん? もしやほぼ無傷か」
アンにもベステアにも目立った外傷がない。
土塊や葉っぱで派手に汚れてはいるが、かすり傷程度で出血も見られないほどだ。
「あぁ、そう言えばこっち来たの最近なんだっけ? こんなもんよ、いつもね、ははん。不運女だけは無傷なの」
軽く説明するベステアは、何故かやさぐれた様子。
アンだけではなく、ベステアも無傷なんだがな。
「船の見送りに来たが例の海賊騒ぎで足止め食らっている。帝国は初めてなので観光がてら船の出発まではつき合いで逗留してはいるが」
俺はベステアからアンへと視線を向ける。
本人は未だに不運に見舞われたことで落ち込んでいた。
「このアンは仲間が死ぬ目に遭っても本人はほぼ無傷。いつも汚い恰好になってるけど動けないような怪我を負うこともなく戻ってくるのよ」
「すごいな」
「酷いんだよ」
俺の感想をベステアが訂正すると、アンは肩を縮めた。
けれどすぐに意を決したように顔を上げる。
「本当に申し訳ありませ、え?」
勢い込んで謝ろうと一歩、アンは踏み出した。
その前に出した足の下では、紫に白い縞の入った不気味なキノコが勢いよく踏みつぶされる。
アンに踏まれた衝撃で、キノコからは胞子が噴出した。
しかも風下は俺とベステアのいる方向だ。
「それアクマライカン茸!」
「すごい名前だな」
思わずと言った調子で叫んだベステアは、次には慌てて口を覆う。
けれど不気味なキノコの胞子を吸い込んだらしく途端に目を回して倒れた。
「きゃー! ベスさん!」
「ふむ、毒キノコか。鬼天狗茸とかと同じような命名かな?」
「きゃ、へ? トーマスさんは、大丈夫なんですか?」
アンが不思議そうに俺を見る。
そうしてる間にもベステアの呼吸音はおかしくなり体が跳ねた。
なんの毒かなんて考えていられないので、俺は毒消しと麻痺消しを適当にかける。
「このマスクは防毒であり、嘴の先に毒消しが仕込んであるから私は平気だったんだろう」
もとのペストマスクがそんな用途でこの鳥のような形になったのは事実。
ただゲームの仕様としてはイベント装備なので耐状態異常が微増程度だ。
防毒をしているのは俺の種族特性でしかない。
「けふ、かふ…………」
「ふむ、薬が効いたか。ともかく場所を移動しよう。また崖が崩れても困る。君は足元に注意するように」
「は、はい」
まだ動けないベステアを抱えて移動を始めると、アンは悄然とついてくる。
「だ、大丈夫。なんの薬か知らないけど、すごく良く効いたから」
ベステアが回復して自分の足で立つため声をかけて来た。
「まさかアクマライカン茸の胞子吸い込んで生きてられるとは思わなかったわ」
「本当にそうですね!」
「あんたのせいで死にかけたんだけどね!」
「すみません!」
ベステアに怒鳴られてアンは涙を浮かべて即謝罪。
生きていたからいいものの、これでは他の探索者たちが大ブーイングを上げるのも納得しかない。
「絶対戻ったらギルドにあんたのこと訴えるから! あと置いてった奴らも!」
死にかけたわりにベステアは元気に騒ぐ。
「訴えるとどうなるんだ? まともな組織ならば調査聞き取りの上で判断をするだろうが、あの職員を雇用し続けているギルドと考えると…………」
俺の指摘にベステアは握った拳を降ろす。
何よりアンが不運なのは有名で、その上周りを巻き込むことも承知の上。
なのにこうして探索者を続けていることから大した咎めはないのだろう。
「そうなんだけど、このままだとあいつらがダンジョン踏破してもあたしらなんの成果もなしになるし、今度またこいつと組ませられるようなことは避けたいし」
「そうですよね。ごめんなさい」
アンは謝ってばかりでベステアは怒ってばかりだ。
これは困ったな。
「突然のことで気も立っているだろう。一度座って落ち着こう。後から動けなくなっても困る。良く体や装備の点検をすべきではないか?」
俺の提案に二人は応じる。
女同士の諍いなんて大地神の大陸だけで十分だ。
「あ、待て。アン、君が座るところは私が確かめる。よし、ここならいいだろう」
「さっきみたいなことされたら困るもんね」
「すみません」
そんなことをしつつ、座って俺も装備点検をする。
特に傷んでないし、腰のポーチの薬瓶も平気だ。
派手に落ちて岩の上だったのに、ポーチも中身もゲームのものなせいだろうか。
こういうところは落下で装備やアイテムの破壊という仕様のなかったゲームのままらしい。
なのにアーツを使って仕込み杖を床に打ち付けると折れる。
そこら辺の線引きはあるのか?
あったとしたら今のところ故意に壊れるような使い方をすること、か。
「うわ、思ったより打ち身があるわ」
ベステアが袖を捲って体を確かめる。
動けないほどではないようだが赤くなっていたり青くなっているところも少しあった。
比してアンは汚れてはいるが無傷のようだ。
(なるほど、この調子で本人だけ生き残るのか。もうこれは何かの才能では?)
それはともかく話を進めるべきだろう。
「さて、動くことに支障はないわけだが、ここが何処かわかる者はいるか?」
俺の質問にベステアは落ちた崖のほうを見る。
「バグガーデンに行く途中で落ちたから、大した高低差じゃないはずだけど。あの高さを思うと一番深いところに落ちたかも」
「山に続く高台へ上る道の途中だったので、山林の底というか」
アンは恐縮した様子で辺りを見回した。
行く先のバグガーデンは台地になっている場所にあり、港から行くには山林を山裾沿いに進むそうだ。
その途中で落ちた俺たちは山裾の起伏の低い場所へ入り込んだ可能性が高い。
「先を行った探索者を追うか、諦めて港へ帰るか。どちらにしても落ちた道まで戻るのが安全だと思うがどうだろう?」
俺は周辺地理知らないし、この依頼に固執しない。
ただこうして団体行動になってしまったからには年長者として意見を募ろう。
「戻るのには賛成。けど、ここ道もないし下手な崖は登れないから、方向見失わないように周辺見ながら探るしかないね」
「あ、私一度落ちたことがあるので登れる場所知ってます」
名誉挽回とばかりにアンが手を上げるが、一度落ちたという発言が不穏すぎた。
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