132話:すり寄る者
ちょっと現状を整理しよう。
俺は探索者として帝国では無名なのに指名依頼がなされた。
誰かが推薦したらしいが全く心当たりがない。
で、辞退しようとしても駄目。
規則だかなんだか知らないが、指名されてて仕事を選り好むようではギルドからも選り好みされて依頼を受けにくくなるんだとか。
例外は重傷か重病を負って依頼す意向が難しい場合。
そんな慣例があるらしく、何故か辞退を申し出たのに力尽くで辞退させられそうになるという理不尽な状況に陥った。
(まったく、探索者とは両極端だな)
初めて出会ったのは小王国の『栄光の架け橋』。
あいつらは人の話を聞かない粗雑な探索者だった。
次が王国の『水魚』。
気遣いもできるし、話しもできる金級に相応しい探索者たちだ。
で、帝国来てハゲに暴力沙汰を起こされている。
金級探索者以下は平和的解決を求めること自体駄目なんだろうか。
(いや、金級探索者でも駄目な奴はいたな)
フォーラという王国の金級探索者だ。
どうやら壊滅した『水魚』の代わりに、今は未発見ダンジョンの調査をしているらしい。
そう言えば今回の依頼もダンジョンの調査。
枯れダンジョンと知られる妙な建造物に異変があったそうだ。
もしかしたらダンジョンに入れるかもしれないと、ここの探索者は意気を上げていた。
(つまり無名の俺に絡んで来たのも、自分の功績が目減りすることを危惧したトラタヌというやつだな)
王国にあるノーライフファクトリーでは、正式には未発見だった地下階の存在が発見された。
だが発見した『水魚』はそれが功績になるどころかリーダーを含むメンバーの大半を失って銀級に降格。
その後の処理も大変だったのは、最後に見た生き残りたちのやつれ具合を見ればわかるというもの。
絡んで来たハゲたちも、保身のためにも人員は多いほうがいいと思うべきだろう。
「ダンジョン探索がそんなに好きなものか?」
「確かに危険だけどその分貰いも多いし名誉も手に入る。探索者なら一度は夢見る成功でしょ?」
俺の独り言に返事があった。
見れば大きな丸い帽子をかぶった女探索者が音もなく近寄ってくる。
胸元や太ももを大きく露出した防御力無視な恰好はいかがなものか。
(いっそ理に適っているのか? この世界の防具は防御力紙だからな。いっそ当たらないよう身軽にするのはありなのかもしれない)
俺が首を巡らせたことで女探索者は口元だけで笑う。
「あたしは銅級のベステア。ベスって呼んで。すごい身のこなしだったけど、この辺りじゃ見ない人だよね。名前教えてくれる?」
「ふむ、名乗られたからには答えよう。私はトーマス・クペス。鉄級だ」
「へぇ、援護系なのに鉄ってすごいね。やっぱり動けるお蔭? それとも所属してたパーティがあったとか?」
なんかぐいぐい来るな。
「何処から来たの? 帝国であなたみたいな人ってあんまりいないけど、王国? なんか薬聖とかいうかっこうなんでしょ、それ?」
「いや、そんなことはないさ。それよりいつ出発する見込みかなどは知らないか?」
俺は根掘り葉掘りが嫌になって話題を目の前のことに変えた。
質問に答えてない俺の返答に、ベステアは一瞬不満そうにしたが笑顔を取り繕った。
「…………なんかまだ来てない探索者いるらしいよ。遅れる奴は置いていけぇって、さっきトーマスに絡んでたハゲたちが騒いでたけど、規則だとか適当言って。いつも困ると適当に規則だとか誰それが許さないとかいうの、誰かさんは」
適当だったのか、あの質の悪い職員。
「推薦で指名依頼とはよくあるのか?」
「さぁ? あたしらギルドにいる所に声かけられて、指名だとは思わなかったし」
「なるほどな」
やはり裏がある。
これは確定だ。
そしてあの質の悪い職員が噛んでるんだろう。
俺が辞退を申し出た時あからさまに拒否したし、周囲からも適当と言われているのなら、少なくとも本人にとっては、いや、本人にのみ意味のあることをする手合いだ。
巻き込まれる相手のことなど思いやりもせずに。
問題は、やはり俺に巻き込まれる心当たりがないことだな。
「ね、薬師として薬とかで援護して貢献すればその分私がギルドへ報告するわ。もちろん一緒に行動してくれるならだけど、悪い話じゃないと思うの」
何やらベステアの話がおかしな方向になっている。
見ると媚びるような上目使い。
体はいつの間にか俺に密着していた。
(つまり、回復なんかの援護をしてほしいから声をかけたのか。そのためにすり寄りと愛想のいいふり。良くやる)
王国のダンジョンがある街でも同じようなことがあったな。
ただその時は相手が男ばかりでなだめすかすというやり方をされ、こういう女の武器を前面に出した勧誘はなかった。
なかったが、あってもどうということもない。
スタファほどの質量もなければチェルヴァほどの色気もない。
ティダのような無邪気さも、イブのような意外性もなく、何よりグランディオンほどの庇護欲も掻き立てられないという。
(生身の女がNPCに完全敗北かぁ)
俺は思わず憐みの視線を向ける。
マスク越しなのに何かを感じたのか、ベステアは困惑した様子で身を放した。
「なんか、憐れまれてるような気が…………」
ぞんがい勘が鋭いな。
そう思ったら探索者ギルドの入り口が激しく開いた。
まるで体当たりでもしたように。
そう思ったのは間違いでないらしく、床を転がって入って来る女がいた。
しかも俺とベステアの足元にまで勢いよく転がって来る。
(なんか古いアクション映画でこんな風に転がり込んでくるようなのが)
あれはガラスを破っての登場だったが、それほどに激しく入り込んでみごとに転がった相手が足元で蹲っている。
「うぅ、避けたのに…………なんでその先に濡れた落ち葉が…………」
嘆きながら顔を上げる赤い巻毛。
その姿にベステアは盛大に顔を引きつらせた。
「げ、不運女!?」
呼び方、そのままなのか?
顔を上げたアンは、前回葉っぱを乗せていた頭に、今回は盛大に埃を纏っていた。
「君はいつもそうなのか?」
「え? あ、あの時のペストマスクさん!」
俺が手を差し出すと掴むアン。
「ちょっと、それは!」
ベステアが慌てる。
同時にアンが立とうとして自分の足につまずき倒れかけた。
もちろんその程度なんでもないので、俺はそのまま腕力に物を言わせて引き起こす。
「何故探索者をしているんだ?」
「はい、すみません」
俺に吊り下げられるようにしてアンは謝るが、答えになってない。
その姿にベステアが信じられないように息を呑んだ。
「うそ、不運に、巻き込まれない?」
「初めて来た時にも不運が移ると言われたが、今回心当たりのない指名がきてやっかみを受けたのも君の不運の内か?」
アンが一人で立ったので手を放し、聞いてみる。
言葉にすると改めておかしな言いがかりにしか聞こえないと思う。
「いえ、えっと? どうなんでしょう? 基本的に私の側にいて被害が発生するので、違うんじゃないかと」
被害の自覚はあるのか。
それはそれですごいな。
そんな俺の服をベステアが引く。
「関わんないほうがいいよ。命落とす奴もいるんだから。下手な同情は命取りだって」
「それも、はい…………」
アンが酷く申し訳なさそうに頷いた。
つまりあのどう見ても事故でしかないような掲示板の落下が日常なのだ。
「それで生きているだけ探索者向きではあるのか?」
「いえ、それもどうなんでしょう?」
そこには自信ないのか。
話す俺たちの間を割るようにベステアが割り込んで来た。
「あんた何しに来たの? 周り気が立ってるから今日は誰か巻きこんだりしたら碌なことないよ」
「それは、その、指名依頼が来たと呼ばれたもので」
「うん? まさかダンジョンの調査か?」
「はい! あ、もしかして合同ですか? よろしくお願いします!」
アンが腰を曲げて頭を下げる。
目を見開いて硬直するベステアは見るからにアンを歓迎してはいなかった。
さらに俺たちの様子を見ていた探索者たちからは怒号が放たれる。
「おいぃぃぃいいい!? 俺たちを殺す気か!?」
「あいつと行って帰ってきた奴がどれだけいるよ!?」
「足手纏いどころか殺りにきてんのかギルドはよぉ!?」
もちろん突き上げを食らっているのは質の悪い職員。
というか、アンの悪評が予想を上回る。
「帰ってこれないのか?」
知ってるらしいベステアに俺は聞く。
「こいつは問題を招くことにおいてはぴかいちよ。それがダンジョンともなればごく低い確率でしか出ないはずの強敵を一発で当てるようなことしちゃうの」
「探し回る必要もなくレアを当てられるならいいじゃないか」
俺の返答にベステアは顔を歪めた。
「トーマスは知らないからそんなこと言えるんだよ。こいつがいったい何人殺したと」
「待て待て、本人が意図してのことではないのだろう? ならそんな言い方は」
「ぐす、そんな風に言ってくれる人はみんな、もう、いなくて…………」
アンが鼻をすすりあげて顔を手で覆う。
それってつまり死んだのか? 不運に巻き込まれて?
「あの、あのマスクに任せる予定なんで! 見てのとおりアンの対処できるんで!」
詰め寄られてた質の悪い職員が俺たちを指して叫ぶ。
途端に怒っていた探索者たちが引いた。
嘲笑っている者もいるが、確実にこっちを憐れんでる者もいるようだ。
けれど誰も異議はない。
どうやら俺は不運を押しつけられたようだった。
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