131話:無名の指名依頼
帝国西の港で取ってる宿に、ギルドから人が来た。
「私への指名依頼?」
応対したのは商人カトルの部下で、俺への指名依頼が入っているから探索者ギルドへ来るようにとの伝言を受け取ったそうだ。
「依頼内容は、ダンジョンの調査ですか。王国での活躍を耳にしてのことでしょう」
ヴェノスが推測を上げると、それにカトルが首を横に振る。
「いや、それはあらしませんて。ノーライフファクトリーでのことは一部にしか知られてません。しかもトーマスさんが関わってるのは生き残った『水魚』が伏せてますんで知りようがないでしょう」
「そうだな。あの事件後、私たちはすぐ王国を出た。今の時点でどんなに早くても主要都市に情報が至るかどうか。そう考えればここに王国の件を知る者はいない。私は完全な無名のはずだ」
ヴェノスとカトルが難しい顔をする。
その中でグランディオンだけが首を傾げた。
そして手を打つと頬を紅潮させる。
「一回しか探索者ギルド行ってないのに実力を認められるなんて、さすがか、じゃなかった。トーマスさまです」
「うぅん、そういうわけではないんだ。グランディオン」
可愛らしい笑顔で明後日の方向に解釈してしまったらしい。
俺は対応に困るが、カトルは微笑ましそうにグランディオンを見つつ、俺に警告する。
「まぁ、なんか裏ありますよ。絶対」
俺もそう思う。
だいたい王国でのこと知ってたにしても、それで俺単体に指名依頼なんて不自然だ。
壊滅した金級探索者と偶然いた新人探索者としか傍からの情報はないのだから。
「しかし行ったのが一度きりというのも事実。その際に目をつけられるようなことは?」
ヴェノスが鋭いことを言ってくるので、俺はグランディオンと顔を見合わせた。
きっと頭に思い浮かんだのは同じことだろう。
「質の悪い職員が…………」
「すごく運の悪い女の人が…………」
言ってまた顔を見合わせた。
グランディオンがいうのはあれか、アンとかいう不幸女のことか?
「あの者は関係ないと思うぞ?」
「そうですか? いっぱい人がいたのにあの人がいる時だけ緩んでた掲示板が倒れて来るなら、すごく無関係なことに巻き込まれたのかもしれないと、思って」
グランディオンは心底不思議そうに言うが、それはどんな不幸だ?
一回手を貸しただけで?
不運が移るとは言われたが、感染力高すぎだろ。
「不運な探索者アンですか。それは聞いたことありますね。異常なまでに運の悪い人で、凶暴なレアモンスター引き当てるわ、パーティ全滅するわ。一人だけ生き残ること数回繰り返したとか」
帝国のこの港へ来るのが初めてではないカトルは聞いたことがあるという。
しかも内容が酷い。
『水魚』もパーティ壊滅の憂き目に遭って、探索者を続けるかどうかという話になったのだ。
それがアン以外は全滅。
しかも一度ではない様子。
それで未だに探索者を続けているというのは、何か本人に続ける意味があるのだろうか。
まぁ、悪い想像をすれば全滅しても続ける者もいるかもしれない。
「それは本人がわざと巻き込んだということは? 王国には『酒の洪水』という不良金級探索者がいたが」
俺は一人だけ知る、パーティが全滅しても探索者を続けている女を上げた。
するとカトルは苦笑いで手を横に振る。
「あぁ、あれとは違います。ひたすら不運なだけで、本人は全く悪意がないそうで。レアモンスターを狩ろうと囮にした者たちもいたそうですが、やはり全滅したらしいですわ」
つまりそれでも生き残ったのか、あのアンという女は。
恐ろしいな。
「話を聞く限り、何かしそうなのは質の悪い職員でしょうね。国を跨いでの情報の伝達がどうなっているか知っていますか?」
ヴェノスがカトルに聞く。
確かに俺が『水魚』に仮加入したことは探索者ギルドなら知っていておかしくない。
「いや、そこはやっぱり土地の権力者には逆らえんもんですよ。帝国と王国のギルドで情報交換なんて頻繁にはできしません。国内戦力漏れることにも繋がりますよって」
話し合っても状況は見えないならやることは一つか。
「私が指名依頼を拒否することは?」
「トーマスさんはいうとおり無名です。それで指名を拒否は今後の活動に差し触るでしょうね。指名拒否を理由にギルドからも依頼受領を拒否されることがあるそうですから」
「では致し方ないな。私一人で探索者ギルドまで行って来よう」
「でしたら私もお供いたします」
そう申し出たヴェノスを、俺は手で止める。
「いや、ヴェノスは守りに残す。私はまずそうなら途中で抜け出すことにしよう。元より探索者に固執はしない」
元はと言えばダンジョン入るために取った資格だ。
けれど宝箱は補充されないことや、人間が管理しているダンジョンには常に他人の目があることがわかった。
だったら管理されてすでに攻略されてるところよりも未発見のほうが旨味は大きい。
となれば探索者という身分に拘る価値はない。
そう思って探索者ギルドへ向かったが。
(やっぱりぶっちしとくんだったかな?)
呼ばれて行ったのに何故か先に探索者ギルドにいた者たちから非難の目が俺に集中した。
「なんでこんな無名がいるんだ」
「こいつ鉄らしいぞ」
「はぁ? そんなのになんで呼ばれてんだよ」
「何かコネがあるんだろ、卑怯者め」
突然のディス。なんなんだよ。
「説明をするんでこっち見てくださいね」
質の悪い職員がそう言って探索者たちの視線を集める。
俺に対してのフォローはなしだ。
「事前に話したとおりバグガーデンに異変が起きたらしいと情報が入りました。皆さんはその調査に向かってもらいます。場合によってはダンジョン内部へ向かい、踏破を目指してください」
おい、事前にってなんだ。初めて聞いたぞ。
あとバグガーデンってなんだよ?
(俺も知らないダンジョンだ。まさかこの世界特有のダンジョンがあるのか?)
帰りたかったがちょっと興味が湧いて部屋の隅で壁際に寄っておく。
そのまま聞いてたら探索者が一人抗議の声を上げた。
「おい、この人員の選び方はなんだ? 未知のダンジョンの場合信用できない奴なんかと行動できないぜ」
その心意気はわかる。
だが、俺を親指で差して言うな。
「急なことだったので、こちらで信用できる方からの推薦により集まってもらっています」
「はぁ? ふざけろ。おい、誰かこの鳥野郎の功績知ってるか? 名前は?」
完全に俺を狙い撃ちにしてきやがる。
(そう言えば無理に同行しなくてもいいんだよな。俺の足ならこいつら追い抜ける。なんなら別行動でさっさといって先に踏破もありなんじゃないか?)
そうと決まればこんな居心地悪いところにいる必要はない。
「私に推薦される心当たりなどない。断ることで問題もあろうと来たが、ギルド側が問題ないと言うのであれば私は抜けるが?」
「い、いや! それは駄目だ! き、規則で駄目なんだよ。君たちは知らないだろうがね」
質の悪い職員が何やら慌てる。
今さら足並みの揃わない様子に気づいても遅いだろうに。
「はん、規則か。だったら規則だとか慣例だとかの上で指名依頼を断れる状況になりゃいいんじゃねぇか」
ハゲの探索者が悪者のような笑みを浮かべて質の悪い職員を見る。
そして何を思ったのか俺のほうへと大股で近づいて来た。
「推薦結構。実力がありゃ文句はねぇ。だがな、枯れダンジョンが入れるかもしれねぇなんてこのチャンスを邪魔する奴なんざいらねぇんだよ」
バグガーデンって枯れダンジョンなのか?
それが入れるってバグはどうなったんだ?
(ゲームなら運営側からの解消だが、ありえない)
ここに運営はいないが、何かしら方法でバグは直せるのか?
俺が考えてる内にハゲが目の前に立った。
ヴェノスとおんなじくらいの身長だが、骨太な印象がありひと回り大きくも感じる。
「依頼を達成できない重病もしくは大怪我を負ってたら、なんのペナルティもなく指名依頼はお断りできるんだよ!」
「おい、やめろ!」
質の悪い職員がさすがに止めるがハゲの拳のほうが早い。
だが、その拳よりももっと俺のほうが早かった。
「乱暴はよさないか」
俺は拳を避けて後ろに回ると、軽く杖で突く。
ノーライフファクトリーの地下で折れたのとは別の杖で、こっちは仕込みがない代わりに木に見せかけた金属の塊だ。
それでも軽く突いただけだった。
なのにハゲは前のめりに床に倒れ込んでしまう。
(あれ? 今の攻撃判定か? いや、アーツも何もなしだし大丈夫なはず)
単に思いっきり空振りしたせいだろう。
うん、俺は悪くない。
「こいつ! よくも!」
何故かハゲの仲間がさらに襲いかかって来た。
俺のせいじゃないのに。
「私は自衛をしたまでなのだが、ギルド職員として現状、何か問題があるかね?」
「いや、ない。ないとも! これ以上乱暴するなら外してもらうぞ!」
俺は避けるだけにしながら質の悪い職員に確認を取る。
すると職員は偉ぶって命じるというか、脅した。
さすがにそれは嫌らしく、探索者たちも退くがあからさまに不満顔だ。
目が恨みがましいなぁ。
「回復の必要はあるかな?」
「うるせぇ! 馬鹿野郎!」
倒れていたハゲに怒鳴られる。
善意の歩み寄りを無碍にするとは、社会人としての能力が欠如していると言わざるをえないな。
こいつ歳の割に、いや、案外若いか。その割りにハゲなのか…………。
ちょっと同情してしまうじゃないか。
なんだか萎えてしまった。
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