130話:ガトー
他視点
人間の帝国は珍しい異国情緒はあるんだが、驚くものは何もない。
治水は半端だし建築に対する遊び心もない。
故国では庭園こそ贅沢と技術の粋とされているが、この国は北にあるせいで庭の手入れなんてまったく気にしていなかった。
「面白くない国だな」
「やはりガトーさんが直々に足を運ぶ必要なかったんですよ」
俺の呟きに馬のライカンスロープであるカバリッジオが喉を震わせて吐き捨てる。
腕を板で挟んで固定した情けない姿で、気が立っていることもあり何度も床を蹴りつけていた。
そろそろ床石の模様が削り消える。
「その手、骨やったのか?」
激しい音が鳴ってカバリッジオが床を踏み割った。
削り消えるより先に石が割れたな。
周囲の手下たちは悲鳴を上げて距離を取るが、俺はそんなことはしない。
手の早いカバリッジオの動きも見えていれば避けることも簡単だ。
そしてカバリッジオも俺に敵わないとわかってて手を出すほど馬鹿じゃない。
「ひびが入ってるようです」
怒りに声を震わせるのは、やったのが人間交じりらしい竜人だからだろう。
どういう変異か俺の側近の骨にひびを入れるくらいには強かった。
その読み違いがカバリッジオのプライドをえらく傷つけたようだ。
「竜人なんてそんなに強かったか? たまに妙な特性持った奴らがいるが、その類だったか」
「そうですね、妙な色してたんでその可能性はあります。尻尾が妙に硬かったですし、引き摺るしかしない竜人共より早かったです」
不服ながらカバリッジオが手傷を負わせた竜人の優れた箇所を上げる。
人間交じりになると変異を起こして姿が変わる者は良くいるが、大抵力は弱まり、その分器用だったり肉体以外の部分が伸びた。
俺が暇つぶしに話を振ろうとすると、鼠のライカンスロープ、ムースラが走り込んで来る。
足音がしないのはさすがだが、髭がうるさいほど揺れていた。
「ガトーさん! なんか竜人が乗り込んできました!」
「誰だ?」
「シューク・シュアクです、本人です」
「あ? 竜人の番頭がなんだって帝国で俺に?」
「何、君がこの国にいたのはきっと我らが祖神のお導きだよ」
ムースラを押しのけて部屋にやって来たのは故国でも取引のあった相手。
出身は故国の北の海に浮かぶ島、竜人多頭国。
名の知れた豪商の所の番頭のシュークは、店と金を任される立場のおだいじんだ。
つまり、人間の帝国にわざわざ出向くような奴じゃねぇ。
俺の側にカバリッジオがいるように、向こうも細い竜人の割に体格のいい護衛を連れていた。
「なんであんたがいるんだ、番頭? おい、お客だ。椅子と酒!」
「それはこっちの台詞だが、まぁ、仕事の一環だよ。この人間の帝国に店を置く計画があってね。こういうことは自らの目で見てと決めている。しかし、とんだ不愉快な目に遭った」
出した椅子に座り、酒を入れたグラスを掴むシュークは苦笑いを浮かべた。
「やれやれ、人間どもと来たら尻尾のある者が座る椅子も用意していなければ、鉤爪のある者が使える食器も用意していなかった」
「あぁ、こっちもそうだ。だからこの宿に船の家具入れさせる羽目になったぜ」
シュークが座る椅子もその一つ。
爪があっても滑らないコップを手に、酒を長い舌で舐めると俺に目を向けて促す。
「こっちも仕事だが、まだ待機だ。別にすぐさま荒事するわけじゃねぇから、あんたらがこの国出るまで待ってもいい」
上客だが、正直誰かを怨んでいる時には関わり合いたくない。
竜人は執念深く、荒事を依頼されて暴れても、ちょっとやそっと痛い目みせた程度じゃ満足しないのだ。
怨んだ相手を徹底的に壊してしまうか、周囲の人間もろとも殺しつくすか。どちらにしろ手間がかかるし頭も使わなきゃならん。
「君に時間があって良かった。やはり祖神の加護がある。ありがたい」
先約あるからつき合わないという断りは無視される。
これは相当頭にきてるな。
誰か知らないが竜人を知らないと見える。
だからこそ俺に持ち込まなくてもいいはずだが。
「こっちで店やるなら舐められないよう、そこの奴らに締めさせればいいだろ。死体なんざ海にでも沈めとけ」
護衛に鼻先を向けると、警戒音を護衛たちが発した。
感情が高ぶると竜人が出す音だが、過剰反応にも思える。
「それができればやっているし、君に持ち込まないんだよ。わかるだろう? 君も不快な目に遭わされたそうじゃないか」
「あぁ?」
シュークが俺を通り越してカバリッジオへ目を向けた。
「おい、まさか」
「そう、紫の竜人紛いだ」
面倒だが、聞き逃せない話じゃねぇか。
「こっちの獲物だ。薬持ってるらしい奴がいるから無駄にしないようにとっ捕まえる。だから時間かけようってんだ。横入りはやめてもらおうか」
唸って俺も威嚇音を出した。
護衛たちも威嚇を返すが、シュークが止める。
「君たちが恥をかかされたことは知っているとも。だからこそ横入りなどではないさ。それに噛ませてほしいというお願いだ」
「だったらそっちはなんの因縁があってだよ」
こっちだけ一方的に知られてるのは面白くない。
俺が迫るとシュークは一度威嚇音を漏らして答えた。
「我々を蛇呼ばわりだ。あの若造め、少々力あるからと調子に乗りおって」
どうやら禁句を言った馬鹿がいたらしい。
竜人紛いと名指ししたからにはそいつがいったんだろうが、あの紫色のか。
人間の所で育って禁句を知らなかったのかもしれない。
確かにカバリッジオの手を一撃で使い物にならなくさせるくらいなら、目の前の護衛どもなんざ相手にならないだろう。
そして俺が潰したいのはガキのほうだ。
「なるほど、獲物は被ってねぇと」
「そういうことだ。それにあまり時間をかける余裕はないぞ? 議長国の商人に同行してまがい物二匹は船に乗るそうだ」
「あ? ってことは国に寄港するのか。ち、まだ戻れねぇからにはここで蹴りつけるしかないか」
国に報せて叩く手はある。
だがそれじゃ俺がすっきりしねぇし、手下どもにも顔が立たねぇ。
そんな俺の立場を理解して持ち込んだだろうシュークを見る。
「それだけ調べてるってことは、プランがあるんだろうな、番頭?」
「やる気になってくれてうれしいよ。もちろん祖神の導きあってこそ、君にも祖神の御心に適う道を歩めば何も問題はない」
「あんたらの祖神とやらは竜人にしか恩恵齎さないんだろ。信じられるかよ」
竜人には慈悲深く、そして害敵には容赦も慈悲もない神だ。
俺は神に顔向けできるような稼業じゃないが、こいつら竜人の独善的な信仰もどうなんだ?
そんなこと考えながらシュークの策を聞く。
「あぁ、だったらちょうどいい。あの鳥っぽいやつは引き離しだ。で、まずはガキを抑える。その後はあんたのいうとおりに、紫の奴だ」
「わざわざ人間だという者を引き離すのか?」
「反応は悪くない。そして高価な未開封の回復薬をポンと出せるくらいの手持ちがある」
「ほう? なるほど、下手に一緒にすると希少な薬を無駄遣いさせることになるか。では、呼び出し方は同じで、時期をずらすことにしよう」
シュークもわかって俺の提案に乗った。
「どうも探索者らしいからね。適当な依頼で釣り出すとしよう」
「あぁ、だったらちょうどいいな。ここの探索者ギルドは抑えるつもりだったから動かせる人間がいるぜ」
探索者ギルドは人間が作ったらしいがライカンスロープの生活圏にもある。
情報の収集や人の把握に使いやすい場所だ。
だからここの探索者ギルドにも金を掴ませて探索者たちの情報を吐き出させようとしてた。
奴らは使い捨てにちょうどいい人員だ。
俺がさらにシュークの策に色をつけて提案をし、人員の手配やどう獲物を料理するかを詰めていく。
酒を交えて話し合う分、すぐにグラスが空いてしまう。
ったく、こいつら竜人はよく飲む。
「こっちも狙いがあるとは言え、そう簡単に『砥ぎ爪』にお願い通されると思ってもらっても困る。旨い情報あるなら流してもらおうか、番頭? どうして今さらになって店を置く?」
「やれやれ、『砥ぎ爪』の面倒なところはこういうところだな。特攻隊長がただ猛進するだけの馬鹿なら扱いやすいというのに」
褒め言葉のつもりかよ。
「だが言って君が信じるかな? 我らにしか慈悲を与えぬ神のお言葉だ」
嫌な言い方だが、これは聞き逃せない。
それだけのカード切って来た分、始末は徹底しろってことか。
「あんたらに慈悲深く、敵に無慈悲なのはよくわかってる。さっきの信じてないとかいう不躾な言葉は撤回する。言葉の綾だ」
「よろしい。それでは我らが始祖神の恵み深きお言葉を伝えよう」
勿体ぶるが、それだけの価値はある。
何せ竜人どもには預言の神がついてる。
始祖神の子にして祖神の一人、聖蛇。
その預言はライカンスロープが大陸の西を広く領土にすることにも役立った。
「人間の帝国で起きている戦争は、近く終結するそうだ」
戦争を仕掛けているのは帝国。
そして帝国に勝てる国はもうない。
ならば帝国が攻勢に乗って王国、公国、共和国を飲み込むんだろう。
「神聖連邦はどうなるもんかな」
「あれは人間を生かすための国だ。我らを害することはあっても利することはない。我らと国境を接するようになれば敵するというのもまた聖蛇さまの預言だ」
そんな話をして、シュークは満足して帰る。
尻尾が窮屈しない椅子を売れとうるさかったが、ともかく帰った。
俺は残りの酒を煽って、思わず漏らす。
「異界の奴ならそりゃ敵だろうさ」
グラスを置いて、自嘲混じりに笑った。
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