129話:帝国の探索者ギルド
俺はグランディオンと宿屋を出て散歩に出かけた。
そうしてヴェノスが喧嘩を売ってしまったらしいスネークマンこと竜人からの接触を待つことにする。
「…………来ないな」
宿を見張ってた竜人はついては来るんだが、特に接触はない。
「あの、何をしているんですか? 後ろのスネークマンが邪魔ですか?」
「いや、話しかけて来るならと思ったが、それさえしないなら相手にするほどではないだろう」
エネミーなら襲ってくるけどそれがないならNPCだと思っていいのか?
だがゲームの仕様だと一体がエネミー化すると近くにいるNPCだったスネークマンたちもエネミー化して襲ってくる。
(その辺りどうなってるんだろうな?)
簡単に倒して済まそうと考えたんだが、エネミーでないなら戦闘も起きないのだろうか。
思えば竜人と名乗って長く定住してるんだったら、こちらのやり方を重んじていてもおかしくはない。
そうなると見張りという威嚇だけで、違法な手には出ないことも考えられた。
(ゲームの括りがどれだけ適用されてるのかが問題だよな。考えてみればエリアボスが担当エリアから好きに移動してるし、なんなら生息域である大地神の大陸からも出てるんだ)
独自の判断でゲームにはない動きができる。
それが大地神の大陸でだけ起きるイレギュラーだと思うべきではないだろう。
それで言えば竜人を名乗って国を作るのはゲームにないことだ。
一度討伐されたらスネークマンは新たな集落さえ作らない。
だからこそ十年目にはもうスネークマンは狩り尽されて、イベント発生かNPCのままでいる以外に生き残っていなかった。
「僕はか、じゃなかった。トーマスさまといつでもお話したいです」
「そうかそうか。では、この帝国に来た感想でも聞かせてもらおうか」
「感想、ですか? 汚い街だなって」
「うん、ちょっとやはり歩くことに集中しよう」
たぶんプログラミングで整然と作られた大地神の大陸と比較してるな。
(きっとヴェノスの失言もこれくらい悪意なく言ったんだろうなぁ)
それで怒って襲ってくる竜人もどうかと思う。
ここはゲームとの差異を念頭に、短絡的に黙らせるよりも観察するような慎重さを優先すべきか?
スネークマンは大地神の大陸にもいる。
つまりは竜人に起きた変化が大地神の大陸のスネークマンにも起こり得ることと言えた。
(独自に国を作るくらいならなんとも思わないけど、それで戦争仕掛けられたりは困るな)
大地神の大陸で独立国家を作った上に、反抗されるのはいただけない。
できれば俺の指揮下のままでいてほしいが。
「あの、何処まで行きますか?」
「うん、あぁ。考えごとをしていた。市場を過ぎてしまったな」
グランディオンに言われて気づく。
散歩がてら常設の市場を歩いていたんだが、いつまでも後ろからついてくる竜人が動きを見せなかった。
だから誘い出すため脇道に入ってみても、やはりついてくるだけ。
そして脇道から一本違う大通りに出てしまっていた。
「このまま道沿いに行ってみるか。それともグランディオンは疲れたか?」
「いいえ、僕まだ歩けます」
元気に答えるグランディオンは隠していたはずの尻尾を左右に振ってしまっている。
困った反応だが子供は無邪気がいいなぁ。
俺たちは散歩を続けるために道を真っ直ぐ進むことにした。
すると行く先は二股に別れた道になっている。
その二股の道の角で、入り口を開く建物が目についた。
「これは、探索者ギルドか」
探索者が出入りしてるし、王国の探索者ギルドと同じ看板が掲げてある。
「ふむ、依頼内容を確認したい。グランディオン、寄り道をしても?」
「はい、何処までもお供します」
健気に答えるグランディオンといっしょに、俺は探索者ギルドの中へと入った。
基本的な設備は王国と同じ。
となるともしかして画一的な構造なのか?
これでは本当にゲームのようだ。
俺が差異を探してきょろきょろしていると、グランディオンも一緒になって顔を左右に振る。
そんな俺たちに受付の男性が声をかけて来た。
「ギルド証はお持ちですか?」
言葉は丁寧だが俺たちを見る雰囲気が不審そうだ。
「持っているが、ここはギルド証を持っていないと出入りも禁止なのか?」
「そういうわけではありませんが。どんな御用件で?」
「…………船が出ないため時間が余った。手ごろな依頼でもあればと見に来ただけだ」
じろじろ見て来る職員の目つきがあまりいい印象じゃない。
なんか絡まれたな。
俺はギルド証も見せずにそういうだけいって、依頼が張り出された掲示板へ行こうと足を踏み出した。
「子連れでできる依頼なんてないですよ」
絡んだ職員がさらにあざ笑うかのような声をかける。
それにグランディオンが反応し、そのせいでまた尻尾が出てしまう。
「グランディオン」
「あ、ごめんなさい。…………でも、あの人間、失礼です」
尻尾は隠したが見られたな。
途端に周囲の目が集まるのも不快だが、例の職員もにたにたしてるのが不愉快だ。
「…………首を噛み折りたい」
グランディオンが不快さを感じて物騒な呟きを可愛らしい声で呟く。
(うーん、好き好んで他人に絡みに来る系統か。暇なのと自信過剰、後は何か後ろ盾か? どっちにしても相手にするだけ損だな)
いわゆる調子に乗ってるというやつだ。
へし折るのは簡単だが、今はまずい。
すでにヴェノスがやらかしてカトルが困っているんだ。
そこに来て俺までとなると、正直大人として恥ずかしいし、グランディオンが真似ても困る。
(適当に眺めて帰るか? それとも一つ受けて爆速で達成して鼻を明かすか?)
舐められたままでは落ち着かないのも確かだ。
けれど腕を見せて見直すような頭があるかもわからない相手に時間を割くのも馬鹿らしいと、冷静な自分が言う。
だったら君子危うきに近寄らずが正解か?
俺は迷いつつ掲示板の前に立つ。
張り出されているのは採集や討伐といった基本的なもので、他の探索者たちも内容を眺めていた。
王国と変わっているのは戦場への募集くらいか。
「どれ受けますか?」
「いや、今日はどんな依頼があるかを見に来ただけだ。船がいつ出るかも未定だからな。やるとしても一日で達成可能なものを見繕うつもりだ」
適当に喋りつつ、俺は一つ一つを確認していた。
すると側で掲示板を見ていた探索者たちが一斉に動く。
見れば何故か頭に大量の葉っぱを乗せた赤い巻毛の女がこちらへ向かって来ていた。
どうやらそれを探索者が一斉に避けたようだ。
俺のほうまで海が割れるようになっているのはどういうことだろう。
そして赤い巻毛の女は自分の足に躓いて前のめりになると、盛大に、飛んだ。
「ひやぁああああ!?」
躓く理由もわからないが何故その程度の勢いで両足が床から離れるのか!
そして何故一直線にグランディオンに向かって飛ぶのか!
そんな疑問を頭に、俺はグランディオンを庇って前に出た。
そして飛んで来た赤い巻毛の女の腕を掴んで止める。
「い!?」
「連れとの接触事故を防ぐためだ。文句は己の不注意を反省してからにしろ」
セクハラとか言われる前に、俺はそう釘を刺した。
そしてすぐ手を放すと女は床に盛大に膝を打ち付けて座り込む。
今の音、絶対打ち身できただろ?
「あ、はは、いえ、ありがとうございます。助けて、くれたんですよね?」
「自らの連れをな」
そう言っていると絡んだ男性職員がこっちに足音も荒くやって来る。
「またなにか備品壊したのか、アン!?」
「こ、壊してません! まだ!」
職員からは何があったか人がいて見えてなかったらしい。
実際壊れた物などないのを見て舌打ちするのはどうなんだ。
勝手に来ておいてまるで無駄足を踏まされたかのようだ。
そして俺たちのほうを見ると親切めかして悪口を吹き込んで来た。
「そいつに関わると不運が移るんで、その時は自己責任でお願いしますよ」
そういうと鼻を鳴らして偉そうに来た方向へと戻る。
あまりな言い方だが、周囲の探索者も冷たい目をしていた。
その視線が向かう先はアンと呼ばれた赤い巻毛の女。
床に座り込んだまま悄然としている。
本人も否定しないのはそれだけのことをしたことがあるんだろう。
(二十くらいか? 革の胸当てしてるから探索者だろうが)
武器なし、庇う仲間なし、言い返す覇気もなし。
ただいつまでも若い女性が床に座り込んだまま放置は教育に悪い。
「ともかく立ったらどうだ?」
俺は手を差し出して声をかけた。
アンが反射的に俺の手を掴むと周囲が何故かざわつく。
瞬間、アンが立ちあがりかけて滑った。さらには掴んだ俺を巻き添えに引っ張る。
けれどそれくらいレベルマ相当の俺にはなんの重石にもならず、揺らぎもしない。
「もっと足元に気を付けるべきだな」
「は、はい。すみません」
俺に片手で吊られたような状態のアンが消え入るような声で答えた。
「ともかくここでは掲示板を見る者の邪魔なる。移動するぞ」
「はい」
アンを立たせて、俺はグランディオンと一緒に離れた。
瞬間、背後で激しい音が立つ。
振り返ると、今まで立っていた場所に掲示板がなんの前触れもなく落ちているではないか。
もちろん俺たちはいたが触ってなどいない。
そしてアンの出現で誰も近くにはいなかったというのに。
「は?」
「またかアン!?」
俺が驚いている内に、態度の悪い職員がそう怒鳴ったのだった。
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